広 side ②
プロデューサーと一旦離れたあと、私はお手洗いでお化粧を、直していた。
化粧品が入ったポーチは、千奈がプレゼントしてくれた。
『こちらのお化粧品一式は、篠澤さんにプレゼントいたしますわ!!』
『え……いいの?』
『はい!!時間と共に崩れてしまうのがお化粧です。途中でお手洗いとかで直すものです』
『どうやって直すの?』
『それを今から教えますわ』
こうして私は、千奈からお化粧の直し方を教えてもらった。
鏡で姿を確認してみると、確かに目元のファンデーションが少し落ちていた。
「なるほど。こういう所を直すんだね」
私はポーチからファンデーションとスポンジを手に取って、目元の崩れたお化粧を直した。
そして、お化粧を治 直した私は、お手洗いの外に出た。どうやらまだプロデューサーは戻って来ていないみたいだった。
「少し遠くに行ってるのかな?」
なんて思いながら、外していたノイズキャンセラーを、耳につけようとしていた。その時だった。
「……あれ、篠澤さん?」
私の名前を呼ぶ声がした。
プロデューサーでは無い声。
『聞いたことの無い声』に私は不審に思いながらも、その声の方へとふり向く。
「やっぱり、篠澤さんだ」
『全く見覚えのない人物』が私の名前を呼んで、さらには私を私だと認識していた。
得体の知れない恐ろしさ。が身体に走る。
「……誰?」
私はその得体の知れない人物に、話しかけた。
本当は無視をしようと思ったけど、襲われたら危険だから。
普段は持ってるスタンガンは今日は持ってない。
プロデューサーとのデートでは不要だと思ってたから。
なんとかプロデューサーが戻ってくるまで、時間を稼がないと。
「え……僕のこと……覚えてないの?」
「知らない。覚えてもない。誰?なんで私の名前を知ってるの?」
「ぼ、僕は!!篠澤さんと同じ大学に通ってて!!同じ研究室にいたじゃないか!!」
「…………知らない。あの研究室に居たのは、私と教授だけだった」
そう。私が大学にいた時に、研究室に居たのは私と、いつも私のことを気にかけてた、教授だけ。
他の人なんて、記憶が無い。
「そ、そんな……」
「勝手に傷つかれても困る」
私にとっては全く知らない人が、いきなり知人を名乗ってきて、私の名前を呼んでくる。
恐怖でしかない。
プロデューサー。早く戻って来て。
私がそう思っていても、時間はなかなか過ぎてくれない。プロデューサーが戻ってくるまでの間、なんとかこの不審者の相手を、しなければならない。
「し、篠澤さんは……どうしてこんな場所にいるの……?」
「デート」
「………………え?」
私の返事が予想外だったのかは、わからない。
目の前の不審者は固まっていた。
「ぼ、僕の方が……先に……篠澤さんに……」
「デートの邪魔だから、どこかに行って欲しい」
「…………っ!!!!」
私が本音をぶつけると、不審者は何だか良く分からない顔をしていた。
そして、不審者は私の目を見ながら言ってきた。
「し、篠澤さんの彼氏を確認しないと、僕は認めない……っ!!!!」
プロデューサーは私の彼氏では『まだ』無い。
でも、そんなことをこの人に話す義理もない。
すると、不審者の後ろから私が待ちわびてた人が、姿を現してくれた。
「はぁ……大変申し訳ございません、篠澤さん。ちょっと目を離した隙に、こんなことになってるとは……」
「もう、プロデューサー。遅すぎるよ」
私はプロデューサーに、文句を言った。
プロデューサーの手にはスポーツドリンクのボトルがあった。
「並んでいる人が多く、ドリンクを買うのに手間取ってしまいました。こんなことになるなら、最初から用意しておくべきでした」
「ふふふ。次のデートでは、改善してね」
「了解です」
私が不審者の隣を通り過ぎて、プロデューサーの所へと歩いて行こうとした時だった。
「し、篠澤さ……」
不審者が私に向かって手を伸ばしてきた。
嫌だ。プロデューサー以外の人間に、触られたくない。
そう私が思っていても、身体は固まってしまって、動かない。思い通りに動かない身体を恨んだのは初めてだった。
でも、不審者の手は私に届くことは無かった。
「アイドルに許可なく触るのは許されませんよ」
「プロデューサー……」
眉間に皺を寄せて、プロデューサーが不審者の手を握りしめていた。
ここまでプロデューサーが、怒ってる姿を見るのは、始めて。
「あ、あんたはなんなんだよ!!」
不審者がプロデューサーに向かって怒鳴りつけている。うるさい。私はプロデューサーの背中の後ろに、ひっそりと隠れた。
さっきまであった不安な気持ちが一気に無くなってきた。
「篠澤さんのプロデューサーです。彼女は俺の担当アイドルです」
「プロデューサー……篠澤さんが……アイドル……」
「なので、勝手に篠澤さんに触られては困ります」
プロデューサーがそう言うと、不審者は怪しげな笑いを浮かべて言ってきた。
「プロデューサーが担当アイドルとデートなんかしていいのか!!??スキャンダルになるぞ!!」
「…………そうですね」
まぁ、あの不審者の言葉にも一理ある。
でも私は『アイドル候補生』だから『アイドル』では無い。
プロデューサーはどうやって、この不審者を追いやるのかな?
と、思っていたら、プロデューサーは不審者の耳元で何かを囁いた。
すると面白いことに、不審者の顔が真っ青になった。
ふふふ。面白い。始めて目の前の不審者を、面白いと思えた。
プロデューサーは一体何を、言ったんだろ?
後で聞いてみよう。
「ぼ、僕を脅してるのか!?」
「違いますよ。俺はあなたの『個人情報を話しただけ』ですよ?」
「な、何でそんなことをお前が知ってるんだよ!?」
「篠澤さんをプロデュースするにあたって、彼女の身の回りは片っ端から調べてあります。潜在的にファンになるなら気にはしませんが、篠澤さんに仇なすなら容赦はしません」
「…………っ!!!!」
わぁ。プロデューサーが、すごくかっこいい。
この姿は誰にも見せられないね。
私のためにすごく怒ってる。そういう所が、好き。
「立ち去ってください。これ以上は時間の無駄かと」
プロデューサーがそう言うと、不審者は悔しそうに顔を歪めながら、その場を去っていった。
「…………お疲れ様。プロデュー…………え?」
「大変申し訳ございません。非常に怖い思いをさせてしまいました」
私の身体が、プロデューサーの大きな腕の中に、ある。
抱きしめられている。
「……いいよ。何も無かったし」
「反省してます。プロデューサー失格ですね」
「……ふふふ。アイドル失格な私だからね。プロデューサーが失格なら、お似合いだね」
「…………後悔くらいさせてください」
「じゃああと五分だけ。このままでいて。そうしたら許してあげる」
「……はい。お安い御用です」
「嬉しい。多分。今日一番」
ぬいぐるみを取った時よりも、レーシングカーゲームでプロデューサーに買った時よりも、今こうしてプロデューサーに抱きしめてもらってることが、嬉しい。
「ふふふ……あの不審者も、少しは役にたったかな」
そんなことを私は、プロデューサーの腕の中で呟いていた。