風魔術だけでも異世界は楽しいです ~美少女転生からのちょうどいいスローライフ~ 作:暁刀魚
帰っていった魔法使いさん――フーシャの事を思いながら、プリンセスは冷めた紅茶に口をつける。
「やっぱり、心配ですね……魔法使いさん」
「……そうかしら」
「そうですよ。確かに魔法使いさんはすごいですけど、一人で多くの人の相手をするって、凄く大変ですし……」
シェナイトの言葉に、プリンセスは物憂げに返した。
冷めた紅茶を飲み干すと、シェナイトがおかわりを入れてくれる。
温かくなった紅茶に息を吹きかけて冷ますプリンセスに、シェナイトは「一人で多くの人を相手する」というのはなんだかいかがわしい言い回しだと思いながら答える。
「確かにフーシャは危ういところはあるけれど、それは私やプリンセスにだってあるはずよ」
「……そう、ですか?」
「でなければ、身分を隠してお母様の形見を探したりはしないわ」
「…………です、ね」
フーシャが過去、野盗に家族と師匠を殺されたように。
プリンセス達もまた、それなりの事情を抱えて冒険者をしていた。
母親の形見である剣を探す、言葉にすれば単純だが達成するのは困難を極める。
プリンセスの母親は冒険者で、プリンセスは庶子だ。
それ故に、王国内での立場は弱いものだったが、母親もプリンセスもそれを不満には思っていなかった。
ただ、それを周囲がどう思うかは、また別の話。
ある貴族が、嫉妬や政治的な理由でプリンセス達に刺客を差し向けたのだ。
周囲に護衛等は存在しない状況で、母親はプリンセスを守りながらよく戦った。
最終的にプリンセスを、命がけで守り通したのである。
しかし、形見の剣は奪われてしまう。
奪われた剣は、裏の取引で粗暴な冒険者の手にわたり、その冒険者はカザルマの下層で命を落とした。
「でも、私達は魔法使いさんがいなかったら、形見を探すために冒険者になることも……母様の仇を取ることもできなかったんです」
「だからその恩に報いたい……と?」
「……はい」
母親が殺された後も、プリンセスは弱い立場のままだった。
形見を取り戻したい、母の仇を取りたい。
そんなプリンセスの願いが聞き入れられるはずもなく、プリンセスは一人でふさぎ込むようになってしまう。
そんな時だ、フーシャという魔法使いに出会ったのは。
『母の仇を取りたいだなんて、君は強い子なんだね』
そんな事を言われたのは、初めてだった。
確かに、特異体質のこともあってプリンセスは武勇に優れている。
何れはシェナイトのような、王族を守る女騎士――この国ではプリンセスガードと呼ばれる特殊部隊の教官にならないか、なんて話もあるくらいだ。
だが、内面は内気で、臆病である。
そのことから、周囲からプリンセスは”弱い子”だと思われていた。
なのにフーシャは違うという。
『誰かのために、命を懸けられる。それだけでも、私はその人を強いと思うよ』
私は自分のことしか考えられないからさ、とフーシャは苦笑いする。
実際のところ、フーシャこそ他人と自分の「ちょうどいい」のバランスを大事にする人間だ。
確かに、他人のために命を懸けることはしないけれど。
自分のために、他人の命を守ることはする。
それはなにより「強い」ということではないのかと、プリンセスは思うのだ。
結局フーシャは、そんなことを言いながらプリンセスの仇を取る手伝いをしてくれた。
そのまま、あれよあれよとプリンセスを心配してくれる『赤鷲』のような信頼できる王族と交渉して。
プリンセスがカザルマの街で、母の形見を探せるように手配してくれた。
本人は――
『順風の守り手としての活動に限界を感じてて、後ろ盾が欲しかったんだよ』
というけれど、そのためにやることとしてはあまりにも派手すぎて。
本来のフーシャが求めるちょうどいい生活からは、逸脱しているようにも思える。
ただ、本人にしてみればこれだけのことを成し遂げても、普段のちょうどいい生活が崩されないなら、それは「ちょうどいい」判定から逸脱しないのだろうが。
逆に言えば、ちょうどいい生活を崩されさえしなければ、フーシャは何でもしてしまうのだ。
まるで魔法使いのようだと、プリンセスは思う。
そしてだからこそ、フーシャのことが心配だ……とも。
「……魔法使いさんは、どうしても順風の守り手を続けないと行けないのでしょうか」
順風の守り手。
人々を虐げる悪を、人知れずに成敗する存在。
その正体がフーシャであることは、今更語るまでもないが。
フーシャが順風の守り手をするのは、彼女にとって人々を虐げる存在が、何よりもちょうどよくない存在だからだ。
かつて家族と師匠を殺されて、その後も相応に苦労を続けて。
だからこそ、そんな苦労をする人が、これ以上でないようにするために。
「まぁ、彼女が一人で野盗の類を殲滅するなんて、無茶もいいところよね」
「だから、何か私達ができることはないのでしょうか。ただ見ているだけなんて、私は……」
「……だからこそ、それは彼女が自分がやるべきことだと思っていることなのよ」
プリンセスの言葉を遮って、シェナイトは続ける。
「彼女のやっていることは、彼女のエゴよ。確かに、人々を虐げる存在は悪で、それを彼女が倒すことで救われる人もいるでしょう」
「なら……」
「でもそれは、彼女が彼女の意志で命を選別していることにほかならない」
だから、正しいとか正しくないとかは関係なく、エゴでしかないのだ、と。
それはきっと、フーシャも思っていることだろう。
「エゴだからこそ、他人の助けは望まない。自分一人が自分の意志で成し遂げるべきなのだと、フーシャは思っているのでしょう」
「……」
「もし、助けが必要なら、フーシャは自分の意志で助けを求めると思うわ」
それこそ、フーシャがプリンセスを助けた理由の一つは「後ろ盾が欲しかったから」だ。
一人での活動に限界を感じていたからこそ、助けたプリンセスを通じてフーシャは王家とのつながりを求めた。
「フーシャは、たしかに危ういところはあるけれど……私達よりずっと、自分のことを俯瞰してみているわ」
「そう……ですね」
「……別に、私だってフーシャが心配じゃないわけではないわ。ただ、悔しいけれど私達が心配に思うことは、既にフーシャは意識を向けているから」
シェナイトにとっても、フーシャの存在は小さなものではない。
それでも、こうしてプリンセスを諭すのはフーシャがシェナイト本人と比べてももっと多くのものを見通しているからだ。
同い年のはずなのに、王国の騎士として箱庭の中で育った自分とフーシャでは、これほどまでに経験の差があるのだと。
そう、痛感させられるほどに。
「……ナイトさん」
「なにかしら」
プリンセスは、しばらく考え込んでからゆっくりと口を開いた。
口を開いてからも、自分の言葉を確かめるようにしながら。
慎重に、言葉を選んでいく。
「ナイトさんは……順風の守り手が、魔法使いさんの……エゴ、だって……そういいました」
「そう、ね」
「自分のことを優先して、我を通して……いるんだって」
シェナイトは頷く。
プリンセスの言葉の真意は、まだ見えてこない。
「でも、その……エゴの、中に。魔法使いさんの優しさは、あると、思うんです」
「……そうでなければ、私達は救われていない?」
「……はい。だから、えっと……優しさの中にも、エゴはあって。エゴの中にも、優しさはあって……」
やがて、たどたどしくはあるものの。
プリンセスは、自分の考えを明らかにする。
「だから……優しいエゴが、あっても……いいと思うんです」
「プリンセス……それは……」
「魔法使いさんを……助ける必要はないかも知れません。それでも――」
そして、
「私達に、できることはある気がするんです」
力強い瞳で、そういい切った。
あと二話ほどで一区切りになります。