拝啓、ギャルゲーの世界でヤンデレに追われてまして 作:金木桂
教室に着いて授業を受ける。俺の立場は一応転校生だが高校二年生まではこの蓬莱院に在籍していためか、クラスメイトから群がられるみたいな転校生らしいイベントは特に起こることもなく、休み時間もそのまま席で休んでいた。
万里は学校では俺と話す気はないようで、休み時間の間はずっと読書をしている。どうもクラス内に親しい友達もいないようだ。もしあの毒舌っぷりを俺以外のクラスメイトの前でも披露していたとなれば非常に頷ける話である。可哀想に。俺は同情の目を向けた。暫くして万里はこちらに気付く。
「……何よ」
「何でもない」
「鬱陶しいから話しかけるなら話しかけるで何か言って」
「だから用は無いって」
「じゃあこっち向かないで。ウザイから」
厄介者を見る目つきで可愛くない台詞を吐く万里。本当にヒロイン然としない奴である。
そうして昼休みになった。昼休みは有限だ。大体50分ほどになる。その間に紫雲名幸を見つける必要がある。
一応万里にも伝えておくか。
「行ってくる」
「そ。精々気を付けて」
万里は顔すら此方に向けず素っ気ない言葉を返してきた。万里らしい反応だ。
俺は手を上げて席を立つと、昼飯も食べずに名幸を探しに行くことにした。
蓬莱院は3年になると分離選択によってクラスが分けられる。
紫雲名幸は確か文系クラスだったはずだ。本人の気質的には間違いなく理系なのだが、文系の方が受験やその後の大学生活において時間に余裕がありそうという理由で文系を志望していたと記憶している。
俺のクラスもほぼ確実に文系だ。理系科目がほぼなく、昨日今日と授業カリキュラムは文系科目に偏重していたし、どう考えても文系を選択しそうな万里が隣の席に座るのも文系クラスである根拠足りうる。つまり俺と名幸のクラスは近い。
一先ず他のヒロインにも気を付けながら隣のクラスをこっそりと覗く。名幸の髪色は白金色、人形みたいな整然とした相貌、色白の肌にサファイアが嵌め込まれたような碧眼が特徴的だ。ギャルゲーのヒロインらしく凡そ日本人の平均からかけ離れた容姿をしているからこそちょっと覗くだけでも判別しやすい。
隣にはいなかったようなので次。いない。その隣も金髪の生徒はいなかった。蓬莱院は名門校らしく染髪をしている生徒が少ないようで、金髪どころか茶髪の生徒もほぼほぼ存在しないらしい。
同じ要領で4つほどクラスを確認するがいない。1学年のクラス数は12個、文系クラスはもうほぼ回りきったと言って良い。
今日は登校していないのだろうか?
……一度クラスに戻って万里に確認した方がいいかもな。万里なら何か知っているかもしれない。
「ね、ねえ……」
背後から何か小声が聞こえてきた。幻聴かと自分を疑いそうになるスモールボイスを聞き逃さなかったのは偶然もある。でもそれ以上に聞き覚えがある声音だった。
確信を持って振り返った。
「名幸……紫雲名幸か?」
「あ、いや、うぇ、ええっ……だけど……」
話しかけてきた少女───名幸はあ行が一周しかけるほどの動揺に肩を震わせた。
金髪。碧眼。小さい背丈にお椀ほどに膨らんだ胸。そしておどおどしていて何処か小動物を思わせる、非常に弱弱しい表情。
紫雲名幸だ。
間違いない。
「さ、榊田……くんじゃなくて、ええと、な、名前」
名幸はどもりながらもスカートからゴソゴソと、ぐちゃぐちゃに畳まれたA4程度の用紙を取り出した。なんだ。汚いな。
白魚みたいな細い指で丁寧に紙の皺を伸ばすとこちらへ差し出してきた。ちゃんと読んでみる。
「こ、これに、榊田くん、じゃなくて、榊田くんのほ、本当の名前! か、書いて!!」
「書かねえよ?」
コミュ障特有のボリューム調整が狂った大声に対してノータイムでそう告げれば、何故かガーンとした雰囲気を漂わせる。
だって───婚約届じゃんそれ。
なんで持ってんだよ。なんでイケると思ったんだよ。
絶対に俺が署名することは無いが、大事そうに扱うならもっと丁寧に仕舞っておけよ。
「か、書かないと名幸が、困る。か、書いてよ」
困った。本気でそのスクールバッグの底に眠っていたような汚らしい結婚届に署名してほしいらしい。
そうだな……誤魔化すか。
「そうか。ところで俺は名幸に用件があるんだが」
「な、名幸に!?」
なんとか話を逸らしつつ本題に入ると名幸は大声で驚いた。甲高い上にとんでもないデシベル数に自分の耳を塞ぐ。
鼓膜破れるかと思った……。
再度やられて困るので、手を耳に添えながら何でもない風を装って聞く。
「ああ。どうすればこの世界から出られるか知ってるか?」
その言葉に名幸は黙り込んだ。
目がぎょろりと俺の双眸を捉える。
───なんでそんなこと言うの?
そんな据わった目だった。
「……で、出て、それで、どうするの?」
「どうって。日常に戻るだけだけだが」
「ここ以外に、世界なんて、ないよ?」
「そりゃ名幸からすればそうだろうけど俺には自分の生活があるんだよ」
「な、ないよ?」
不思議そうな面持ちに俺は思わず後ろ髪を掻いた。
まあ共感してほしいと思ったわけじゃないし、この世界で生きる名幸に理解も求めていない。
「ともかくだ。情報があるなら教えてほしい」
「え、ええと。お、教えたく、ない」
「つまり何か知ってるんだな?」
「ぴぇっ…………!?」
名幸の喉から死ぬ寸前の小動物みたいな悲鳴が漏れた。
これは多分知ってる反応だ。万里の読みは当たりらしい。万里ナイス。
慌てたように左右を見渡すと名幸はこう口にする。
「で、デート」
「デート?」
「デートに、行ってくれたら、考える」
顎に手を当てて考える。
デートか……まあ大丈夫か。外なら人目もあるだろ。大抵のキャラはそういう公共の場で非行を行うような性格ではないと万里も言っていた。
「そうだな……駅前でいいか?」
「う、うん! うん、うん!」
「そ、そうか」
大きな声で名幸は繰り返し言った。
何度も力強く頷かれるとちょっと怖い。
名幸は外出そんな好きじゃなかった気がするから断られると思ってたんだがな……。
「じゃ、じゃあ……そ、その……ほ、放課後」
そう言って小動物みたいな歩幅の小さい駆け足で名幸は去っていった。
文字数少ないのは許してください
ここから少しだけギャルゲーっぽくなります。少しだけ。