風魔術だけでも異世界は楽しいです ~美少女転生からのちょうどいいスローライフ~ 作:暁刀魚
私に魔術を教えてくれた師匠は、普通の人だった。
当たり前に笑い、当たり前に悩み、当たり前に生きていた。
私が生まれ育ったキャラバンの家族は、普通の人だった。
商品の売れ行きに悩み、旅の疲れにため息を吐き、楽しそうにお酒を飲んでいた。
前世の頃からそうだ。
日常は当たり前に続くと思っていて、それが突然壊れることなんて無いと思っていた。
死の前後の記憶がない分余計に、そんな当たり前の日々を、当然のものだと思っていたのだろう。
性別と立場は変わってしまったけれど、それでも。
その日常が、一瞬にして終わりを告げるまでは。
あの日から、私はこの異世界に生きている。
決して暮らしやすいわけではないが、そこまで不満もないこの世界で。
「……このあたりかな」
街道から少し離れた森の奥。
私は、野盗を殲滅した後、とある場所に訪れていた。
そこには何もなかった。
かつて、ここに亡くなった家族と師匠を埋めた。
だけど、私の今いる場所が家族と師匠の眠る場所かどうかは、定かではない。
目印のようなものを置いても、魔物に持っていかれてしまうから、と。
亡くなった者たちを埋めた場所に、何かを残すことはしなかった。
遺されたものも、私と生き残った人たちで持っていってしまったのだ。
「……ただいま、皆」
細く、小さな声で。
けれども森の中で眠る彼らに届くよう、風に乗せて言葉を紡ぐ。
あの襲撃で、キャラバンは全滅した。
生き残った人もいたけれど、”無事”といい切れる人間は私だけ。
また、そのうち彼女の見舞いに行かないと行けないな。
「……私、今年で二十歳になったよ。こっちだと十五にもなれば成人だから、あんまり意味はないんだけど」
ただ、私にとっては、二十歳というのは成人を意味する年だ。
この世界では、あまり成人と未成年の境がないから、余計に二十という年齢がそう思えた。
十二にもなれば、見習いとして職人に弟子入りしたり、冒険者になったりする。
十五になれば一人前だが、もっと早くに一人前になったり、もっと遅い者もいて。
まぁ、私は八つの頃に一人で生きないといけなくなったわけだけど。
私が風鳴りで、転生者じゃなかったら。
正直、どうすればいいかわかんなかっただろうな。
「冒険者として、二つ名までもらっちゃった……ってのは前にも話したけど。今は、冒険者としてそこそこ上手くやって行けてると思う」
それから訥々と、前にこの場所を訪れてからのことを話す。
基本的には、それまでと大きな違いはない。
二つ名をもらったり、プリンセスに出会ったり。
そんな、私の人生を変えるようなイベントは……多分起きてない。
もしくは、起きているかもしれないけれど、気付いていないのだろう。
ここ最近の出来事といえば、知り合いが増えたことが大きいか。
有望な新人のダリルとリフィル。
それから「モクゾー」パーティ。
特にルークは、なかなかからかいがいのあって面白い友人だ。
皆、私にとって貴重な出会いである。
「なんていうか、私って出会いに恵まれてると思うんだ。プリンセス達も、ルーク達も。皆私によくしてくれる」
それはきっと、あのキャラバンに生まれた頃から変わらなかったと思う。
あそこは面倒くさがりな私にも優しくて、私が魔術の才能を開花させたら自分のことのように喜んでくれた。
「正直、それでいいのかなって思うときはあるよ。どれだけ私に皆がよくしてくれても、私にとって一番なのは、私のちょうどいい生活だ」
順風の守り手も、結局は私のエゴだ。
自分がそうしないと満足できないからやっているだけで、誰かのためにやっているわけじゃない。
「だからね、私は――」
そうして、私が言葉を紡ごうとした。
でも、言葉が詰まる。
私は彼らに、なんと言えばいいのだろう。
そう思った、その時だった。
「ど、ど、ど、どいてくださーい! 魔法使いさーーーーん!」
私の探知能力――風を感じる力が、それを感じるよりも早く。
私の真横に、一人の少女が一人の女性を背負って落ちてきた。
「わっぶ!」
「プ、プリンセス!?」
え、ええ。
何してるの……?
私の真横に落ちてきたプリンセスは、自身の着地による反動で舞い上がった土煙に呑み込まれた。
というか、何故かプリンセスはシェナイトさんを背負っている。
どういうこと!?
「ええっと……聞きたいことは色々あるんだけど」
「……プリンセスが、無茶をする貴方を心配で追いかけてきたの。この場所は、以前に聞いていたから……近くを一人で通りかかったら訪れると聞いていたから、ここにいると思ったわ」
土煙の中から、シェナイトさんが現れる。
ぽんぽんと、ホコリを払いながら色々説明してくれた。
何でも、プリンセスは順風の守り手として無茶をする私が心配だったらしい。
だから野盗の殲滅には間に合わなくても、何か自分にできることはないか……と。
私を追いかけてきたらしい。
いやここ、カザルマの街から数日はかかる場所にあるんだけど。
飛行魔術でもないと、気軽に移動はできないぞ。
「が、頑張りました……けほ」
「まさか……プリンセスが全力で身体強化を?」
「はい……けほけほ」
「む、無茶するなぁ……」
煙の中からプリンセスが現れて、咳をしながら私に向かい合う。
しばらく、プリンセスが落ち着くのを待って、私は話を聞くことにした。
「あの……あの、魔法使いさん」
「えっと……何かな、プリンセス」
「私……魔法使いさんのことが大好きですっ!」
「んえっ!?」
思わず、変な声が出てしまった。
え、何? こんな所で愛の告白!?
シェナイトさん、どういうこと!?
口元押さえてないで、教えてくれる!?
「な、なので……魔法使いさんが、悩んでるのも……ずっと、気になってたんです。大好きな……お友だちの……悩みですから」
「あ、ああ……うん」
いかん、プリンセスは本気なのだ。
言い方に誤解があっただけで、何もおかしなことは言っていない。
それに――悩んでいる、か。
「そう見える?」
「……まぁ、そうね。でなければ、順風の守り手なんてしないでしょ」
「シェナイトさんにもそう見えるか……」
まぁ、確かにそれはその通りで。
野盗という存在に対して、トラウマみたいなものを抱えているのは事実だ。
でも、なんていうのかな。
それだけじゃないんだよな、私が順風の守り手をする理由って。
エゴ、とは一言で言うけれど。
その言葉に内包されたものは、決して単純ではない。
「……多分、魔法使いさんは……言葉にできてないんじゃないかと、思います」
「トラウマ以外の理由で、順風の守り手をする理由?」
「……はい」
確かに、そうだ。
一番大きな理由はトラウマだと思うけど。
それ以外にも、理由はあって。
トラウマの比重は、決して大きくはない。
全体で見れば、二割か三割か。
それ以外の感情に名前がつけられるなら、確かにそれはなんというか……
「……ちょうどいいね、それは」
「ちょうどいい、ですか?」
「ちょうどよく、納得できそうだなって」
しっくりくる、と言い換えてもいいか。
私が感じている、言葉にできないもやもやを言葉にできるかもしれない。
「……私ってさ、ちょうどいい生活を送りたいんだよ」
「…………でしょうね」
「何か納得されてしまった。でもそれってさ、人によっては凄く勝手なことだと思うんだよ」
自分の都合で生きているのだから。
だからこそ他人の都合も、ちょうどよくあればいいと思って私は行動しているわけだけど。
「結局それも、一方的な押し付けなんだよね」
「で、でも……私は、とっても嬉しかったですよ。魔法使いさんが、助けてくれて」
「そう? ならよかった……でも、そうだな」
でも、思い返してみると。
「ちょうどいい」を強く意識し始めたのは、キャラバンが全滅してからだったように思う。
それ以前の私は、そういう生活が一番だとは思っていたけれど。
具体的な、ヴィジョンがなかった。
そもそも、自分と他人の「ちょうどいい」なんてもの、意識したことがあっただろうか。
「……私は、ここで家族が殺された時から、生きなくちゃいけなくなったんだ」
「生きる……ですか?」
「そう、漫然とただ生活を送るだけじゃなくて、明確な方針を持って」
前世ならば、ただ生きるだけでもそれでよかった。
眼の前に進学や就職といった、分かりやすい目的があって。
生まれ変わった直後も、キャラバンという居場所があった。
それを失った後。
私は、よくも悪くも生き方を考えなくちゃいけなくなってしまったんだ。
そしてそれは――
「……そっか、私は」
順風の守り手には、自分のトラウマを拭うためという理由もある。
ちょうどいい生き方には、それが一番楽だからという理由もある。
でも、それだけじゃないんだ。
そうやって、トラウマを拭おうとすることで。
ちょうどよく生きようとすることで。
「私は、家族に生きていると伝えたかったのか」
今を生きていると、胸を張って言えるようになりたかったんだ。
「……うん、ありがとね、プリンセス」
「えへへ……お役に立てて、嬉しいです」
ふと、風が私の頬を撫でる。
既に土煙はほとんどなくなっていて、元の静寂な森が戻ってきていた。
空を見上げれば、雲の切れ間からは陽の光が見える。
ああ、なんというか。
「……ちょうどいい風だ」
「そうね」
それから、三人でこの世界で死者に捧げる祈りをして。
私達は、帰路につくこととなった。
とはいえ、さっさと帰ろうとするとプリンセスがまた無茶をすることになる。
帰りはゆっくり帰ろうか、なんて話をして。
旅をする準備すらしていないのだけど、とシェナイトさんがツッコミを入れる。
じゃあ旅の道具を取りに行こうか、なんてプリンセスが提案したり。
それじゃあ本末転倒だと、私が返したり。
そんな風に、私の日常が戻ってきた。
――ふと、家族と師匠が眠る森に振り返る。
「……うん、私は――」
心地よい風を感じながら、
「私はここに生きてるよ」
今日も、ちょうどよく生きていきたいと。
そんな願いとともに、前に向かって歩を進めた。
というわけで、風属性魔術師さんのお話はいったん一区切りとなります。
ここまでお読み頂きありがとうございました。
次回以降は、また機会があればお出しできればと思います。
評価、感想、お気に入り等いただけると大変うれしいです。
お付き合い頂きありがとうございました!