風魔術だけでも異世界は楽しいです ~美少女転生からのちょうどいいスローライフ~ 作:暁刀魚
この日、初めてフーシャの講習を受けた魔術師の少年は、フーシャのことを侮っていた。
杖無しの二つ名持ち。
時折、そんなフーシャの存在を侮る魔術師がいる。
金や身体で二つ名を手に入れただとか、実際には二つ名レベルの実力はないだとか。
とはいえ、その数は少数だし実際に口に出しても誰にも相手されない程度の実績がフーシャにはある。
単純に若く、才能がある冒険者にたいする、よくあるやっかみだ。
だが、そんなやっかみを真に受ける人間もいる。
この少年が、そういうタイプだった。
少年は故郷で魔力量の高さから、天才だと周囲にもてはやされていた。
しかし、それにかまけた結果魔術学校では落ちこぼれ扱いを受け、何とか卒業はできたものの色々こじれてしまったのだ。
そんな少年にとって、魔術学校を卒業できたことだけがプライドであり。
杖無しのフーシャを侮るのも、それが原因だ。
最初のうちは、身体強化の仕組みなどという既に知っているつまらない内容だった。
そんなこと、そこらの子どもでも知っているというような。
もともと新人講習は、新人にとっては退屈なものであるとよく言われる。
そのくせ報酬だって殆ど出ないのだ、人気が出ないのは必然と言えた。
しかし、どういうわけか時折、やたらと新人の人気を集める講師が存在する。
フーシャもまた、その一人。
少年が興味を持ち始めたのは、フーシャが「魔力総量は強さに直接関係ない」という言葉だった。
魔力総量故に天才だと褒めそやされた少年にとって、それは神経を逆なでするような言葉ではないだろうか。
答えは否だ。
魔術学校で散々、天才と呼ばれた頃のプライドは粉々にされている。
だから、彼にとってその言葉は真逆の意味を持つ。
自分が強くなれなかった原因を、肯定してくれているように聞こえたのだ。
そこからは、ほとんど聞き入るようにフーシャの話を聞いていた。
最終的には自分から質問するほどに、講習にのめり込んでいた。
ここまで、他人から学ぶという行為に熱中したのは初めてのことである。
少年にとって必要だった、学ぶ姿勢というものを初めて身につけることができた。
正直に言うと、フーシャの内容自体はそこまで特別なものではない。
身体強化に対する造詣が深ければ、その意義も鍛え方も知っていて当然のことだ。
ここでフーシャがそれを教えずとも、他の誰かがフーシャの講習に集まった冒険者に教えていただろう。
その冒険者に、学ぶ姿勢が存在していれば、だが。
ただ、フーシャはそういう教える立場に立つことが多い。
こうして新人講習で、多くの冒険者に何かを教えることが多い。
だから、結果として冒険者にとって一つのキッカケになることがあるのだ。
今回のように。
そしてそういったキッカケによってフーシャに憧れをバキュームされる者がでてきて、そういった者の存在がフーシャに新人を引き付ける。
そんなある種好循環が、フーシャには発生していた。
だが、フーシャのフーシャたる所以は、そこだけではない。
概ね話を終えて、その次に言い放った彼女の言葉が、ある意味で彼女を象徴していた。
「じゃあ今から、私が三十体の木人形を同時に回避するから、見ててね」
フーシャは言う。
このくらい、二つ名持ちならできて当然だ、と。
しかし、二つ名持ちの冒険者が新人の前で実力を披露する機会なんて然う然うない。
だからこそ新人にとって、冒険者の頂点である二つ名持ちの実力を刻み込んでくるフーシャの存在は強烈なのだ。
――今、魔術師の少年の眼の前で、フーシャは鮮烈に舞っている。
そう、舞っているのだ。
三十体の木人形を同時に回避するという無茶。
魔術師の少年には、ほとんど木人形を捉えることすらできていない。
だがそれでも、フーシャの姿は目に焼き付いてしまう。
最低限の回避だけで、フーシャは木人形を避けていた。
揺れるように、舞踊のように。
その姿は飛び交う木人形の中でも一際大きく輝いている。
美しい、とその場にいる誰もが思った。
もとより、フーシャの容姿は誰から見ても優れている。
背丈は小柄ながら、出るところは出ているスタイル。
絹のように美しい金髪。
何よりも、はっきりと整った目鼻立ち。
誰が見ても、彼女を可憐だと表現するだろう。
そんな彼女を飾り立てる衣装もまた、特別。
風神のはごろもと呼ばれる、幾つかの特殊な効果を盛り込んだ魔導具の衣服。
白にほんの少しの金の刺繍、まるで彼女を女神か聖女かと言わしめるような、そんな上等な衣。
丈の短いスカートと、若干見える胸元、ノースリーブで背中も少し見えている。
そんなはごろもが、彼女の動きに合わせて踊るのだ。
なんというかこう、すごかった。
青少年が目撃しては行けないものを見ているかのようだった。
特に脇のあたりがすごい、と。
魔術師の少年は思った。
何故なら、ほかはきっちりガードされているのに、そこだけ丸見えだから。
というか、これだけ動き回ってアレだけ丈の短いスカートで、その奥にあるものが見えないのだ。
だからこそ、見えている部分に目が行くというか……
そんな不埒なことを少年が考えていると、フーシャはゆっくりと動きを止めて、最後に少年たちの前で一礼した。
自然と、拍手が修練場に響く。
「と言うわけで、こうやって回避するのが、いい鍛錬になるんだ。これから何人かの班に分かれて、みんなもやってみよう」
そんなフーシャの言葉に対する、新人冒険者の返事は最初の頃とは見違えるくらい元気なものだった。
+
ふう、いい汗をかいた。
新人講習ということで集まった新人の前でやることじゃないけれど、先ほどの動きは私の鍛錬でもある。
正直、こう言う講習って形で木人形を借りないと、三十体用意するのはレンタル料がバカにならないのだ。
私は基本的に、実力をある程度隠している。
そうなると全力を出す機会ってのは本当に少ない。
プリンセス達とパーティを組んで、下層に潜っている時くらいだろうか。
隠していない全力を、遠慮なく振るう機会というのは。
そして、その機会も決して多いわけではない。
だから、適当にしていると私の実力は鈍ってしまうのだ。
それを解消するために、こうして三十体の木人形相手に立ち回りをしているわけ。
職権濫用もいいところだけど、これも一つのちょうどいいってやつ。
私は体を動かせるし、新人は二つ名持ちの動きを間近で体験できる。
ギルドにとっても、私がこれをやるとそれ以降の講習の受講率が跳ね上がるので、助かっているそうだ。
誰にとってもウィンウィンの結果。
まさにちょうどいいってことだよね。
一つ難点があるとしたら、この動きが非常に派手であるということ。
場合によってはお金をとっても文句を言われない、芸の域に達しつつあるのだ。
芸っていうか、演舞っていうか。
何にしても、私が実力を披露すると結構な新人が私に憧れるらしい。
今日も今日とて憧れバキューム、ってことだ。
とはいえ、私だってちゃんと気をつけてはいるぞ。
具体的には、見えちゃいけないものは見えないようにしている。
元々、比較的露出の多い私の装備、風神のはごろも。
下手を打って、私のあんなものやこんなものが見えないように気を遣っているのだ。
まぁ、結果として。
その方がなんかこう、やばいです。
と、ダリルとリフィルに指摘されることになるわけだけど。
というか、気をつけないと見えてしまうということは、
そのことに私が気がつくのは、結構未来の話である。