風魔術だけでも異世界は楽しいです ~美少女転生からのちょうどいいスローライフ~ 作:暁刀魚
また、あとがきにお知らせがあります。
「フーシャせんせーい!」
ふと、背後から声をかけられる。
先程から私に声をかけようとしている気配は感じていたけれど、どうやら知り合いだったようだ。
いや、探ろうと思えば探れるんだけど、日常でそこまで張り詰めて生きたくないよ私は。
「――ダリル。こんにちは、どうしたの?」
「こんにちは先生。というか、結構久しぶりじゃないですか?」
「あー、遠征に出かけて帰ってきてから一度も会ってないね」
プリン遠征の後、知り合いにはお土産プリンを渡しているのだけど。
ダリルに関しては宿に会いに行ったらいなかったので、リフィルに二つ分渡したのだ。
んで、プリン美味しかった? はい! みたいな日常会話をしてから本題にはいる。
「それで、その鎧はオリハルコンの鎧? 似合ってるね」
「あ、はい。ありがとうございます。すごく自分に合ってて、フーシャ先生に見てもらったかいがありました」
「方針はほとんど自分で決めたんだし、もっと誇ってもいいと思うけどね」
私が直接ダリルのオリハルコン鎧を目にするのはこれが初めてだけど。
風の噂でダリルが大活躍しているということは聞いている。
その原動力がこの鎧と剣であることは、想像するまでもないことだ。
「実は先日、ついに上層ボスの討伐に成功したんです」
「そいつはすごい、同期の新人の中だと最速なんじゃない?」
「多分……そうっすね。それで、戦ったのがミノタウロスだったんですよ」
「おー、因縁の相手だ」
この世界はなんか、前世よりそういう因縁が成立しやすい気がする。
フラグが前世と比べてしっかり回収されるというか、なんというか。
ただこれに関しては、個人で大立ち回りをすることが前世と比べて圧倒的に多いので、因縁が発生しやすいからってのもあると思うけどね。
「あの時と比べて、自分が成長できてるのが実感できてよかったです」
「うーん、意識が高い」
「それで、なんですけど……」
ミノタウロスを倒せたのは、純粋に喜ばしいことだ。
中層へ潜れるようになれば、ダリルとリフィルの行動範囲もぐっと広がり収入も増えるだろう。
二人は意識が高いから、お金が手に入ればどんどんそれを自己研鑽に使うはず。
もう、教えることなんて何も無いんだろうな……なんて思うんだけど。
それはそれとして、なにか問題があったみたいだ。
「ちょっと、人前で話すのはあれなんで……ギルドに行きませんか?」
「ん、いいよ。せっかくだしそのまま昼食にしよう。お昼はなにか食べた?」
「いえ、食べてないです」
「じゃあ、おごりだね」
いやいや自分で出しますよ、いやいやここは奢らせてよ。
なんてやり取りをしつつ、最終的にダリルが根負けした所でギルドに到着する。
個室を借りて二人で昼食を注文してから、ダリルが相談を切り出した。
「実は、ミノタウロスを倒した時にこんなものがドロップしまして――」
そう言って、ダリルは荷物袋からあるものを取り出した。
それは――フルプレートメイルの一部?
少し訝しみながら、その鎧の一部を観察していると――私はピンと来た。
「これまさか……黒竜王の鎧!?」
「あ、はい」
「うわ、本物初めて見たよ……」
黒竜王の鎧。
黒竜王と呼ばれる魔物から取れる素材を使って作る魔道具系鎧の一種なのだが、時折ダンジョンからドロップする。
そのスペックたるや、一言でいうと私の風神の羽衣とどっこい。
まず風神の羽衣のスペックがわからない?
あはは!
「これはー……やっぱ便秘が原因かなぁ」
「便秘?」
「えっ?」
私達は、互いに視線を合わせて首を傾げる。
黒竜王の鎧がドロップしたのはダンジョンの便秘が原因なのは、火を見るよりも明らかだ。
しかし、それが伝わらなかった。
一瞬どういうことかと考えて、風の様子から意味を理解する。
――ダリルは便秘の意味を知らないのだ。
いやまぁ、無理はない。
正式名称は”暴走タイラント”だし、公文書には便秘と記載されないのだ。
あくまで便秘ってのは冒険者の俗称、全員がそういうから定着しているだけの。
ダリル達はまだ冒険者になってからほとんど時間が経っていない。
こういうのって、先輩冒険者から何気ない時に笑い話として教えられるものなんだろうけど。
私がその先輩冒険者になればいいじゃん、と思うかもしれないが。
女性に便秘の意味を説明させたとなったら、ダリルが色々気にするぞ。
「あの、フーシャ先生」
「あー、えっと……うーん」
唸る私。
まずい、これでは私が詰まってるみたいだ。
詰まってない、詰まってないから!
詰まってるのは答えだから……!
だめだ、余り考えすぎるとダリルが色々察する。
優秀すぎるのも考えものだよ。
「くぅ……知り合いの男性冒険者に酒の席でダンジョンの便秘ってどういう意味ですか? って聞いて……」
「あ、は、はい」
結局、いい感じの答えが思いつかず、聞き方としてベストな方法を教えるにとどまった。
ダリルは、なんとなく察してしまっているようだ。
こちらを配慮して、できるだけ気にしないように努めてくれている。
その配慮がなんかむずかゆい……!
男同士ならそんなこと考えないんだけどなぁ。
こんな所で自分の雌落ちを自覚したくなかった……!
というか、こんなことでクロネの言葉の意味を理解したくなかった……!
「と、とにかくだね。黒竜王の鎧だっけ。まぁなんというか……ちょっとすごすぎる装備だよね」
「そ、そうですね」
「せっかくオリハルコンの鎧を新調したばっかりなのにね……」
なんというか、店売りの装備を大枚はたいて更新した直後に宝箱から、より高性能な装備を見つけたときのあの脱力感。
装備を使い回せばいいんだけど、それができないとちょっとがっくり来る。
装備の更新は、一気にやるんじゃなくて順次にやるべきだね。
いや、現実なら使い慣れるにも時間がかかるんだから、一気にやるべきだけど。
結果として、こういうことが起きたりする。
悪いことじゃないんだけどね。
「ダリルは、この鎧をどう扱うべきか聞きたいんだよね?」
「そう……ですね。性能がいいってのは解ってるんですけど、どう考えても俺には過ぎる装備だし」
「あんまりそうやって自分を卑下にしないでよ……と言いたいけど、その鎧を
こういった鎧――私の風神の羽衣もそうなのだけど、とにかく高価だ。
だから、それを周囲に狙われたりすることがある。
私は特に外見だけじゃなくて中身にすら価値があるから、風神の羽衣を身に着け始めた直後は酷かった。
それを危惧して、二つ名をゲットしてから装備し始めたのに。
それでも襲ってくるんだから、人の欲は恐ろしい。
「まぁ、しばらくは切札として取っておくのがいいんじゃないかな。こういう装備は二つ名持ちじゃないとどうしても狙われるからね」
「ですよね……うーん、勿体ないなぁ」
「お、ダリルはその鎧を使うつもりがあるんだね。なら、下層に潜れるようになった辺りから身につけてもいいと思うよ」
「どうしてですか?」
小首を傾げるダリル少年に、私は一言で説明する。
「二つ名を決める時に、その鎧が二つ名に採用されるから。”黒竜”とかそんな感じかな?」
「おお……」
「もし、二つ名を鎧に合わせたいなら、早めに――下層に潜れるくらいの実力から身につけていた方がいいんだ」
何故か。
理由はとても簡単だ。
ダリルもなんとなく察しているようだが――
「世の中には、”白狼”って二つ名の、黒い猫耳フードがトレードマークの悲しき二つ名冒険者がいるからね……」
「……ああ」
二つ名って、与えられるときの印象で決まるからね。
白狼の悲劇を繰り返しては行けない。
「後、アレだ。もしかしたらダリルにはちょっと合わないかもね、この鎧」
「そうなんですか? すっげーかっこいいし、戦い方にも合ってると思うんですけど」
「いや、そこじゃなくてさ」
ダリルは、どうやらこの鎧のいいところばかりに目が言っているようだ。
しかし、私は先輩として現実を教えなくてはいけない。
すなわちそれは――
「……フルプレートメイルって、死ぬほど着脱が面倒なの」
準備の問題だった。
そう、面倒なのだフルプレートって。
「…………」
「…………」
そして、ダリルは楽しい事なら積極的に取り組むタイプだが、面倒なことは避けたいタイプだ。
私と同じ……というとダリルに失礼だけど、近しいタイプ。
故にこそ。
「……ちょっと、一回着てみて考えます」
準備の手間を問題に挙げられると、尻込みしてしまうのだった。
実は本作「風属性TS魔術師のちょうどよく生きたい異世界ライフ」の書籍化が決定しました。
出版社や刊行時期などはまだ明かせませんが、Web版と合わせて書籍の方もよろしくお願いいたします!