拝啓、ギャルゲーの世界でヤンデレに追われてまして   作:金木桂

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3-5:夕焼けの逃走

 

「逃げても無駄だよ? 私が自分のステータスを弄れないと思った? 君のステータスと同じ、つまり限界値まで私も上げてるんだ」

 

 逃げながらも常に一定の距離を保って愛夏の声が背後から響く。日が地表へと沈み明度を落とす街も相まってまるで出来の悪いホラーゲームだ。

 すれ違う人たちはみな俺と愛夏のことを驚いたように一度見るが、特にそれ以上の反応をすることはなく最終的には自分の生活に戻っていく。これも現実の大衆の無関心さを反映した結果なのだろうか。

 

 全く、昨日からこんなのばっかりだな!

 

 悪態を吐きそうになりながら、兎にも角にも逃げる。

 目的地は存在しない。

 人通りがあろうが無かろうが愛夏は包丁を手に追ってくるのだから、群衆に紛れるという今までの考えは無意味だ。

 ならどうする。

 反撃するか?

 ……いや、勝てる打算が無い。

 平理や名幸がそうであったように、愛夏がもし超能力染みた能力を持っていた場合確実に負ける。取り押さえられて……殺されてしまう!

 

 クソ、助けを求めるしかない。

 街の住民は頼りにはならなそうだ。やはりどれだけ精巧に見えようがここで生きる住民の多くはNPCである。アルバイトを通じて理解した。何処か人間味が無いのだ。話しかけても上辺をなぞるみたいにのっぺりとした言葉しか返ってこない。警察も恐らく頼りにならないだろう。

 

 となると……頼れるのはブルメモのヒロイン達だけか。

 万里の下へ行くか?

 駄目だ。アイツを巻き込みたくはない。それに愛夏からすればゲーム上恋敵足りうる万里だって愉快な人間じゃないはずだ。殺される危険性がある。万里自身も別に強い訳でもなければ、むざむざと連れて行く理由は一つもない。

 平理……は何処にいるか分からん。加えてアイツと出会うのはそれ相応のリスクが存在する。この世界で最も得体が知れないのは平理だ。仮にこの状況から助けてくれたとして、無事俺を返してくれる保障など欠片も無い。四肢を無くすのは御免被る。

 

 ……あとは月風か。

 女子小学生とは言え愛夏と事を構えて戦闘紛いなことをしていたしそれなりに戦えるのだろう。

 しかしアイツはアイツで俺を殺す気だった。助けを求めたところで殺される気がする。

 

 ああもうどうすりゃいいんだ!?

 

 当てもなく壊走を続けて駅前を通り過ぎ、川を越えて俺は気付けば蓬莱院高校の敷地内に入っていた。

 背後から間延びした声が聞こえる。

 

「どうしたの~高校に来ちゃったりして? もしかして誰かに助けを求めにきたのかな~? あはは無駄なのに! 君の知り合いは誰もいないの! だってもういないじゃない! 校内で君を好きな人はみんな死んだから! 上妻ちゃんは唯一生きてるけど違うだろうしね! つまり君のことが好きなのはこの高校内じゃ私だけ! 私だけが君を助けられるのに何で君は逃げようとするの!?」

「包丁持って追いかけられれば誰だって逃げるだろうが!」

「じゃあこの包丁、捨てたら逃げない?」

「殺すのを辞めてくれるならな!」

「じゃあ私と一生この世界に居てくれる?」

「おう、断る」

「じゃあダメかな」

 

 背後から付かず離れずで俺を追い立てる殺意に歯を食いしばりながら靴のまま校内へ侵入、階段を一段飛ばしで上っていく。

 二階の廊下を走る。完全下校時刻手前の校内はすっからかんで人気も少ない。必然的に俺と愛夏が床を汚す音だけが響き渡る。

 

「諦めたらどうかな? 私、これでも痛くしない自信があるんだよ? 練習したんだ~ほら、スーパーで生きた魚、売ってるでしょ? あれを捌いてさ、どの部分を切れば痛覚を刺激せずにあの世に送れるのかなって研究したんだ! 痛かったかどうかは魚の目を見れば分かるんだ~。声が聞こえてくるの。苦しい、痛い、止めて、身に刃を入れないでって。それが無ければ『ああ、この魚は安らかに死ねたんだ』ってさ、分かるんだよね。だから安心して。私、人間は初めてだけど君のことは魚以上に知り尽くしてるからさ。痛い思いをさせない自信はあるから、身を委ねてくれればあとは全部私が引き取るから。君は何もしなくていいんだよ? 何も」

「冗談じゃねえ! 殺すことを念頭に話すイカレ女に何で譲歩しなきゃならねえんだよ!?」

「君って結構荒々しいんだね~私ワイルドで好きだなぁ~」

 

 正面が突き当りであるのを見て、俺は右手にある階段を再度上る。

 校内を走っていて一つ、思い付いたことがある。

 完全な最終手段だ。

 これが駄目ならもう袋のネズミ、俺は愛夏に身体を解体されるだろう。

 

「何か企んでるのかな~? 無駄だよ?」

「どうだかな!」

 

 階段を上り切って、俺は時間稼ぎのつもりで手前の教室に入った。2年1組だ。空きっぱなしだったスライド式のドアを開けて、直ぐに閉める。

 目についた内鍵を閉めると、教室後方にも存在するドアも同様に施錠した。

 

「無駄って言ってるよね~? というか君ってこの世界のこと、全然知らないんだ。確かに普段は扉なんて壊せないけど、10秒くらいかければ設定変更くらい私でも出来ちゃうんだからね?」

 

 廊下から愛夏の声が届いた。

 10秒ね……まあ十分だな。

 この扉が破られることは想定内なのだから。

 

 俺の本命は窓枠に手を掛けて、姿を一時的にでも晦ますこと。

 逃げきることは出来ないだろうが、これで時間を稼げるだろう。

 その稼いだ時間を使って、俺は最大ボリュームで全校放送で助けを求める。

 もうこの手しかないんだ。

 助けてくれる相手を選んでいる余裕などそもそも俺には無かった。

 今は兎も角、命が惜しい……!

 

 俺は息を吸って窓の外へと身を放り出す。

 瞬間、背後で扉が開く音が聞こえた。きっとゲームシステムか何かを悪用して施錠のパラメータをオフにしたのだろう。名幸や平理を思い出せばそのくらいは簡単にできるだろうことが容易に想像付く。

 

 愛夏が戸惑っている瞬間がチャンスだ。

 俺は3階の窓から飛び出して、地面へと着地。その瞬間、昔体育の授業で習った前回り受け身の要領で衝撃を殺す。現実の俺ならそれでも骨の2本や3本は折れていただろうが、運動神経抜群なこの身体で行うと多少内臓の芯を揺さぶられる程度で留まった。

 

 愛夏に気付かれる前に俺は素早く校内へと再度走り出した。外へ行けば校門を出る前に窓の外を覗いた愛夏によって目視されるだろうし、そうなるとこの鬼ごっこは泥沼化必至だ。目的を見失っちゃダメだ。最も重要なのは愛夏から逃げ切ることじゃない。中古バイクを買う資金を集めることである。それに当たって愛夏の脅威は邪魔だ。明日以降は問答無用で殺しに来るだろうことを考えれば、今ここで何とかしないといずれ俺は死ぬ。

 

 校内に入ったら俺は見つからないように走るのを止め、身を低くして忍者みたいに素早く廊下を歩く。すれ違う教師が胡乱な目で見てくるが無視した。命が掛かっているのである。

 そのまま歩けば放送室にはすぐに到着した。1階、屋根伝いで繋がった特別棟の端にある一室だ。

 俺はドアに手を掛ける。

 

「げっ」

 

 開かない。

 マジかよ。ちゃんと施錠されているのかここ。

 流石に職員室まで鍵を取りに行くのリスクが高すぎるし、そもそも鍵が何処に置かれているのか俺は知らない。それに職員室には当然教師もいるだろうが、鍵を取りに来た説明が出来ない。放送部員でもないんだ。鍵を貸してもらう正当な理由を説明できる自信がない。

 

 不意に夕日が目に入って、眩しさから目を反らしたとこに窓ガラスがあった。

 廊下と放送室を隔てる窓ガラスだ。手を掛けてもビクともしない。

 ここも内鍵で施錠されている……が。 

 

 俺は刹那の俊巡の末、拳を構えて窓ガラスに正拳突きを放った。榊田の拳は相当に鍛えられているらしく、窓ガラスは甲高い破裂音と共にプレパラートの如く砕けて、拳上の穴が開く。俺はそこから内鍵を開けて窓を開放するとそのまま室内へと侵入した。

 

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