篠澤広のプロデュースは、ままならない   作:味のないお茶

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第九話

 第九話

 

 

 放課後。全ての授業を終えて、学園の門の前で俺は篠澤さんと話をしていた。

 どうやら彼女は俺に聞きたいことがあったらしい。

 まぁ、俺も彼女に話をしたかったところだから好都合と言えた。

 

 そして、篠澤さんは今日ダンスレッスントレーナーと話した内容を踏まえて俺に聞いてきた。

 

「ねぇ、プロデューサー。わたしって、よくわからない生徒かな?」

「はい」

 

 即答出来る。

 篠澤さんほどよくわからない生徒は居ないと断言出来る。

 

「………………そうなんだ」

「ただ、わからないままにしておくつもりはありません」

 

 そうだ。だからこそ俺は篠澤さんの元いた大学へ向かったり、ご実家でご両親と話をしてきたんだから。

 

「なぜそんなことを?トレーナーに何か言われましたか?」

 

 俺が篠澤さんにそう問いかけると、彼女は少しだけ首を傾げながら言葉を返した。

 

「アイドルになりたくて、学園に入ったのかって聞かれて。アイドルを『目指すため』に入ったって答えたら……同じように聞こえるって。よくわからん生徒だなって」

「あぁ……ようやくわかった」

 

 なんだ……そういう事か。

 篠澤さんの通っていた大学へ行って良かった。

 それが無かったら、俺は今の彼女の言葉から、その真意を読み取ることが出来なかった。

 

「あなたの夢は、もう叶ってるんですね」

「うん」

 

 俺のその言葉に、篠澤さんは首を縦に振って肯定の意思を示した。

 

「いままで、わたし、ずっと、得意なことばかりやってきた。なにをやってもうまくいって、苦しいことなんか何にもなくて、みんなが私に期待した。みんなが私を褒めてくれた。すごく、つまらなかった」

 

『篠澤は賞賛を受けるほど、つまらなそうにしていたのを覚えている。』

 

 教授が仰っていた言葉だ。

 

「だから、逆をやろうと思ったの。向いてないことを頑張るのは、とっても新鮮で、面白そうに思えた」

「それで……アイドルになりたいと?」

「一番わたしに向いてない仕事。一番面白そうだった仕事。それは……ダメなこと?」

 

 人は向いていることをやるべきだと思う。

 だけど、それは『凡人』の考えることだ。

『天才』の考えることなんて、凡人には理解出来ない。

 

「なんとも言えません」

 

 だから俺は、篠澤さんを否定しなかった。

 肯定もしなかったけど。

 だから聞いてみることにした。

 

「篠澤さんは、アイドルになりたいのですよね?」

 

 その言葉に篠澤さんは、一応の肯定は見せていた。

 

「うん。なりたい。だけど……みんなと違って……アイドルになるのは夢じゃない、と、思う」

 

 夢じゃない?

 だったらなんだって……

 

「しいて言えば……………………趣味、かな」

 

 …………………………。

 ………………………………そうか。

 ようやく『少しだけ』理解出来た。

 

「夢を叶えようとしている生徒たちが持ってる、苛烈なまでの熱量があなたには無い。その理由が、よくわかりました」

「…………私を見限る?」

「決めかねています。担当アイドルを理解しているとは、到底言えませんからね」

「…………そう」

「理解が不十分なので適切な言葉を掛けられません。ですから……思ったことをそのまま言うことにします」

「…………うん」

 

 俺の言葉を待つように、篠澤さんがこちらの目をじっと見つめている。

 その目は少しだけ『不安』に揺れているように見えた。

 ははは。彼女にも、そんな感情があるんだな。

 また一つ。『担当アイドル』のことを知れた。

 

「趣味でアイドル。いいではないですか」

 

 俺のその言葉に、篠澤さんが少しだけ疑問そうに聞いてくる。

 

「…………いいの?さっき、わたしには熱量がないって」

「よくはないです」

「よくはないんだ」

 

 即答できる。良くは無い。決してない。

 でも重要なのはそこじゃない。

『アイドル篠澤広の致命的な欠点』はそこじゃない。

 

「よくはないですが、他にも悪いところがたくさんあります。相対的に見れば大した問題では無い」

「…………むぅ」

 

 俺の言葉に不服そうに頬を膨らませる篠澤さん。

 そんな彼女に俺は『現実』を突きつける。

 

「実技試験中に握力が尽きてマイクを落とすとか。体力が無さすぎて、レッスン途中で倒れるとか、そちらの方が大問題です」

「……それはそう」

「アイドルにふさわしい心がどうとか言ってる場合じゃないんですよ」

 

 俺は篠澤さんの目を見つめてしっかりと言った。

 アイドル篠澤広が真っ先に改善しなければならないのは、『心』なんかじゃない。

 

「まずは肉体を何とかしましょう」

「…………おっしゃる通り」

「それに。趣味でアイドル。良いでは無いですか」

「そう、かな」

 

 俺のその言葉に、篠澤さんは首を傾げる。

 きっと否定されると思ってたからだろう。

 篠澤さんが過ごしてる日々は、アイドルを夢にしている生徒と……大差はあるか。

 だが、

 

「夢も熱もないあなたは、アイドルを目指して日々ベストを尽くしている」

「それは……趣味だから」

「先行きが暗いほど、上手くいかない時ほど、苦しい時ほど……テンションが上がってるようにさえ見えます」

「だって……趣味だから」

 

 …………うーん。

 どうも納得してるように見えない。

 

「わたしの趣味を肯定するの途中でやめた?」

「趣味は時に夢に負けない力をくれます。それはそれとして、篠澤さんの趣味を全肯定していいものかどうか」

 

 俺がそう言うと、篠澤さんは少しだけ微笑みながら、

「プロデューサーは時々ひどい」

 と言葉を返した。

 

 そして、篠澤さんは俺の目を見ながら質問をしてきた。

 

「……ずっと聞けずにいたんだけど」

 

 ……ずっと聞けずにいた?

 あの篠澤さんが、質問を躊躇うことだって?

 

「あの時、どうしてわたしをプロデュースしてくれる

 気になったの?」

 

 ……。

 

 篠澤さんは少しだけいたずらっぽく微笑みながら、

「わたしのことが、好みだったから?」

 なんて言ってきた。

 

 はぁ……。

 こんな年下の女の子にいいようにされてるなんてな。

 少しだけこの子の勘違いを正してやるか。

 

「今までは……自分でもよくわからなかったんです。どうしてこんなに意味不明で見込みのない生徒を、と」

「今日のプロデューサーは特別ひどい」

「ようやく適切な言葉を見つけました」

 

 そういう篠澤さんは少しだけ嬉しそうだった。

 そんな彼女に俺の『心』を少しだけ見せることにした。

 

「趣味です」

 

 俺がそう言うと、篠澤さんはふわりと頬笑みを浮かべた。

 

「……趣味ならしょうがない」

 

 趣味は彼女に話した。

 だから次は『夢』を話すことにした。

 

「自分の手でトップアイドルを育てるのが、俺の夢なんです」

「わたしはきっと、夢の役には立たないね」

「それでもいいんです。趣味だから」

 

『普通の』担当アイドルなら、失礼なことを言われてる。と怒るだろう。

 だけど、篠澤広は『普通の担当アイドル』ではない。

 

「…………趣味ならしょうがない」

 

 納得して、笑ってた。

 

 そして俺は彼女に『覚悟』を見せる。

 

「趣味だからこそ、本気でプロデュースします」

 

 趣味は夢に負けない熱量を見せると、証明するために。

 

「……うん」

 

 首を縦に振る篠澤さんに、俺は言葉を続ける。

 

「新鮮で、苦しくて、ままならない。そんな日々を期待していますよ」

 

 俺がそう言うと、篠澤さんは笑顔で胸を張りながら、

「任せて。きっと、すごくたのしいよ」

 と答えた。

 

『意味不明』だった篠澤広というアイドル候補を、理解出来たように思えた。

 そんな時間だった。

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