霞と臆病な提督のおはなし   作:サラメンス

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最終話

あれから数日が経った。何もかもが流れるように過ぎて行った。戦いが大きければ大きいほど、後処理にかかる時間と労力も増していく。とにかく今しなければ行けないことをこなしていった。そうすれば何も考える必要がなくて済むからだ。

 

「司令。その、作戦前にも休まずに働かれておりましたよね。一度、休息を取られたほうが」

 

「そのような働き方してたら身体を壊してしまいます。私たちでもできるところをしておきますので」

 

霧島、翔鶴。あの戦いで霞と同艦隊に編成していた。直接的な原因ではない。最終的に出撃を指示したのは私だ。責任は全て私にある。責めるのも筋違いだというのも分かる。

 

しかしこの2人が、いや誰でもでも良い。たらればにはなるが、誰かしらがフォローさえできていればあのような結果にはならずには済んだのではないか。そんな考えが常に頭をよぎってしまう。

 

最近は艦娘の顔を見るだけで、そういった考えが浮かんでしまう位には自分が精神的に追い詰められていることがよくわかる。だからと言って対処法なんてものはあるわけがない。

 

「すまないが、集中したいので2人には席を外してほしい。自分のことくらい自分が一番よくわかっている。できる範囲でやっているだけだ。気にしないでほしい」

 

パソコンに張り付きながら、手を止めようともせずに指示をする。しっかりと顔を合わせて話を聞かない。上司として以前に人として最低なことをしている自覚がある。

 

私は取り繕うことをやめた。何なら嫌われるように動いている節すらある。あんなに必死になって艦娘の顔色を窺っていたというのに、彼女が亡き今、それに何の価値があるのかと思い始めた。

 

いつもは一言、退室を命じれば大人しく従っていたというのに、今日は一向にその様子が見られない。仕方がない。ようやく作業の手を止めて2人の顔を見た。どちらとも共通して悲痛に満ちた目でこちらを見つめている。

 

「私は、出て行けと言ったはずだが」

 

語気を強めてもう一度。今度ははっきりと命令だとわかるように。

 

「お言葉ですが、誰がどう見ても今の司令は大丈夫には見えません。霞さんを失って辛い気持ちはお察ししますが、司令まで潰れてしまっては私たちはどうすればよいのでしょうか」

 

「どんなによりよい作戦を組んでも必ずイレギュラーというものは存在します。ですから、提督が気を病む必要はないんです。どうか、自分を責めないでください」

 

聞き心地のいい言葉ばかり並べてくるこいつらにうんざりする。結局私を見ているようで見ていない。前までの有能な提督なら、この程度のことを引きずらずに今までのように手腕を振るってくれるに違いない、と。そんな浅ましい考えが透けて見え、遂に感情が爆発した。

 

「黙れ!お前らに私の気持ちがわかるものか!作戦を立案したときにこれで問題ないと皆、口を揃えて言ったではないか!絶対に失敗してはいけなかった。それなのに、どうして」

 

「司令・・・」

 

「提督・・・」

 

「もういい、お前らが出て行かないのなら俺が出て行く。戻ってくるときには各々の任務に戻れ!秘書艦は必要ない!」

 

立ち上がり、2人の間を押し通りながら乱暴に扉を開け、廊下を歩いた。途中、何人かの艦娘とすれ違った。何かこちらに言っていたが、それを無視した。

 

分かっている。こんなことがただの八つ当たりなのだということは。自分のやっていることに何の意味がないということは。

 

私含め、あの作戦にはここの基地の総力をかけ、誰もが全力で臨んた。その結果、敵艦隊の撃滅に成功し、1隻の駆逐艦が沈んだ。ただそれだけだ。

 

艦隊司令部は今回の作戦を大成功だと判断し、褒章を与えると電文が届いた。私たちのことを見下していたやつらも揃って手のひらを返した。南方海域からの脅威を退けたことだけを見て、犠牲については誰も彼もが目を向けようとしない。ふざけるな。

 

頭がどうにかなりそうな中、作戦の報告を電話で伝えたとき、上のヤツはこう言った。『なんだ、駆逐艦1隻が沈んだだけか。戦艦や空母でなくてよかった』そう言ったのだ。

 

どうにかその場を取り繕えたことを褒めてほしいくらいだった。そうして私は悟った。この世界で唯一の理解者を失ったということに。

 

 

 

顛末としてはこうだ。敵中枢に乗り込み、敵の強さはかなりのものではあったが戦闘は終始こちらがリードしていた。そして随伴艦を沈めきり、敵旗艦を大破状態まで追い込んだ。

 

そのまま勝てる、そんな油断があったのかもしれないと言っていた。最後の力を出したのか、強力な砲撃を放った。そうしてそれは自艦隊にとって致命の一撃となるはずだった。霞がいなければ。彼女はその砲撃を正面から受け止めた。それを見て急いで敵を倒し、そうして救助しようとしたときに、彼女は既に海上から姿を消していた。

 

敵中枢ということもあり、いつまでも待っていれば敵の増援が来るかもしれない。結局遺品すらも回収することができず、その場を後にした。

 

直接的に敵が狙った艦娘というのは榛名だったようだ。本来ならあの場で沈むのは彼女だった。それを霞が助けた。相当ショックだったのだろう。あれから寮に引きこもり、姉妹艦から声をかけても何の反応も返さないそうだ。私と同じくあれから時が止まってしまっている。

 

一度話を聞きに行った。あの場で何が起きたのか。そうしてこれからどうして行くのかが知りたかったからだ。しかし、彼女はもう二度と前を向いて走ることができないのだと、そう悟った。

 

「私は霞のことが嫌いでした。歯に衣を着せないその態度、その癖連携については誰とでもこなすことが出来る高い練度、提督からの厚い信頼。どれもこれも私には持っていない物でした。だから、人よりも強く当たっていました。

 

同じ艦隊に今回編成されて、負けないように頑張りました。しかし、改めて彼女の凄さを知りました。駆逐艦という機動力の高さを活かして敵を翻弄し、最後には必殺の魚雷で仕留める。こんなの榛名が駆逐艦でも絶対にできません。しかし、そんな中でMVPを取ることができれば私が提督からの信頼を勝ち取ることができる。そういう焦りのようなモノがあったのだと思います。

 

最後の最後まで彼女は油断していませんでした。初めて戦う相手です。もちろん注意して戦っていたつもりです。しかし、それでも大きな失敗をしてしまいました。あぁ、私は沈むんだなと確信が持てる、そんな火力でした。足すら動きませんでした。

 

彼女から嫌われていると思っていました。だから、まさか庇われるとは思ってすらいませんでした。敵からの砲撃を受けるその瞬間、彼女は笑っていました。好きとか嫌いとかそういう感情ではなく、この国を護るために自分に出来ることをずっとやっていた、そんな不器用な人なんだということをその時やっと気づくことができました。

 

あの人ならきっと、この国のため、提督のために戦うだけ。そう言ってくれると思います。でも、それと同時にあの人を犠牲にしてのうのうと生きていくことに対する罪悪感で何もする気が起きないんです。

 

提督、榛名はこれからどうしていけばいいでしょうか」

 

 

 

あれからあの倉庫に行くことが増えた。執務室は彼女がいないのならもう二度と安息の地にはなり得なかった。

 

この生活をずっと続けて行けば、自分の命の炎は消えていくのだろうということは何となく察しがついていた。彼女はきっと天国に行ったのだろう。しかし自分が同じところに行くことはきっと出来ない。命を粗末に扱う者にきっと神は微笑まない。

 

もう誰でもいい。直接誰かに手を下してほしい。この先に希望など何もない。何故自分だけが生きている?生きていたところでこれから何を成せる?

 

気が付けば目の前に誰かが立っていた。この中は暗く、閉め切ってしまえば窓から射す僅かな光だけが頼りだ。何かを被っているようで、誰だか判断が付かない。しかし、この際誰でもいい。きっと迎えが来たのだろう。

 

「一応私はこの国を護った英雄ということになっているらしい。それによって自分のこれからが選べるのなら、霞と一緒のところに連れて行ってもらえないか」

 

過ぎた望みだっただろうか。目の前にいる人影は微動だにせず、声すらも発しない。最後の最後まで自分の欲を叶えてもらおうとする者など今までいなかったから困惑しているのかもしれない。

 

よく見たらそいつの服はボロボロだった。包帯も巻かれており、怪我をしているようだ。もしかしてただの人間なのかもしれない。そんなことを考え始めたとき、そいつはフードを脱ぎ、その姿を現した。

 

「なんて湿っぽい顔しているのよ。全く、アンタは私がいないとどうしようもないのね」

 

そこにいたのは、他でもない。今までずっと待ち望んでいた存在。霞だった。

 

*

 

急いで言われたことをこなして倉庫に戻って来た。霞からのお願いは2つだった。

『高速修復材を持ってくること』と『誰にも言わず、見つからないこと』。

 

夢だとすると、額を伝う汗がやけに不快でこんなところまでわざわざ再現しなくてもいいのにと思う。

 

「悪かったわね。ちょっと後ろを向いていて」

 

聞きたいことはいくらでもあった。しかし、今はその身体の損傷を治すほうが先だ。衣が擦れる音を聞いて、彼女は同じ空間で服を脱いでいるのだということがわかった。次に液体が跳ねる音。傷を癒しているのだろう。

 

そのままゆっくり待っていた。こんな場所だが、霞が近くにいるというだけでここ最近のなかで一番心が落ち着く。何分か時間が経ってからだろうか。声がする。

 

「もういいわよ」

 

振り向いた。そしてそこには一糸まとわぬ姿の霞がいた。傷が残っていなくてよかった、なんて考える前に思わず顔を背ける。

 

「ふ、服を着てください」

 

「静かにして。そしてこっちを向いて」

 

気が付けばすぐそばに霞が迫っていた。そうして正面から抱き着いてきた。彼女の温もりを感じる。今頭の中には困惑しかない。

 

「このまま聞いて。アンタがどう聞いていたかわからないけど、私は味方による砲撃を受けて、そうして沈められたわ。何となくわかるでしょ。私は嫌われていたから」

 

そんな、バカな。今までの前提がひっくり返ってしまう。あの報告は一体何だったのか。あの悲壮に満ちた空間は全て演技だったとでも言うつもりか。

 

「霞さんは敵からの砲撃によって、その」

 

「ふぅん。やっぱりそういうことになっていたのね。そんなの真っ赤な嘘よ。敵艦隊を撃滅して、そうして帰投ししている途中、私は後ろから撃たれた」

 

耳元で囁かれ、それらの情報が脳で反芻し理解をする。いくら嫌っている相手だとしても、大事な任務中にそんなことをするだろうか。

 

「仮にそれが正しいとして、今いる貴女は誰なんですか。幽霊にしては実態を感じますし」

 

「そんなの決まってるじゃない。朝潮型駆逐艦、霞。それ以外ないじゃない」

 

困惑が続く。噂程度で聞いたことがある。轟沈するほどのダメージを受けても1度に限ってそれを無効化する。そんな装備の存在を。

 

「完全な不意打ちにやられて、私はあっさりと水底に沈んだ。色々な感情が頭をよぎった。私を撃った相手への怒りがあった。そんなに嫌われていたんだという悲しみがあった。でも一番は」

 

そこまで話してから彼女は身体を離して、顔を正面に戻した。そこにあったのはドロドロとした、私以外何も映していない濁った瞳だった。

 

「アンタとの思い出だった。最初に出会ったとき。私を見る目が全員バケモノだったのに対して、アンタだけは私のことを対等な人間を見る目で見てくれた。優しい言葉をかけてくれた。初めての出撃をして、私が損傷を受けて帰って来たとき、心配しちょっと過剰なくらいに気遣ってくれた。

 

艦娘が増えてきて、可愛い娘も増えて、私みたいな暴言ばかり吐くヤツはお役御免だろうと思った。それでも真っ先に私のことを頼ってくれた。私の近くにいてくれた。偽りの有能提督に好意を持つ娘が増えて、私は邪魔者になっていった。ずっと私は一人だった。でも、それでも、アンタだけは私の味方だった。

 

いつも辛かった。私も皆と仲良くできるのならしたかった。でも、貴方は優しい人だから。私たちが傷ついた姿を見るだけで悩んで満足に寝ることすらできない。そんな貴方が艦娘が轟沈する姿を見たらどうなるのかなんて考えるだけでぞっとした。だから、嫌われ者になってまでもそれのリスクを最小限に抑えた。

 

そんなことをずっと考えて、死にたくない、ずっと一緒にいたいっていう未練がましいことを思っていた。それでも、身体が冷たくなって、もうダメなんだってわかった。後悔しかなかった。最後にありがとうって言いたかった。そうしたら、指輪から暖かい何かが私に伝わってきて、誰かが私を引き上げてくれた。貴方だと、そう思った。役目を果たしたからなのか、指輪は消えてなくなって行った。

 

しばらく時間が経ったのか、そこには誰もいなかった。何としても帰らなきゃいけない、もう一度だけでも会いたい、その一心でやっと、今日ここまで来れた」

 

途中から、その言葉にはすすり泣きが混じっていた。彼女は強い存在ではなかった。ずっと虚勢を張っていた。全て、私のために強くあり続けた。そこまでのことを霞は想ってくれていた。

 

「私には貴方しかいないけど、貴方にはたくさんの部下がいる。これからの輝かしい未来が待っている。その傍に私もいたい。でも、この世界ではもう一緒になる手段なんてない。私のことなんて誰も受け入れてなんてくれない。でも、私はこれまでずっと頑張ってきた。秘書艦としてずっと支え続けた。要求することは一切しなかった。だから、お願い。最後に私の望みを聞いて」

 

「私と一緒に死んで?」

 

そんなこと、どうするかなんて最初から決まっていた。

 

*

 

「ミカー、パパー起きなさい。もう朝よ」

 

眠い目を擦りながら上体を起こす。聞き心地のよいソプラノボイスを鳴らすのは我が妻の霞だ。エプロンを付け、腕を組みながら仁王立ちをしている。

 

トレードマークだったサイドテールを止め、今は髪を下ろしている。台所から流れてくるいい匂いを感じて自然と口元が緩む。今日はなんだろうか。

 

「ほら、ママが来たよ。ミカ、起きて」

 

「うー。パパ抱っこしてー。ミカ一人で起きられないー」

 

横には世界一可愛い私たちだけの天使がいた。ママに似て、普段の目つきは鋭いが、寝ている間はそんなことを感じさせず、愛らしさだけが残っていた。

 

まぁ、私にはいつも笑顔しか向けてくれないのだが、いつの日か反抗期が来るときが恐ろしくてたまらない。

 

「ちょっと、あんまり甘やかしすぎちゃダメよ。この娘だってそろそろ5歳になるのよ」

 

「まだ5歳、だろ?ほら、ママから逃げろー」

 

「あっ、コラ。はぁ。まぁいっか」

 

壊してしまわないように、細心の注意を払い抱き上げて寝室から移動する。なんてことない、いつもの日常だ。

 

娘はトイレにいくと言ってその場からトテトテと駆けて行った。私に似ず、とっても偉い子だ。

 

あれから、霞の手を取って全てから逃げ出した。田舎の方へ、とにかく遠いところまで逃げ続けた。そうしてそこで生活をし始めた。初めは上手くいかないことばかりだった。慣れない農業に四苦八苦する毎日だった。

 

それから何年かが経ち、ようやく3食を食べても小銭が余るぐらいには余裕が出来た。2人にはいつも迷惑を掛けるばかりだ。しかし、皆いつも笑顔だ。

 

「ねぇ、アナタ。ちょっといいかしら」

 

「霞?どうした?」

 

「私なんかと一緒に生きることを選んで、アナタにとって本当に良かったのかなって。私は毎日が楽しいけど、それでも、時々不安になるの」

 

先程の明るい表情から一転、不安と焦燥感に駆られたかのようだった。

 

最近は減ってきたが、霞は今でも時々、こんなことを口にする。こっちに来てから気が付いたが、彼女の本来の性格は心配性で考え方がネガティブだ。刺々しい口調はその裏返しだったのだろう。

 

しかし、そんなことを言う世界で一番大好きな嫁さんにはいつも決まってこう返すようにしている。

 

「霞といられて私は世界で一番の幸せ者だ」

 

霞の左薬指についたそれが、朝日に当たって眩いばかりに光っていた。

 




これでお話は一旦終わりとなるのですが、霞視点のお話を最後に書いて本当の終わりとしたいと思います。
提督から与える印象と異なることも多くあると思いますが、期待してお待ちいただければなと思います。
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