ご自身のお気に入りの艦娘がそういった扱いを受けているのは面白くないと思いますが、話の都合上そこはご理解の上読んでいただければなと思います。
あと、話に出している艦娘は皆大好きです。霞が突出しているだけで。
デスクでたまった書類を捌く。やることと言えば承認や報告書を読み込むくらいなのだが、基地全体のことだけでなく他の鎮守府や基地から回されるものもあり、いかんせん量が多い。
恐らく出撃をしない代わりに回されているということだろうか。こんなのとても処理しきれないのだが、霞がチェックをしたものが回ってくるので訂正をすることはほとんどなく、私の苦労は必要最低限で済んでいる。
遠征の報告書に目を通す。今回は高速修復材を回収できたようだ。大成功、と判を押す。
燃料などのようにまとまった数が湧いてくるわけでもなく、大体バケツ1杯分くらいだろうか。これを身体にかけるだけで艦娘の傷が治るというのだから不思議なものだ。
最近は深海棲艦の侵攻も激化してきたようで、資源と合わせて上に送っている。まとまった数も溜まってきたがここで使う分だけは確保しておかなければ。
えーと、次は・・・え?
「ああ、それね。中身は練度上限の引き上げができるってだけの話よ。うちも練度が高い艦娘も増えてきたから丁度いいわね」
「いや、まぁそうなんなんだろうけどケッコンカッコカリって名前はおかしくないですかね」
「そんなこと私に言われても困るわよ。何にせよ現状は各提督に1つずつしか指輪と書類は渡されないみたいだし、よく考えることね」
一緒に手渡された書類を見るとうちの艦娘の練度表だった。今のところの上限である99に達している艦娘は多くいた。艦隊の強化に繋がるというメリットしかない任務だが・・・うーん。
「この前にあった合同演習でうちの艦娘は上限引き上げについては知ったはずだから先送りにするとマズいと思うわよ」
淡々と業務を進めていた霞がボソリと怖いことを言う。戦力強化を怠って仕事をしない提督だとわかり、そこから巡り巡って失望されることだけは避けなければならない。
かと言って、こんなものを渡す勇気などサラサラない。恐らく誰に渡そうが嬉々として受け取るだろう。私がどう見られているかはなんとなくわかる。当然だ。あちらから見れば有能な提督からの贈り物など断る理由がどこにあるのか。
しかしながらそれはただの虚像なのだ。いつの日か必ず来る私の本当の姿が発覚したときに私から渡された指輪を見てどう感じるのだろうか。良い感情でないことだけは確かだ。
とびきり活躍してくれて、そして何よりも私という人間をわかっている艦娘。そんなの彼女しかいないじゃないか。
「消費する燃料と弾薬の量が減るみたいだし、やっぱり戦艦や空母がいいんじゃないかしら。榛名さんや翔鶴さんとか。耐久力が上がるからそれに難がある潜水艦や補助艦もいいかもしれないわね。それとも・・・」
「霞」
「へ?」
「色々考えたが相手は霞しかいないと思いまして。練度も高いですし、ほら、普段から出撃でも活躍してくれています。ここの最古参として皆からも異論がないかなぁと」
まだここに2人だけしかいなかったときの「用があるなら目を見て言いなさいな」という言葉を思い出す。それに倣うと霞は無表情でこちらを眺めていた。返事を待ち、経過した時間が1分、2分と経過した頃だろうか。
「あ・・・ごめんなさい。少し驚いていたから。いいわよ。ここのトップであるアンタが言ったことだし。これを付ければ良いのね」
「ちょっと待って」
いつもの淡々とした霞にしては珍しく、余裕がなさそうだと感じた。そうして自分でそれを装着しようとする姿に何となくこれではよくないと思い、手に持っていた指輪を強引ではあるが奪った。そうして、改めて霞の左薬指にはめた。自分よりもずっと頼りがいのある存在がここまで小さい手だということに驚いた。
「これまで私を支えていただき、ありがとうございます。これからも苦労をかけると思いますが、また一緒に頑張れればなと思います」
「ええっと、その、ば、バカァ」
思いが通じたかは分からないが、そんなことを言いながら執務室から走り去ってしまった。あんな泣いたような笑ったようなクシャッとした笑顔を初めて見た。霞のことは仕事のことを何でも任せるパートナーであり、尊敬すべき存在と考えていたが、今だけは見た目通りの守らなければいけない1人の少女のように見えた。
*
あれからどこか関係がギクシャクしているような気がする。顔を合わせる機会も減った。
前までは出撃する機会も少なく秘書艦に専念してもらっていた。練度が上限に達したため、他の艦娘が育成する機会をなるべく増やす必要があるからだ。
しかしながら、例の1件によって久しぶりに出撃がメインの日常を霞は送っている。今現在の秘書艦は交代交代で色々な艦娘にお願いしている。
対外的には多くの艦娘に経験させることで不測の事態に備えることができるという理由にしている。
何日も同じ空間で一緒に勤務しているとボロが出てしまうというのが実際のところだ。
顔を合わせる機会はなるべく少ない方がいい。食事も執務室で済ませており、基本的には必要最低限を除いてここの外に出ることはない。
意外だなと思ったこととして、初めての割に皆揃って要領がいい。やはり艦娘というのは海以外でも戦えるということなのだろうか。
今日来ている艦娘は軽空母の瑞鳳だ。空母にしては小柄だが、搭載数などのバランスが良くその実力は本物である。練度が上がれば正規空母並との本人談はあながち間違いでもないらしい。
今も元気に働いてくれており、とても良い娘だと思う。思うのだが・・・
「ねぇ提督!ちょっと早いけどお昼にしましょ!食堂に一緒にご飯食べに行こ!」
「すまないが遠慮させてもらう。私が行っても皆が緊張して普段通り楽しめないだろうからな」
「えー!皆提督が来てなくていっつも寂しそうにしてますよ!来たら絶対喜びますって!」
中々押しが強いのだ。あくまでも厚意でこちらを誘ってもらっているため、毎回断るのは心苦しいが仕方が無い。
「しかし、皆の誘いも断っている以上、瑞鳳からの誘いを受けるわけにはいかなくてだな」
「いいからいいから!じゃあ皆で一緒に食べましょ!それに提督、食堂に行かなくても食べられるように卵焼き作るって言ったのに断ったよね?」
「それは、まぁ、そうだが」
「そっかぁ、提督は私や皆のことが嫌いなんだ。信頼してたのは私たちだけだったんだね。悲しいな」
そんなことを言われてしまっては流石に心が折れた。事前に先回りしていたのは恐らくこのためだったのだろう。
「わかった。皆との交流も提督の務めだからな、一緒に行こうか」
「本当?やったぁ!すぐ行きましょ!私ご飯注文しておきますね!」
一目散に執務室を出てスキップしながら走っていく姿を見て、1回くらい行っても罰は当たらないだろうと、そう考えた。
*
この食堂に入るのも随分久しぶりだ。この前の懇親会以来だろうか。艦娘が一度に入れるようにとかなり広く作られている。
「みんなー!今日は提督が来ましたよ!ご飯一緒に食べてくれるって!」
そんな声を聞いてか、こちらに数名の視線が集まる。隅の方で静かにしていれば空気のように誰も気付かない可能性もあるかと思ったが、そんな甘い話はないらしい。
恨めし気に瑞鳳に視線を向けると、「ご飯は私が持ってきますから座っていてください」と返答され、厨房の方向へ行ってしまった。そういうことでは・・・
「提督、こんにちは。私たちいつも来てくれないかと待っていたんですよ。せっかくなのでこちらの席に座っていただけますか?」
そんなことを言いながら縦長テーブルの中央の席を示すのは瑞鳳の姉妹艦である軽空母の祥鳳。どちらかというと静かな印象を持っていたが、今目の前にいる彼女からはそのような雰囲気はまるで感じられない。
私の立場がここのトップの提督である以上、顔を立てないわけにも行かないのだろう。流されている自覚はあるが、誘導されたとおりに移動する。
席に着いた途端、食堂にいた艦娘がこちらへ移動してきた。昼前だからか人数は数名ではあるが、そのほとんどがこちらに集まってきている。隣には今しがた話していた祥鳳が、向かい側には同じく軽空母の飛鷹が座った。参ったな。この2人ともあんまり話したことはないのでどういったタイプなのかがイマイチ掴めていない。
「話せて嬉しいわ。今日はカレーよ。提督はよく食べるの?」
「あぁ、執務室でレトルトのやつを結構食べるかな・・・」
霞からはいつも口を酸っぱくして注意を受けていたが、楽なのだから仕方がない。仕事をする能力が低い以上ある程度休憩を削らないといけないという事情もある。
「えぇ!普段はそんなの食べてるんですか!それなら今日のは普段よりも数倍美味しいと思いますよ!」
「なら私が提督に作ってあげる。私が秘書艦ならそんなご飯食べさせないのに。霞は何をしているのかしら」
どうやら飛鷹は誤解をしているようだ。霞もその点に心配してくれているが、私が無理を言ってそうしているだけだということを伝えなければ。
「いや、私が霞に
「提督のカレー持ってきたから一緒に食べよ!ってもう席がないよー」
「あら、瑞鳳ありがとう。あとは姉である私が提督と一緒にご飯を食べるから貴方は空いてる席で食べなさい」
「えぇ!そんなのおかしいよ!大体、今回は食堂に連れてきたけどほんとは執務室で2人でも良かったんだからね!」
「うるさくしてごめんなさいね。同じ軽空母として私から後で言っておくから。今は私と一緒にご飯食べましょ」
とりあえず落ち着いてもらわなければ。この3人はそこまで普段から相性が悪いわけではないどころか友好関係が築けてたはずだが。
「一番関係ない飛鷹さんは黙ってて!提督と普段話せないからってがっつきすぎ!」
「はぁ?あなたもそれは一緒でしょ?卵焼き作るとか言って女子力アピールしちゃってバッカみたい。そんなの誰だってできるわ」
「ケンカなんかして見苦しいわ。貴方たち、普段なら好きにしてもいいけど今は提督が見ているのよ?困っているじゃないの」
「「あっ・・・」」
祥鳳に諭され、嫌な雰囲気を作っていることに気が付いた2人。
「あの、ごめんなさい。提督と話せる機会でちょっと舞い上がっちゃってた」
「私もごめんなさい。皆に囲まれてて私が話せなくなるんじゃないかって余裕なくしてた」
一緒に頭を下げてきた。私としてはこのままいつもどおりに過ごしてもらっていてそれを横目で見ているだけでよかったが、解決するならそれでいいだろう。
原因の発端は間違いなく私であるから全く他人事ではないのだが、私の知っている姿と今実際いる姿が全然重ならなくて正直困惑している。
「いいや、悪いのは私だ。普段来ないのに急に来たから迷惑をかけたな。今日は瑞鳳が誘ってくれたから、2人で食べようと思う。他の皆には悪いがまた今度の機会でいいか?」
色々あったが私の目標は多くの艦娘と関わることをなるべく避けることなので、こうなったのは都合がいいと言えば良い。あとでしっかりフォローは入れておかなければな。
「いいえ。提督は甘すぎます。空気を悪くした瑞鳳と食事をする必要はありません。2人にはしっかりと処罰を与えたほうがいいかと」
「何言ってるの?提督が良いって言ってるじゃん!」
「大体祥鳳さん、自分は関係ないみたいな態度をしているのも気に食わないわ」
まずい。全然収拾がつかない。この場を収めることができるのは私だけなのだろうが、何を言えば伝わるのか皆目見当もつかない。一度私が声を荒げたりすればいいのだろうか、いや、しかし。
「待ちなさい」
入り口から伝わる、小さくも確かな意思を感じる声に騒がしくなっていた食堂が静まり返る。そこに立っていたのは霞だった。
ツカツカと足音を立てこちらに一直線に歩いてくる。そうして喧噪の中心であるこちらにたどり着き、誰もが彼女の次に発する言葉に注目していただろう。
「アンタが提督なんだからこの場くらい収めなさいよ。ホント情けないわね」
心底あきれた様子でそんなことを言う。ぐうの音も出ない。私がもう少しうまくやっていれば今頃楽しいお昼を過ごせていただろう。
「いいわ。行きましょ。ほら」
自己嫌悪に陥り、思考の海に嵌っているところを引き上げられた。そしてそのまま腕を引っ張られ、部屋を後にした。
歩を進めてしばらくしてからも、いつもの騒がしさは聞こえてこなかった。
*
執務室に戻り、崩れるように椅子に座り天を仰ぐ。仕事はまだまだ残っているが今日はもう何も考えたくない。
ふと感じる気配に目を向けると当然ながら霞がいた。久しぶりに正面から顔を見た気がする。その目は記憶にある常に吊り上がったものとは違い、目尻が下がった優しいものに見えた。
そうだ、お礼をしなくては。こういうピンチに彼女はいつも助けてくれる。
「ありがとうございます。今回も、そしてこれまでも。あの場は自分で何とかしなければいけないところだったのに」
「そんなことは良いから隣で休んでなさい。後は私が片付けるから。アンタ酷い顔してるわよ」
「大丈夫です。私は行けます。それに、今日はこれから出撃があったはずですよね」
「いい?もう言わないわよ。休みなさい。それとも、私のことを気にできるほど偉くなったとでも言うつもり?」
「・・・ありがとうございます」
有無を言わさないその発言に頷くしかなかった。自分のことすら把握できない自分が嫌いになる。
それっきりその日は布団に入った。いつもは寝付けないが、今日に限ってすぐに寝ることができた。
「ねぇ、聞いた?今日食堂であった話」
「聞いた聞いた。またあの霞が提督を独占したんでしょ」
「そうそう。折角皆で
「瑞鳳ちゃんが今日は秘書艦だって楽しみにしていたのに途中からその役割も奪ったみたいだし」
「練度上限引き上げてもらったからって調子乗り過ぎだよね。大体あれも提督を脅して無理矢理指輪奪ったんじゃないの?」
「そうに決まってるでしょ。しかし提督も優しいから何も言えないんだろうね。可哀想」
「なら私たちでなんとかしようよ。そうだ、前言っていたあれとか」