風魔術だけでも異世界は楽しいです ~美少女転生からのちょうどいいスローライフ~ 作:暁刀魚
いよいよこの日がやってきた。
溜まりに溜まったダンジョンの魔物が、一斉に放出される日。
数日前から「魔物の出現が異様に少ない」という報告がなされ、冒険者たちは厳戒態勢。
特に上層を拠点とする新人たちは絶対にダンジョンに入らないよう厳命された。
普段であれば脱出用のエスケープクリスタルを使えば、そうそう死人なんてでない。
だけどこの暴走タイラントが発生するタイミングに限っては、突然現れた複数のミノタウロスに囲まれて頭かち割られるなんて事態が発生しかねないのだ。
よーするに、新人さん達はこの暴走タイラント中、結構暇だ。
無論、町中の警備や護衛依頼の需要は増えるけど、若い子の多い新人が退屈な任務に耐えられるわけがない。
特に暴走タイラントはお祭りなのだ。
ただのタイラントですら、大量に出てくる魔物やそれによってドロップする報酬で街が潤い、それを目当てに商人がやってくるのに。
暴走ともなれば、下手したら王都のお祭りよりも人が集まる。
街の行政を担当する役人さんたちが、大変そうに飛び回ってるなぁと横目に見ながら思ったものだ。
ただ、そのかいあってやってくる商人や冒険者を受け入れるキャパもなんとか確保でき。
暴走タイラントは当日を迎えた。
そんな中、私は何をしているかと言えば――
「――はい、というわけで今日は暴走タイラントが具体的にどんなものか、体験しにいくからね」
「はーい」
教師だ。
もともと暴走タイラントは私にとって稼ぎドキっていうよりは、面倒な厄介事という側面が大きい。
人が集まって、賑やかになるのはいいんだけど。
その分、週一フーシャ便や魔物が手に負えなかったときのヘルプなど、負担も増えるのだ。
変わりに、結構な非日常感を間近で味わえる。
まぁ差し引きトントンってところかなぁ。
別にそこまでお金を稼ぐ必要はないけど、実入りはいいし。
「まず、全員かならず手にエスケープクリスタルは持って離さないこと。私が常に周囲を警戒してるし、何かあったらこっちで遠隔起動するけど。それでも、危険があったら構わず起動してね」
「はい!」
さて、現在私は新人冒険者達を連れてダンジョンに潜ろうとしている。
ダンジョンに入るための転移ゲートの入口は、それはもうすごい数の冒険者で溢れかえっており。
その中に私達も混じっている感じだ。
私の側には、かれこれ三十名程度の新人冒険者。
多分、この街で活動している新人はほぼ全員いるんではないだろうか。
あ、いや、ダリルとリフィルはいないな。
あの二人はここにいる子達と経歴はそこまでかわらないけど、すでに中層の探索が可能だ。
冒険者としては最低限仕事ができると認められた感じの立ち位置。
多分今は、上層で他冒険者と複数パーティを組んで魔物の対処にあたっているだろう。
「これから、君たちを三つの班に分けて、一班ずつ中に入るよ。入る場所はダンジョン上層第一階層。つまり普段君たちが活動してる階層だね」
というわけで、班を三つに分けて中に入る。
すでに班分けはギルドの方で終わらせてあるから、私は受け取った名簿から名前を読み上げていくだけだ。
そうして十人くらいの名前を読み上げて、彼等の顔を確認すると――
「じゃあ、行こうか。普段はそこまで魔物のいない第一階層がどうなってるか。それをしっかり胸に刻んでほしいかな」
そう言って、転移陣に入る。
正確には、入るまでに転移陣の前で結構並んだけどね。
今、マジですごい数の人が並んでるからね。
怪我して出ていく人も多いけど。
「じゃ、しゅっぱーつ」
そう言って転移陣に乗った私と新人たちのまえに――
「うわぁいきなり!」
思わず声を出しながら、私は即座に風の盾を作って皆を守る。
一応、盾を貼るのは最初から予定してたんだけど、二十匹同時攻撃は流石に想定外だった。
「ゴブリン、こんないっぱい!?」
「すげー、あっちにもこっちにも魔物がいるぜ!」
新人たちも驚いて周囲を見渡している。
風の盾をガンガン叩くゴブリンの他に、無数の魔物がダンジョンの中を闊歩していた。
「うわぁ、フーシャ先生の言ってた通り、ミノタウロスが群れをなしてる」
「あそこにいるの、普段下層で活動してる人じゃない? そんな人でも上層にいるんだ……」
視界に入る数だけでも、ゴブリン含めて四十は軽く超える数の魔物が闊歩している。
そして、私達を除いても十人くらいの冒険者がパーティを組みながらあちこちで戦っているのだ。
私は気を取り直して、こほんと咳払いをしてから話を始める。
「ダンジョンが魔物をどばばっとひり出すと、こうしてすごい数の魔物が溢れ出すの。と言ってもこれは半ば初日だけの光景で、少しずつ数は減っていくよ。そしてそれには段階があって、だいたい三段階に分けられるかな。今は初期段階」
言いながら、私も魔術で周囲のパーティを援護し始める。
とりあえず襲ってきたゴブリンはまとめて首を切り飛ばしておいた。
「で、ある程度減って、外に魔物が這い出る心配がなくなると中期段階。そして最終的に――ラスボスみたいな魔物がボス部屋に出現する。これが最終段階」
中世風異世界でラスボスって言うと違和感あるけど、この世界はダンジョンの最深部をボス部屋というから、普通に使われる言語だ。
「そうして出現したラスボスを倒すのが、今回集められた二つ名持ちに求められてる仕事って、ところ」
言いながら、今度はミノタウロスの首を四方八方から風刃を飛ばしてきり飛ばした。
それを何度か繰り返し、あらかた周囲の魔物を他の冒険者と共同して倒す。
魔物がいなくなると、冒険者たちは私に挨拶をしてから、ドロップ品を回収して去っていく。
「ああやって倒された魔物のドロップ品は、近くにいる冒険者が回収することになってるよ。魔物が多すぎて分配してるヒマがないからね」
「なんだかずるくないですか?」
「初期段階の間、ドロップは一度ギルドが回収することになってるよ。倒した魔物の数と種類はマジックアイテムで記録されるから、それを元に暴走タイラントが終わった後お金で支払われるの」
素材がほしい場合は、そのお金を素材と交換することになるかな。
倒した記録さえあれば、買取価格でそのまま買い戻せる。
「とまぁ、こんなところかな。あんまり長居してもアレだし、戻ろうか」
「はーい」
と、比較的安全に暴走タイラント見学も終わったので、さっさと帰ろうかと私がエスケープクリスタルを起動させようとしたところで――
「ど、ドラゴンが出たぞー!」
そんな声が、聞こえてくる。
え、ドラゴン!? 第一階層で!?
「ドラゴン!? マジで!?」
「そんなのまで出るの!? 暴走タイラントやば!」
新人たちがにわかに盛り上がる。
ドラゴンといえば冒険者にとっては一種の憧れ。
討伐できれば一流の仲間入りとも言われるそのドラゴンだ。
「フーシャ先生、俺、ドラゴン視てみたいです!」
「視るだけでいいですから、先生!」
と、盛り上がった新人たちが私に声をかけてくる。
うーむ、ドラゴンかぁ。
声を聞いた感じ、歩いてすぐの場所に出現したようだ。
このまま風の盾を浮遊させて目的地に向かえば、危険はないだろう。
危険はないだろう。
ないんだけどなぁ。
「うーん、じゃあ一つだけ約束してもらえる?」
「はい!」
新人たちの元気な掛け声。
しょうがないなぁ、と私は一つ嘆息してから――
「――じゃあ、約束。
「……え?」
新人たちが顔を見合わせる。
「浮遊!」
浮遊魔術で新人ごと風の盾を持ち上げて、私は移動する。
それに「おおー」とか歓声が上がったり、道中出てきた敵を私が倒して歓声が上がったり。
ワクワクをつのらせながら、新人を乗せた風のシャボンはダンジョンを征く。
そして、待ち受けていたのは――
「ええ……」
いや、うん。
そうなんだよ。
第一階層は狭いんだよ。
これが下層になれば、通路はなんとかドラゴンが通れるくらい広くなるし、場所によっては問題なく戦闘ができるくらい開けた場所もある。
でも、上層にそんなものはない。
だから上層にこういった大型魔物が出ると、詰まって鴨になる。
「……帰ろっか」
「…………はい」
これを私が倒すのは、他の人の取り分を奪うことになるので、倒すこともできない。
なので新人たちに何とも言えない顔で私が帰還を告げると、それに否を唱えるものはいないのだった。
開放されたのに詰まっていくのか……みたいな話