風魔術だけでも異世界は楽しいです ~美少女転生からのちょうどいいスローライフ~ 作:暁刀魚
エルダーデーモン。
正直ほとんど文献にしか残っていないような相手だ。
けれども、やたらと知名度がある魔物である。
強い魔物を一体挙げろ、と言われたらまず真っ先に挙げられる魔物。
ようするに、魔物における代表格の一体だ。
どこぞの某ブルーアイズみたいな。
じゃあなんでそんなに知名度があるのかって言われたら、いろんな伝説に登場するからだろうねぇ。
まずそもそも、初めて出現したエルダーデーモンは、国一つを滅ぼしかねないヤバいヤツだった。
その討伐は非常に大掛かりな冒険譚となり、今では劇の定番演目として語られている。
他にも便秘に際して出現し、歴史に名を残すような有名冒険者と激闘を繰り広げてきたことも影響しているだろう。
要するに、すごい冒険者が一度は戦う定番の大ボス。
それがエルダーデーモンなのだ。
そんな大物が、どうしてカザルマのダンジョンに――
「……まあ、気にしてもしかたないんだけどさ。それにしても、ほんとすごい威圧感だね」
「フーシャさん……よくそんな呑気に観察できますね……こっちはバレたらどうしようって気が気じゃないですよー?」
「諦めの境地だよ、これは」
私とクロネは、隠密しながらエルダーデーモンを偵察していた。
数メートルはある巨体と、ヤギ頭。
如何にも悪魔といった見た目をした怪物は、その威容をただそこにいるだけで私達に伝えていた。
「今のところこっちには気付いてないね。そりゃまぁ隠密した状態で転移陣に入ったから当然なんだけど」
「ううー、今にもこっちに気付いちゃいそうで怖いです……」
「安心してよ、クロネ」
「な、何がですか?」
私はぐっ、と親指を立てて自信満々に笑みを浮かべる。
「クロネより私のほうが隠密の精度は低いから、バレるとしたら私が先にバレる」
「いやそれ全然安心できませんよー」
まぁ、そんなことはさておいて。
とにかく今はこのヤギ悪魔をどうにかすることを考えるべきだ。
「とりあえず、今のところ動く気配はないねぇ」
「さっきあたし達が転移陣から入ってきたのは解ってるのに動いてないってことは、今すぐにダンジョンの外へ出ようってつもりはない、ってこと……ですよね?」
「合ってる。クロネはかしこいねー」
うりうり。
やめてくださいよー。
なんて美少女なやり取りをしてから、考える。
暴走タイラント(クロネ配慮)によって出現した魔物は、ダンジョンの外へ出ようとする。
しかし、今のところエルダーデーモンにその動きはみられない。
さっき私達が呑気に転移陣でボス部屋まで入ってきたから、人の存在は認識しているはずなのに。
ということは、ダンジョンの外に興味がないか――
「……あいつ、なんか力をためてるな?」
「へっ?」
「まずいぞ、このまま放置したらなんかやばい気がする!」
――何かの準備をしているか、だ。
そしておそらくエルダーデーモンは、後者。
ってことは、あまり長い時間をかけて偵察しているだけってのは、まずいぞぉ。
「クロネ、これから私がちょっかいかけるから、クロネは観察に徹して」
「え、え? ほ、本気ですかぁ?」
「多分、あのチャージ妨害しないとまずい。ついでに向こうの戦い方を観察して情報を集める。一石二鳥だよ」
「ひ、一人は無茶ですよぉ!」
「
いいながら、私はエルダーデーモンに対して駆け出す。
私の風による隠密は、多少だが魔力の動きも隠してくれる。
隠密から逸脱しない程度の魔力で魔術を行使し、エルダーデーモンに攻撃を仕掛けよう。
「風刃」
私は駆けながら、私が駆けている場所とは反対の方向から風刃を飛ばす。
こちらの位置を特定させないためだ。
発射位置を変えるくらいなら造作もないし。
『――――』
視線が、飛んでくる風刃の方へと向く。
しかし、エルダーデーモンは動かなかった。
風刃が体に小さな傷をつけても、微動だにしない。
「今は多少のダメージを無視して、チャージ優先ってことか。ちょうどいい」
私は即座に無数の風弾を生み出し、攻撃を開始。
エルダーデーモンはそれを、少しだけ煩わしそうにしながらも無視した――わけではない。
ある程度攻撃を加えると、その周囲から火の玉が無数に生み出された。
どこにいるかもわからない敵を、無差別攻撃しようってわけだ。
しかし――
「……数多いな!?」
めっちゃ数が多い。
私と同じくらいのサイズの火の玉が、百を超える単位で迫ってくる。
はわわわわ。
いやまぁ、ただの火の玉だから回避は容易なんだけど。
「ええい、とりあえずチャージ阻止で動くか」
私は風弾を一箇所に集中させる。
一度の風弾でだめでも、千の風弾で壁をこじ開けるのだ。
そのまま、しばらく火の玉をやり過ごしながら風弾をぶつけ続けると、ついに我慢できなくなったのかエルダーデーモンが動く。
片手を上げたかと思ったら――
「おおっと!」
凄まじい勢いで、私の目じゃ追えない速度の拳が振り下ろされた。
まあ隠密してるから、私のところには振ってこないんだけど。
そこからはしばらく拳の観察に徹した。
そうしていれば、向こうにも動きがあるとおもったからだ。
しかし――
「……火の玉と物理攻撃しかやってこないな?」
ふと、気づく。
十分以上戦闘しているのに、向こうに動きがない。
いくらなんでも、それは流石に攻撃が単調すぎないか?
「――クロネ、撤退だ!」
「わわ、どうしたんですか?」
呼びかけながら、エルダーデーモンから距離を取る。
「相手の攻撃が単調すぎる。多分ダメージを受けると攻撃パターンが増えてくるやつだと思うんだ」
「ああ、たまにありますよね」
「――つまり、攻略法がはっきりしたってこと」
「え、ほ、本当ですか?」
「みんなで話し合うから、一旦戻るよー」
というわけで、今も火の玉と腕ブンブンで攻撃しているエルダーデーモンをよそに、私達はエスケープクリスタルを起動するのだった。
+
その後、他のメンバーとも合流して情報を交換する。
エドモンド達は残念ながら、資料に関しては成果を得られなかったようだ。
しかしエルダーデーモンが出現したことでギルドが本格的に動く事になったようで、色々と便宜を図ってくれた。
特に、私達が戦っている間、一時的にダンジョンを封鎖してくれるのはありがたい話だ。
ボス部屋の中だけで話が済めばいいけど、最悪ボス部屋を突き破ったエルダーデーモンを追いかけるハメになるからな。
その時、一般冒険者だと巻き込まれたらタダじゃすまない。
他にも、念の為近くの二つ名冒険者に、何時でもカザルマへ向かえるよう手配してもらったり。
色々と細かいことを、ギルドにはやってもらった。
で、プリンセス達に関しても、残念ながら資料の類は出てこなかったのだけど――思わぬところから情報が出た。
「クロネ、貴方あの”グレンタンの冒険譚”、買ってたわよね」
「あ、はい。今も持ってますけど……」
「今も持ってるんだ……ん、まって? もしかして――」
「――え、えとえと、グレンタンさんがかつて
そしてそれに関する話を、ちょうどクロネが買った冒険譚でしている、と。
というわけで、偶然にも私達はエルダーデーモンの戦い方を知ることが出来た。
曰く、エルダーデーモンは三度戦い方を変えるという。
一度目は単純な火の玉と強力な物理攻撃。
二度目はそこに加えて多彩な遠距離攻撃。
三度目は部下を召喚しての物量。
一つ懸念があるとしたら、例のチャージに言及がないことだけど。
まぁ、とにかく色々とはっきりした。
「二度目の形態変化はともかく、三度目の部下を呼び出す奴が厄介じゃないかい?」
「我々はほぼ前衛の、多数を相手取るのが苦手な面々だからなあ」
「私への負担が高すぎるって話だなぁ! じゃあやっぱり、この方法しかないね」
というわけで、作戦決定。
私は皆の前で、端的に一言こういった。
「最初の単調な攻撃しかしてこない形態で、決着をつける」
それに対する皆の反応は「マジかぁ」と「それしかないかぁ」だった。
書籍発売から一週間経ちました。
電子で結構売れてるみたいで、ありがとうございます。
更に売れてくれると大変嬉しい……そして二章もクライマックスです。
どちらもよろしくお願いいたします。