風魔術だけでも異世界は楽しいです ~美少女転生からのちょうどいいスローライフ~ 作:暁刀魚
「筋肉ー!」
「き、筋肉ー!」
街の広場で、複数人の男女がマッスルを叫んでいた。
いやなんやねん。
ナイスバルクを披露するパンプアッパー(今適当に考えた)達。
その中に、一人の少女が混じっていた。
というかプリンセスだった。
「……何やってるの? プリンセス」
「あ、魔法使いさん! き、筋肉ー!」
「それ挨拶なんだ……」
言いながら、力こぶを作って見せるプリンセス。
しかし、プリンセスの二の腕はぷにぷにのままだ。
もともとプリンセスは、魔力による身体強化がパワーを生み出す要因だ。
他の筋肉たちと比べて、見た目の上ではそこまで筋肉筋肉しているわけではない。
ただちょっと触ってみると、案外ぷに肌の奥には確かな硬さが宿っていた。
「ひゃああああっ! だ、ダメだよ魔法使いさん! 筋肉の最中に筋肉に触るのは破廉恥なんだよ!」
「え? そうなの? いつもは自分からぷにぷにさせてくれるのに」
ほっぺた柔らかそうって言うと、いつだってぷにぷにさせてくれたのに。
無知なプリンセスにつけ込めなくなってしまった。
自分で言っておいてなんだけど、最悪だなこの発言。
「ごめんごめん」
「もー、そういうのは二人っきりの時にしてくださいね?」
「いやごめんプリンセス、多分その発言が今日一番破廉恥だよ」
「ふええ!?」
周囲がざわついている。
私に対する視線が痛い!
普段からプリンセスといる時は、何かとこういう視線を向けられやすいけど。
今日は特に痛い!
「それで、これは何の集まり?」
「えっと……」
気を取り直して、私がプリンセスに問いかけると――
「そいつは、あたいがお答えしよう!」
不意に、ナイス筋肉の真ん中から声がする。
筋肉自慢の筋肉達が六つに割れて、中から四人の男女が現れた。
……シックスパック?
「……って、イルナじゃん。そっちはお仲間の」
「バルです」
「ルクです」
「バクです」
――イルナと、その仲間であるよく似た顔の筋肉三兄弟だった。
「よう、久しぶりだねフーシャ。相変わらず筋肉してないみたいだ」
「そっちも相変わらずだねイルナ。”剛筋”の二つ名は健在みたいだ」
イルナは、ぼさぼさな長い赤髪の長身女性だ。
いかにも豪快な姉御って感じの人で、クソでかい胸と美しく割れた腹筋が特徴である。
”剛筋”の二つ名を持つ冒険者であり、彼女もまたカザルマ出身だ。
後ろにいるバルとルクとバクの三人はイルナの従兄弟で、三つ子。
通称バルクブラザーズ。
この三人とイルナの四人で、パーティを組んでいる。
パーティ名は――
「わはは、我ら筋肉共同体は今日も絶好調だよ! 何せ、新たな筋肉と相まみえることができたからね!」
「新たな筋肉?」
「プリンセスのお嬢ちゃんのことさ!」
「ぷ、プリンセス・シェフィです! えへへ」
”筋肉共同体”はとにかく筋肉を愛するパーティだ。
筋肉は皆のために、皆は筋肉のためにを信条としている。
血の繋がりもあるということで、家族みたいな信頼関係が強みだそうだ。
「プリンセスが新しい筋肉? 確かにプリンセスは特殊な魔力の関係で、すごい身体強化ができるけど。筋肉って言うと……どうなの?」
「……よ、よくわかんないです」
わからないのに筋肉なのか……
いや、イルナたちには何かしら意味があるんだろうけどさ。
「筋肉に貴賎なし! たとえその大部分が身体強化に依るものだろうと、確かにプリンセスは筋肉を鍛え抜いているのさ!」
「そうなの? プリンセスが鍛えてる所って見たことないから、ちょっと意外」
「あ、はい。朝にナイトさんと二人で体を動かしてます」
ウォームアップは大事だよね。
「それで十分なのさ。パワーがあって、筋肉を鍛えるつもりがあればあたい達にとっては常に筋肉なんだよ」
「へぇー」
「そもそも、あたい達だって身体強化は使うんだ。身体強化を使うことは悪いことじゃないのさ」
そこはまぁ、その通りなんだろう。
この世界の人間は魔力があるから前世より頑丈だけど、きちんと身体強化をしないと人外じみた膂力は発揮できない。
魔力を伴わない鍛錬において、前世と今の世界であまり違いはないかもしれないな。
まぁ、私は転生しても体は鍛えてないから、違いはわからないんだけど。
「それにしても、フーシャは本当に鍛えないね。それでよくもまぁ今の体型を維持できるもんだ」
「魔法使いさんって、本当に太らないですよね」
「摂取してる食事の量でいうと、プリンセスのほうが圧倒的に燃費悪いとおもうんだけど……」
確かに私は太らないよ?
普段のちょっとした運動だけで体型を維持できてるよ。
でも、プリンセスはその比じゃないでしょ。
私より圧倒的に運動量は多いかもしれないけど、食事量はそれより更にとんでもないことになってるはずだ。
「魔法使いさん、美味しいものはいっぱい食べると幸せになって、その分頑張れるんですよ」
「うーんなんて真っ直ぐなんだ。きっとプリンセスの食事はプリンセスの夢に昇華されてるんだね……」
とりあえず、メルヘンだと思っておくことにしよう。
「そもそも、食事量でいったらクロネだってすごいじゃないのさ」
「ああー……」
と、そこでイルナがクロネの名前を上げた。
クロネがプリンセス並に食べられるのは事実だ。
ふたりとも異次元レベルの大食漢である。
「そうだ、フーシャはクロネを見かけてない?」
「ん? 街にはもう着いてるけど、まだ会ってない?」
「残念ながら。会おうとは思ってるんだけどねぇ。あたいとクロネはほら、どうしても相性が悪いから」
さて、クロネとイルナ、そしてバルクブラザーズは全員カザルマの産まれだ。
特にクロネとイルナは幼い頃から仲が良く、幼馴染といっていい関係である。
ただまぁ言うまでもないことだけど、美少女であることを良しとするクロネと筋肉至上主義のイルナは相性が最悪だ。
決して、仲が悪いわけではない。
どころか、今だってこうしてイルナがクロネに挨拶しようとしているくらいだ。
この場合相性の悪さは、とにかくニアミスが発生しやすいという意味である。
「クロネの宿に行ったら出かけてるし、伝言は残されてたけど」
「相変わらず、直接あって話ができない……と。私もクロネからイルナが来たら教えてくれって言われてるんだけどねぇ」
クロネの方も、避けようとはしていない。
避けていないのに、なかなか顔を合わせることができないのがイルナとクロネだった。
なお、バルクブラザーズはすでに顔を合わせているらしい。
本当に、イルナとクロネだけが会えない呪いみたいだ。
「やっぱ、アレが良くなかったのかなぁ」
「……?」
「ああ、なんでもないよプリンセスの嬢ちゃん」
これにはなんとも言えない理由があって、私もそれを知っているのだけど。
なんというか、色々口に出しにくいから私は黙っておく。
いずれわかるさ、いずれな……
「とにかく、これからしばらくは暴走タイラント対策にカザルマで活動するから。フーシャもプリンセスもよろしくな」
「あ、はい!」
「あ、う、うん。よろしくー」
「……今度はそっちがどうしたんだい、フーシャ」
「アハハ、なんでもないヨー」
……あっぶな。
プリンセスの前でダンジョンの便秘の話をしていたら、私がシェナイトさんに殺されているところだった。
イルナが便秘のことを正式名称で呼ぶタイプでよかったよ。
なんで正式名称で呼んでるかって? クロネの幼馴染だからね。
ともあれ、そうしてイルナとバルクブラザーズは去っていった。
いやぁ、嵐のような人々だった。
なんて話を、プリンセスとしていると――
「――さっきのクロネとイルナさんの話、詳しく聞かせてもらえる?」
筋肉の影から、シェナイトさんが声をかけてきた。
え、いつの間にいたの?
最初から? じゃあもしかしてシェナイトさんも筋肉を披露してたの!?
あ、違う? そりゃそうだよね、披露してたらイルナが話題に出すもんね。
それはそれとして、本当にシェナイトさんは何なんだ!
二回連続ぬらぬら落ちは今更ながら反省しますが、それはそれとしてぬらぬら落ちです。
そして筋肉です。今回の章の新キャラはあと一人います筋肉。