風魔術だけでも異世界は楽しいです ~美少女転生からのちょうどいいスローライフ~ 作:暁刀魚
「――お願い、来て」
突如として私が拠点としている宿までやってきて、必死な顔でシェナイトさんは頼み込んできた。
シェナイトさんがこんな真剣な顔で私を呼び出すことなんて、早々ない。
滅茶苦茶眠いし、眠いし、眠いけど、流石についていかないわけには行かない。
「んえー、こっちはダンジョンー? 一体何が起きてるのさ」
「…………見ればわかるわ」
「いや、言ってもらわないと、私としても何をすればいいのかわからないんだけど」
何やら緊急事態らしく、風神のはごろもを着せられて、戦闘態勢で向かうよう言われたのだ。
二つ名級の冒険者二名がわざわざこんな深夜に出動するとなると、相当な事態が予想される。
私としては、事前にある程度情報を教えてもらわないと、ちょうどいい対策が立てられない。
の、だけど。
「お願いだから。本当に見ればわかるの、このまま黙ってついてきて」
の一点張り。
なんというか、シェナイトさんらしくない。
私の適当っぷりに、苦言を呈することこそあるけれど、真面目で私にも真摯に接してくれるのがシェナイトさんだ。
逆に言えば、真面目でしっかりしているシェナイトさんが、それでもなお説明不足のままダンジョンに私を連れて行きたい理由があるということ。
そんな理由、果たして存在するのだろうか。
まぁ、ここまでシェナイトさんが頑なならば、無理に聞き出さないほうがいいだろう。
というわけで、何が出てきても良いように警戒を強めつつダンジョンに向かう。
そして――ありました。
シェナイトさんが説明できず、それでもなお私をダンジョンにつれていく理由。
私は叫びました。
ソレを見て、真っ先に。
「――ダンジョンの階層一つが丸々触手で埋め尽くされてるーーーーーーっ!!」
うねうねと、蠢く触手が、天と地に。
フーシャ心の俳句。
季語は触手でお願いします、ダメ? ダメかぁ。
「……と、いうわけなのよ」
「そりゃあ流石に説明できないわ。いくら真夜中で人もいないとはいえ、このレベルでエロモンが大量発生してることを外で口に出すのは痴女だわ」
「痴女は言い過ぎよ……!」
いやまぁ、言ってないからいいじゃないですか。
ともあれ、ダンジョンにはいるとまっさきに目に入る、無数の触手。
壁に、地面に、天井に。
無数の触手が張り付いて、蠢いて、所狭しとぎっちぎち。
もはやここが苗床だ、って感じで。
「それで……どんな状況ですか」
「その……現在、暴走タイラントが発生しているわけだけど、どういうわけかこの階層だけ急速に魔物が減っていったみたいなの。それで、魔物があらかた殲滅できたとおもったら、突然触手が大量に湧いて出て」
「あー、初期段階がそろそろ終わるのか」
「……みたいね。私は、知らなかったのだけど」
「シェナイトさん、冒険者は本職じゃないしね」
便秘の初期段階は、とにかく詰まったものが放出される段階。
中でも初日が一番やばくて、次にヤバいのが最終日。
ようするに、溜まったものの一番でかいのが出てくるわけだ。
ダンジョンの下層に、同一の魔物が大量に発生したり、ボス級の大型魔物が出現したりする。
今回は――同一の魔物である触手が、大量発生したのだろう。
「……そんな事ある?」
「あるから、こうなってるのよ……」
はい……
「それにしてもシェナイトさん、よくここで触手が湧いてるって気付いたね」
「……気付いたのは私じゃないわ。ギルドの職員が報告してきたのよ」
「ほほう、これをどうにかするには二つ名級の強さがないとダメだけど……わざわざシェナイトさんに行くんだ」
「それは……」
シェナイトさんは、少し視線を反らしてから答える。
「……ギルドの職員に金を握らせて、報告させるようにしてるから」
「ええ……」
「プリンセスを守るためよ……! もしエロモンが出たら、それを報告させる。ギルド内でエロモンに関する話題が流行る兆候があったら、それを抑制する。そういう契約よ」
「ああ……」
いやまぁ、うん。
そう言われたら、シェナイトさんならやるだろうなぁ、と納得してしまう。
プリンセスの純真を守るためなら、シェナイトさんは修羅にすらなるのだ。
それはそれとして、なんかシェナイトさんは必死だ。
ずいずいと、こっちに顔を寄せてくる。
「それだけよ、ええ。それだけよ、本当よ」
「わ、わかったって! 顔が怖い、怖いよシェナイトさん!」
私がそう言うと、シェナイトさんは何故かホッとした様子で胸をなでおろしていた。
なんでそんな反応をするんだろう、別にそういうことをシェナイトさんがするっていうのは私としてはそこまで違和感はないのだけど。
「しかし、アレだね。ちょっとこの数の触手はヤバいね。湧いたのが深夜でよかったね」
「……もしこれが露呈すれば、おそらく今回の暴走タイラントは触手タイラントと呼ばれるようになるわ」
「最悪すぎる」
もっと言うならなんかこう、下世話なエロワードが通称になりかねない。
「他に知ってる冒険者はいないの?」
「そっちにも金を払って黙らせたわ」
「徹底してるぅ」
――幸いだったのは、触手が動けないことだ。
ダンジョンの魔物は総じてダンジョンの外に出ようとする傾向がある。
便秘初期ともなれば、実際に被害が想定されてしまうほど。
しかし触手は動けないから、別の階層や街に出ていく可能性は低い。
「そして、この触手を今夜中になんとかしなきゃいけないわけだ」
「……そうなるわね。そしてそんなこと、普通の二つ名持ちでも無茶よ」
「エドモンドでも無理だろうね、というか、この街にいる二つ名持ちでこの触手を処理できる人はいないよ」
全員前衛なんだもの。
いや、ある程度の範囲殲滅はできるけど、魔術師がやるのと比べると圧倒的に効率が悪いのだ。
ようするに――
「……私しかいないってことかぁ」
「お願い、フーシャ」
「ま、任せて。シェナイトさんのそんな切羽詰まった顔を見れただけでも、報酬としては十分だからさ」
「それは……忘れてちょうだい」
シェナイトさんは、なんというか不安そうな子どもみたいな顔をしていた。
あのシェナイトさんが、こんな顔をするんだ。
なんて、思ってしまうくらい。
「ちょっとまってねぇ、まずはちょっと階層内部を探査するから」
「ええ」
私は、地面に手を当てて集中する。
風を通して、階層にいる生命反応を
これは、おもに二つの意味で必要な動作である。
一つは、階層に他の冒険者が居ないことを確認するため。
シェナイトさんがお金を出して人払いをさせているだろうけど、念の為だ。
「それにしても、シェナイトさんは過保護だねぇ。プリンセスの純真を守るためにそこまで苦心するなんて」
「え、ええ、そ、そうね。ああ本当に、プリンセスのためだもの、仕方ないわ」
「ほんと、シェナイトさんはプリンセス想いだと思うよ。いやぁ、忠臣だねぇ」
「そ、そそそそそそ、そうね」
……やっぱシェナイトさん、何か隠してない?
というか、プリンセスのためだけにやることとしては、いささか過保護すぎるところもあるんだよね。
ちょっと純真を守るくらいならともかく、ここまでするのはやり過ぎっていうか。
他にも理由があって、そうしている気がするっていうか……まぁいいや。
「よし、階層内部に私達以外の冒険者の姿はなし。そして――
「……頼んだわよ」
さて、私が階層内部を探査するもう一つの理由は――
全ての触手を一撃で殲滅するためだ。
「――風刃!」
魔力を全開にして、階層中に風刃を奔らせた。
触手は根本にコアがあって、そこを砕けば撃破できる。
だからコアを狙って私は風刃をぶっ放し、それが
「そらそらぁ!」
魔力を全力で放出しつづけ、風刃をありったけ駆使し、触手を殲滅する。
時間にして、
「っしぃ! 終わり!」
私の雄叫びでもって、終了した。
……疲れた!
「……すさまじいわね。貴方の全力は」
「順風の守り手をしてる時ですら、そうそう拝めない全力だ。久々にぶっ放したから、ちょっとつかれたね」
「後で私達の宿に来て頂戴。朝食を奢るわ」
「ありがとー」
なんてやり取りをしてから、少し冷静になって私は呟く。
「……そんな全力を触手にぶっぱしたのか、私は」
「それは言わない約束でしょ」
はい。