第三話
「ばかな……ありえない。こんな食事が……」
篠澤さんが食べていた『未来食のような物体』は調べたところ『完璧な栄養バランスで作られた食事』であることがわかった。
しかも、ほとんどの食材をペーストにしているから、消化にも良く、更には咀嚼力の弱い篠澤さんでも難なく食べられる。
まさに『彼女のために用意された食事』とも言えた。
「認めるしかない。この食事が篠澤さんにとってベストな物だと……」
俺がそう呟いていると後ろから男の声が聞こえてきた。
「聞いたぞ。お前、篠澤広のプロデュースをしているんだってな」
「……なんだ、お前か」
その声に俺が振り返ると、同じプロデューサー科でしのぎを削る旧知の友人が立っていた。
「なんだとはなんだ。全く。昼休みの時間にお前の姿が見えないから探していたんだ」
「それで?一緒にご飯を食べたかったのか」
「馬鹿野郎。そんなんじゃねぇよ。昼休み後の授業の場所が変わったから、それを伝えに来たんだよ」
「そうか。それはすまなかった。ありがとうな」
俺がそう言うと、彼は少しだけ笑みを浮かべながら言ってきた。
「俺もプロデュースするアイドルが決まったぞ」
「そうか。おめでとう。誰なんだ?」
俺がそう問いかけると、彼は少しだけ誇らしそうに言葉を返した。
「月村手毬だ」
「……よくスカウト出来たな。かなり数のプロデューサーが門前払いを食らっていたって聞いてるぞ」
それに彼女は『問題児』でもある。
まぁ軽く調べてはいたが、そのほとんどが『悪質なデマ』であるとは思っていたが。
「……まぁおれも最初はかなりきつく当たられたけどな。でもこれからだよ。少しづつ信頼を積み重ねていこうと思ってる」
「そうか。まぁ応援してるよ。いいアイドル候補をスカウト出来てよかったな」
少なくとも、篠澤広よりはトップアイドルに近い位置にいるのは間違いないからな。
そして、友人と共に変更された教室で授業を受けていると、あさり先生が大切な言葉を言っていた。
「みなさん。授業を終える前に、プロデューサーとして大切な心構えを一言だけ」
先生はそう言うと、人差し指を立てて言葉を続けた。
「担当アイドルを深く理解すること。基本にして極意ですよ」
…………。
なんて難しいんだ。
そう思って隣を見ると、友人も頭を抱えていた。
……なんて言うか、同じ悩みを抱えてるんだなと思ってしまった。
授業を終えた俺は、あさり先生に言われた言葉を思い返していた。
そうだな、一度彼女の生まれ故郷に行ってみるか。
それと、彼女の両親にも挨拶をしておこう。
そう考えた俺は、出張の手続きをするために職員室へと向かった。
そして、必要な書類に理由と場所を記載して、先生に提出をした。
「あさり先生。ちょっと篠澤さんの生まれ故郷に行ってきます」
「なるほど。先程のわたしの言葉を受けて。ですね。よいこころがけですね」
「はい。それとダンスレッスントレーナーにちょっと話があるんですけど……どちらにいらっしゃいますか?」
「あぁ、彼女でしたらまだレッスン室に……」
「なんだ、あさり。わたしを探してたか?」
俺とあさり先生が話をしていると、ダンスレッスンを担当しているトレーナーが後ろから授業を終えてやって来た。
「いえ、あなたに用があるのは自分です」
俺がそう言って彼女の前に立つと、トレーナーは俺の顔を覗き込んだ後、ニヤリと笑った。
「なるほどな。お前、篠澤広のプロデューサーだな」
「はい。よくご存知で」
「有名だぞ。お前ほどのプロデューサー候補が、あの篠澤広を担当しているってな」
…………。
お前ほど。などと言われるのは悪い気分では無いが、担当アイドルを低く言われるのは気分が悪い。
確かに篠澤さんは『学園最底辺』と言っていいアイドル候補だ。
だが、担当プロデューサーがそれを肯定してはいけない。
だから俺はダンスレッスントレーナーに異を唱えた。
「お言葉ですがトレーナー。篠澤さんは低く見積もられるようなアイドル候補ではありませんよ」
「……そうだな。担当アイドルを悪く言ってすまなかったよ。謝罪する」
そう言ってトレーナーは軽く頭を下げてくれた。
そして、俺は彼女に本題を話し始めた。
「篠澤さんですが、通常のレッスンをこなすことはまだ無理ですよね」
「あぁ、そうだな。根性だけはあるが、その根性に耐える身体を持ってない」
「そうですね。なので、こちらのレッスンを代わりにやらせるようにして下さい」
俺はそう言って、懐から篠澤さんのトレーナーメニューが書かれた紙をトレーナーに手渡した。
「これは……なかなか……」
中身に目を通したトレーナーは、少しだけ眉をしかめていた。
「高齢者用のリハビリメニューを自分なりにアレンジしました」
「……こんなことまで出来るプロデューサー候補なんてお前くらいなもんだよ」
「ありがとうございます。そう言って頂けると、昨晩の努力が報われます。篠澤さんにとっては普通に登下校するだけでもハードトレーニングなんです」
「了解した、これを篠澤広用のトレーニングメニューに採用する」
「ありがとうございます」
俺はトレーナーに一礼したあとに、少しだけ冗談交じりで話を続けた。
「篠澤さんは、何年も地下牢に繋がれたお姫様みたいなものです。HPが1しかないので慎重に指導しないと死んでしまいます」
「ははは。肝に銘じておくよ」
こうして俺は要件を伝え終わり、自室へと帰っていった。
そして部屋に戻った俺は、一泊二日を予定しているので、着替えなどを用意して旅行バッグに詰め込んでいった。
「よし。これで準備完了だな」
手荷物の用意が済んだ俺は、友人にメッセージを送った。
『明日から二日間出張で不在になる。帰ってきたらノートを写させてくれないか?』
すると直ぐに既読がついて返信が来た。
『ジュース一本で勘弁してやるよ』
『ははは。ありがとな』
『じゃあ、気をつけて行ってこいよ』
不在の間の懸念材料を無くし、俺はベッドに入った。
「明日は早起きだからな。寝坊しないようにしないと……」
篠澤広をプロデュースすることになってから、昨日は一睡もしていない。
身体には疲れが溜まってる。
……だけど不思議な充実感があった。
「困難なほど……楽しいからな」
俺はそう呟いて、部屋の明かりを落とした。