何をするでもなくひたすらに基地内を歩き、そうして使わなくなった装備の一時的な処分場である倉庫を見つけた。ろくでもない自分にぴったりだと思い、そこでただひたすらに時間が過ぎるのを待っていた。
1時間、2時間と時間が経過し、すっかり日が落ちたころに戻った。幸いなことに部屋は暗く、誰の気配も感じることはなかった。心も身体も熱が収まり冷めきっていた。
あのような過ちを犯したというのに、それでもいつものように整理された書類が自分の机に置かれていた。それと一緒に付箋も貼られていた。
『寒かったでしょうから、身体を暖かくしていなさい』
よく見慣れた、彼女らしい真っ直ぐな字でそう書かれていた。
惨めだった。空しかった。
それからさしたる時間もかからずに投げ出した仕事を消化することができた。
無意味な意地だとはわかっていたが布団ではなく、ソファーで一夜を明かした。
*
目覚めは最悪だった。ラッパの高い音で無理やり覚醒させられる感覚はいつまでたっても慣れそうにない。
だらだらと朝の準備を済ませて、起きてから30分ほど経つと控えめなノック音が聞こえる。
私にとって仕事の始まりを一番感じる瞬間がこのときだ。ここから気を抜けない時間が続く。
昨日の無礼を謝り、感謝をし、今日のことについて話をして・・・シミュレーションはできた。
ドアノブを捻り、一呼吸おいてからそれを引いた。予想とは裏腹にそこにいたのは榛名だった。
「おはようございます!今日は艦隊司令部よりお客様がいらっしゃるとお伺いしました。榛名を選んでくれてとても嬉しいです!」
「おはよう。急なお願いにも関わらず快く引き受けてもらってありがたい。ところで、今日は霞が来るはずだったと思うのだが」
「もしかして提督に話していないの・・・?あっ、すみません。霞、さんは朝用事があるとのことでしたので、秘書艦業務を頼みたいと昨日の夜にお願いされました」
十中八九私のせいだ。昨日の分の仕事は片付けたと勝手に考えていたが、本当はまだすることがあり、その尻ぬぐいをしているのだろうか。それとも、単純に私に会うのが気まずいのか、あるいはその両方か。
何にせよ、迷惑を掛けてしまった榛名には説明をする必要があるだろう。申し訳ない事をした。
「そうだったのか。昨日は私が原因で霞と少しトラブルがあってな。それで彼女が気を利かせてくれたのだと思う。すまないが、今日は頼まれてくれるだろうか」
何故か反応がなかった。そして表情は完全に消えていた。
「榛名?」
「あぁ!すみません。はい、榛名は大丈夫です!」
今のは気のせいだろうと前までの私ならそう思っていたかもしれないが、あの日を境に榛名が何を考えているのかさっぱりわからない。時折見せるまるで虫を見るかのような目が、例え自分に向けられたものでないとしても恐怖を感じてしまい、まともな判断を鈍らせる。
「それじゃあ、早速取り掛かるとしよう」
考えていても意味がない。基本的に榛名は何の問題もない部下なのだ。
皮肉なもので、あんなに仕事が嫌だったはずのに、今ではそれをしている間だけは休む暇もなく目まぐるしく時が流れていくからか、安息の時間になっていた。
*
9時になり、翔鶴が合流した。しかし霞は来ない。そのまま時間は過ぎていく。
「何かあったのかしら。この時間で間違いないですよね?」
「そのはずなんだが。すまないが榛名、寮の方を見て来てくれるだろうか」
「はい、榛名にお任せください!」
待っている間、翔鶴と今日のことについて相談した。が、出てきた答えは「私たちで対応するから休んでいてほしい」、「どんなことを言われても必ずなんとかする」とこちらを気遣っているのはわかるものの、あまり内容について予想することはできなかった。
少しして榛名が戻って来たが、暗い表情から結果は芳しくないことがわかった。案の定、どこにも見当たらなかったようだ。
10時まで残りわずかとなり、出迎えに行く時間となった。やむを得ず門へ移動した。私があそこで差し伸べられた手を払いのけたせいで・・・いや、考えすぎか。なるべく顔を合わせたくないだけだろう。
「すまない、私の責任だ。昨日自分の身の可愛さがために霞を拒絶したんだ。今回の件が片付いたら必ず何とかする。2人には迷惑をかけるが、この場はよろしく頼む」
「任せてください!提督のために榛名、全力で戦います!」
「安心していただいて大丈夫です。提督の敵は排除いたしますので」
2人とも決意に満ち溢れたような目でそんなことを言う。
どこかズレている様な気もするが。まぁ、そんなことを考えている時間も無さそうだ。
慣れた光景、慣れた道のはずなのに今日は全く違うもののように見えた。足をノロノロと進め、門まで少しずつ近づいていく。このまま永遠と着かなければいいのにと考えたが、そんなことになるはずもなく、あっさりと目的地に到着した。
遂にそのときが来たようだ。小さな覚悟を決めて待機をしていると、視界の端に映る先頭に立つ高級そうな車と、それに帯同する小型バスから10隻程度の艦娘を引き連れた、その列の中心にいるのはまさしく国の中心。大将閣下と中将閣下その人であった。
「この度はわざわざこちらまでお越しいただき、誠にありがとうございます」
「面を上げよ。少佐殿、お出迎えご苦労。急な来訪にも関わらず、歓迎を感謝する」
「はっ!早速案内をさせていただきます。どうぞ、こちらです」
頭を下げて自分の視界から映らないようにする。案内をするという建前を使い、一旦間を置く。目の前に相対しただけで緊張が止まらない。背中から嫌な汗が吹き出るのを感じる。
何を言われるのだろうか。今度こそ改めて実力行使により私に引導を渡しに来たのだろうか。こんな急用なのだ。穏やかな話ではないに決まっている。
応接室に到着した。基地内の艦娘には伝達したため、気を利かせてくれたのかもしれないが、それまでの道中は不気味なくらい静かで聞こえるものと言えば後ろからの靴音くらいだった。
私たちが着席し、互いの部下は後ろに控えていた。大将閣下は茶に口をつけ、そこから重い口を開き話し始めた。
「単刀直入に言う。君と艦娘に南方海域からの脅威を退けてもらいたい」
「それは・・・つまり、出撃をするということでよろしいでしょうか」
「そうだ」
恐らくそのようなことではないかと薄々勘づいてはいた。来るものが来たかという自覚はある。
適性を持った提督が指揮を執り始めてから半年ほどが経過し、私が1番の無能だと発覚してからのことだ。ここの基地は「使えない」というレッテルを貼られた艦娘たちの体のいい引き取り場所となっていた。
艦娘の方が徐々にその練度を上げていたったが、肝心の指揮をする提督の実力が全くないため、戦力的には大きく見積もってもせいぜい中の下程度だというのが見立てだ。
まさか、弾除けだろうか。そのような戦法を行っているところもあると噂に聞いたことがある。そうだとすると断固反対をしなければならない。
「失礼を承知で伺わせていただきます。ここは大型艦もいるにはいますが、基本的には小型艦が多くを占めております。また、近海などの警備が出撃の大多数であり、戦力的に他からは大きく劣っております。後方支援であれば喜んで引き受けさせていただきたいのですが・・・」
「それについては私から説明させてほしい」
中将が口を開き事情を話し始めた。それは私にとって青天の霹靂というべき、想像もしていないことであった。
「順調に勝利を重ねていったがある日、深海棲艦に強力な個体が現れ、圧倒的な力で艦娘を蹂躙した。それは強い砲撃を放ち、魚雷を撃ち、艦載機を操る。我々の知るどの艦種にも当てはまらない特徴を持つそいつを『レ級』と名付けた。苦戦はしたが、犠牲を出しつつもなんとか撃滅をすることができた。しかし、喜びもつかの間、それはただの雑兵にすぎなかった。そうして、主力艦隊は全滅した。奴らは侵攻を始めた。無論、黙っているだけではなく戦力を投入していったが、無限に湧く敵にジワジワと追いつめられ、多くの艦娘が海に沈んだ。そんな今、戦力を最も保持しているのがここだ。頼む。この国のために戦ってほしい」
そんなことを聞いて激しく動揺した。無敵艦隊と称され、連戦連勝をしていたのではなかったのか。前提が全て覆された気がした。真意を確かめたかった。
中将閣下は言わずもがな、大将閣下とは以前、辞令交付を受ける際に顔を合わせたことがある。
もう高齢に差し掛かるぐらいの年齢にもかかわらず、お二方からも覇気のようなものを感じていた。特に、目からは私のような者でもわかるくらい、ギラついた欲望を持ち合わせていた。
それが今はどうだろうか。年相応であり、自分と同じただの人間に見えた。艦娘も同じく、闘志などかけたも感じさせず、諦めや絶望に心を委ねていた。
受けることしかないのはわかっている。最早ここの問題だけではない。だかしかし、それでもまだこの期に及んで私は何も言えずにいた。
「提督」
後ろから聞こえた言葉に思わず振り向く。榛名からの声だった。その表情は心酔しきったかのように少しの邪気も感じさせない笑顔だった。
「榛名はずっと疑問でした。あの頃に比べて私たちは提督の役に立てるようにとても強くなりました。それでもまだ足りないと望まれ続け、大きな戦いを今まで避けてきたのは、このためだったんですね」
違う。
「ずっと不安だったんです。提督に比べて私は何も返せていませんでした。寧ろ、迷惑ばかり。やっとお役に立てるときが来たんですね」
違う。
「そうだったのか。必要最低限の出撃に留めていたのも資源の備蓄と戦力が万が一にでも減ってしまうことを避けるため」
違う。
「そこまで考えていてくれていたとは。すまない。私は見誤っていたようだ。一応、キミの口から決意を聞かせてほしい。」
視線が集まる。恐怖で身体が固まる。そんな有能な提督を私は知らない。誰だ、それは。逃げたい。この場からも、この世からも。しかし、それを誰も許してくれない。
こんなとき、私の一番尊敬する人、霞ならどうするだろうか。きっと自分を持っている彼女なら思っていることを言えるはず。
「待ちなさい!」
ほら、こんなときに絶対に救いの手を差し伸べてくれている。ガチャン!と大きな音を立ててこの場に最初からいたはずのヒーローが遅れて登場した。
「ちょっと冷静に考えたらわかると思うけど、コイツがそんな有能な提督なわけがないじゃない。ただの臆病者なだけよ」
「いきなりこの場に来てその態度はなんだ。誰の許可があってここに入ってきている。つまみ出せ」
ありがとう。そう言いたかった。しかしその前に怒気を隠そうともせず大将閣下が無常にもそう言い放った。後ろに控えていた大本営の艦娘と翔鶴がすぐさま行動に移す。あっという間に羽交い絞めにされて押さえつけられた。
彼女は息を切らしていた。恐らく何かしらのトラブルがあったのだろう。そこから私を助けるために今この場にやってきてくれたのだ。
「待ってください!霞は私の秘書艦です。突然の無礼をお詫び申し上げます。しかし、私には彼女を必要としているのです。どうか、同席の許可を」
「いいえ、そうしていただいて結構です。今日の秘書艦は私です。それに彼女は度々厄介事を引き起こしています。提督、庇う必要はありません」
「ちょっと、待ちなさいよ!私が来る
「待ってください!」
榛名に対して何かを言おうとしていた。しかし、それを言い終わる間もなくどこかへ連れ去られてしまった。
「駆逐艦か。少々問題があるようだな。実力はあるようだが、今回の作戦に参加をさせるかは考えものだな。邪魔が入ってしまったため改めて聞こう。南方海域からの脅威を撃滅してほしい」
明らかに事情があった。しかしそれは残念ながらこの場では不要とされることだったようだ。もういい。何も考えたくない。
「わかり、ました。この国のため、全力で戦わせていただきます」
絞り出すように、そう言うほか選択肢はなかった。
それから具体的な情報などについてをすぐに送るとと事務的なやり取りをし、その場はお開きとなった。
もうすぐそのメッキが剥がれてしまうときが来るというのに、それでもまだ「有能な提督」を演じられていたか不安だった。