拝啓、ギャルゲーの世界でヤンデレに追われてまして   作:金木桂

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2-4:待ち合わせ

 

 クラスに戻って万里にデートすることを報告した。

 デートという単語に顔を顰めながらも万里は「まあしょうがない。受け入れるしかない。ただ分かってる? 絶対に人気の無い場所には行かないこと! 貴方が死んだら私の注ぎ込んだ労力が全部パアになるんだから、くれぐれも見た目に騙されてほいほい家とか行っちゃダメ!」と俺に口酸っぱく忠告を寄こしてくれた。こうやって毒舌交じりではあるが俺の身を案じているのは明白で、改めて俺は万里を失ってはいけないことを実感する。この世界には愛夏のように他のヒロインを殺しても良いと考えている人間もいる訳だ、そういう危険人物から守ってやる必要があるな。……まああの包丁捌きを見てしまうと一般人でしかない俺に対抗できるか、イマイチ分からないところではあるが。あと普通に怖いし。

 

 授業は上の空のまま、机の影でスマホを弄りながら名幸とのデートプランを練る。傍目から見たら青春っぽいけども俺は必至だ。なんたって命賭けなんだからな。

 どのくらいのボリューム感を名幸が想定しているかは分からない。

 だが夕方辺りで帰る流れにして問題ないはずだ。

 名幸は外が苦手だし、俺は暗くなる前に自宅という名の安置へ帰りたい。

 これはWin-Winな結論になる……と思いたい。

 

「行くのならこれ、持っていきなさい」

 

 放課後になって、覚悟を決めて名幸のクラスに向かおうとすると万里から呼び止められた。

 万里の手が何かを持ってこちらに差し出してきて、俺はそちらへ目を遣った。

 小さいプラスチック容器に入ったスプレー……?

 

「なんだそれ」

「痴漢撃退用、唐辛子スプレー。私の私物だけど貸してあげる」

「お前……普段からそんなもん持ってんのかよ」

 

 思わず距離を開けた。ドン引きだ。いつ使うんだよそれ……まさか気に食わない男が近寄ってきたらワンプッシュしたりしてんの?

 弁明するように万里は俺との距離を詰めてきた。

 

「ち……違うから! ただ私はネットで売ってたのを見て面白そうだと思って買っただけ! ほら見て未使用よ!」

「……若干嵩、減ってないか?」

「そ、それはどんな感じか試用したの! まだ実際に使ったことはない!」

 

 平時のクールな相貌を崩して必死に言い訳する感じがより言い訳らしさを引き立てている。それで丸め込めると思ったら大違いだからな。そのスプレーを当然のように出してきた時点で俺からの信頼は失墜してる。それにコイツ、そういう状況になったら何の躊躇もなくやりそうだし。

 

 俺の指摘に動揺しつつも無理矢理俺の手を握ると唐辛子スプレーを渡してきた。

 

「ともかくこれ持ってって。無いと有るとじゃ天と地だから」

「あ、ああ。因みにこういうのって顔に吹きかけて良いもんなの?」

「多分。威力は保証するわ。なんたって凝縮したキャロライナリーパーの粉塵を溶かしたスプレーらしいの。きっと彼女たちもイチコロね」

「……それはやりすぎじゃないか?」

 

 イチコロって殺す方だよな? 流石に俺もどうかと思うぞ?

 まあ好意を無碍にするのも良くないか。

 

「まあ一応受け取っておくわ。一応ありがとうな。一応言っとく」

「一応が一々余計なんだけど?」

 

 だって素直に感謝するとキモとか言うじゃんお前。

 万里は溜息を吐きながらも、俺へと視線を合わせた。

 

「……何度も言うけど絶対に気を抜かないで。彼女たちは貴方の味方じゃない」

「分かってる」

 

 俺は万里に手を上げて一足先に教室から出た。つい受け取ってしまった唐辛子スプレーを見てみる。見れば見るほど対人間用には見えない。液体はヘモグロビンくらい赤黒いし。絶対網膜とかに噴射したら失明する色してる。

 ……熊とかライオンが出てきたら使う感じにしよう。

 ブレザーの内ポケットに忍ばせながらそう決意した。

 

 紫雲名幸はすぐに見つかった。

 二つ隣の教室前の廊下で名幸は窓の外から空を見つめている。ぼーっと何も考えていないような佇まいながらも、その光景を切り取るとまるで名幸ルートで見られる一枚絵みたいだった。

 こっちには気付かなそうだし俺から声を掛けるか。

 

「何を見てるんだ?」

「あ……あ……次、作るげ、ゲームの草案」

「へえ。何か思いついたのか?」

「う、浮気した夫を、妻が、制裁を下すゲーム。制裁方法は、色々で、ええと、夕食に少しずつ毒を盛ったり、川魚を刺身で出したり……」

「あー空が青くて良い天気だ、そろそろ行くか名幸」

 

 ゲームの内容が陰湿すぎる……!

 てかそのゲームの登場人物のモデル俺じゃないよな。そして妻って誰だろうな。

 活き活きと熱意を持って語ってくる名幸と反対に俺の背筋は凍ったので、名幸の手を掴んで引っ張ることで誤魔化した。

 

「あ、暖かい……嬉しい。や、やっぱり、名幸を求めて、くれるんだね」

 

 背後で引っ張られる名幸の艶やかに濡れた言葉に俺は曖昧に頷いた。否定するにも何をされるか分からず、肯定するには俺のプレイボーイ経験値が足りなすぎる。助けてくれ万里。今は凄いお前の毒舌が恋しい。

 

「ど、どこに、行くの? さ、榊田君の、家?」

「いやいや、ワンルームは狭いだろ」

 

 やんわりと否定しておく。密室がマズいというのは万里との共通認識である。

 名幸は少し握る手を強くする。

 

「せ、狭い方が名幸は、好き。世界が、閉じてる……ような気がして、安心する」

「流石インドア派だな」

「そ、それに……狭い方が、密度が高い気がする」

「密度?」

「名幸と、君だけの世界、みたいだから」

 

 思わず俺は自分の顔に手を当てる。

 ……くっそ、顔が熱い。流石ギャルゲーヒロインだな。

 美少女からこうも恥ずかしげもなく自分の気持ちをおおっぴらにされて、心が動揺しない程俺は男を捨ててない。

 しかし名幸はこんなことを言う性格じゃなかったはずだが、やっぱり万里の言う通り何度も何度も攻略された記憶を保持しているんだろう。

 

「そういう考え方もアリかもしれないが、いいか名幸、世界は広いんだ。それを見ないなんて損だと俺は思う」

「広い……?」

「おう。まあこの世界は特殊かもしれないが……でも日本国内だけでも土地土地で自然も文化も違う様相を成してる。海外なんか行ったらもっとだ。俺は良く知らないけどクリエイターなら絶対外に出るべきだろ。インスピレーションもその方が沸くだろうし」

「そ、そうかな」

「それに人生的にも勿体無いって。見分は広められるだけ広めるに尽きるって思う」

 

 きっと名幸と言う人間は本質的に外が嫌いなわけではない。ただ自信が無いだけだ。コミュニケーション力が低く、どもりやすいその性格から他者とのコミュニケーションに忌避感を抱いて、それを避けるべく部屋に籠りがちになったというのが名幸と言う少女の根幹を構成しているように見える。

 ……何言ってんだろうな俺。

 雰囲気に呑み込まれない為と言えどこんなことを言うつもりは無かった。

 どうせゲームの中の話だ。この少女だって定められた設定と言うだけで、アドバイスしたところで何も意味は無い。

 ……いいやそれも言い訳か。違うな。

 名幸に責任を持ってやれないのに、こんなアドバイスをするのは無責任だ。

 そう思った。

 だって今の状況を鑑みたら次の台詞を容易に予想が付く。

 

「……き、君が手を引くなら、な、名幸はどこにでも行く!」

「……機会があればな」

 

 ほら、やっぱりこう来た。

 罪悪感に胸を擽られながら俺ははぐらかした。

 

 

 

 

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