風魔術だけでも異世界は楽しいです ~美少女転生からのちょうどいいスローライフ~ 作:暁刀魚
風が一番ちょうどいい
魔術の属性において、風属性ほど”ちょうどいい”属性はないと私は考えている。
火属性は主人公の属性だ。
派手だし、ちょっと王道すぎる。
水属性はヒロインの属性だ。
作品に依っては回復までこなすし、ちょっと万能すぎる。
土属性は地味と言われがちな属性だ。
でも、そのせいで異世界転生作品で転生者の玩具にされることが多い。
光と闇は言うまでもなく特別感がある。
その点、風属性は派手すぎず、万能すぎず、地味すぎず、特別すぎない。
風の刃は目に見えにくいという明確な利点がある。
物を浮かせたり自分を飛ばしたり、そういう器用さもある。
まさに、ちょうどいい属性だ。
まぁこれは、私が異世界に転生した際。
風属性に対して極端に適性があったことによる、エコ贔屓を多分に含んでいるけど。
それはそれとして、私は風属性こそが魔術の属性で最もちょうどいいと確信している。
そう、私は異世界に転生したのだ。
しかもTSして、女の子の体で。
最初のうちは戸惑ったりもしたし、大変な目にもあったけれど。
多分、今はちょうどいい生活を送っていると思う。
私は、異世界でも前世でも、ちょうどいい生活を送りたいと常々考えていた。
清貧になりすぎず、かといって目立ちすぎるような豪勢な生活も控える。
一般の人間が、一般に得られるちょうどいい幸福を目指して生きてきたのだ。
だから、これからも私は――
異世界を、ちょうどよく生きたい。
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森の中の街道を馬車が往く。
だがその馬車は、不思議なことに馬が荷台を牽いていない。
そんな事があり得るのか? と思うものもいるだろうけれど、ここは異世界。
馬車は確かに動いていた。
地面から、少しだけ宙に浮いたまま。
すう……と滑るように宙を動いているのだ。
そんな光景を生み出した一介の風魔術師、つまり私はそんな馬車の幌の上で本を読みながら寝転んでいた。
魔術の素晴らしいところは、一度発動してしまえば後は術者の思うがままに術を動かせるところにある。
特に、風属性に分類されるこの浮遊魔術は、一度物を浮かせれば魔力が続く限りそれを自在に動かすことができる。
重力という枷から解き放たれた物体は非常に軽く、こうして寝転んで読書をしながら運ぶことすら可能だった。
「――ん」
そんな私だが、ふとあることを感じ取って本をパタンと閉じる。
穏やかな街道の風が変化した。
若干のきな臭さに、私は風を刺激しないよう、そっと馬車から降りる。
そのまま、前方を往くこの馬車の主に声をかけた。
家族で行商人をしているその男性は、二頭の馬の片方に自分が。
もう片方に妻と子を乗せている。
だから私が主人にヒソヒソと声をかけても、妻子に聞かれることはない。
「――魔物に狙われています」
端的に、用件を告げた。
主人の目が見開き、思わず声を上げてしまいそうになる。
だが、私がしー、と人差し指を口元に当てると、主人は既の所でそれを飲み込みこくこくと頷いた。
「風の様子からして……ああえっと、風を用いた探知魔術からして、相手は野盗狼です」
「だ、大丈夫なのかい?」
「対処するだけなら、容易です」
風を通して感じ取った情報を、掻い摘んで主人へ告げていく。
あまり、このひそひそ話を長引かせるわけには行かないのだ。
狼と妻子を、不審がらせてしまう。
「野盗狼は、こちらが油断しなければ襲ってきません。このまま警戒を続けつつ、静かに森を抜けたいと思います」
「ううむ、しかしそれでは危険じゃないか?」
「妻子を怖がらせてしまうかと」
「……解った、このまま行こう」
内心で、ほっと胸をなでおろす。
正直、ここでごねられるとその時点で狼に気取られる可能性があった。
対処するだけなら――言い方を変えると、
でも、それはなんというか……派手すぎる。
この場合、主人に伝えた「妻子を怖がらせない」というのは一番の理由だけど。
私自身が目立ちすぎてしまうというのも、狼を刺激したくない理由だった。
正直、これを自分勝手だなと思う私も、心のなかにいる。
でも考えてみてほしいのだけど、”ちょうどいい”というのは結局、色んな人の利益がバランスよく分配されることを指すと思うのだ。
誰もが満足の行く結果を得られて初めて”ちょうどいい”と言えるのではないだろうか。
ともあれ。
「私は馬車で警戒します。このまま森を抜ければ追ってきませんから、安心してください」
「う、うむ」
そのまま、馬車の幌に戻って再び横になる。
ただし今度は仰向けではなくうつ伏せで、本は開かない。
周囲を警戒するためだ。
そのまま、馬車はゆっくりと森を進んでいく。
こちらを警戒しながら、馬車を取り囲む野盗狼と、それを警戒する私。
風が、商人の緊張をこちらに告げてくる。
だが、流石にそこは長年商売という戦場を渡り歩いてきた男。
その緊張を察知できるのは、私だけのようだった。
やがて、馬車が森を抜ける。
一瞬の緊張の弛緩。
狼達もこの馬車を狙うのは無理そうだ、と諦めたその時。
「うっわ」
私は思わず内心で舌打ちをしながら顔をしかめた。
狼の中の一匹。
おそらくは若いだろう個体がこっちに向かって駆け出してきたのだ。
恐らく、我慢できなかったのだろう。
だが、あと少し我慢してくれればお互い不幸にならずに済んだのに。
「仕方ないな」
私は、うつ伏せのまま右手を前に突き出す。
手の形は、親指を立てて人差し指を突き出す、銃のような形。
その指先から――
「風弾よ――!」
短く放った魔術の起動トリガー。
その直後、音速で宙をかけた風の弾丸が、迫ってくる狼の脳天を――撃ち抜いた。
音もなく、狼の頭が弾け飛ぶこともなく。
ただ、弾丸一つ分の風穴だけが空いて、狼は勢いよく転がりながら停止する。
まぁ、即死だろう。
「……他の狼は、動かないな」
あまりの光景に、他の狼達は絶句したようだ。
結果として動けなくなった狼は、こちらを見送るしかない。
まぁ、向こうにしても私を相手にしなくて済んだわけだし。
このあたりが、ちょうどいい手打ちということで。
「商人さんたちの方は……気付いてないかな」
音もなく放たれた弾丸だ、気付かれることはないだろうけど。
馬の上でのんびりしている奥さんとお子さんは言わずもがな。
ちょっと緊張を弛緩させた様子のご主人も、気付いている様子はなかった。
@
「いや、本当に助かったよ――フーシャさん」
「いえいえ」
フーシャ。
それが私の名前だ。
安直すぎるというか、あまりにも名前が風属性すぎるけれど。
まぁ、気に入ってはいる。
「それにしても……隣町からこのカザルマの街まで、一度の休憩もなく馬車を動かしてしまうとは……”
「あはは、人より風魔術が極端に得意だっただけですよ」
白迅のフーシャ。
世間的に、私はそんな二つ名で呼ばれている。
原因は、私が普段身につけている装備だろう。
白一色のミニスカローブという代物で、風神のはごろもという魔導具なのだけど。
これがまた、若干小柄な背丈や、長い金髪と相まって私に似合うのだ。
「しかし、こんなに優秀な魔術師なら、どこでも雇ってもらえると思うんだけど。これからも冒険者を続けるのかい?」
「あはは……まぁ、そうですね」
一般的に、冒険者というのは日雇いの不安定な労働者だ。
大抵の冒険者はある程度働いたら、どこかしら安定した地位に就職する。
剣士だったら国の兵士になったり、魔術師なら魔術学校の講師というのは誰もが憧れる就職先だ。
「なんというか……私には冒険者が一番ちょうどいいんですよね」
「ちょうどいい?」
「はい、働く時間に融通が利きますし……思い立って一ヶ月くらい旅行しても誰にも迷惑をかけずに、旅行先でも仕事ができる職業なんて冒険者くらいですし」
ファンタジー世界は、残念ながら前世と比べて娯楽が少ない。
漫画もゲームもアニメもない世界で、誰でもできる娯楽といえば読書か旅行くらい。
まぁ、後者は危険も多いけど。
「それに、私くらい冒険者やってると、色々と冒険者としても稼ぐ手段が生まれるものなんです」
「ははあ、なるほどね。とはいえ、私としては君くらい優秀な魔術師と専属契約ができるなら、いつでも歓迎だ。もし気が向いたら声をかけてくれ」
「商売上手ですね」
なんてお世辞を言い合いながら、報酬を受け取って行商人一家と街の中で別れる。
久々に帰ってきたホームを見て私は少し背伸びをしながら。
「今日はこのまま、銭湯に行ってゆっくりしようかな」
なんてことを考えつつ、街を歩くのだった。