拝啓、ギャルゲーの世界でヤンデレに追われてまして   作:金木桂

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1-2:夜襲

 

 授業が終わると俺は真っ先に教室に出ようとしてふと動きを止める。

 

 ……俺、帰ろうにも主人公の家の場所を知らないぞ。

 

 ブルメモは3Dグラフィックの一人称視点のゲームではあるものの、残念なことに学校以外のマップやイベントマップ以外の地形は実装されていなかった。蓬莱院高校のある町が何市なのかも分からなければ、主人公の家の所在地など専ら帰宅コマンド一つで帰れちゃうからプレイヤーからすれば知る由も無いのだ。

 

 ならば誰かに聞くしか無いとも思うが、俺の家の場所を知っている人間にも心当たりが無い。というか転校初日というこの状況で聞けるはずがない。教師に聞けば分かる気もするが、それはそれで怪しまれて面倒になる気もする。

 ……まあ夢だし何とかなるか。適当に探せば見つかるだろ。榊田って名字も早々ないだろうしな。

 

 俺は話しかけたそうに遠目から見てくるクラスメイトを態と無視するように教室を出ると校外へと繰り出した。

 

 流石は俺の夢と言うべきか。

 ブルメモでは実装されていなかった校外マップは何処か見たことのある街の面影だった。学校からすぐの場所に商店街があって、その横には住宅街に在り来たりな小川が流れている。少し行けば二車線道路があって、道沿いには田舎の国道沿いみたく知っているチェーン店が軒並みを連ねている。

 更に行けば駅もあった。

 電車に乗って他の町にも行けるのだろうか?

 だとすれば夢にしては立体感が凄まじいという他ない。

 

 ともかくまずは自宅探しだ。

 電車には乗らず、住宅街をぶらぶらしてみる。コピー&ペーストで作成されたような建売住宅がそこかしこにあって、表札を確認するが榊田の名前は見つからない。

 あ、そうだ。原付免許があるならそこに住所の記載があるかもしれない。

 思い出したように財布を開けるが原付免許は無かった。財布に携帯していないのか取得すらしていないのか。まあ無いものは仕方ないので丁度目の前にあった自動販売機でジュースを買ってから財布は閉じるとして、現実と同様のラベルをしたコーラを購入した。

 蓋を開けると炭酸の抜ける鋭い音が響く。

 飲むと爽やかな喉越しに甘く複雑な香味が鼻を抜ける。

 俺の知ってるコーラだ。

 やけに解像度が高い。

 そこで脳が焦げるような違和感を覚えた。

 そう、また夢にしては凄いリアルだな、そう俺は考えた。

 現実じゃないのは間違いない。ブルメモの学校や制服が現実にあるはずがないからだ。つまり反証主義的にはここは現実ではなく、であれば奇想天外な現象が起こるこの世界は夢と言う他ないはずなのだ。

 だがシンプルに十把一絡げに纏めようとする度にこの違和感が挟まる。

 ……夢じゃない?

 いやいや、それこそアニメの見過ぎだろ。

 ネット小説を読んで異世界転生に憧れる年齢はもうとっくに過ぎ去ったっていうのに、今更そんな非現実的なことが俺の身に起こってるとか信じられるわけ無いだろ。常識的に考えて。

 

 そのまま結論が出ないままコーラを飲み干してしまった。

 分かった。諦めよう。ハンズアップだ俺。

 夢か現か、その話は一先ず後回しにしよう。

 優先すべきは自宅探しだ。例え夢だろうがこんな住宅街で野宿するのは普通に嫌だ。

 

 しかし当てのない家探しは想像以上に難航した。

 学校から半径10分圏内の場所は全て見終えて、榊田の表札が無いことを確認した時点で夕暮れが落ちていく時間帯になっていた。気付けば腹も空いてしまった。

 思えば昼も食べてないんだよな俺。

 空腹のままじゃやる気も出ないと思って俺は駅前の家系ラーメン家に入った。ちゃんと豚骨の味がして美味かった。やはり夢にしては家系ラーメンの解像度が高い気がするが、この時点で俺は暫定的に夢とか現実とか考えるのを辞めることにしていた。違和感が多々ありすぎてキリが無いからだ。

 

 食べ終えてまた自宅捜索に戻ると、すぐに帳は降りて、月が昇って、夜。

 等間隔に植えられた電灯の明かりを基に知らないエリアを探していく。一軒家のみならずアパートやマンションの表札も見て回っているため非常に時間が掛かる。まるで飛び込み営業のサラリーマンみたいだ。やったことはないが。

 

 そうして円を描くように学校から徒歩20分圏内の家々も廻り切った時だった。

 

「やぁっと見つけた~。恭吾くん~こんばんわ」

 

 住宅街の狭い一本道を歩いていると背後からきゃぴきゃぴとした声。モニタースピーカー越しであれば知ってる声だ。

 恐る恐ると俺は振り返って、夜闇を被るように予想通りの人物が立っていたことに焦りを覚えた。

 

 星室愛夏(ほしむろまなか)───ブルメモと言う作品でもセンターポジションに立つことが多いキャラクター、つまるところメインヒロインである。主人公とは入学式で席が隣だったことがきっかけで仲良くなって、愛夏ルートでは内気ながらも優しく清純な、メインヒロインらしい癖の無い透き通った美少女っぷりが描かれたキャラでもある。ただ昨今のギャルゲーヒロインとしてはあまりにもフックに欠けていることからプレイヤーからは薄味ヒロインと揶揄されることも多い。いや俺は好きだけどな。正統派美少女を好きじゃない男はいないだろ。

 

 見た目も赤みがかった長い茶髪に、仄かに日差しを浴びたシミ一つない肌、目元の黒子に優しそうな垂れ目が特徴的なキャラだ。

 しかしこう、現実で見ると本当に美少女なんだなって感想しかない。

 二次元が三次元になるとこんな感じなんだなと。

 

 ってそんな事を考えてる場合じゃねえんだよなこの状況。

 どうも愛夏は俺のこと───榊田のことを知っている様子だ。しかも口ぶりからして態々探していたらしい。

 つまり一年の榊田は愛夏を口説いていたと考えるのが妥当な落しどころだろう。転校になるくらいステータスが低い癖によくメインヒロインに好かれたもんだ。

 俺は浅く息を吐く。

 

「……ええと、愛夏。久しぶり」

 

 出来るだけ榊田っぽく話してみる。正直榊田はギャルゲ主人公のお手本みたいに無個性なもんで、特徴と言う特徴が無いから似せるのは至難の業なのだが、上手く行っているだろうか?

 

「ほ~んと久しぶりだよ……会いたかったなぁ君に」

「ええと、戻ってきた挨拶とか出来なくてゴメンな。色々ドタバタしてて」

 

 引っ越し直後だろう榊田の事情を読み取って無難な返しに務める。傍から見ても特に綻びは無いはず……だよな? 主人公の特徴が一切ないもんだからトレース出来ているかは非常に難しい。

 

「ホントだよ~悲しかったんだからね、君が顔を見せて来ないの」

「本当にごめん」

「ううん、気にしてないよ」

 

 薄く人を安心させるような微笑を浮かべる愛夏に俺は榊田のフリが上手く行っていることに安堵の念を覚えて。

 

 愛夏が口弧を歪めた。

 

「何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も私以外の女の子に行ったのは嫌だったけど、それはもういいの。必要なプロセスだったし、仮定でしかないからね」

「……なにを言って……?」

「あー私とあんなにデートしたのに私のこと分かってくれてなかったんだ~傷付くな~。結構私ってちゃんと重いんだよ?」

 

 穏やかな慈愛の表情に、深い深い影が同期したみたいな暗い笑みを愛夏は零す。

 異質。

 その一言でしか目の前の人物を表すことは出来ないだろう。

 俺は愛夏のことは良く知っているつもりだ。

 初見でもそうだし、ステータスカンスト条件のトロフィーを獲得する際に何度も攻略したヒロインの一人だ。周回の中で何度も愛夏ルートに入っては色んな選択肢を確かめて、愛夏というキャラクターについて穏やかでのんびり屋ながらも正義心をも持った少女だと認識していた。

 それがどうだ。

 目の前のキャラクターは───果たして誰だ?

 

「恭吾君……ううん、君には違う名前があるんだよね? 『榊田恭吾』と言う既製品のラベルじゃなくて、君自身を符号させる名前があるんだよね? 折角会えたんだからそれを教えてほしいな~?」

「俺の名前を……?」

「そう、君の名前が知りたいな!」

 

 言葉こそ愛夏の雰囲気がある。

 だが俺を圧し潰そうと獰猛にも見える表情。

 加えてまたもや俺が『榊田恭吾』でないことを知っているかのような口ぶり。

 首筋から冷や汗が滲む。普通の状況ではない。ゲームでもこんなことは愛夏は言わなかった

 

 ましてやプレイヤー自身の俺の名前を聞くなど───俺の名前。

 

 万里は言っていた。

 『この学校では夜道には気を付けること。それから絶対に本当の名前は名乗っちゃダメ』と。

 それがどういう意味なのかは今でもさっぱり分からない。

 何故、どうしてそんなことを言ったのか。

 

 だが意図的に気を付けるまでもなく、突如現れた愛夏は直接的に俺の名前を聞いてきた。

 何か俺の名前に重要な意味を持つのか……それとも俺の名前をただ聞きたいだけなのか。

 相変わらず分からない、一ミリも分からないが、この現実的じゃない状況下で万里と愛夏、どちらのことを信じるべきなのか。考えるまでもない。

 

「俺は鳴門……鳴門螺子(なるこねじ)だ」

「へえ、螺子君っていうんだ。とってもカッコいい名前だね~!」

「ああそうだろ、自慢の名前だ」

 

 愛夏は俺の言葉に何度も頷いてヒマワリのような笑みを咲かせた。

 

 ───偽名だった。

 当たり前だ。俺はこの夢だかブルメモだか良く分からない世界において、万里も愛夏もどちらも信用できない。愛夏は言うまでもないが、万里だって正直良く分からないんだ。そもそも俺は全然攻略して来なかったから性格もよ知らないしな。

 だからパッと思い付いた漫画の登場人物たちから名前を取って並べることにした。これならば万里の忠告も愛夏の要求にも筋が通るような回答となる。本当の名前は名乗っちゃいないし、ハンドルネームとして見れば鳴門螺子って名前だって俺を符合する名前になる。リスクリターンの観点から、こうして両取りしておいた方が良い気がした。

 

 偽名とも思ってない愛夏は、可愛らしくご満悦な笑い声を立てて俺へ近づいてくる。

 

「そっか~螺子君。螺子君螺子君螺子君!」

「な、なに?」

「えへへ~呼んだだけだよ」

 

 こうして見ると可愛いんだけどなあと思った刹那だった。

 

 眼前で火花が散った。鉄が弾ける甲高い音が聞こえたのは目の前で何かが起こったことを理解した直後だった。

 見れば愛夏が包丁を持って何かを弾いたような動作を完了させた後だった。

 

「怪我は無いね……?」

 

 言葉を途中で止めるように愛夏はこちらを見た。それに半ば反射的に頷く。

 

「あ、ああ」

「まったく悪い子猫ちゃんだね~」

 

 理解が追い付かない俺を気にせず、愛夏はそう言って視線を正面の電柱に投げた。

 電柱の裏から何かが出てくる。人影……小学生くらいの図体だ。

 完全に陰から出てくると俺はそれがまた別のヒロインであることを理解した。

 

 松下月風(まつしたつきかぜ)

 雅な名前をしたこの少女はこの作品唯一の小学生ヒロインだ。立ち位置としては主人公の隣の家に住む幼馴染である……それにしては年齢差が激しいとは思うが公式見解によれば幼馴染であるらしい。

 清廉と解れの無い長い黒髪にまだ幼い顔立ちはこうして三次元になっても健在で───ただ鈍く光を照り返す手に握られたカッターだけが異彩を放っている。

 ジジジと月風は無言でカッターの刃を伸ばしている。それに対して俺を守るみたいに愛夏はどこから出したのか、何で携帯しているのかは分からないが、とにかく包丁を構えた。

 そこで今更分かった。

 月風はカッターを俺へ投げて、それを愛夏が弾いたんだ。

 

「邪魔、しないで。恭吾お兄ちゃんは、私が殺す」

「邪魔するに決まってるでしょ? そんな物騒な物を投げるとか、教育がなってないなあ」

「包丁を持ってる人に、言われたくない」

「あは。それもそっか」

 

 じりじりと二人の距離が詰まっていく。俺はその様子を何も分からず見ていた。

 ……ブルメモはギャルゲーのはずだ。

 なのに何故こんな闇討ちみたいなことをされなきゃならないんだ?

 何で俺は月風からあっけらかんとした殺意を向けられてる?

 

 伏線もない凶行に理解が及ばない。ギャルゲーじゃ凡そ有り得ない展開だし、ブルメモでも月風が主人公にカッターを突き立てる場面なんて存在しなかった。さっきからもうずっと訳が分からないっての。

 ───でも、そういえば。万里は夜道に気を付けろとも言っていた。

 万里はこの状況を想定していた?

 多分そうだ。そうとしか考えられない。

 万里はブルメモの登場キャラとして現状を深く理解しているのか?

 その理解の結果として俺が襲われるという予測を立てていたのか?

 

 分かるか。

 頭がぐちゃぐちゃになりそうだ。寧ろこんな状況で今まで理性的に振舞えていた自分を称賛したい。

 

 夢じゃない。

 唐突にそう思った。

 現実感だ。圧倒的な現実感。

 空気から伝搬されてくる音、匂い、それに殺気。

 立体的な五感が俺に牙をむく。

 その現実感が俺の足を竦ませる。

 この訳の分からない状況で、俺はただ二人の様子を見守ることしか出来なかった。

 思わず声が出た。

 

「愛夏……」

「だーいじょうぶ。今は私が守るから」

 

 名前を呼ばれた愛夏は俺に対して親しみを込めた笑顔を向ける。それが状況とミスマッチしていて、何処か気味が悪い。

 不意に月風がカッターをまた投げた。対象は俺。しかし愛夏が再び包丁で弾く。

 

「何で邪魔するの?」

「するよ。私だって恭吾君を殺したいわけじゃないからさ」

「……どうせ殺すのに?」

「それでもだよ?」

 

 ……どうせ殺すだって?

 俺は溜まらず月風から愛夏に視線を移す。

 暗闇に照らされた長い茶髪のみで表情は見えない。後ろ姿自体はゲームでも馴染み深い背中だ。何度も制服姿の愛夏は見ている。なのに今の俺にとってはまるで幽鬼だ。知ってるアバターに知らないキャラクターが乗り移ったかのような……。

 

「邪魔するなら……懲らしめる」

 

 掠れるような月風の声に、俺は現実感を取り戻す。

 

「殺さないんだ、私の事。彼のことは殺すのに」

「……今はまだいてくれた方が良い」

「ふうん。でも私は月風ちゃんのこと殺していいと思ってるよ?」

「そっちがその気なら……私も吝かじゃない」

 

 その言葉を火切りに空気が一変したような気がした。ピリピリとした酸性が空気に混ざって肌を刺激して、呼吸を苦しくする。息が苦しい。異変に足が動かない。

 月風と目が合った。獲物を見定めた琥珀色の双眸。

 死んだ。

 そう思って両腕で全身を触る。死んでいなかった。でも立体感を内包させた死を押し付けられたような、そんな恐ろしく悍ましい感覚に俺はふらっと立ち眩みがした。

 

 月風と愛夏は互いを睨みあったまま動かない。達人同士が間合いを測っているような硬直とした場。

 始まるのか……? 殺し合いが……?

 俺が何もできず突っ立っていると、手を触られた。

 

「───っ」

「騒がないで。一先ず離れるからこっち」

 

 小声で耳元で囁く。女の子の声だった。

 もう何が何だか……どうなってんだよ。

 俺はされるがまま手を引かれた。

 

 

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