第六話
「娘には、アイドルとしての才能はあるのか?」
お父さんは真剣な目でこちらにそう問いかけてきた。
親としては聞いておきたいところだと確信してる。
そして、必ず聞かれることだと思っていた。
だから、俺はその目をしっかりと受け止めて、言葉を返した。
「篠澤広さんに、アイドルの才能は、微塵もありません」
「ない」であろうものを「ある」とは口が裂けても言えない。
教授相手だろうが、両親が相手だろうが、ここに嘘をつく訳にはいかない。
「……なるほどな。広にアイドルの才能は無い。……か」
「ふふふ。言いづらいことを言ってくれてありがとう。ちなみにプロデューサーくん。広はアイドルになれるのかしら?」
「現状では難しいですね。アイドルになれるとは到底思えません」
俺がそう答えると、お父さんが今にも殴りかかってきそうな雰囲気で拳を握りしめていた。
……こ、怖い。だが、嘘を言うわけにはいかない。
現状。初星学園では最底辺にいる彼女だ。
通常のレッスンをまともにこなせない。
歌えないし、踊れない。
プロデューサーがつかなければ退学すらありえただろう。
そんなレベルにいる彼女を、無責任にアイドルになれるなんて言えるはずが無い。
「……ならばプロデューサー。お前はどうして娘のプロデューサーになった」
「篠澤さんから頼まれたからです。1ヶ月だけのお試しで」
「ふふふ。あの子らしいわね」
「自分が提示した課題をクリア出来なければ、プロデューサー契約は打ち切ると話をしています」
まぁ、実際はそうでは無いのだが、彼女にはそう話してある。両親から話が行くとは思えないが、ここではそう話しておこう。
「そうなのね。ちなみにプロデューサーくん。広にはどんな課題を与えているのかしら?」
「はい。週間の課題は『健康になること』篠澤さんの健康診断の結果は最低です。まずは食生活の改善に手をつけました」
「……まぁ、道理だな。それで、週間ということは、月間の課題も用意してあるのだろう?」
「はい。月間の課題は『立てるようになること』です。具体的には『片足立ちが10秒』出来るようになってくれ。そう伝えています」
「………………」
「………………」
俺の言葉に、二人が声を失っていた。
まぁ、気持ちは理解出来る。
そんなことも出来ないのか?という気持ちだろう。
「……広はそんなことも出来ないのか?」
「出来ません」
「そ、それだとレッスンとかは……」
「現状。篠澤さんは通常のアイドルレッスンをこなすことが出来ていません。何かある度に保健室に運ばれています」
「……そうだったのか」
「……もう少しあの子の健康に気を使うべきだったと後悔してるわ」
そう言うお母さんに、俺はしっかりと胸を張って言う。
「ですが、自分がプロデューサーになったからには、本気で彼女をプロデュースさせていただきます」
そして、俺は二人にダンスレッスントレーナーに渡した『篠澤広特別トレーニングメニュー』を提示した。
「座学の授業は免除の手続きをとりました。あとはこちらがダンスレッスントレーナーに提出した、篠澤さんのトレーニングメニューになります」
「……ふざけているのか?」
「……これって」
「高齢者用のリハビリメニューを自分なりにアレンジしました。ダンスレッスントレーナーには採用の許可を頂いています」
「…………」
「ご納得いただけないようでしたら、篠澤さんの学内での様子は逐一連絡させていただきます」
「それはありがたいわね。私達も納得できると思うわ」
「ありがとうございます」
俺はそこまで話したところで、出された麦茶を一口飲んだ。
とても良く冷えていて美味しかった。
かなり緊張していて、喉がカラカラだったからな。
「……そうか。広にはアイドルの才能は無く、現状ではアイドルにはなれない。と」
「そうですね。正直に話をさせていただければ、そうなります」
「そうなると、ますます貴方が広のプロデューサーになったことが理解出来ないわ。どうしてなのかしら?」
首を傾げるお母さん。その言葉は俺にもわかっていなかった。
でも一つだけ言えることがあった。
「どうして自分が篠澤さんのプロデュースを引き受けたのか。それは俺もわかっていません」
「そうなのね」
「……ですが」
俺はそう言って、二人の目を見ながらしっかりと自分の気持ちを続けた。
「困難な仕事ほど楽しい。やりがいがある。そう思ったからです」
「……そうか」
「ふふふ。ありがとう。君みたいな子が広のプロデューサーになってくれて嬉しいわ」
お母さんは比較的好意的に見てくれているのがわかった。だが、お父さんの方はどう見ても納得していない様子なのが見て取れた。
そして、時刻は夜に差しかかろうとしていた。
「今日は貴重なお時間をいただいてありがとうございました」
俺はそう言って二人に頭を下げた。
「ふふふ。私も広の話が聞けてよかったわ。それと、貴方の正直な話が聞けて」
「そう言って頂けると助かります」
「学園での広の様子を送ってきてくれるのを楽しみに待ってるわ」
そして、俺は手荷物をまとめて椅子から立ち上がった。
「これから夕飯だけど、一緒にどうかしら?」
「いえ、そこまでお言葉に甘える訳にはいきません。ホテルのチェックインの時間もありますので」
「あら、残念ね」
「すみません。お気持ちだけいただきます」
俺はそう言ってご両親に頭を下げた。
本当は夕飯を食べる時間くらいはあるが、流石にそこまでしてもらう訳にはいかないし、緊張で死んでしまいそうだ。
「では自分はここで失礼させていただきます。お邪魔しました」
「……玄関まで送ろう」
「ふふふ。じゃあお見送りはパパに任せるわ」
そして、居間を出て、玄関で革靴を履いていると、お父さんが俺に話をした。
「……広のことを、よろしく頼む」
「はい。責任をもって、全力でプロデュースします。そして、彼女がライブを出来るようなアイドルになったら、お二人をライブに招待します」
「……期待している」
こうして俺は篠澤家を後にした。
……本当に緊張した。自分で自分を褒めてやりたい。