シン・アラクシスはクソガキである。
近所の家のドアはノックして逃げる。庭に干されている根菜の葉を投げる。壁に落書きをする。魔物が出る森に入り込む。そんなクソガキである。
観光地も何も無い小さな田舎の村では、悪戯をすることくらいしか楽しみがなかった。
大人たちはそれを叱りはするが、その行動が両親がいない反動であることを理解していたから強く叱れずにいた。
その日もただ悪戯をしただけだった。近所の顔の怖い犬の前で挑発をしていた。犬は怒ってシンを追いけようとする。しかし、それはリードによって妨げられる……はずだった。
その日はたまたまリードが緩んでいた。自分の安全を確信していたシンは酷く驚き、慌てて逃げ出した。
齢一桁の少年と犬。どちらが速く、どちらが持久力があるかなど火を見るより明らかだ。段々と縮まっていく距離にシンは恐怖し視野が狭くなる。
前方不注意。前から進んできた村民に気付くことができなかったシンはその村民とぶつかり転んでしまう。
ごちん、と硬い地面に頭が当たった音がした。
村民は慌てて犬を追い払い、シンの様子を見る。出血している。気も失っているようだ。急いでシンを保護している教会に向かわないと、とシンを抱えようとしたとき、シンが目を覚ました。
大丈夫かシン!? と声をかける。シンは不思議そうにあたりをキョロキョロ見渡したあと数秒フリーズし、ばっと自身を抱える手から抜け出した。
「や、もう大丈夫っす。ご迷惑おかけしました」
その声は、今までのシンとは思えないほどに理知的だった。
前世の記憶を思い出した。全てではなく一部だが。前世では、日本という国で大学生だったらしい。自分の名前や死因は思い出せないが、それでも現代知識はとてつもないアドバンテージだ。
きっと、俺は主人公なんだろう。
前世では転生モノが流行っていた。数ある転生モノの一つ。その主人公が俺なんだろう。なんか左腕の肩に電源マークみたいな紋様あるし。となれば、俺の目標は決まった。
俺は、この世界でハーレムをつくる。
目指せモテモテ、目指せハーレム!! 前世の記憶をどれだけ探っても存在していない女性関係を、今世で取り戻す。
顔は良い方だと思う。まだ8歳だから将来的にどうなるかはわからないが整っていると思う。身体能力も低くはない。この世界の平均がどの程度かわからないが、中型犬から30秒以上逃げられたのは普通に凄いだろ。主人公なら強ければ強いほどいいはずだ。あとは……
異世界転生モノのテンプレ通り、この世界には魔術がある。一人ひとり適性があり、ある程度の遺伝はあるらしいが殆どランダム──才能による。適性がない属性は使えないわけではないが、適正のあるものと大きな差ができる。
俺の適性は未だ不明。第二次性徴前にはわかるようになるらしいからあと一年近くでわかるはずだ。それまでは身体の使い方を身につける。
第二次性徴を迎えていない子どもは筋肉をつくるテストステロンの分泌が少ない。筋トレをしたところで対した効果は得られないだろう。代わりに動作の習得に優れている。重きを置くとしたら動作の習得だ。
もっとも、魔術なんてものがある時点で前世の知識が正しいとは言い切れないわけだが。
やることは決まった。魔術の適性が分かるまでは身体の使い方を学ぶ。適性が分かり次第、並行して魔術について学ぶ。第二次性徴を迎えたら筋トレもしていく。
強くなる。それが主人公だから。
強くなる。それがモテる秘訣のはずだから。
強くなる。
待ってろよ、俺のめちゃモテハーレムライフ!!
「なんて思ってた時期もありましたよこんちきしょうめ」
「急にどうしたの? 頭でもイカれた?」
「気にせず死ねシリウス」
「急に酷くない!?」
俺は必死に鍛えた。一般に一人一属性とされている適性魔術属性は四つもあったし魔術の使い方も学んだ。ゴツすぎないしなやかな筋肉も手に入れた。そして顔も良かった。シスターだって「顔
努力した。努力したんだ。
けれど、俺は主人公じゃなかった。
同じ村に住む、俺と同い年の男がいた。名をシリウス・カルイラという。今俺の隣に立っている忌々しい男だ。
シリウスは本物の主人公だった。走れば俺より速く、俺より持久力がある。力比べをすれば俺より強いし剣を振るえば俺より巧み。なにより適正魔術属性は全属性とかいう明らかに主人公すぎる適正。手の甲には何か紋様が入っているため常に手袋をしてるし顔もイケメン。というか顔が良すぎだろ。女顔なのも腹がたつ。主人公っぽすぎるだろ。
とまあつらつらと嫉妬のような文言を述べたがそんなのはどうだっていいんだ。確かに俺の努力は無駄だったのかと落胆したものの、シリウスすげぇという感情が先に来たからだ。
何故忌々しいか。答えは簡単だ。ほら、向こうから走ってきた。
「あ、シリウス! 丁度良かった、このあと買い物に付き合ってくれない?」
「カルトス君、やはり生徒会に入らないかい?」
「シリウスくん、次の演習試験、私と組んでほしいの!」
「シリウス、今日こそ貴方に勝たせてもらうわよ!」
「シリウス君「シリウス「シリウスさん──
こいつ、ハーレム形成してやがる。俺が求めてやまないハーレムを。
俺より頭がいいのは別に構わない。魔術とか前世知識が足を引っ張っることあるし。俺より強いのも良くないけどまあいい。才能の差で終わらせるのは癪だけどそうとしか言いようがないから受け入れるしかない。
ただ、なんで俺がハーレム形成できなくてこいつがハーレム作れてんだよ。許せねぇ……。
100歩譲ってこいつがハーレム形成してるのは許そう。こんな光景をみるたびに腸が煮えくり返るけど許そう。というか許そうが許すまいがこの光景は変わらないんだし置いておく。問題はこのあと。
「ごめんみんな、今日は僕シンと帰るから」
ふざけんな。じゃあ行こっか、なんて言って俺の隣に並ぶ。ハーレムメンバーから殺意のこもった視線を向けられる。
だいたいいつもこうだ。ハーレムメンバーはシリウスを取り合うが、シリウスはだいたい俺を選ぶ。その度に俺が恨まれる。
女子の間では噂がすべてだ。こいつらが俺の悪評を広め、結果俺の評判は地に落ちる。女子の評価を気にする男子も俺のことを嫌うまでは行かずとも関わろうとしてこない。俺も前世陰キャのため自分から関わりに行けない。結果として、俺の友人はシリウスだけだ。
「おいお前あの惨状どうすんだよ。今にも俺を殺してきそうなんだけど」
「知ってるよ。僕が彼女たちの気持ちに気付いてないほど鈍いとでも?」
「お前マジでタチ悪いな……」
「それに、彼女たちよりシンと帰りたかったしね」
「お前ほんっっとうにタチ悪いな」
「あれぇ!?!?」
こいつ、普通にいいヤツなんだよな。俺は別に男いらんなんて言うつもりはない。いくらこいつがハーレム作ってるからって、それがこいつと縁を切る理由にはならない。こいつといるとハーレムメンバーから嫌われて女子の間で評価が悪くなって俺のハーレム計画が遠のくだけだというのになぜ縁を切るのか。
…………だいたい全部シリウスが悪くね?
「よし、お前との仲はここまでだ。じゃあなシリウス」
「え、ちょ、僕なんかした?! また僕なんかしちゃいました!?!?」
「おい全力で追ってくるのをやめろ!! お前のほうが速いんだかぐえっ」
衝撃。そして後ろに倒れ込む。前を気にすることが出来ていなかったため誰かにぶつかってしまったようだ。謝罪しないと、と思い顔をあげる。
──やらかした。
見覚えのある顔が尻もちをついていた。顔は真っ赤に染まっている。真っ赤な顔から目線を下に下げると、スカートが捲れており、真っ赤な顔と同じくらい真っ赤な
「あー、ぶつかってごめん」
シリウスのハーレムメンバーの一人だったはずだ。名前は忘れた。喋ったことないやつの名前とか覚えてるわけないだろ普通。
なぜか彼女の顔はどんどん赤くなる。
もしぶつかったのがシリウスなら、きっと羞恥と嬉しさなのだろう。だが俺だ。感じ取れる感情は怒りのみ。なにか弁明をしないと俺の夢は詰む。ハーレムと対極の存在になってしまう。もうすでに対極のような気もするが。
なにか……なにかないのか……。この危機的状況を打破できる何かが……。俺が前世と今世をかけて調べた女子に嫌われない方法……。
「
俺の頬にも赤色が増えた。
Tips:この世界の魔術について
この世界の魔術には属性があり、この世界の住民にはその属性がに対して一人ひとり異なる適性がある。属性は基本六属性と副三属性があり、基本六属性は火炎、疾風、水流、雷撃、土壌、氷結、副三属性は夢幻、疾病、光陰である。適性のない属性のものも使うことは可能だが、練度は適性のあるものに比べると劣る。
これらの属性に位置しない魔術もあり、それらは纏めて無属性と呼ばれる。無属性は誰にも適性がなく、あるいは誰にでも適性があり、本人の技量が顕著に現れるため魔術師同士で技量を比べるのに使われることもある。
遺伝は無関係というわけではないが、火炎の父と水流の母から土壌の属性を持つ子どもが生まれることはある。しかし、それでも血縁者に同属性が多ければ多いほど、その子どもはその属性となりやすくなる。古くからある貴族はその傾向が強い。
なお、シリウスの全属性とは基本六属性、副三属性の全てに適性があるということである。