私は「提督」という職業に就いている。世間一般的には余り聞きなじみのない言葉だと思う。恥ずかしながら自分自身も適性検査を受けるまでは全く知る由も無かった。
ある日、突然日本近海に押し寄せた正体不明の生物。それらは深海棲艦と呼ばれた。奴らは友好的な存在では無かった。海を荒らし、本土までジワジワと距離を詰めてくる。害獣のそれよりもずっと質が悪く、日に日に被害は拡大していく。もちろん黙っているだけの人類ではなく、駆除をしようとした。しかし、ミサイルを撃とうが、何をしようがどうしようもない。そのどれもが全く歯が立たなかった。
そうして人類が敗北をし、もうダメかと誰もがそう思った時、艦娘なる謎の存在がどこからともなくやってきた。それらが新たなる敵であったのならそれこそこの世の終わりだが、幸いにも人類の味方であるようだった。喫緊の課題である本土は彼女らの活躍によりどうにか守り切る事が出来た。しかし深海棲艦は完全に撃滅しきってはいない。それらに対応するための組織づくりこそが次なる課題だった。
艦娘を指揮する存在である提督は当然軍部の中で決められることとなった。飛び切り優秀な何人かの軍人が選抜され、艦娘へと相対した。当然承認されるものだと思った。しかし、彼女らは首を縦には振らなかった。艦娘の言う提督とは、どうやらその中にはいないようだった。生命を賭けてでも戦いたいと思えるような人こそが艦娘の言う提督であるそうだ。反対意見は多く出たものの、艦娘が了承をしないのだからどうしようもない。提督を探すため、ほどなくして一般人の中から資質を持つ者を探すことになった。
そんなこんなで紆余曲折合って俺が選ばれることになってしまった。ホワイト企業とは口が裂けても言い難いものの、ほどほどに小さな幸せを噛み締める生活をしていたというのに。俺の日常は一瞬にして終わりを迎え、そうして現在に至る。
一言だけ言いたい。提督をどうにか辞めさせてはいただけないでしょうか。
*
自分で言うのも何だが、昔から私は要領のいい人間では無かった。叱責や罵倒を受けることも少なくはなかった。無論今も性質はそのままだ。私がここにいるのは成長したわけではなく、たまたま提督の適性があった、ただそれだけなのだ。
なのに、それだというのに艦娘達はそのほとんどが酷く友好的だ。中には初対面同然で大好き、等と愛を囁かれることすらある。艦娘達はどれも見目麗しい少女から女ばかりだ。自分にそんな価値などはないのに、はっきり言って気味が悪い。
断言できる。この提督という立場にメリットは何もない。こんな一般人Aにこの世界の未来という重圧を背負わせるのは絶対におかしいと思う。そんなことを言ってもどうにもならないのだからやるしかないのだが。
艦隊運用を始めてから約半年ほど過ぎたが、幸いにして今のところ大きな失敗は起きてはいない。そう、轟沈は。
国を挙げての大規模な検査により出てきた提督の資質を持つ者は、私を含めてたったの20人であった。そして私はその中でほぼ最低に近い評価を受けている。曰く、臆病者。協調性のかけらも無い。何故こんな男に適性が。これらは全て他の提督や軍部からの批評であった。そして、それらは悲しいことに全て言いがかりでもない事実なのだ。
元々期待はされていなかったため、当初の役割は他のサポートや資源の確保などの任務が主となっていた。そういった立場に甘えてか私は近海以外への出撃を必要最低限以上に行うことはまず無かった。他には資源確保のために遠征をするものの、花形とされる海域の確保などは他の提督へ任せっきりになっていた。
保守的な艦隊運用はハッキリ言って世間からの見え方が悪い。上からの命令は変化した。ここも他と同じように深海棲艦を撃滅し、海域の確保を進めろとのものだった。
しかし、上の命令に逆らい私は当初から運用を変えなかった。周辺海域の安全を最優先にしているということでなんとか誤魔化しているが、実際のところはただ単に私が責任を逃れたいだけという自己保身でしかないのだ。
私にとって轟沈は怖い。彼女らはただの兵器だと、そう考える提督もいる。しかし、どうしてもそうは思えない。ひとたび出撃をすれば深海棲艦へ対抗できる、世界でただ一つの存在である艦娘は見方によればまさに兵器そのものだろう。だが陸へ上がれば私たちと同じように喜んで、怒って、哀しんで、楽しむ。そんな姿を間近で見てしまったら最後、割り切ることなどできるわけがなかった。
そんな提督として情けない姿を晒し続けた結果として、ここの基地は他から大きく孤立していくこととなった。資源などの融通も打ち切られた。艦娘たちには申し訳ないが、個人としてはそれでも良かった。なぜなら、無能な提督に対する処遇としては決して不当と言えるものでは無かったからだ。そうしたことが続き、最終的に私を解任するという話も出てきた。それも良いと思った。私は艦娘を指揮し、そうしてこの近海の安全と国民を守るという重責から離れたかった。それと同時に私でさえなければ上手くやれる者が大量にいるだろうとも思ったからだ。
しかし、その話が実行に移されようとした時、普段は大人しい艦娘たちが荒れ、決定に噛みついた。私程度がいて一体何になるというのか。そんなことを思っていたが、実際にそうなってしまったのだから訳がわからない。
私への辞令が来た。艦娘たちは首を縦に振らなかった。
後任の提督が来た。艦娘たちは首を縦に振らなかった。
支援の一切を打ち切ると言われた。艦娘たちは首を縦に振らなかった。
いよいよ上は対応に苦慮した。私だけならどうとでもなるのだろうが、問題は艦娘だ。人類が手も足も出ない存在である深海棲艦に唯一対抗できる存在を敵に回す。少し考えただけでもその恐ろしさがわかるだろう。
結果、私を解任するという話は白紙になった。表向きは話し合いによる双方の合意によるものだとされているが、それが建前であることをあの場にいた私が1番よくわかっていた。軍の上層部が直々に来て、そうして青い顔をして帰っていった。
我々の基地でもリーダー的存在である榛名の発言を私はどうしても忘れられない。彼女は普段の物腰こそ柔らかではあるが、実力は確かであり多くの艦娘から慕われており、少なくとも私は笑みを絶やした姿を見たことがなかった。そんな彼女が無表情で淡々と話していた姿を見て狂気を感じた。
「私たちの提督が提督である間は、全力を尽くしてこの国のために深海棲艦と戦わせていただきます。ですが、その前提が崩れてしまったとき、私たちの怒りの矛先がどこに向くのか。そういったことをよく考えた上でもう一度お伺いします。ここの提督は一体誰がふさわしいですか」
これはもう誰がどう聞いても脅しだった。守るための刃を向けるぞ、と。そう言っている。了承することしか許されないオーラがあたりに漂っていた。長い長い沈黙の末、要求を呑む。とそう告げられた。私は頭が真っ白になった。有り得ないだろう、こんなことは。決定がこうもあっさりひっくり返ってしまったら組織というものの在り方がわからなくなってくる。
あちらの護衛にも何人かの艦娘はいたが、幸いにも実力行使に出られることはなかった。上層部が抱える艦娘であり、戦ったら負けていたのはこちらで間違いないだろう。正直ここは運が良かった。判断としては勝てるにしろ、内輪で戦力が減ることを恐れたのだろうと推測する。
どうやらうちの艦娘は何故か「少しばかり」強いらしい。後々本人たちから教えられた。最近は他のところと関わる機会がほぼなく、恥ずかしながら私自身このときは全くわかっていなかったのだが。していることと言えば、近海の警備と遠征くらいのはずだが、とにかくそういうことらしい。よくわからない。
そうしてこちらの要求である、「提督を今後も続投させること」、「以前のような不当な扱いではなく、他のところと変わらぬ支援を受けられるようにすること」を書類ではっきりと交わし、その日は終わりを迎えた。
妙にピリついていた雰囲気から一転、まるで盆と正月が同時に来たかのような、それほどまでの盛り上がりが基地に広がった。ささやかな懇親会と言いつつ、その日は盛大なパーティが開かれた。普段は上司がいると楽しめないだろうからなどど、あれこれ理由を付けて断っていたのだが、流石に今回欠席することはできなかった。
せめてもの抵抗として、乾杯だけしてさっさと帰ろうともしたが会が始まって早々に脇をしっかりと固められてしまい、計画は諦めるほかなかった。
その日は入れ替わり立ち替わりでほとんどの艦娘と相対したが、そのいずれもが私に対する賛辞の言葉を語っており、そこにネガティブさというものは欠片も感じなかった。私は正直に言った。そんな評価を受けられるような人間ではないと。彼女らはそれを謙遜だと、続けて自分たちが着いていく提督は貴方で間違いなかったと語る。
私は思った。彼女らは私という本当はいもしない完璧な提督に対して崇拝をしている。
私は中身がないのにその外側ばかりを見られ、賞賛されてしまっている。それすらハリボテそのものであり、何が評価されているのか全くわからないが。しかし、その中身がいつか知れわたり、失望されてしまうことがたまらなく恐ろしい。信頼されればされるほど、本当と偽物との食い違いが広がっていってしまう。
常に考えることは失敗をしないことだけだ。騙されていたのだと知り、今自分に向けられている好意が悪意に変わってしまったときのことを考えて毎日怯えるばかりだ。
ただ一人、私の本性を知る艦娘がいる。それは駆逐艦「霞」だ。付き合いはそれなりに長く、霞だけは提督ではなく私という人間を正当に評価してくれていると、心からそう思う。私が今辛うじて提督でいられているのは全て彼女のおかげだ。
なんて、そんなことを面と向かって話すことはできないが。
*
「ですから、私たち艦娘は国のためにそして何よりも提督の役に立ちたいのです。直接話をさせてください」
「待ちなさい。司令官は司令官なりの考えがあってこの判断をしているのよ。そもそも、出撃のような重要事項について意見をするのは御法度のはずだわ」
「では、霞はこの現状に我慢が出来るのですか!?提督が上から不当な評価を受けているのですよ!」
「そんなこと一言も言っていないじゃない。ただ、決まりは決まりよ」
「薄情ですね。提督はどうして霞のような者を秘書艦にしているのでしょうか」
「はぁ?司令官の考えにケチを付ける気かしら?」
「いいえ。貴方が提督を脅しているのではないかと考えたまでです。提督ほどの素晴らしい方が足枷を付けて動きを制限されているのが我慢なりません!」
今後の艦隊の方針について意見があるとのことだったので、部屋の外で対応をお願いしていたが険悪な雰囲気を感じ急いで扉を開ける。
「あっ、提督、お疲れ様です」
そこには戦艦「榛名」と普段と変わらぬきつい目をした駆逐艦「霞」が対峙していた。榛名は一旦敬礼をした後バツが悪いのか俯いている。
「あら、出てこなくてもいいのよ。私が対応しておくから中で仕事でもしていなさい」
「それは貴方にとって不都合が出るから提督に話を聞かれたくないということですか?」
一旦落ち着いたかと思ったらまたもやヒートアップしている。これはまずい。
「少し落ち着いてくれ。話は少し聞こえていたが、出撃をしたいということでいいか?」
「はい提督。仕事の邪魔をしてしまい申し訳ございません。しかし、どうか出撃の許可をいただけないでしょうか。必ずや最高の結果を約束します」
榛名は私のことを気遣ってこんなことまで言ってくれている。それはありがたい。ありがたいのだが・・・
「榛名、ありがとう。その気持ちは受け取らせてもらいたい。ただ、私は少しでも危険があるところにはなるべく行かせたくないと考えている。今作戦は練っているのだが中々難しくてな」
「そうですよね。心配していただいていることについてはとても感謝しております。貴方が我々のことを思い、轟沈しないように安全な海域とルートを指示くださるおかげで今日まで誰一人欠けることなく来ることが出来ました。感謝してもしきれません」
「じゃあその提督の考えを否定するのが感謝した結果なのかしら」
「ええ、そうです。被弾をし、轟沈をすることがどんなに恐ろしいことかは実際に戦場に行く私たちが一番よくわかっています。しかしそれ以上に提督が侮辱をされているのが我慢できません」
覚悟の決まった瞳ではっきりとこちらを射抜いてくる。そんな真っ直ぐな榛名から目を逸らしてしまう。こんなことを言ってくれているのに、結局自己保身を優先する私はなんと心が汚いのだろう。
「き、近海の警備も非常に大事な任務なんだ。私の心配をしてくれるのはありがたいが大丈夫だ。現状はこのままで行かせてもらいたい」
「提督がそうおっしゃるのでしたらこれ以上は何も言えません。しかし、先ほどの意見はここの皆の総意です。我々艦娘は一度沈んだ身。新しく授かった身体で貴方の役に立ちたいのです。どうか、英断を。それでは、失礼いたしました」
お辞儀をし、その場から立ち去っていった。そんな榛名の後ろ姿をぼんやりと眺めてしまっていた。きっと最後の発言に対して違和感を覚えたに違いない。そうしていつか私の醜い本性に気付くのだろうか。
「ほら、しゃきっとしなさい」
背中に衝撃を感じたので振り向く。霞が発破をかけてくれたようだ。
「ありがとうございます。そして申し訳ございません。また憎まれ役を買って出てもらって」
「別にいいわ。その方が話がスムーズに進むでしょ。それと口調戻ってるわよ」
「すみません、じゃなくて。ありがとう」
「別にいいわ。ありがたいと思うなら仕事で返しなさい」
そんなことを言いながら執務室に入って行った。着いていくように私も入り、書類仕事に取り掛かる。
霞には本当に頭が上がらない。ここに来た頃からいつもフォローしてもらってばかりだ。しかしお世話になるばかりではダメだ。こういった私絡みのトラブルも増えてきている。早く一人前の提督にならなければ。
そんなことを考えながらいつも通り毎日のルーティーンをこなしていく。
なんとなくいつもの日常が変化していく気がした。
「アンタはそのままでいいのよ。私はそれについていくだけだから」
なるべく早めの投稿を目指します。
そんなに長くは続かないと思います。