拝啓、ギャルゲーの世界でヤンデレに追われてまして 作:金木桂
まだ前話「2-9:その声を」を読了されていない方はそちらからご覧いただければと思います。
店外へ出た途端俺と万里は人気のある通りを目掛けて引っ張られた。
「とにかく走るわよ……!」
懸命な万里の声に俺は一瞬頷きかけて。
「駄目だ、アイツは瞬間移動を使える!」
「瞬間移動ってなに!」
「そのまんまの意味だよ!」
「訳分からないんだけど!? だとしても逃げるしか方策はないでしょ!」
それはそうだが一瞬の隙を突いて逃げ出しただけだ、このままじゃ容易に追いつかれる!
二車線道路の通りに出る。帰路を目指す車の往来の中に、黒い車体にフロントガラスから空車と書かれた電子プレートを置いて走っているタクシーを見つけた。
アレだ!
「万里!」
「なによ!」
噛みつく勢いで振り向いた万里は、俺が指示す方向を見て察するように頷いた。
右手を挙げてタクシーを呼ぶ。こちらに車がやってくるまでの数秒の間すら恐ろしい。心臓がバクバクする。後ろから追って来ているかもしれない平理の姿を夢想して、俺は頭を振ってその想像を振り払った。
タクシーは減速をして路肩に止まった。
ほっとしながら俺と万里は開いた後部座席のドアを潜て乗車。
「どちらへ行かれますか?」
「駅前でお願い!」
「かしこまりました」
エンジンを震わせてタクシーは再度車道を走りだす。無意識に俺は走ってきた道……ゲームセンターが合った方向へと目を向けた。平理の姿は無かった。
途端に力が抜ける。ずるっとシートから身体が零れ落ちそうになる。
「ちょっと大丈夫なの?」
「あ、ああ……なんとかな」
万里が心配するように俺へと声を投げかけて、俺はそれを手を上げて制した。本当に大丈夫。俺は大丈夫だ。
ただ……気が抜けた。
頭を反芻するのは先程の光景。
血溜まりに沈むブロンド色の長髪。
隙間から僅かに見えた歪に折れた手首。
生気を失って人形のような無機質で満たされていく瞳。
そして最後の言葉。
全てが鮮明に脳裏に焼かれて、繰り返し再生されて、俺は…………。
「うっ…………!」
「朝成、何があったかは分からないけどしゃんとしなさい」
胃から何か込み上げてきた俺を気遣うように背中が擦られる。
……暖かい。安心する。平理から伝搬された狂気が解れていくような感覚。
暫くはそうして背を撫でられた。
「お客様、駅前に着きましたよ」
駅までは大した距離ではなかったのですぐに到着した。その数分間で平常心を多少取り戻し、吐き気が収まった俺は顔を上げる。
既に夜7時半を超えていた。依然とリアルにこの世界は夜を作り上げている。俺とは無関係な人々で形成される帰宅ラッシュで駅から住宅街への人の流れが出来上がっていて、駅前のベンチには学生が屯して友人同士でスマホを覗き合っている。
平和な世界の平和な日常。
しかしその裏で死んだヒロインはこの平和の中にいない。
「どうする朝成。このまま家まで行っちゃう?」
「いや……夕飯でも食べよう」
「本当に大丈夫なの? さっきの貴方、相当キツそうだったわよ?」
「もう大丈夫だ。心配かけた」
「なら……いいけど」
照れ隠しみたいに万里は顔を背けて、反対側のドアから外に出た。
俺たちはすぐに駅前の適当なレストランに入った。夕飯時とあって友人連れなどで店内は賑わっていて、5分ほど待って俺たちは窓際から最も遠い席に案内された。普段なら景色が見えず少し残念とでも考えたかもしれないが、今に限っては非常に有難い。平理やほかのヒロイン達に窓からこの光景が覗かれちゃ堪らない。
「それで、何があったの」
注文を済ませると、万里は真剣な眼差しで俺へと問いかけた。それに対して俺は何一つ隠すことなくさっき起こったことを話した。
名幸とデートしたこと。
最後に行きたい場所があると言われてゲームセンターに行ったこと。
ゲームセンターに監禁されたこと。
何故か中にいた平理と話したこと。
平理が三人殺していると名幸が激高したこと。
平理が名幸と戦い、名幸を殺めたこと。
名幸を助けようとして、平理に身体の一部を要求されたこと。
事の始終を黙って聞き終えた万里は俺から視線を外した。
「そう……大変だったのね」
「……ああ。万里が来てくれなかったら今頃俺は左手が無かった」
「狂ってるわね。そんな性格だったかしら彼女」
神妙な面持ちで呟く。それには同意だ。若狭平理は確かに独特な性格のヒロインではあったが、ここまでイかれた性格ではなかった。
「まあヤンデレになってる時点で何とも……って感じだが。そういえば万里は何であの場にいたんだ?」
ふとそんなことを聞くと万里は渋い顔をした。
「たまたまよ」
「嘘こけ」
「げ、下校の寄り道でその場所を通りがかったら中からヤバそうな音とか聞こえてきたから貴方が居たらマズイと思って飛び込んだだけ」
「そんな偶然あるかっての」
万里の口元がぐぬぬと力が籠もって歪む。すぐに俺へ慌てたような視線が飛んできた。
「じゃあなに、貴方はこう言いたいわけ! 二人きりになることを心配した私は防犯グッズを装備して態々デート中の貴方の後を付けて、ゲームセンターの中に入っていった直後に出入口が消えたからとてもヤバい状況になったと焦りながらその場で見守って、突然また出入口が戻ったからすかさず入って通販で買った煙玉を使って貴方を救出した───なんて言いたいの! 馬鹿じゃないの! 私がそんなことするわけ!」
「しないのか?」
「す、するわけ……」
恥ずかしそうに頬を染めて目を逸らす。
流石に分かりやすすぎるだろ。隠し通したいならもっと言い訳を頑張るとか、露骨に反応を見せるとか、そういうのは止めた方が良いんじゃないかと思う。
「ともかく助かった。ありがとう」
頭を下げる。万里がもしいなかったら俺はきっと右手を捥がれた上で平理と二人きりの状況で、その場で何が起こっていたか……。
「別に感謝されるほどのことじゃないから! 貴方が勝手に助かっただけ!」
「今の言葉は100%純粋に万里への感謝の言葉だよ。普通に受け取ってくれ」
「…………っ!」
尚も反抗するように宣う万里にそう言えば茹で蛸みたいに顔を真っ赤にして、かと思えば一気に冷や水を飲み干した。どんだけ恥ずかしがり屋なんだよ……事実を言っているだけなのに。
万里が黙りこくって微妙な沈黙が流れる隙間を縫って注文した飯が来た。俺がサラダとサンドイッチ、万里はハンバーグセットだった。
それを黙って食べる。どうも冷静に会話を再開させるために、俺たちには時間が必要みたいだ。倦怠期のカップルじゃないんだけどな。
お互いに夕食を食べ終えて、漸く万里は調子を取り戻したように顔を上げる。
紙ナプキンで口元の汚れを落とすと、落ち着きを払った声音で言う。
「それでその……紫雲名幸から手掛かりは聞けたの?」
「いいや、聞けなかった」
「そう……また振り出しに戻ったってことね」
悩まし気に万里が髪先を弄る。
名幸は……死んでしまった。
平理はキャラクターデータがどうとかリカバリーがどうとか話していたが、その言葉を信頼するに足る根拠を俺は持っていない。
認めるしかない。名幸は死んだんだ。
頭を切り替えろ俺。状況は何も変わっていない。平理は狂暴だ。今は殺さないと言っていたが、少しでも気分が変わればすぐに俺にその凶刃を向けても可笑しくは無い。万里なんかもっと危うい。平理にとっては邪魔もののはずだ。
俺は自分の頬を手で叩いた。
「そうだな。何かまた考えないと」
「ええ……一つずつ考えるのが最優先ね。紫雲名幸とのデートで他に収穫はなかった? 例えば何か手掛かりに繋がりそうな、違和感のある言葉を漏らしていたとか」
普段より和らいだ目つきに、俺は脳内を掘り出す。
ショッピングモールでの会話、ゲームセンターでの会話、平理との会話。
…………無いな。直接的な手掛かりとなる情報は何一つとして無かった。
2分ほど黙って記憶を浚うがついぞ出てこなかったので、首を左右に振った。それを予想していたように万里は小さく「そう」と息を溢した。
「ただ平理は何か知っているような素振りだった。脱出の手掛かりというわけじゃないが……この世界の深い真実について理解しているような、そんな口ぶりだった」
「でも平理に会うのはリスクが高すぎる。八方塞がりね……何か物とかも貰ってないのよね」
「デートで女の子から男がプレゼントを貰うシチュエーションなんてないだろ」
「それもそうね」
万里の言葉にポケットを弄って、ショッピングモールで買ったネックレスがあるのに気付いたが流石に今は渡せる雰囲気じゃなかったのでそのまま手を放す。別にこれは手掛かりでも何でもないしな。
再度訪れた短い沈黙を割るようにスマホが鳴った。万里が目を見開く。
「貴方スマホ持ってたの?」
「そりゃ持ってる……持ってたが」
「先に言いなさいよ。それならもっと早くに連絡先交換してたのに」
鼻を鳴らして万里は俺が取り出したスマホに視線を送る。スマホ自体はこの世界に来た時点であったが、一度も鳴ったことは無い。そもそも今日までは連絡帳に誰の名前も登録されていなかったのだから当たり前だ。
───つまり。
「名幸か……?」
「ちょっと、どういう意味か説明してよ」
「このスマホの連絡先を登録している人間は名幸しかいないんだよ」
「でも彼女は……」
言いづらそうに目を伏せる万里を他所に俺はスマホのロックを解除した。
通知にはメール1件。
差出人は……名幸だ。
死んだ名幸からのメール。
何がどうなっているんだ。
メールを開いてみる。
【大好きな人へ
このメールは名幸のプロセスを監視しているサーバが、名幸の死を検知したら配信されるように設定されています。
だからもしこのメールを見ているとすれば、きっと名幸は何かアクシデントが起きて死んじゃったのでしょう。
これから君は私の家で一緒にずっと暮らすことになるはずだから、このメールを読むことは無いんだろうけど……念のために仕込んでおくことにしました。
それは若狭平理がどう出てくるか分からないからです。彼女は枷が外れた獣だから、何が起きてもおかしくない。だから仮に若狭平理によって私の棺桶計画が無茶苦茶になったその時、君にはこのデータを託さなくてはなりません。
簡潔に言えば、添付したのは名幸のデータのコピーです。
コピーといってもキャラクターデータではありません。
これは名幸が知っている知識を圧縮したもので、これがあればこの世界の大枠を君は知ることが出来ると思います。多分利用価値はあると思います。
そして君が求めた世界から脱出する手段。
君は何度も転校を重ねていました。転校をするとゲームシステム上ではただ単に一年生からリスタートとなってしまうと思います。でもそれは違います。内部の動作として、それまでのセーブデータが特殊セーブデータ化されて、一度タイトルメニューを呼び出した後にそれを読み込む処理が走っています。これが転校です。
要するに、君は転校をすればメニュー画面……現実に戻れるのではないかと名幸は思います。
メニューにはゲームを終了する選択肢もあるはずです。もしメニュー画面に遷移したらそれを選択してください。
名幸から渡せる情報はこのくらいかな。うん。こんなもん。
名幸はこのメールが配信されることを望んでいません。
君とは一緒に一生過ごしたいし、愛し合いたい。
でもそれがもし外的な要因によって叶わないのなら……。
どうかこの世界から逃げてください。他の女の子に取られないでください。
名幸のことを、忘れてください】
最後まで読んで俺はスマホをテーブルへ投げるように置いた。
「バカだな……本当に何でこんな……」
「……私も見ても良い?」
「ああ」
万里が俺のスマホに手を伸ばすのを視界の端で捉えながら俺は目頭を解す。
名幸は…………やっぱり悪いやつなんかじゃない。普通の少女だった。
善意とは言えないかもしれない。独占欲から俺に情報を渡したという見方も出来る。
でも俺にはこのメールが10割独占欲に基づかれて作られたメールだとは思えなかった。独占欲自体はあっただろうが、6割くらいは俺に対する好意でこのメールを作ったのだろう。
きっと事前にこういう文章を作ろうという型は頭の中にあったのだろう。
俺の連絡先を知ったのは今日、ショッピングモールでだ。
名幸はデート中、連絡先交換以外で一度も自分の携帯を開いていない。
連絡先交換後、俺の知らない名幸の時間があるとすればあの瞬間……俺をゲームセンターに閉じ込めた直後くらいだ。その僅かな時間でメールを作ったというのならば、名幸の中では計画が駄目になったら俺の背を押すことを最初から決意していたということになる。
「……はあ」
溜息を漏らす。
厄介な状況を作った女の子には違いないが……それでも俺はやっぱり嫌いになれない。そんな複雑な感情も含めて、名幸は最後まで厄介な女の子だったな。
「なるほどそういうこと」
万里はメールを読み終えると俺のスマホをこちらへと渡してきた。
「あまり愉快な気分ではないけど……光明が見えたのは間違いない」
「……ああ」
小さく頷く。名幸の齎してくれた情報はあまりにも大きい。
万里は一旦整理を付けるように息をついて、言葉を区切った。
「ところで提案なのだけれど……」
「提案? 何か思いついたのか?」
「いや、そういう訳じゃないんだけどね」
とても提案するのは憚られるなと言いたげな顔で、万里は小さな声で言う。
「その、こういう事があって直後で言いづらいんだけど……私の家に来ない?」
…………はあ?
「お前も俺を閉じ込める気か?」
「違うわよ。貴方の身の安全を鑑みたとき、貴方の家はもう安全じゃないでしょ。だって若狭平理が瞬間移動なんて真似が出来るのなら、貴方の家は顔パス未満のセキュリティーでしかない」
「それはお前の家だってそうじゃないか?」
「だけど彼女たちからすれば貴方が私の家にいるなんて思わないでしょ? だから要するに……匿ってあげるって言ってるの!」
途中までは冷静に話を進めていたにもかかわらず途中で羞恥心を爆発させるように大声で宣う万里に、俺は周囲を確認してしまう。
他の客から視線集めてるって。俺まで恥ずかしくなってくるだろうが!
でもまあ。万里の提案は一理ある。俺の家に俺が居ることは容易に想像つくが、万里の家に俺が居ることはあまり想像がつかないだろう。
俺としては非常に助かる話である。
だから問題はどちらかというと万里の方で…………。
「いいのか?」
一瞬戸惑ったように見ると、コクリと頷いた。
二章終了です。
ストックが完全に切れたので一旦期間が開きます。