拝啓、ギャルゲーの世界でヤンデレに追われてまして 作:金木桂
「そういうものと思ってもらうしかない。話が戻ってしまったけど、もう一度軌道修正。ヒロインについて、ここが貴方にとって重要な話になると思う」
ヒロイン……その言葉に背筋が震える。
俺を殺そうとした月風。それに殺意を仄めかした愛夏。
あの住宅街での攻防が記憶から離れない。
ブルメモの中ではただの学園恋愛ゲームのヒロインでしかなかった二人が、なぜあんな風になってしまったのか。
一呼吸置いて万里は言った。
「端的に言えば私を除いた彼女たち全員が貴方に惚れている」
「はあ……俺に」
「ま、そういう反応も無理ないか。繰り返すけど主人公じゃなくて貴方に惚れているの。理由は分かる?」
「さっぱりだ。ギャルゲーだから不自然じゃないが……榊田じゃなくて俺にか」
「ええ。一つヒントを上げましょう。貴方、ステータスを上げてたわよね。何回も何回も転校して。それが関係しているわよ」
これで分かるかしらとばかりに万里の視線が細まる。
ステータスを上げていた時ってトロコンのために周回していた時の話か?
確か俺は周回する間、何人ものヒロインも高校3年の4月まで攻略をしていた。万里を除く全員と言って良い。それぞれのルートに入った回数は流石に覚えていない。だがその攻略された記憶があって、何度も恋人になった記憶があるとするならば───。
「俺が浮気したと勘違いして、ヤンデレになった?」
「ほぼ正解。ヒント上げすぎたかも。……あ、私は違うから期待しないでよ」
「してねえよ。俺は眼鏡美少女はゾーン外なの」
身を捩らせるようにして俺から離れる仕草をする万里に非難の目を浴びせてやる。どれだけ容姿が良いからって俺がそんな見境ないと思うなよ。
「あっそ。なら安心ね。貴方とラブコメする可能性が無いなら良かった。清々するわ」
「お前な……ヒロインらしくない言動をする奴だな」
「だって私は貴方がステータスを上げるために周回する中で一度も攻略されなかったもの。そりゃ塩よ塩。私からすれば貴方はただの憐れむべきプレイヤーよ」
「そうかよ」
ムッと来たので言葉を切った。
少々イラっと来る物言いをする奴だが、万里が月風や愛夏みたいになっていない理由がはっきりした。
俺が一度も攻略していなかった……より正確に表現をすれば俺がステータスを上げる際に使用したセーブデータで、俺は一度も万里ルートに入らなかったから。クソ失敗したな。それなら愛夏を攻略しないべきだったか。俺個人としてはあの愛夏のポジションかつおしとやかな感じが好みだったさ。こんな皮肉眼鏡の相棒よりはよっぽどやりやすい。
「貴方の考えていること何となく分かる気がするから言うけど私も御免だから」
「何で分かるんだよ」
「表情に出てるわ」
ホントかよ。何、サイコメトリーなの?
渋々と万里は口を開く。
「貴方は私を除いてヒロイン全員に好かれているの。ハーレムって言うんだっけ。男からすれば気持ち良いんじゃないそういうの?」
「カッターを投げられなきゃそうだったかもな」
「そう。ともかく貴方は狙われてるの」
関心が一切含まれていない相槌を打ってそう言った。
狙われている、ね。
命を狙われているのは疑いようもない。月風からカッターを投げられ、愛夏は包丁を持っていた。
……いや命だけじゃない。愛夏は俺の名前を聞いてきた。
「狙っているのは命と名前か」
「ええ」
「命は分かるが名前は何でだ? 俺のことが好きだから本名を知りたいってことか?」
「馬鹿じゃないの」
冷たい声だった。
蔑むような眼で見るな。俺は真面目な話をしている。
「じゃあ何だってんだ。別に俺の本名なんて聞いたところで意味は無いだろ」
「そうね。確かに私には意味は無い。でも彼女たちにとっては違う。この世界にはまだキャラクターデータというものが存在するのよ」
「キャラクターデータ? ゲームデータの話か?」
「その通り。キャラクターデータのファイル名はそのキャラの名前になっているの。私であれば【上妻万里.crs】みたいな……あ、拡張子は適当だから。そこは重要じゃない。重要なのはファイル名と名前が同一である点。貴方のキャラクターデータもきっと存在していて、それを彼女たちは狙っている」
愛夏はだからあんな恐ろしい形相で俺の本名を聞いてきたのか。
俺のキャラクターデータと言われてもあまり想像がつかないが……キャラクターデータがヒロイン達に奪われるとどうなるんだ?
少し考えてみる。きっとキャラクターデータというくらいだ、俺の個人情報とかが入っているだろう。何ならここがゲームである点を考慮すれば魂そのものという捉え方も出来る。ファイルが削除されれば俺は死ぬ。キャラクターデータファイルは俺の弱点となる。そういう風にも考えられる。
俺の魂がヒロイン達に奪われる……か。
「要するに纏めると、時間を掛け過ぎるとこの世界の現実化が進んでゲームオーバー。ヒロイン達に俺の本名がバレてキャラクターデータが奪われたりしてもゲームオーバー。そういう理解で良いか?」
「概ね合ってるわ。あと2つ、貴方に朗報がある」
「朗報?」
「1つは貴方が死ぬと彼女たちは貴方のキャラデータを取れなくなるから殺される心配は大凡は無いって点」
「キャラクターデータが取れなくなる?」
「言ったでしょ。彼女たちは貴方の本名を知らない。つまり貴方か死ねばファイル名が分からない彼女たちは永久に貴方のキャラクターデータを取れなくなる。貴方を殺すにもまずは本名を知らないとダメってことね」
滔々と万里は語る。
俺のキャラクターデータと言われてと実感はイマイチ湧かないが。
……ん?
「いやでも月風は俺を真っ先に殺そうとしてきたぞ?」
「考え方次第ね。当人にしかは分からないところだけど、貴方のキャラクターデータをそこまで欲しいと思っていない人もいるんじゃない」
「月風もそうだと?」
「さあ? 女子小学生の考えることは分からないもの」
一考することもなく肩を竦めた。
基本的には殺されることはないが例外も存在するということか……どちらにせよ今後外を出歩くときは四方八方を確認しながら歩かなきゃならなそうだ。
万里は話を区切るように腕を伸ばしてリラックスすると、口を開く。
「2つは彼女たちにとっても現実化が完全に進むと貴方のキャラクターデータが取れなくなってゲームオーバー。キャラクターデータはここがゲームであるという前提の下に存在する情報なの。要するに互いに制限時間があるってことを理解すればそれでいい」
つまりヒロイン達もタイムリミットが迫るにつれて俺の本名を聞き出す手段を選ばなくなると。
……それって本当に朗報か? 普通に悲報な気がしてならないけどな。
理解は出来たので頷いて伝える。
「分かった。それで俺はどうすればいい」
「知らないけど」
「はあ?」
素っ頓狂な声を上げてしまう。
ここまで色々と教えて最後に知らないってアリかよ!
万里は愕然とする俺に当然でしょという顔をした。
「欠片も知らないわそんなこと。私には貴方が周回していた際の記憶が無いのも関係してるかもしれないけど……一つ聞くけど、貴方は現実に戻りたいの?」
「当然だろ。こんな世界で過ごせるか……って言い方は失礼か」
「別に構わないけど。私も貴方の世界で生きることになったら同じ意見を持つだろうし」
万里はお茶を飲み干すと悩まし気に足を組んだ。
「そうね、なら現実に戻れるようなコマンドを知らないの? コマンドプロンプトを呼び出して【exit】って打つとか」
「普通のゲームにそういうのねえから、ってかそこから知らねえのか」
「仕方ないでしょ。私はガワの部分は本当に知らないのよ」
「……でもそれならアレだ」
「アレ?」
あざとく小首を傾げる万里を尻目に俺はベッドの前に立った。万里の表情に虫唾が走ったかのような嫌悪感が滲む。
「なに。押し倒したら容赦しないから」
「しねえっての。ログアウトだよログアウト」
「ログオフじゃなくて?」
「そこはどうでもいいわ! 同意義語だ同意義語! じゃなくてだな、プレイヤーは1日の終わりにベッドでセーブとゲーム終了が出来るんだよ」
「へえ」
少し興味深そうな顔になって万里はベッドから退いた。
俺は試しに座ってみる。
……何も無い。
次に横になってみよう。枕を頭の下に敷いて仰向けになってみる。
……やはり何も無かった。
最後に今度は寝ようと瞼を閉じる。ただプレイヤー画面ではこの状態でゲーム終了を選ぶと即座にゲームが終わるから、多分違う気がする。
「貴方が寝たら私は本気で腹部を踏むから」
強めに却下されたので諦める。というか腹なんて踏もうものならスカートの中が見えちゃうけど良いんだろうか。この辺、万里もギャルゲーのヒロインということなのかもしれない。
「取り敢えず駄目そうだ」
「そう。まあここは貴方の住む世界との距離が大分遠いだろうから、通常の方法じゃ無理かもね」
万里の見解を聞きながら目を開ける。
通常の方法じゃ無理と言われてもだな。
あとはEscキーを押下することで開けるメニューから選ぶか、或いはゲームをパソコンごとシャットダウンさせるか。それらの方法も取れないとなると……。
「あ、3時間」
「3時間? なにそれ?」
思いついた言葉を万里がキョトンとした声で反駁した。
「3時間経過するとそろそろ休憩しませんかっていう画面が出てきて、そこでもゲーム終了出来るんだよ」
「ふうん。で、3時間経過した?」
「してるな……。朝、教卓で立った瞬間から計算すると大体10時間は経ってる」
「ダメじゃない。だったら口にするまでもなくすぐ分かるでしょ。頭大丈夫?」
「うるせえよ眼鏡ずれてんぞ眼鏡。それに俺の世界の3時間とこっちの3時間、時間の流れが同じじゃない可能性だってあるだろ」
ムッと頬を膨らませながら万里は眼鏡を直した。
「眼鏡眼鏡うるさい。じゃあその3時間とやらがこの世界でどのくらいまで引き延ばされているか分からないまま待つの? それがゲームオーバーの瞬間までに来るって保証は? 何もないんでしょ?」
「……まあそうだが」
「そんな計画で時間を無為にするのは極めて不合理。止めた方がいい」
ぴしゃりと言い切った。
強い言葉に万里の真剣な顔を見て、つい思う。
「万里って俺のこと真剣に考えてくれるよな」
「なっ……!」
考えていただけなのに言ってしまった。
まあいい。勢いで聞いてしまえ。
「何で俺のためにそこまでしてくれるんだ? 朝の助言程度なら未だしも、あの二人から逃がして、現状を教えてくれた。滅茶苦茶感謝してるし有難いけど……理由を知りたい」
万里は突如刃先を向けられたみたいに呆気に取られて、口を大きく開けたままの状態で静止している。
俺のことなんてどうでも良くて、万里からすれば俺は無関係な人間のはずだ。
悪い人間じゃないのは分かる。善人か悪人かで言えばきっと前者だ。
それでも、ここまでしてくれる理由が気になった。
「……ただ見捨てたら後味悪いと思っただけ。他に理由は無い」
顔を真っ赤にしながら吐き捨てるように万里は言った。
なるほど……なるほどな。理解した。
未だ説明されても全然さっぱりなこの世界。突然ブルメモの教室に落とされたかと思えば、攻略してきたヒロイン達からは命を狙われる羽目になった。
でも、目の前の照れくさそうに三つ編みを指で弄る眼鏡少女だけは信用しても良いのかもしれない。
だからこれは言うべきだ。
そう思って口を開く。
「おい万里」
「……貴方だから特別助けたってわけじゃないから勘違いしないで」
「それは分かった。そんなことより貴方って呼び方は止めろよ」
「はあ? じゃあなんて呼べば───」
「俺には
胸を張って言い切る。そうだ、これでいい。
目を見開いて、途端に万里は烈火の形相となった。
「私がさっき言ったことを忘れた!? 馬鹿なの!? 死ぬの!?」
「違う。それくらいはちゃんと覚えてる」
「じゃあ何で……!」
「俺は万里にだけは名前を言った方が良いと思ったんだ。信頼の証ってやつだよ」
俺は言葉を区切って。
「俺は万里を全面的に信頼する。だから俺を助けてくれ万里」
目を見た。4月の新緑を思わせる瞳には俺が映っている。
分かってる。こんなことに意味は無い。例え万里に名前を教えなくとも、万里はきっと俺のことを助けようとしてくれただろう。
しかし、それでも。
信頼するならば万里に本名を教えるべきだと思った。それが誠意だ。信頼を形にするってことだ。ああもう、うまく言葉が纏まらねえけど。
信頼ってのは疑念があるからこそ生まれてくる言葉で、その信頼を形にする必要性が俺と万里にはある気がしたのだ。その形こそが本名って訳だ。
万里は暫く意味が分からないとばかりに立ち竦んでいた。
数秒して漸く処理が出来たのか、コホンと喉を整えるみたいに息を吐く。
そして言った。
「ばーか」
「……馬鹿は無いだろ」
「馬鹿よ馬鹿。あーあもう大馬鹿。馬鹿のギネスブックに載せたいくらいに」
手をひらひらさせながら溜め息を吐き出す。一々人を煽る所作がムカつく奴だな。
「でも……嬉しかった」
「え?」
小声で聞き取れない。もっと大きい声で言ってほしい。
だが万里は繰り返す気が無いようで、何でもないと口にする。
「いいわ、手伝ってあげる。貴方の顔なんて長く見たくないもの。さっさとこのゲームから出ていく手伝いくらい幾らだってしてやろうじゃない!」
言葉と裏腹に決意を表明するかの如く、俺へ指を差してそう万里は言った。
こうして俺は最もこのゲームで推していない眼鏡少女の万里とバディーを組むことになったのだ。