あれからしばらくはつかの間の日常を送っていたが、そんなものは唐突に終わりを迎えるのだった。
日替わり制ではなく、以前のように霞が秘書艦を担当することとなった。
私から見た範囲で他の艦娘にしてもらった間、これと言って不都合があったようには思えなかったが、曰く細かいところでミスがあり、提督の負担になってはいけないとのことである。
「さて、悪いニュースが届いたわ。あのお偉いさん達が直々にうちに来るんですって。日時は明日のヒトマルマル、10時ね。何の用事だかわからないけど、よっぽど緊急のことなのかしら」
「明日ですか。失礼のないように対応しないといけませんね。って明日!?」
「どうせなら自分で見てみなさい。こんなこと初めてじゃないかしら」
霞から手渡された書類を上から下まで読み込む。そこには大将、中将閣下及びその側近の艦娘が重要な話をしに来るとの内容だった。
見間違いでないかと何度も目をこすったが、今見た情報から何も変わることはなかった。
何を言われるのかがわかっていれば心の準備もできるのだろうが、これではぶっつけ本番でやるしかない。
私のクビを切るためにやって来たときでさえ、艦娘以外は中将閣下だけだった。そこに大将閣下も加わるのだから、それ以上となるとどんな話になるのか想像するだけでも恐ろしい。
艦娘にも対応をお願いする必要がある。あまり大人数だとあちらに高圧的な印象を抱かせてしまうと考え、前回は榛名がその役目を担った。
本来は霞がいるはずだったが、急な出撃があり不在だったため急遽の出番となった。その結果どうなったかと言うと・・・
私としてはあのときもう提督を辞めたいと考えていたため、物静かで決定を受け入れてしまいそうでかつ、実力者の榛名は私としても、対外的にも丁度いい存在だった。
しかし、彼女の内に秘める闘志を知ってしまった以上、今回も同席してもらうかについては疑問が残る。
露骨に外したらそれはそれで角が立つだろうし。毎回頼りっぱなしだが霞に意見を聞いてみるしかないだろう。
「今回対応するにあたって、同席する艦娘は誰にしたらいいでしょうか。できれば霞さんにもお願いしたいんですけれども」
「そうね。とりあえず私はいたほうがいいでしょうね。前回対応した榛名さんも慣れているでしょうし、いいと思うわ。あとは・・・そうねぇ。翔鶴さんとかどう?」
翔鶴か・・・彼女も榛名と同じようにここを引っ張ってくれている艦娘の1人だ。実力も申し分なく、それに色々とお世話になったこともあり、いいかもしれない。
ええっと、確か。
*
食堂の一件から一晩明けた朝、軽空母の3隻が迷惑をかけたお詫びをしたいと執務室に揃ってやって来た。
後ろには翔鶴の姿もあった。この件については直接関与していないはずだが、一緒に謝りに来たということだろうか。
普段は和気あいあいとしていたはずの空間を乱したという負い目もありつつ、どちらかというと相変わらずの自分が圧倒的に落ち度があったと考えていたので、わざわざ来てもらって申し訳ない気持ちが強い。
来客対応は基本的には霞がしてくれるのだが、今回ばかりは私が直接話を聞かないわけにはいかなかった。
すぐに入口に向かおうとして立ち上がった彼女にその旨を伝えると、私を一瞥してから、
「邪魔者はいなくなればいいんでしょ」
と、そんなことを言いながら部屋を出ていってしまった。
あまりの不甲斐なさにも自分で自分に呆れてくるが、まずは目の前のことを解決する必要がある。
「お忙しいところだというのにお時間を取らせてしまって申し訳ございません。昨日この娘たちが提督にご迷惑をおかけしたということで、お詫びさせてください。ほら、貴方たちも」
翔鶴が3人に促す。
「ほんとうにごめんなさい!気を遣って食堂に普段から来ていなかったのはわかっていたのに、無理矢理連れ出しちゃって、元はと言えばそんなことをしなかったら何もなかったはずなのに・・・」
「昨日は申し訳ございませんでした。瑞鳳が連れてこなかったら本当は提督と話すことすらできなかったのに、その瑞鳳を蔑ろにして自分のことしか考えていませんでした」
「提督、ごめんなさい。私の言い方に棘があったせいで収拾がつかなくなってしまったから。それに私が邪魔さえしなければ3人で食事してたはずよね・・・」
瑞鳳、祥鳳、飛鷹の順に謝り、今は全員が深々と頭を下げている。
「皆、頭を上げてほしい。私は何も気にしていないから大丈夫だ。寧ろ悪いことをしたな。普段いないのに急に来たら驚くよな」
「寛大な対応をいただき感謝申し上げます。やっぱり提督は心お優しい方です」
そんなことはない。彼女たちに多少の非があるとは言え、理由の大部分は私のせいである。普段からの立ち回りを上手くやっていればよかったものの、私がしていることは逃げ一辺倒だ。
そういえばあの場には私たちの他にも数名艦娘がいたはずだ。私が問題ないと言ったとしても口論になったことに対していい印象を受ける者は少ないだろう。傍から見れば彼女たちが原因でトラブルを起こしたようにしか見えない。
これが原因で彼女たちがトラブルメーカーだとなってしまってはまずい。こういった状況で基地内の雰囲気をよくするのが提督の役割だ。
翔鶴にそれとなく聞いてみようか。彼女は海の上での実力もさることながら、こういったときの気配りが上手い。
「ところで、昨日のことを翔鶴はどうやって知ったんだ?その場にいなかったはずだが」
「私は昨日の昼過ぎに3人から相談を受けて知りました。今すぐに謝罪したほうがいいと思ったのですが霞さんに提督は休んでいるとお聞きしたので、改めて伺った次第です」
そんなことがあったのか。彼女はその包容力からか、何かと相談しやすいと聞いたことがある。今回も面倒事だっただろうにいち早く現状を知り、この場を治めている。流石としか言いようがない。
それに比べ、私が昨日のんきに休んでいなければ、もっとすぐに解決できたかもしれないのに。過ぎたことを考えても仕方ないがどうにも上手くいかないものだ。
一応翔鶴に頼んでおいた方がいいかもしれない。そんなに気にしなくてもいいのかもしれないが、念のためだ。
「なるほど。昨日のことが周りに悪く伝わっていたら、私のことは好きに言ってくれて構わないから、あの場では楽しくご飯を食べただけでそれ以上は何もなかったということにしてはもらえないだろうか」
「まぁ!許しをいただけるだけではなく、そこまでしていただけるとは・・・承知いたしました!あの場にいた艦娘もそこまで多くなかったと聞いていますので、すぐにできると思います!提督からの指示、必ずやり遂げます!」
「申し訳ないがよろしく頼む。今日は来てくれてありがとう。それじゃあ任務に戻ってくれ」
無事、話が終わったので退室を促す。3人は感謝をしてから各々の持ち場に戻って行った。今回は上手くやれたはずだ。安堵の気持ちで気を抜こうとしていると、何故か翔鶴がまだその場にいることに気がついた。
「どうした?まだ何かあったか?それとも相談事でもあるなら聞くぞ?」
「あっ、その・・・えぇと」
気恥ずかしそうにし、指をしきりに触りどこか落ち着かない印象を受ける。声も先ほどまでと違いイマイチ歯切れが悪い。
「大丈夫だ。今この場には私しかいない。ゆっくりでいいから。まぁ、私が信頼できる上司ならの話だが」
「そんなことありません!提督のことは想う気持ちは誰にだって負けていないつもりです!艦載機の子たちも、皆さんも頑張れているのは提督のおかげなんです!だから、それで」
「ありがとう、熱意は伝わった。だから、とりあえず落ち着いてくれ」
何かの琴線に触れてしまったのか、打って変わって身を乗り出してこちらへ気持ちを伝えてくれた。嬉しいことは嬉しいが、その感情が偽りであることを即座に思い出し、不思議と身体が冷める。
「コホン、失礼しました。その、こんなことを言うのも差し出がましいことと存じますが、よろしければ毎日とは言わずとも、時々来ていただけないでしょうか?みなさん提督と交流をしたいと思っていますので」
言いたいこととはそれだったのか。今回のようなことがまたあってはいけないと、やんわりと断ればいいか。
しかし、今回翔鶴は私のため、艦隊のために色々と尽力してくれた。そんな娘の提案を頭ごなしに否定してしまうのは何というか、あまりにも自分のことしか考えていなさすぎではないだろうか。
「仕事の都合上、今すぐは難しいかもしれないが、その内機会を見つけて行かせてもらおうかな。私も皆と親睦を深めたいとは思っている」
「はい!期待して待っています!もちろん、私も瑞鶴も提督が来ていただければ喜びますから!もし何かあっても私ができる限り何とかしますので!それでは、失礼しました」
小さくお辞儀をしてその場を後にした。それにしても時間にしては10分やそこらだったのだろうが、中々疲れた。ああは言ったが、しばらくは行けないだろう。
自分である程度物事を解決できるようになった後で、でもそうなるためには交流してある程度慣れる必要がある。何にせよ行動を先延ばしにする癖だけはどうにかしなければ。
とりあえず話は済んだので急いで霞を呼びに行かないとな。悪いことをした。翔鶴が行ってから少ししてから出ると、驚いたことに目の前に探そうと思っていた彼女がいた。
「先ほどはすみませんでした。あの場にいてもらってもよかったんですけど・・・それと、呼びに行こうとしたら霞さんがいて驚きました。」
「軽空母が歩いてるのを見かけたから終わったと思って来たのよ。私がいないほうが話が進んだでしょ?よかったわね」
今日の霞はいつもよりも棘がある気がする。自分がやらかしたから当然なのだが。
「そんなことは・・・」
「まぁどうでもいいわ。話はどうなったのか聞かせなさい」
「えーっと、昨日のことを謝りに来たのでそれに対して気にしていないことを伝えました。念のため、あの場にいた艦娘たちに何も無かったように伝えてほしいと翔鶴にお願いしました」
「ふーん。そんなことがあったの。お疲れさまと言ってあげる。じゃあお勤めに戻りましょ」
そこまで話したら用は済んだとばかりに中に入って行った。今の話を誰かに聞かれていたら困るなと思い、辺りを確認したが、幸いなことに人の気配は感じられなかった。
昔から霞にはいつまでも頭が上がらないのだが、彼女から提案で威厳を出すために2人だけのとき以外はわざと口調を変えるようにしていた。
「何してるの?早くしなさい」
「すみません、今行きます」
その日は昨日の分を少しでも取り戻すべく、いつも以上に集中して業務に取り組んだ。
*
ということもあり、明日についてもきっとそつなくこなしてくれるはずだ。
「わかったわ。2人は今日出撃していないから聞いてくる。アンタはここで待ってて」
「すみませんがお願いします」
今日の明日ということもあり、霞は駆け足でその場を後にした。彼女たちの練度は上限に達しているため、出撃の頻度もそこまで多くなかったはずだ。大丈夫だろう。
残っている仕事を片付けながらも、脳裏に明日のことがちらつく。考えてもさっぱりどんなことかわからない。非常に辛いところだが、待つ以外ないだろう。
それ以外となればやはり霞のことが頭に浮かぶ。私としては今まで通りの体勢に戻っただけではあるが、彼女は秘書艦業務と並行して練度を上げなければいけない。
それをどうするのかという問題を私ではどうすることもできなかった結果、毎日行われる1時間程度の艦隊内演習だけでも問題ないとの言葉に甘えてしまった。それもこれも私が楽だからだ。
仕事中のため気を張らなければいけないのは当然だが、霞なら無駄に気を遣うこともない。1日の大部分を一緒に過ごさなければいけない以上、ここ最近は精神的なストレスが溜まっていたのもまた事実だ。
当然、私が本来抱えるはずだったその負担はなくなるわけではないので、他でもない彼女にまた苦労をかけさせることになってしまった。
いつも断られるが、今度こそ休みを取らせるのもいいかもしれない。「私がいないと仕事が回らないでしょ」という至極全うな理由に何も言い返せなかったが、1日くらいなら問題ないだろう。
艦娘ではあるが、それ以前に年ごろの女の子でもあるので外出許可を出して羽根を伸ばさせるのもよさそうだ。仲のいい同僚と休日を合わせて。
と、そこまで考えてふと思った。霞と仲がいい艦娘とはいったい誰だっただろうか、と。
姉妹艦はうちにはまだ着任していない。秘書艦業務により、よく一緒に出撃する仲間もいないだろう。古参である彼女に気後れしてか、寮の同室にも誰もいなかったはずだ。
事の深刻さに今更ながら気がついた。今すぐにでも独り立ちをしなくてはならない。手のかかるダメな提督だったせいで彼女からどれほどの時間を奪ってしまったのかいうことに気づいてゾッとする。
艦娘とはどう扱っても構わない兵器ではないのだ。しかしながら、私が行っていた所業はそれそのものだった。
決心する。今までのような口だけのものでは無く、私は変わらなければいけない。まずは苦手としていた他の艦娘と関わり、誰とでも同じように仕事ができるようにしなければならない。
自分の身可愛さにいつまでも甘えていてはいけない。すぐには無理かもしれないが、そうして霞を私という呪縛から解放させて、私と一緒にいる限り一生幸せにはなれないだろうから、そうして、そうして・・・
他の有能な提督に任せる。それが最終的な目標だ。
「待たせたわね。2人とも快く引き受けてくれたわ。あんまり話すことは無いと思うけど、軽く打ち合わせをした方がいいと思ったから明日9時に来るようにお願いしたわ」
「どうもありがとうございます」
この短時間でしっかりと仕事をこなす姿を見て、本当に自分の力だけでこれからを歩いていけるのか不安になる。
「ってちょっとアンタ、なんて酷い顔してるの。私がいない間に何かされたの」
「いや、別に何もありませんよ。明日のことを考えていたらそうなっていただけです」
心配そうにこちらに駆け寄ってくる。霞は言葉に合わずとても面倒見がいい。私が今考えていることを仮に伝えたところで反対され、自分を頼ればいいと言うに決まっている。だから、誤魔化すしかない。
「ったく、見てらんないったらありゃしないわ。そんなので私が騙されるとでも思ってるの?風邪でも引いたわけじゃないわよね」
こちらの額にひんやりとした手を当ててくる。頼りになる彼女は小学生程度の身長でしかない。駆逐艦だからそんなことは当たり前なのだが、自分があまりにも惨めに感じてしまいその手を振り払う。
「あっ、ごめん、なさい」
すぐに罪悪感に襲われる。普段吊り上がっている目が下がり、泣きそうになっているようにも見える。今すぐごめんなさいと謝りたい。
霞が近くにいると先ほどした決意が簡単に崩れてしまいそうな気がする。こうなったら逃げるしかない。結局いつもこれだ。
「私は大丈夫です。すみませんが、少し手を洗ってきます」
「あぁ、ちょっと待って!」
聞こえないふりをして席を立つ。先ほどしたことが原因か私を追いかけてこようとする気配はない。そのまま扉を閉め、走った。とにかく今は頭を冷やすことしか考えられなかった。