拝啓、ギャルゲーの世界でヤンデレに追われてまして   作:金木桂

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偶にランキングに上がってるみたいです。ありがとうございます。


3-6:欺瞞

 

 思い付きでの行動だったが想像以上に上手いこと行った。現実じゃこうは行かないだろうが。

 

「……流石に痛いな」

 

 目視するまで気付かなかったが、ガラスを叩き割った右手には切り傷が出来ていた。傷跡からは血が流れ出している。痛覚を刺激する鋭い感覚に俺は頭を振った。

 一番ダメなのはここで治療の為に足を止めることだ。今の音を愛夏が聞いていないとは思えない。校内中に響き渡ったことだろう。

 

 俺は服に血を擦り付けて放送室の設備に目を落とす。校内だからだろう、放送機器の解像度は矢鱈と高い。かなり本格的なようで、幾つもあるスライダーにボタンを見つけたので試しにガチャガチャと試行錯誤する。それっぽいボタンを押していれば割と直ぐに電源はオンになったようで、俺の声が校内を響く。

 

「……聞こえてるか! 校内にいるこれを聞いている誰か、俺を助けてくれ! 俺は3年の榊田恭吾だ! 追われてこの放送室に逃げ込んでいる!」

 

 喉に張り付いたような、余裕の欠片も無い校内を反芻する。

 我ながら良くもまあ、こんな情けない声を出せるもんだ。

 この学校はゲームのメイン舞台だ。きっと誰かは聞いてくれているだろうと思いつつ舌を回して、それから更に言葉を重ねる。

 

「愛夏! 頼むからもう辞めてくれ、俺を殺しても意味が無いだろ! この世界は恐らくだが誰かの意図的な作為によって歪められている! 殺したところで何の意味も無い! それはその誰かの掌の上だ!」

 

 これまでの言動を思い返してみると、この言葉で愛夏が考えを変えるとは到底思えない。

 それでも言わざるを得ない俺の本心であった。

 

 一見、現実的で表面上だけ取り繕われたこの世界。だが細部への作り込みの荒さからひしひしと感じるプレイヤー至上主義っぷりは水の中で呼吸するみたいに異質で。

 まるで鳥籠だ。

 俺だけじゃない。万里も名幸も愛夏も月風もその他のヒロインも、全員がこの偽物の世界に閉じ込められて何かをやらされているような。

 

 だとすれば目的は何だ?

 平理は何を望んでいる? 

 

「見ぃつけたよ?」

「愛夏……」

 

 ギィと金属レールが擦れる音がしてドアが開いた。

 ……流石に早かったな。

 

「助けを呼ぶなんて随分と酷いことをするんだね。ねえ、やっぱり脱出なんてやめにしようよ。私と一緒にいた方がいいでしょ? 私、尽くす方だよ?」

 

 愛夏は変わらず美人さを隠そうともしない笑顔で、しかし発言と相俟ってその顔は不気味の谷に収まっている。俺の言葉は恐らく、何一つとして通じていないのだろう。

 愛夏は俺に迫る。一歩ずつ、着実に憂いを断つような足取りで。

 じりじりとした危機感に神経が嬲られる。

 校舎内に放送をしたとはいえ助けはすぐには来ない。来るかどうかも分からない。

 じ、時間を稼がないと駄目だ……!

 

「な、なあ愛夏、なんでお前は俺のことがそんな好きなんだ?」

 

 時間稼ぎのつもりで自然と出た言葉だったが、愛夏は予想に反して動きを止めた。

 ふらりと前のめりになって、こちらを見上げる。包丁の刀身が俺の顔を反射した。

 

「私が何で君のことが好きかって? その問いに意味はあるのかな?」

「あるだろ。好きになるのには理由があるはずだ」

「あははは、君って恋愛には向いてなさそうだよね」

 

 仕方がないなあとばかりに愛夏は笑いかける。

 

「過程も理屈も全部、この好きって気持ちを裏付けるための証跡集めでしかないんだよ。でも君みたいに理屈っぽい人にも説明するならそうだね、感情を知らないアンドロイドに恋愛感情を与えてみたと考えてもらえば分かりやすいのか?」

「どういう意味だよ、それは」

「簡単だよ。入力された値を実行処理する。それだけ。exeファイルを叩いたらプロセスをキルするか処理が終わるまで止まらないし、そこに論理的な裏付けなんてないよね。まあ私は自分のことをアンドロイドだなんて卑下するつもりはないけど、一方で分かってもいるんだよ。この世界の中で自分がどんな存在かってことくらいは。勿論君と積み重ねてきた日々だって無意味じゃないよ? でもそんなのは後付けで、私はずっと君のことが好きなの」

「お前……それでいいのか。まるでそれじゃ与えられた設定に沿って動いているみたいな……」

 

 最初から主人公を好きになることを宿命付けられたヒロインじゃないか。

 言葉にはできなかったが、愛夏は俺の言葉の続きを察しているように首を横に振った。

 

「まだ分かってない。良いとか悪いって問題と、この好きって気持ちは同次元に無いんだよ? 言ったよね、好きっていうのは感情だから理屈より高次の概念だって。理由も論理も自然科学でさえ感情に従属するの」

「じゃあ聞くが何で俺なんだ? プレイヤーなんて沢山いる。俺以外にだって沢山だ。俺である必要性なんてない」

「それは君が私を好きって言ったから」

 

 なんだそれは。さっきと言ってることが違うだろ。好きと言われたから好きになった、これだって一つの真理だ。少なくとも今愛夏が言った感情論とは真逆の話だろうが。

 そう思う反面、付け入る隙があればここだとも肌で感じた。

 感情論とは不確かなもので、常に右に左にと寄せては返す波のようなものだ。

 愛夏を論破して何か意味があるとは思えないが、それでも何かが変わるかもしれない。

 僅かに息を漏らした後、俺は唇を湿らせる。

 

「でも俺、お前の事攻略してないけどな」

「──────は?」

 

 途端に表情が抜け落ちる。ぽろぽろと笑顔のテクスチャがドット落ちして行って、アバターデフォルトの真顔へと回帰していくような錯覚に襲われた。

 伽藍洞になった瞳が俺を見た。

 

「嘘だよね。だって君じゃん。私のことを口説いたのは君で好きって言ってくれたのも君。世界が生まれ変わっても何度もデートしたのは君で偶に他の女に靡いて浮気しちゃうのも君だった。そうだよね。何でそんなことを言うの」

「まあアバター……榊田恭吾という身体でそれをしたのは事実かもな。俺が言っている話はその中身、魂、プレイヤーの話だ。断じて言うが俺は愛夏を口説いてない。俺にはギャルゲーが好きな友達が居てな、そいつがどうしてもって言うもんだから遊ばせてやったんだ。だがアイツ、自分の好みの一部キャラクターに関しては実績全解除するまでやりやがってな、知っての通りだろうが俺は実績厨だから最終的に俺自身は攻略しなかったんだよ」

「それって……」

 

 冷や汗がダラダラと背筋を伝う感覚に眉を潜め、表情を顰めそうになるのを堪えて俺は言う。

 

「そうだよ。俺はお前を攻略してない。お前が好きな"君"ってのは俺じゃない。別人だ」

 

 俺は堂々と嘘を吐いた。

 




別の小説を書きながら合間で書いているため遅くなっております。申し訳ない。
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