霞と臆病な提督のおはなし   作:サラメンス

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5話

あれから戦いの準備に追われ、時の流れがいつもより早く感じる。気が付けば決戦の日はもう明日となっていた。

 

霞は当初、問題を起こしたことへの懲罰として2週間の営倉での謹慎を直々に大本営より言い渡された。

 

当然、私はすぐに抗議をしようとした。私自身も謝罪とそして真実を知りたかった。しかし、私が一人前になるよりも愛想を尽かされて見捨てられる方が早いという考えが出てきた。

 

それに、謹慎しているということは当然先にある大規模作戦にも参加をしない。ここにいるのであれば安全なままだ。霞は絶対に沈まない。

 

決定を受け入れつつも霞と話をして和解と状況の整理をすることが今できる最善手と考えた。

 

あの場で何かを言おうとしていたが、無理矢理その場から連れていかれていた。よって、聞けばすぐに事情を説明してくれるとばかり思った。

 

ところが、その期待とは裏腹に霞は全く口を開いてくれなかった。誠意が足りなかったのかと思い、あのような態度をしたことをに対する説明をし、土下座をしようとした。

 

そこまでしようとすると流石に口を開いてくれた。

 

「やめなさい。そんなことをしても意味がないわ。私は何も話したくない。だから、帰って」

 

余りにも他人行儀な話し方に心の壁を強く感じた。顔には影が差し目からは輝きが失われ、やつれきっていた。まるで最初に会った時のように見えた。

 

怒らせたり、あきれさせたりと負の感情を出させてしまっているのは私の落ち度だが、今でこそ感情豊かになっていたのに。

 

「これからある作戦のために忙しいんでしょ。私になんて構わなくてもいいからそっちに集中しなさい」

 

それっきり口をつぐんでしまい、会話をすることができなかった。

 

私の時は止まったままではあるが、そんな事情を太陽は汲んではくれない。誰にでも平等に朝は来る。

 

今の原動力はこの作戦が上手く行きさえすればこの状況が全てひっくり返ってくれるという根拠のない強がりだけだった。だから、実際に戦えない私はがむしゃらに頭を回転させていた。

 

風向きが変わったのは今朝来た文書だった。大本営からのものであり、内容は霞の謹慎を今日付けで解くとの短いものだった。自分から申請しておいて承認されないことを期待していたが、あっさりとそれは通ってしまった。

 

基地内での霞に対する悪感情は少しずつ溜まっていった。仕事に遅刻をし、騒動を引き起こした。事実上作戦にも参加できない。秘書艦として、そしてここで最も練度が高い艦娘として、全艦娘の模範となる立場だというのに。それは遂に謹慎中の私に対する態度により爆発した。

 

気が付けばこの大規模作戦に霞が出撃をしないなどあり得ない、艦娘なら戦闘で失態は取り返すべきという風潮になり始めた。

 

私が処分を決定したわけではないからと言えば何とか事態は収まるかと思いきや、そうはならなかった。意見具申すべきという意見が出たのだ。あとは、流れに従うしかなかった。

 

そうして、それを本人に伝えることとなった。自分にはどうしようもない何かが動いているように思えた。

 

いつも以上に憂鬱な気持ちで地下にある営倉へ迎えに行く。階段を下りていると普段生活している基地内のはずなのに、非日常を強く感じる。

 

「提督、おつかれさまです!特に異常などはございません。霞殿には今日で謹慎が終わることについて伝えております。鍵についても開けておりますので、出るための準備は既に済んでいます」

 

「ご苦労様。すまないが、霞と話がしたい。席を外してもらえないだろうか?」

 

「わかりました。提督がそう言うのでしたら失礼します」

 

本来なら不要だったはずの役割をさせてもらって申し訳ないことをした。今度お礼をしなければ。

 

さて、息を吸い込んで中に入った。そこには以前と変わらぬ様子で、格子を挟んで霞がいた。

 

「司令官、ごめんなさい。そして、明日の戦いで必ず期待に応えて見せるから。じゃあ」

 

脇をすり抜け、早々に立ち去ろうとする。予想通りの反応だった。この前逃げた私が思えることではないが、こうされると傷つく。自分がしてしまったことに改めて反省をする。

 

「待ってください。明日いきなり出撃しては流石の霞さんでも大変だと思います。作戦の説明をさせてください」

 

「そうね。話を聞かせてちょうだい」

 

私個人の話ではなく、実務に必要なことであれば聞いてくれるという予想は正解だった。暗い表情は変わらないが、とりあえず話は聞いてくれるようだ。

 

「今回出撃する海域はサーモン海域北方。ここを進んだ先に敵艦隊本隊がいるとのことです。今回霞さんには主力艦隊としてここを撃滅をお願いしたいと考えています。編成は榛名、霧島、瑞鶴、翔鶴、初月さんとです。装備は・・・

 

そうして、この1週間で考え抜いた作戦を語った。私がそうしている間、黙ったままで時折頷きながら聞いてくれた。

 

「・・・ということなんですが、どうでしょうか。できれば、その本音で」

 

一息で話してしまったので疲れた。他の艦娘とも作戦は考えたのだが、何をしても最終的には全肯定をされてしまい、実のところどうなのかがよくわからなかった。

 

そのため、ほとんど自分で考えたものがそのまま形になっている。これが霞に頼らずに初めて作ることができた作戦だ。

 

「すごいじゃない。敵の情報が少ない以上、難しいところだとは思うけど、現状で考えられる最大限だと思うわ。あとは私たちが頑張るだけね」

 

「本当ですか?」

 

自分で作っておいて何だが、そんなことはないと思う。ここから修正に修正を重ね、仕方ないわねと呆れられつつも手伝ってくれる、いつも通りの風景を想像していた。

 

「ええ。正直、びっくりした。私のなかでアンタはずっとどこか頼りなくて、ずっと支えないといけない存在だと思ってた。だけど、私がいなくてももう大丈夫ね」

 

久々に見せてくれた笑顔だったが、それはどこか貼り付けたかのような痛々しいものだった。こんな姿を見たかったわけじゃない。

 

それを見て自分の考えていた成長をし、離れることが霞のためだという前提が間違っていたのではないかと思い始めた。決意が大きく揺らぐ。

 

いや、違う。そうではない。私がこんなのであったとしても数年の仲だ。少なからず情を持ってくれていたのだろう。例え解放されたことを本心から喜んでいたとしても、それを当人の前で喜ぶほど心が出来ていないわけではない、ただそれだけだ。そう自分を説き伏せる。

 

霞と協力してこれからを一緒に歩みたい。ずっと傍で見守っていてほしい。しかしその願いは私の幸せ以外の要素を全て排除している。

 

自分がこのまま成長せずに、いつまでも隣でサポートすることが霞の望みであればどんなにいいかと気持ちの悪い妄想をしてしまった。そんな夢のようなこと、あるはずがない。

 

「霞さん、そんなはずはないです。きっと大きなヘマをやらかしています。もう一度確認をしてください。支援艦隊の装備はこれで正しいでしょうか。艦載機の積み方は、それと、それと」

 

「落ち着いて。もう大丈夫。心配しなくてもいいから」

 

背中に温かさが広がっていく。霞が後ろから抱きしめてくれたのだとすぐ気が付いた。心が落ち着いていく。

 

「難しいことは考えなくてもいい。アンタはもう、やるだけやったわ。あとできることと言えば、私たちが無事帰ってくるのを待つ事だけ」

 

「色々悩んでいたのはわかる。ここに来てくれていたときも本当は協力したかった。でも、私が周りから良く思われていないから、口を出すと迷惑になると思った」

 

「この前、手を振り払われたときは悲しかった。ここに入れられて、投げやりになっていた。でもそんなときはいつだって貴方がくれた指輪を見ていた」

 

「渡してくれたとき、本当に嬉しかった。それが戦力目的だろうが、なんだろうが私を選んでくれたという事実だけで何だってできる気がした」

 

「その信頼に応えたい。私だって艦娘の端くれだから、貴方のために戦いたい」

 

温もりが失われ、もう一度私の前にその姿を現した。その顔には決意がみなぎっていた。

 

「行ってくるわ。明日の準備もあるから。この戦いが終わったらまた話しましょう。さようなら」

 

目元だけを歪ませた、美しさの中に儚さを感じさせる笑顔だった。彼女は自身の薬指にはまった指輪を一瞥してここから立ち去って行った。

 

結局最後まで謝ることができなかった。帰ってきたら、また話さなければいけないことがたくさんある。明日は勝たなければ行けない。強く、そう思った。

 

ただ出撃をするだけだ。ただ作戦を成功させていつものように帰投する。そうしてまたいつものような日常に戻る。この通りになるはずだ。自分にそう言い聞かせる。

 

不思議とこのまま二度と会えなくなってしまうのではないか、そんな不安が消えない。どうしても『さようなら』という言葉を、ここからいなくなるという意味だけと受け取ることができなかった。

 

*

 

遂にそのときが来た。実際に敵の掃討を目的とする主力艦隊以外にも、支援艦隊や道中の護衛艦隊など多くの艦娘が今回の作戦に参加をする。その全員を作戦室に招集した。

 

部屋に入った時には既に主役は集まっていた。ここで私が激励の挨拶をすることになっている。自分が壇上に立った瞬間、視線が一斉にこちらを向く。私を誰もが注目している。顔が沸騰し、手からは汗が染み出てきている。しかし、絶対に失敗は許されない。

 

艦娘は提督との信頼により、その能力が底上げされる。ここで失望されてしまっては、何もかもうまくいかなくなる可能性がすらある。

 

しかし、私は自分を追い込めば追い込むほど弱くなるタイプなのだ。考えていたことをド忘れしてしまった。頭が真っ白になる。

 

あてもなく視線を彷徨わせていると先頭にいた霞と目が合った。そうして口が動いた。「がんばれ」とそう言ってくれている気がした。

 

それを見て少し落ち着くことができた。大丈夫だ。ここに誰よりも信頼をしてくれている艦娘がいる。その気持ちに応える。自分は大丈夫だということを伝えられればそれでいい。

 

「今日は集まってくれてありがとう。早速だがこの場に立ち、私はとても緊張している。そしてそれは皆も同じだと思う。何と言ってもこういった大規模な作戦はこの基地にとって初めての経験だ。そして、今までずっと迷惑を掛けていたと思う。私が不甲斐ないせいで他から心無い扱いを受けたかもしれない。申し訳なかった。しかし、それも今日までだ。この国のため、そしてここの皆でまた楽しい日々を過ごすため、絶対に勝とう!第二次サーモン海戦を発動する!暁の水平線に勝利を刻め!」

 

「「「「「はい!」」」」」

 

こうして、絶対に負けられない大一番が幕を開けた。

 

*

 

「こちら提督。そちらの状況を報告しろ」

 

「こちら主力艦隊旗艦、霞。護衛艦隊の助力もあり、被害もなくサーモン海域北方まで来ることができた。これより中枢へ突入する」

 

「了解。また変わったことがあれば引き続き報告しろ」

 

「了解」

 

無線を切り、一息つく。大丈夫だ。ここまでは順調に進んでいる。その他の艦隊も若干の被害は出ているものの、最小限に抑えられている。勝てる、勝てるんだ。

 

提督という役割は出撃の命令さえしてしまえば後は進撃か撤退、夜戦に突入するか否か程度しか戦闘に介入することができない。

 

やれる準備はやったつもりではあるが、最後は祈るしかないというのはどうにももどかしいものである。こんな神経をすり減らすような戦いを日々しているとは、改めて他の提督には尊敬の気持ちしか出てこない。

 

そうして他の艦隊とも連絡を交わし、再び霞がいる主力艦隊との定期連絡の時間となった。今現在は敵艦隊と交戦中のはずだが。

 

「こちら提督。状況は」

 

「こガガガガ隊の霞。先ガガガガ動部隊と交戦。霧ガガガガガもののそのガガた損害はなし。こガガガガガとガガガガガ

 

「電波が悪いようだ。こちらの声は聞こえているか」

 

「ガガガガガガせん。ガガガガす」

 

「そちらの状況はどうなっている!榛名!現状の報告を、クソ」

 

完全に繋がらなくなってしまった。先ほどまでは使えていたはずだが。原因については何となく察しがつく。一部の強力な深海棲艦は妨害電波を発し、ジャミングのようなことができると聞いた。

 

案の定、主力艦隊と行動を共にしている支援艦隊も同じように無線に反応がなかった。しかし若干後方で待機している護衛艦隊とは問題なく通信が通ったため、深層で待ち構えている敵主力艦隊にそのようなことができる深海棲艦がいるのだと思われる。

 

一応このような場合においてもどうするべきかは共有しており、被害が大きくなっている場合は撤退、そうでない場合は旗艦の判断に委ね、進撃することとしている。

 

僅かに聞こえた情報からはそこまで深刻な状況には思えなかった。ということは進撃を選んでいるはず。1度撤退をすると立て直して再出撃するのに時間を要する。その間に侵攻を進められ、人類にとって更なる被害が増えてしまう。できることならここで決め切りたい。

 

そのまま数時間が経過しただろうか。既に外からは朝日が昇り始めている。不気味なほどに沈黙を保っていた無線機がようやく反応を見せた。

 

「こちら決戦支援艦隊旗艦の蒼龍。聞こえていますか」

 

「こちら提督。問題なく聞こえている。戦闘の結果はどうなった」

 

「はい。我々は赤や黄のオーラを纏う敵機動部隊を捕捉。主力と見なしそのまま交戦。敵艦隊旗艦及び、それら随伴艦の全てを撃滅しました。しかし、しかし」

 

嫌な予感がする。敵艦隊主力を完全に倒しきれた。それ以上にいいことなんてあるはずがないのにも関わらず、その声に希望がまるで感じられない。

 

「すまない。報告は帰ってからでいい。まずは帰投することを考えてくれ。全員無事に戻ってこい。以上だ」

 

「り、了解」

 

提督として、一人の社会人として失格のことをした。現状の把握をすることに努めずに先送りにした。いつもの悪い癖だ。しかし、聞いては全てが終わってしまうような、第六感がそうしろと訴えている気がした。

 

それに、嫌な予感がしたのにはもう1つ理由がある。原則、こういった報告は実働部隊がするものとなっている。遠征についてならば、実際に遠征に出たその艦隊の旗艦が行う。

 

しかし、今出たのは蒼龍。自己申告していた通り支援艦隊の旗艦だ。本来は彼女がするものではない。勿論、無線が壊れてしまうということもあるだろう。だが、それよりもっと可能性が高いものがある。

 

その答えを自分のなかで必死に否定し続けていた。

 

 

 

 

 

徐々に艦娘が集まり、部屋が次第に埋まっていく。次第に誰かの嗚咽だったものが広がっていき、号泣へと変化していく。

 

艦隊が帰投してきてから、ある艦娘をずっと探し続けていた。私を最初からずっと支えてくれた、この世の中で最も大事な存在。しかし、それを見つけることができない。

 

全員が集まったのだろう。榛名が顔をぐしゃぐしゃにして、こちらの目の前に立っている。やめてくれ、何も言わないでくれ。

 

「報告いたします。深海南方任務部隊、本隊の撃滅に成功。被害について、小破以下が12隻、中破が8隻、大破が3隻。そして」

 

「轟沈艦、1隻。駆逐艦、霞がこの戦いにより沈みました」

 

そしてその予感は現実のものとなった。




若干遅れるかもしれませんが、次回の更新をお待ちください。
残り提督視点1話と霞視点1話で完結予定となっております。
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