1945年、人類は史上最大の戦争と言われることになる第二次世界大戦を終結させた。日独伊三国同盟を主軸とした枢軸国陣営と、米英ソ主軸の連合国陣営との戦争は長く続いた。最終的には、日本とイタリアが早期降伏し、ドイツも後を追うように降伏したことにより早期決着となった。それでも被害は尋常でないものとなった。
街は焼け、人は死に、帰るべき場所は消え去った。焼け野原になった大地に人々は戻り、復興を始めた。ほぼゼロからのやり直しだったが、人々は互いに遺恨を忘れて協力した。そうして、1970年代には各国が戦前以上の輝きを取り戻していた。米ソの不仲による東西冷戦や核兵器への議論など、物騒な出来事はたくさんとあった。だが、それを首の皮一枚で避け切っていた。これは過去からの教訓によるものだろう。
そうして人類は束の間の平和を享受していた。だが、平和は長くは続かない。
1989年、この年は急激に海難事故が多発した年だった。客船だけでなく、輸送用船舶や軍艦なども含まれていた。どの船も消息不明となっていたが、1991年にようやく1隻が沖ノ鳥島近海で発見された。その漂着した船は、日本の防衛組織である海上自衛隊の最新鋭護衛艦『あぶくま』だった。艦の各所が穴だらけで、艦橋は特に被害が甚大だった。そして解析の結果、何かしらの攻撃を受けたものと判断された。
この日の発見を皮切りに、各所で同様の被害を受けた船舶を確認することになった。そして1992年3月2日、人類は新たなる脅威との接触をすることになった。
現在でも呼称されることになる『深海棲艦』だった。
人の形をした人でない何かで、大戦時代の艦艇の艤装を模した武装を有している。大きさや見た目は人同然だったが、そこから放たれる砲弾は当時の砲弾と同様の火力だった。アサルトライフルのような口径で、船舶に大きな風穴を開けると言った次第だ。人類はこれを共通の敵と即刻見なすことにした。
その場しのぎではあったが、自分たちの持っていた艦船をその対処に回してしていた。その影響もあり、自衛隊は日本国防軍に組織が変更されていた。最初は近代技術の結集した人類側が優勢とされていた。だが、現実は非情であった。
人の大きさ相手にイージス艦や駆逐艦といったものは攻撃がなかなか当たらなかった。というより、当たる前に沈んでいるケースが大半だった。航空機も同様だった。制空権が取れていればある程度有効だったが、少しでも深海側の航空機が居れば覆されてしまうほどに無力だった。
だから、『目には目を、歯には歯を、人型には人型を』というスローガンで切り札を用意することが決定された。
それが『艦娘』である。
艦娘と名付けられたのは、艦船が女性に例えられていることに由来してのことだった。そのため、男性女性問わず艦娘として戦闘をしていた。
最初期の艦娘は、水上をホバー移動するための靴を履いて深海棲艦に肉薄し、手持ちのロケットランチャーや小銃などで攻撃をするというものだった。無論、無力だった。ロケットランチャーは小型の敵にはまだ有効だったが、小銃にもなるとかすり傷程度になる。対して深海棲艦は艦砲を生身の人間に撃ち込むのだ。防弾アーマーなんてものは役にも立たない。これによる犠牲は、艦船での犠牲の2倍となった。
しかし、ある科学者がとある方法を生み出した。それは、かつての艦艇から装備を作るというものだった。同時期に深海棲艦を鹵獲することに成功し、その研究の成果もあってそれは確立されることになる。
鹵獲艦から連想される戦時中の艦艇のイメージを基にして、深海側の装備に似たものを科学者は開発した。それを装備させて出撃させたところ、敵に対抗可能と評価できる戦果を獲得した。
その後も研究は進み、装備である艤装にはシナジー効果があることや、適性を持つ女性にしか使えないだとか、稀に戦闘海域で艤装を付けた状態の艦娘が仲間として出現するだとか、建造方法の確立などがされていった。2020年にもなると、人類はある程度深海側に対して有効に立ち回っていた。
それでも、未だに深海棲艦の脅威を取り除けていなかった。それもそのはず、地球の海の割合は地球表面積の7割なのだ。そこに多数存在しているものを根絶するのは到底難しいだろう。だから、今日も艦娘たちは戦い続けていた。
2024年8月15日
太平洋のど真ん中で、今日も戦闘は行われていた。イージス艦3隻が大型タンカー1隻の盾になるように航行していた。この日は運の悪いことに、護衛の部隊に艦娘はいなかった。制海権のある海域まではまだ2時間はかかる。
「艦長、本艦右舷から雷跡を2つ確認しました!これは魚雷です!」
「回避するか…いや、このまま艦を盾にしろ!1発や2発程度なら沈まんはずだ!総員、衝撃に備えー!」
2つの雷跡は戦闘を航行していたイージス艦に直撃した。大戦期の魚雷の威力ならば、イージス艦でも2発程度なら沈まないで済む。ラッキーなことに、1発は不発弾だった。すぐに反撃態勢を整える。対艦ミサイルのようなものは的の小ささから容易に回避される。艦砲くらいしか抵抗手段はない。
だが、イージス艦に積まれていた単装砲では火力不足だった。見るところ、あれは重巡洋艦クラスに分類されるだろう。この単装砲の砲弾では貫通すらしない。だが、レーダーが不思議なものを捉えた。
「これは…前方に艦娘の反応があります!」
「我々の増援が来たのか?いや、いくらなんでも早すぎる…」
しかし、レーダーに映るのは味方の識別信号だった。古いコードで、2000年代に使われていたものだった。照合すら不可能だった。さらに見張り台からは目視で確認したという報告が入った。確かに艦娘だそうだ。問題は動く気配が全くなく、艦の進路上に留まったままということだ。同時にイージス艦のスクリューが破損した。砲弾が直撃したのだ。操舵不能になったのだ。
「………副長、後は頼んだぞ!」
艦長の男はそう言い残し、中央区画に走っていった。そこには、非常用として初期型の艦娘の艤装があった。最近の用途としては海難救助が主だったので、今回の装備もそのような装備構成だった。装備を身にまとい、甲板から海に飛び込んだ。海面に触れると同時にホバーが起動し、海面をスキーのように滑り始めた。
船よりも速い速度で動くことができ、衝突前に例の艦娘との接触に成功した。
「おい、生きているか!?返事できるか!?」
だが、全く反応は無かった。こうなるとどうしようもない。すぐに艤装にワイヤーを取り付け、ホバーの出力を上昇させる。さらにイージス艦の方から回収用ロープを展開するように指示した。相対速度をなるべく同じにして、少ない衝撃で一緒にロープに巻き取られるというものだ。だが、予想以上に目の前の艦娘は重かった。
相対速度はかなり差があり、このままだと危険だった。だが、やるしかない。これを逃せば海域に取り残されることになる。迫りくるロープに艦長は恐怖した。だが、その恐怖心を乗り越え、しっかりとロープを掴んだ。そのロープを離さないようすぐに体に固定する。こうして無事に艦に回収された。
甲板に上がると、すぐに救護チームが待機していた。艦娘の方をすぐに医務室に運んでもらった。艦長の男は艦橋に戻っていった。だが、戻ることには砲火が止んでいた。深海棲艦をみると、何かにおびえたような格好だった。
「連中、さっきからあの調子で攻撃を仕掛けてこないんです。不思議だと思いません?」
「確かに不思議だな…。まるで、さっきの艦娘に怯えているようにも見えるな?」
艦長はそう思ったが、すぐに戦闘海域から離脱することになった。追撃もなく、操舵も回復し、制海権のある所まで到達した。増援の艦隊も到着し、ここから先は引き継ぐことになった。その際に、例の艦娘も引き渡していた。命に別状はなく、傷一つ見つからなかったそうだ。艦長は若干不思議には思っていたが、それ以上の詮索を止めた。
12月1日 呉鎮守府
広島県呉市には海軍鎮守府が存在している。各所に点在する鎮守府には艦娘が多数所属しており、国防海軍も停泊している。日本国内の鎮守府は横須賀、呉、舞鶴、佐世保の4つで、インドネシアなどの東南アジア諸国にも租借地として設営されている。呉鎮守府は大戦時の影響もあり、街全体が軍事拠点のようになっている。工廠も多く、造船所も未だに機能している。
艦娘は人工と天然の二つに分類されており、人工というのは大戦時の艦艇の部品を基にして建造された艦娘だ。天然は、海域で突如として出現するものだ。大概は戦闘終了後に出現する。割合は、人工7割天然3割だ。ここに性能差はない。この呉は、人工艦娘を建造している重要拠点になる。
その呉鎮守府は大規模人事異動が発令されていた。特に注目されたのは提督の異動だった。提督というのは、平たく言えば艦娘の指揮をする軍人のことだ。年齢性別などに制限はなく、完全実力至上主義の世界だ。一応海軍の軍人として扱われる。そのため、提督の異動というのは案外珍しいものでもない。だが、この呉鎮守府は過去15年にわたって異動がなかった。それが変わるというのだから注目もされるだろう。マスメディアもその話題で持ちきりだった。
所属している艦娘も例外ではなかった。自分たちの指揮する提督が変わるのだ。命を預けるような存在がフニャフニャしたような奴だったら、殴り飛ばしてでも変更してもらう必要がある。そのようなことを話していると、正門に第二種軍装を来た軍人が来た。その隣には艦娘もいた。誰も向かえようとはしなかったが、カーテンの隙間からチラチラ覗いていた。
「赤城さん、あの格好は新しい提督のようね?」
「そうみたいですね。それに隣の艦娘、もしかしてですけど…」
「ええ、彼女についてはその認識で構いません。彼女は陸奥さんですね…」
隣の艦娘は、戦艦陸奥だった。長門型戦艦2番艦として活躍していた。過去には姉妹艦の長門と共に呉で活動していたが、5年前に諸事情により横須賀に異動となっていた。その彼女と同一個体ならば、久しぶりの帰還になるわけだ。しかし、その彼女と同じくらいの身長で、引き込まれそうなほどに綺麗で長くたなびく黒髪。軍帽ではっきりとは見えなかったが、鋭い目つきだった。明らかに歴戦の兵士の雰囲気が出ていた。その提督に若干の心当たりがあった。だがその考えをまとめる前に、廊下から誰かが加賀を呼び止めた。
「あ、加賀先輩!さっき艦隊総司令部から連絡が来てましたよ?」
「あら五航戦。やけに今日はうるさいわね?」
「うるさいって何ですか!後、そろそろちゃんと正式名称の瑞鶴って呼んで貰えませんかねぇ!?」
むすっとした顔で瑞鶴は書類を渡してきた。今回の異動で呉に来る物や人のリストだった。そして、その中に提督について書かれていた書類があった。だが、それを目に通す前に提督室まで来るように命令が入った。すぐに加賀は向かった。ノックをしてはいると、そこには既に新しい提督と陸奥が待っていた。
「呉鎮守府艦隊旗艦、加賀です。提督殿の着任、心よりお待ちしておりました」
「ご苦労様。私はこれから君たちの指揮をすることになる。といっても、君たちは案外私のことを知っているのではないのか?」
そう言うと、提督は軍帽を外した。この顔つき、そして身長に体格。加賀は自分の考えが的中したことに気づいた。
「貴方は……まさか!」
「そう、私は長門型戦艦1番艦の長門だ。艦娘としてではなく、提督としてよろしく頼む!」
新任の提督は、自分たちと同じ艦娘だった。