拝啓、ギャルゲーの世界でヤンデレに追われてまして   作:金木桂

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難産すぎました


3-7:自殺交渉

 

 

 どうせこのまま何もしなければ死ぬ。殺される。間違いなく。愛しているとか言って愛夏は俺を包丁を突き立てるだろう。絶対に御免だ、そんな最期。

 

 だから一か八かだ。一か八か以外に手段が無い。

 

 愛夏は僅かの間動きを止めた。完全なるハッタリは一応通用しているように見える。

 だが逃げる隙があるかと言えば無い。

 廊下側に愛夏は立っていて、この放送室は両手を伸ばしながらほんの少し横にずれるだけで壁に手が届く程度には縦長の部屋だ。さり気なく横をすり抜けようとしてもすれ違い間際に斬られる。確信すらある。

 少しして、俺に目を合わせた。

 先程より僅かに窪んだ眼光が俺を射る。

 

「あはは、分かるよ? 嘘だよね? だって君がそんなことするわけじゃん。私の名前だって覚えてくれてたじゃん。それにそう、端末! パソコンで君はゲームしてたよね? それを友達に貸すなんて普通するかな?」

 

 愛夏は俺の言葉を笑い飛ばした。

 まあダメか。

 すんなりと信じてくれるとは俺だって思っちゃいない。しかし嘘に嘘を重ねるしか生き残る術はもう無いのだ。

 

「名前なんて別にゲームしてりゃ嫌でも覚えるだろ。愛夏、お前はメインヒロインだし。パソコンだって今時スマホで十分とか言って買わない若者多いんだぞ? 俺の友達はそんな派閥の一人だったからな、コンシューマーゲーム機すら無いんだぜアイツの家」

「あのさ、さっきから聞いていれば本気で君はそんな話を私が信じると思うの?」

「信じるしかないだろ」

「なんで?」

「愛夏、お前は所詮ゲームの中の存在だ。だから俺の言葉を否定する材料を持ってない。それでも俺を殺すというのなら、俺を殺した時に降りかかるリスクを提示してやる」

「リスク……?」

「俺は平理から好かれている。その意味分かるな?」

「あー、脅すんだ?」

 

 気だるげに自分の肩を擦る。

 どうやら平理がヤバい女であるという事実はヒロイン達からしてみても共通認識のようである。

 なら話が早いな。

 

「俺はお前の思うプレイヤーじゃない可能性がある。一方で他のキャラを攻略したのは事実だ。つまり俺を殺せば平理はお前を私刑に掛けるだろうぜ」

「別に私は心中するつもりだしそれでいいんだよ?」

「甘いな、俺を殺された平理が殺害の首謀者をただ淡白に殺すだけで済ますと思うか? 断言するがそうはならない。いいか、俺の考えだと平理は憎い相手を殺すような女じゃない。どこか別の場所に永遠に隔離するくらいはきっとするだろう。お前の目的は永遠に果たされない」

「ふぅん、そういう意見ね」

「意見じゃなくて事実だ。だって俺は愛夏、お前の苗字すら知らねえし」

「そういうこと言うんだ?」

 

 愛夏は薄く口に弧を描き、俺の頭の中など完全に理解していると言いたげに目を細めた。

 余裕のある仕草とは裏腹にそこまで愛夏は確信しているわけではないはずだ。

 じゃなければ黙ったりはしない。動揺したりはしない。

 愛夏の強がりは俺の言葉を欺瞞と疑い、揺さぶって仮面を剥がそうと試みているだけだ。

 

 だがここからその嘘を肉付けすることが難しいのも事実で、つい俺の口が止まる。これ以上俺に騙す材料が無い。だから平理の話を出して脅迫が精々だった。

 愛夏は口を開く。

 

「騙そうとしても無駄だよ? 私にそんな手が通じるわけないのにさ、酷いよ君は。名前だって教えてくれないし。でも君の言葉を無碍にも出来ないから……あ、そうだ。じゃあ君を殺して確かめようかな」

「は? 殺して確かめる?」

「うん。いま気付いたんだ。どうせやることは変わらないんだよね。君が言ってることが本当のことだったとしたら、私の好きな人の姿を騙る君を私は許せない。きっと殺しても私の中で罪悪感は湧かないと思うんだ。でも君が嘘を吐いていて君が私の思うプレイヤーなら私はきっと悲しくなる。泣いちゃうかも。ね、これが確かめ方として一番じゃないかな?」

 

 …………狂ってる。

 罪悪感が湧くかどうかで真偽を確かめるだって?

 意味がまるで分からない。

 

「じゃあそういうことだから殺すね」

 

 小首を傾げながら愛らしい仕草をしながらも、こちらを射貫く空虚な瞳に俺は予感がした。

 包丁を持つ腕が上がる。刃先が地面と水平になる。

 駄目か。駄目なのか。

 背後を思わず見るが壁だ。分かっていた。

 出口は正面の扉と窓くらいしかなく、確認するまでも無くここは袋小路。

 

 詰んだか…………。

 俺はじりじりと後退る。俺が慎重に空けた距離を愛夏は一歩で踏み潰す。

 弾かれるように視線を部屋中に配る。武器だ。せめて武器。

 そうやって探すが手元に武器になるようなものは存在しない。唯一武器に成り得そうな長物の掃除用モップや箒は愛夏の背後の掃除用ロッカーに格納されていて、とても手に入りそうな位置関係ではない。そもそも相手はシステムを自在に操れる愛夏だ。仮にあったとしても戦いになるのかは怪しい。 

 

 それでいて助けも来ないとなるとやっぱり逃げるしかない。

 時間稼ぎも限界だ。

 だが逃走方法が無い。

 詰んだ。殺される。目の前の狂人(メインヒロイン)に。

 

 同じ思考が繰り返されたその刹那───俺は背後に黒い影を見た。

 それが黒髪を靡かせた少女であると気付くのに大した時間は要らなかった。

 

「やらせない」

 

 松下月風…………!?

 小学生である月風が何故ここに!?

 

 愛夏の背後に飛んで来たのは数日前と同じくカッター。

 ただ向けられた相手は俺ではなく───愛夏。

 意味が分からず傍観者になっていると愛夏は俺からゆっくりと視線を外して溜息を一度、それから背後を振り返る。

 

「今お姉ちゃん忙しいから後で構ってあげる、だから良い子はそこで黙って待ってくれないかな?」

「それは出来ない約束……私は良い子じゃないから」

「ふうん。邪魔する理由はなに?」

 

 包丁をナイフのように逆手で持って、まるでアサシンみたいに構える愛夏に対して月風は変わらぬ無機質な表情で言う。

 

「恭吾お兄ちゃんは私が殺したい。この手で。直接。暖かい血を浴びながら……それだけ」

「な~んだ。なら私に譲ってよ。私が殺しても彼が死ぬって結果は同じでしょ?」

「同じことを言われて……貴方は受け入れられるの?」

「なるほど~愚問だったかな。で、またこの前の夜の続きやる?」

「そっちが譲らなければ……致し方無い」

「そっか」

 

 その言葉が合図となった。

 猫みたいに懐に飛び込んだ月風は懐から更に取り出した鋏を持ち、勢いそのままに切り裂こうと愛夏へ襲い掛かる。愛夏は冷静に蹴り出そうとして、すり抜けた。風に押し流される木の葉のように月風が身を捻って回避したのだ。

 

 突破してきた月風はすばしっこい動きを維持したまま、愛夏ではなく俺を見た。怜悧な視線。ブルリ。身震いがする。

 

 視線で理解した。

 ……ブラフだ。

 愛夏とやり合うと装って最初から俺を狙ってきたのか!!

 

「恭吾お兄ちゃん、さよなら」

「ざけんなっ!!」

 

 流麗な動きで容赦なく首筋に突き立てられそうになったハサミを俺は間一髪で避ける。動体視力が良い榊田の身体だから反射的になんとか出来た神回避だ。そう何度も出来るもんじゃない。 

 

「そっち狙うの禁止じゃないかな!」

「目的は貴方じゃない……恭吾お兄ちゃんだから」

 

 愛夏が月風を追い払うように横から蹴り飛ばす。それを飛び込んで前転しながら避けると、再び立ち位置の構図が先程に戻った。

 二人は目を合わせて頷いた。

 ……この三日間で嫌ってほど感じてきた危機感がより濃く鮮明に脳内を灼く。

 

「なるほど……じゃあ勝負だね」

「望むところ。恨みっこ無し」

「それは私の台詞だよ」

 

 先程まで殺し合おうとしていたはずの二人の空気感が明らかに変わる。互いに向けていた凶器を収め、俺へと向き直る。

 不可解な状況に声を上げかけて、最悪の可能性に気付いた。

 

 ───考えてみれば愛夏も月風も目的は一緒で、主題は俺を殺すこと。

 お互いに争う理由は無く、相手よりも先に殺すことが出来ればそれで万事問題無しと考えたのではないか。

 つまり、まさかとは思うが……こいつら二人でどちらが俺を先に殺せるかのレースを始めようとしているんじゃないだろうか。

 

 だとすれば最悪だ。最悪すぎる。

 この場から逃げるのがより難しくなってしまった。この前の晩みたくこっそり抜け出すなんて出来そうも無い。

 非常に不味い。

 

「おいちょっと待て! 愛夏はもうウンザリするほど分かったが月風! お前は何で俺を殺そうとするんだ!!」

 

 慌てて俺は二人の会話に介入した。時間稼ぎだ。ともかく時間が欲しい。この状況下だと時間があるからといって何が出来る訳じゃないが、少なくとも問題の先送りは可能だ。当然稼げるのは些細な時間、秒単位だろうが。

 

 月風は今そんな質問を投げ掛けられるとは予想だにしていなかったのか、少し表情を崩しながらも口を小さく開いた。

 

「浮気は制裁……恭吾お兄ちゃんは私以外を口説いた。付き合った。接吻した。だから殺す……そんなとても単純明快な理由」

「じゃあ謝ったら許してくれるか?」

「言葉だけじゃ無理……でも場合によっては許す」

 

 月風は一瞬悩んで言った。

 場合……ねえ。

 それをクリアできれば月風がこっちに付く可能性があるってことか。

 

「具体的には?」

「浮気女の首から上、持ってきて。指とか足じゃ駄目。ちゃんと居なくなったって証拠を示すために、動かなくなった頭部。それが私の要求」

 

 冗談だろ?

 だが月風の瞳を見て、本気と悟る。

 見た目こそ私立小学校でも通っていそうな聡い容姿をしていて、実際に設定じゃそんな感じだが、今俺の前に立つ月風はその欠片は一ミリも存在しない。戦国時代の武将みたいな要求を真面目に言っている。

 浮気女の首とか無理に決まってんだろ。

 イカれてる。分かっていたことだが、この世界のヒロイン達は一人を除いて皆狂っている。

 

「無理なら……決裂」

「あ、私は許してあげてもいいよ~」

 

 言葉を遮って愛夏が一歩前に出た。

 

「私は分別弁えてるからさ、そんな物騒なことを言わないよ? 勿論要求はあるけど……ねえ君、今までのこと忘れて少し検討してみない?」

「どうせ本名を教えてとか言うつもりだろ?」

「凄い! 私達通じ合ってるんだね!」

 

 それくらいこの短い付き合いでも分かるわ。

 会った時からそればっかだったじゃねえかお前は。断じて拒否である。永遠にゲームの中に閉じ込められるなんて真っ平御免だ。

 

「命乞い……それだけなら殺すね」

 

 まんまるとした瞳のまま、あどけない雰囲気を残して月風が殺害予告をする。

 クソ……月風が来ても状況は何も変わらねえ。

 逃げるのも駄目。味方にするのも駄目。

 

 こいつらは二人共に自分の手で俺を殺したいと考えている。

 もういっそのことヤケクソになって自分の手で首を絞め、自殺を交渉材料にみるかと考えて───いや待てよ?

 

 俺自身だけだと自殺する手段が乏しい以上、交渉材料にするのは難しい。それはそうだ。

 だがどちらか一方に、この身を凶器へと差し出すことは俺にだって可能じゃないか?

 

「分かった。じゃあこうしよう。俺はこれから積極的に愛夏に殺されに行く」

「……それってどういう意味かな?」

 

 俺は愛夏が口に出した疑問を無視して月風を見る。

 

「だが俺をここで守ると言ってくれれば月風、お前に殺されてやってもいいぜ。無論その後だが。そうだな、お前が刺しやすいように屈んでやるよ。それでどうだ?」

「ねえ何を言って……!?」

 

 うるせえよ愛夏。今俺は月風と交渉してるんだ。邪魔すんじゃねえよ。

 月風の様子を窺う。

 相変わらず無表情だが俺の言葉を受けてちゃんと考えているように、俺から目を離さない。

 そうして僅かに生まれた静寂を破ったのは愛夏だった。

 愛夏は手を打ってにこやかに笑う。

 

「あ、分かった! 今なら君は私に殺されてくれるってことだよね! じゃあ遠慮なく殺すね? 大丈夫、苦しくはするけど生き残って後遺症を残すようなヘマはしないよ私!」

 

 スムーズな足取り。

 まるで暗殺者のような予兆の無い足取りから続いて、無音で包丁が俺の胸へと突き立てられようとする。

 それを俺は避けない。往なさない。

 ───俺は本気だぞという姿勢をここで示さねば交渉にならない。

 

 だから寧ろ俺は刺されに行かねばならないのだ。

 それが例え結果的に死に繫がる道だとしても、この細い蜘蛛の糸を手繰り寄せでもしないとこの状況は切り抜けられない。

 

 だから歯を食いしばる。耐える。間近に迫る死に。愛夏の狂気に。

 

 一度鼻で息を吸った。

 すると覚悟を決めたはずが歯間から恐怖が漏れる。

 …………死にたくない。

 死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。

 

 遍く生物が必ず持つ死。その根源的な恐ろしさに全身が支配されて、身体が縛り上げられる。包丁はスローモーションに見えた。

 来ないと分かっていても心の中で呟かざるを得ない

 万里。

 

「分かった。是非もなく愛夏に殺されるよりはマシだから……恭吾お兄ちゃんの要求を呑む」

 

 ジジジ…………。

 カッターの刃が伸びる音と同時に、包丁の軌道が変わる。包丁は俺の右腕へと弾かれて、僅かに鋭い痛みが走った。少し切られたか……でもまだ大丈夫だ。

 

「邪魔するなら殺しちゃうよ?」

「やれるものなら……どうぞ」

 

 美しい相貌に薄っぺらい笑みと悪意を張り付けた愛夏は、月風に向かって強く包丁を振り下げった。

 

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