アルトゥール魔術学園はエイン王国の首都アルトゥールに建てられた6年制の魔術師養成学園で、入学するには魔術の才能は勿論、学力、身体能力も問われる超エリート校だ。
入ってしまえばあとは安泰……なんてことはなく、入学してからも研鑽を積まなければ留年、退学なんてのもある。
その代わり卒業さえ出来れば将来は安泰だ。どこも引っ張りだこ、宮廷魔術師になることだって可能だ。というか宮廷魔術師はほぼ全員アルトゥール卒だ。
そんな我が校の設備は素晴らしい。図書館はこの世の全ての書籍があるのではないかと思うほど本を揃えており、食堂では超一流のシェフが料理を作る。訓練場は自動修復される藁人形や、魔術の余波は届かないが声を通したり設定することが可能な結界で覆われている。また結界自体に回復魔術が練り込まれているため、結界から出るときにある程度の傷は回復する。
どういう技術だよ。わけがわからなすぎる。
曰く過去の卒業生が作ったものらしいが普通におかしい。フェルマーの最終定理を証明しろって言われるのと同じくらいの難易度だ。俺は楕円を専攻してねーっつの。
そんなこんなでうちの学園はとてつもなくでかい。王都で城の次にでかいと言ったら伝わるだろうか。だから卒業まで訪れることの無いような場所が普通にある。なんなら教員でも知らない場所があるとか。教員がそんなんじゃ入学してまだ半年の一年が迷ったって不思議じゃない。
つまりまぁ、なんだ。
「どこだここ」
俺は今、絶賛迷子中だった。
教員が「そろそろ論文出さないと俺の研究費止められるので四限は無し」とかふざけたことを抜かしてたので昼休みも合わせてこの学園を探索しようと思ったのが運の尽き。自分がどこにいるかなんてわからなくなった。いや本当にどこ?
このままじゃ五、六限も出られなくなってしまう。俺に友達なんてシリウス以外いないしあいつもあいつで寝てたりするから期待しないほうがいい。というか出席点がヤバい。俺の学費免除が無くなる。
この学園、この設備を維持するために学費は非常に高くなっている。勿論寄付やらなんやらでなくても維持できるのだろうがそれでもだ。生徒は貴族が多いため普通はあまり枷にならない。しかし、俺やシリウスのような平民はそうではない。そういった者への救済的措置があるにはある。
成績優秀者は学費が免除される。具体的に言えば上位10%の成績を修めれば学費は免除となる。シリウスは天才だから問題ないが俺は割とギリギリ。というか専門的な教育を受けてきた貴族連中より頭がいいのはなんなんだよあいつ。俺だっていいはずなのに、シリウスのせいで霞んで見えてくる。
魔術史がなー。知らん歴史の話されてもなー。前世から歴史は苦手だったし、生まれ変わって治るようなものではなかったようだ。
さて。そうこうしているうちに行き止まりにたどり着いた。いや、厳密には行き止まりではないのだが、
校内では指定された場所以外の魔術行使が禁止されているため、俺があそこに行く術はない。気にならないと言ったら嘘になるが、校則は校則だ。仕方なくもと来た道を辿ろう………………
…………まあ、ちょっとくらいいいか。
ここに来るまで誰ともすれ違わなかったし。緊急時はその限りではないらしいし。今は緊急時か分からんが授業遅れそうなのは流石に緊急だろ。
魔術を使って飛翔する。天井に頭をぶつけないように気をつけながら浮かび上がり、扉を開く。中は黒くなっておりよく見えない。少し、いやかなり怖いがここまで来て引き返すなんて出来ない。一つ深呼吸して一歩踏み出す。
「おわぁぁあああっっ!!」
俺の身体は重力に引かれ落下した。うん、扉潜った時点で飛翔を止めた俺が悪いんだけどさ。
痛む尻を擦りながら辺りを確認する。そこには、とてつもなく広い図書館が広がっていた。
数え切れないほどの本棚は天井からの生えている。地面から天井に向かってシャンデリアが垂れている。浮かび上がって本を見ると全て逆向きで収めされている。この空間では正しい向きなのかもしれないが。本を一冊手に取り眺めてみる。
何もわからなかった。
俺は魔術理論に関してとてつもなく勉強した。ある程度なら研究機関の出している理論を理解できる程度には学んでいる。同年代であればシリウスより詳しいだろう。あいつ感覚派だし。教員と語り合えるだろうという自負もある。語り合えるくらい親しい教員がいないけど。
だが、そんな俺でも何もわからない。俺の知らない理論が出てきている。というか本当に俺の知ってる魔術なのか? 空間転移とか不可能とされている技術だろ。
「あれ、なんで人がいるんだい?」
後ろから、声がかけられた。女の声だ。鈴を転がすような美しい声だ。ゆっくりと振り向く。
とんでもない美人がいた。思わず息を飲み込む。呼吸すら忘れる。あまりにも美しすぎた。美のイデアと言われても頷く。造り物じみたその姿は、かえって現実感を感じられない。謎の威圧感で口が思ったように動かない。やけに口の中が乾燥する。
なんとか、力を振り絞って口を開く。
「……天井付近にドアがあったら、気になるでしょうよ」
「ふぅん? あそこは普通の人には見えないと思うが……君、もしかして体に何か紋様とかあったりしないかい?」
「左肩になんかありますけど、なんすか?」
「いやいや、ただの確認さ。さて、私の聞きたいことは聞いたし何か質問とかあるかい? 私の知っている範囲であれば答えよう」
ニヤニヤとした笑みを浮かべながら目の前の彼女は俺からの質問を待っている。こちとら口を開くので精一杯だっつの。さっきのやりとりである程度威圧感にも慣れてきた。とりあえず……
「とりあえず、逆さまなのどうにかしてくれません?」
彼女はこの図書館に対して正しい向きで浮かんでいた。俺からしたらずっと宙吊りだったわけだ。
彼女は一瞬きょとんとした後、ため息を付きながら俺の重力の向きを正してくれた。また尻から落ちて尻を擦る羽目になった。クソが。
「はぁ、確かに君の重力を外のままにしてたのは私が悪いけどさ。あの局面でそんなこと聞く普通?」
「俺は天才なので」
「まあ普通ではないか」
悪口か?
「それで、聞きたいことが山程あるって顔をしてるが」
「さっきのが悪口かどうかが一番聞きたいですけどいったん置いといて、どこなんすかここ。俺の知ってる図書館みたいですけど、知らん本があるんですが」
「おや、表の図書館の全ての本を網羅しているのかい? そんなの私と司書以外いないと思っていたが」
「いや空間転移についての本とかあるわけないでしょ」
一般に時間や空間を操るような魔術は不可能とされている。云百年前から研究されているようだが未だに成し遂げられていない。
そんな不可能理論が書かれた本があるわけない。この世のどこを探してもないはずだ。……はずだったんだけど。
「うんうん。君の疑問ももっともさ。表の図書館どころかこの世界のどこを探しても見つからないだろう。──ここ、裏図書館を除いて」
「裏図書館?」
「ここのことさ。正式な名前なんて私も知らないんだから便宜上そう呼んでるだけだよ。
「……は?」
物理的に存在しない。それがどれほどおかしい事なのか俺には理解不能だがとんでもない事を言ってるのだけは理解できる。なんだよ物理的に存在しない空間って。なんだよ精神体って。知らねえワードをポンポン出してくるなよ。
「ああ、あとここにあるものが世に出てないのは当然のことさ。なんせこれらは私が書いた本だからね。オンリーワンの物さ」
「……マジで言ってます?」
「大マジさ。精神体に空間転移、どちらも世の中の学者たちが頭を悩ませているなんて、君なら知ってるはずだろう?」
「精神体って知らないんスけど、空間転移はありえないって話ですよ。なんなら一部では不可能問題としてるはずですし」
「ふうん、しょうもない奴らだね。不可能を証明するくらいの心意気も持たずになんで学者なんてやってるんだか」
こいつリスペクトとかないんだな。言葉の節々から感じられていたけど他の人らを下に見てる。質が悪いのはそれを言えるだけの実力があること。……言ってることが100%事実なら、だけど。なんとなく全て本当なんだろうな、という予感がある。
「さあ、語り合おうじゃないか。時間ならたっぷりある。君とならまだまともな話し合いが出来ると思うんだ」
その時、チャイムが鳴り響いた。
「チャイム?」
「流石に私でも1から空間を創るのは面倒だからね。表の図書館をコピーさせてもらったんだが、その時にチャイムの機能まで一緒にコピーしたのさ。そうでもしないと時間間隔が失われてしまうからね」
その瞬間、俺がここにたどり着いた経緯を思い出した。雰囲気に飲まれていたから忘れてたけど、俺、かなりマズい状態じゃなかったか……?
「ってことは、これチャイムの時間はあってるってことですか!?!?」
「あ、うん。そうな「やっばい!!!!!」る、ね……?」
遅刻じゃねえか! 学費免除が取り消しにでもなったらシスターに迷惑がかかる!! 急いで教室に向かわねえと!!
「13番教室への行き方は!?」
「え、あの……」
「行き方は!?!?」
「あ、あそこの扉を出ると2階の使われていない倉庫に出るからそこから行くのが一番近い、かな……」
「了解、さんきゅー!!」
なんかあの人の声が若干震えてた気がするけど気にしてる余裕なんてない。俺はダッシュで教室に向かった。
日頃から真面目に授業を受けていたため先生の温情により今回の遅刻は見逃して貰った。ついでに一部女子から盛大な