風魔術だけでも異世界は楽しいです ~美少女転生からのちょうどいいスローライフ~ 作:暁刀魚
私の存在に気付いた、シャープなフォルムの”それ”が唸りを上げる。
静寂に満ちた野盗のアジトに、その唸りは響き渡る――はずだった。
けれども、実際には誰もその音に気づく様子はない。
当たり前だ、私が風を遮断して音が漏れないようにしているんだから。
「……オリハルコン製か、普通の風魔術なら、破壊できそうにないな」
以前ダリルと話をしたことを思い出す。
魔導鉱石の中でも、最も頑丈なオリハルコンは並大抵の魔術じゃ傷つかない。
少なくとも、”風”であるがゆえに重さが足りない風魔術では、よっぽど強力な魔術じゃないと破壊できないだろう。
そしてそんな事をすれば、流石に音を遮断していても魔力の流れで周囲にバレる。
無論、このオリハルコン製の”それ”を破壊できれば、後の野盗なんて烏合の衆だ。
無理に破壊してもいいのだけど――存在がバレる前に、できるだけ数は減らしておきたい。
そもそも山賊を単独で殲滅するのが無茶とはいえ。
それ以上の無茶を重ねるつもりはないのだ。
「だから悪いけど、切断させてもらうよ」
迫りくる”それ”の一撃を回避する。
相手の攻撃は、とにかく速い。
音にすら届くのではないかという速さを、私はそもそも相手が動く前から回避する。
相手は無機物、思考は読めない。
しかし無機物故に、挙動は人間以上に読みやすかった。
「風刃」
生み出すのは、風の刃。
それ単体では、どうやってもオリハルコンを破壊できない魔術。
しかしそれを私は――
「回転」
高速で回転させる。
発生した切断力は、通常の風刃の比ではない。
一撃が、オリハルコンの”それ”に直撃する。
直撃した一撃は、回転を続けながらオリハルコンに食い込んでいくのだ。
何よりこの魔術の優れた点は、一度当たれば相手を切断し切るまで止まらないところ――
「悪いけど、このまま壊れてもらうよ」
結局。
それは戦闘と呼べるほどの事態にすら発展せず。
一方的に、私は”それ”を破壊した。
「……次は野盗だ」
さて、ちょうどよくない存在を殲滅しに行こう。
+
男は絶望していた。
孤児から人身売買組織の幹部にまでなりあがり、自分こそが世界の主役だと思っていた。
そんな人生が、一夜にして終わりを告げたのだ。
順風の守り手。
そんなふざけた呼び名で呼ばれるその魔術師は、ふらりと男のような悪党の前に現れては組織をめちゃくちゃにしていく。
まさに災厄の嵐のような存在。
幸いにも、組織のバックにいた貴族の手引で脱獄に成功した男だったが、災難は二度訪れる。
またしても順風の守り手が男の前に現れたのだ。
なぜ、どうして男の存在が漏れた?
誰かが密告した?
そもそも順風の守り手の情報源はどこだ?
疑問が駆け巡るが、状況は前回よりも悪い。
前回は組織だって抵抗のできる状況にあったが。
現在の手下たちはほとんど素人同然。
加えて、数だってあまりにも心もとない。
そもそも、強力な魔術の使い手相手に、木っ端な人間は肉盾にしかならないが。
結果として、野盗の集団は数分も経たずに壊滅した。
後に残されたのは男と――彼が抱える切り札だけだ。
「くそ、なんでだ! なんでだよ、なんで俺がこんな目に遭わなくちゃならねぇ」
叫びながら、なんとか切り札のもとまで辿り着こうとする男。
しかしそんな男の右足が――一瞬にして切断された。
「が、あ?」
「――それは、こんな目にあんたが多くの人を、遭わせてきたからだろ」
「ぎ、ああああああ!」
転がり、のたうち回る男の前に。
黒装束の少女が降り立つ。
這いつくばって逃げようとする男に、少女は冷たい視線を向けた。
「あんたがボス? 風格ないね」
「ふ、ふざけ……俺は、孤児から、ようやく、あそこまで……なりあがって!」
全体的に、ボディラインのわかりにくい服だ。
どこの国の文化にも属さない、未知の装い。
加えて、顔も当然ながら隠している。
少女であるということしか、男にはわからない。
「一応聞いとくけどさ、あんた冒険者って制度知ってる?」
「は、それがなんだって……んだ。あんなガキの遊びみてぇな……こと、で。俺みてぇな……底辺が……」
「……教えておいてあげるけど。冒険者は犯罪歴さえなければ誰でも……それこそ、昔差別されてた魔族だってなれるんだよ。しかも、成り立ては武器と防具の貸与もある」
宿だって、格安で泊めてくれるし。
経験さえ積めば、ダンジョンで安定した稼ぎも望める。
「あんたが知ろうとしなかっただけで、あんたが普通の幸福を叶える方法はいくらでもあるの」
「ぐ、あ……」
「まぁ、この質問、私が殺す野盗には毎回してるんだけど。三人に一人くらいは知ってるって答えるんだよね」
軽い調子で、けれどもその奥底に拭いきれない怒りを抱えながら。
順風の守り手は断言する。
「だから、あんたたちは仮にこのことを知っていても、他人を傷つけて欲を貪る選択をする連中だ」
「…………は」
男は思った。
――間に合った。
はっきり言って、少女の言葉などほとんど聞いてすらいない。
ただ、這いつくばって、逃げようとして。
ギリギリで、”それ”が操作を受け付ける範囲に入った。
だから、嗤った。
「さっきの、一撃。風の、魔術……だったな」
「それが?」
「その背丈で、風の魔術をこれほど扱う……使い手。そんなの、この国に、一人しかいねぇ、だろ」
「え、そこまで知られてたの……嘘でしょ。ちょうどよくない」
何故かやたらとショックを受ける少女――白迅の二つ名を持つ少女に。
男は愉快そうに告げる。
「商品リストで、見たんだよ。面がいいから、攫えりゃ高く売れる。まぁ、二つ名持ちの枠だったから、狙うやつぁ誰もいなかったけどよ」
「え、ああ。それじゃあ例の人買い組織の中の話で、しかも他の二つ名持ちと同列くらいの扱いってことね。なら、まぁ許容範囲」
「何いってんだ?」
まぁ、いい。
男は気を取り直し、告げる。
「これで、俺がにげのびりゃ、お前はおしまい……よ。もはや、まともに表は歩けねぇと、思え」
「させるわけないだろ。だからこそ、こうして姿を晒したんだから」
「はは……逃げるだけなら、どうかなぁ!」
男はそうして、手を掲げる。
「なぁおい……オリハルコンラピッドゴーレムって……聞いたことあるか?」
「オリハルコン製の、めちゃくちゃ速いゴーレムだね」
「ああ……それなら、お前から逃げるくらい、簡単ってわけだ。――来い!」
そうして掲げた手にある指輪が、光を帯びて。
魔力を介して、切り札たるオリハルコンラピッドゴーレムを呼び出そうとした。
しかし、何も起こらない。
「あ?」
「私はね、風属性に極端な適性があるの」
「なに、を」
「耳が良いっていうのかな。風の流れを感じて、違和感があればすぐに気づく」
何度呼び出しても、切り札は来ない。
「私が壊したよ、ここに来て一番最初にね」
巧妙に隠したはずの、オリハルコンラピッドゴーレムを――
「あ、ありえない! 仮に見つけられたとしても、風属性でオリハルコンは……」
「できる。それが可能だからこそ、私は順風の守り手になったんだ」
「あ、あ……ああ!」
ダメだ、理解してしまった。
この女は、本当にやる。
本当にそれが可能だと、直感が言っている!
「て、てめぇ……なんで、なんでこんなことをする! こんな、金にもならねぇ……無駄なことを!」
「もういい」
そうして、詰みを悟った男が叫ぶ。
せめて目の前の何かが、人間であってほしいと祈りながら。
「お前たちが他人のちょうどいい生活を奪わなければ、私がこんなことをする必要もなかったんだよ」
だが、その何かは。
無慈悲に男の理解を拒絶して、――悪徳にまみれた男が、一生理解できない理由で。
男の人生を終わらせた。
次回一旦一区切りです。