未来へ繋ぐ足跡   作:紫電竜牙

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遙か遠くの君まで続く道。

"始まりの1歩"

 

乱世に生まれたからには、乱世に振り回され、乱世に散る。

誰かが語った夢物語が、いつしか"当たり前"になった世界。

元々はしょうもない行動が引き起こした戦いの火蓋が、あっという間に全世界へ燃え広がり、やめどころを見失っては、ただ犠牲を増やし続ける──

 

私、エルゼ・レワードもその絶望を味わい、見てきた。

 

祖父と父が惨殺されていく景色。

母が爆ぜた瞬間。

目と両腕を失い、目の前で力尽きた友達。

血を分けた家族も、志を共にした友人たちも、死という壁に隔たれた先へ行ってしまった。

1人、また1人倒れるのを見る度、心が陰っていく。

 

そして、今も──

私は、よく知る仲間達が倒れていくのを見て、立ち尽くしていた。

 

うおおおおおおおおおぉぉ!!!!!!

「抵抗軍は総崩れだ!!」

「1人も逃がすな!斬れ!撃て!殺せ!」

「建物は徹底的に焼け!」

 

「……もう、許さない」

 

震える手を無理やり抑え、剣を振るう。斬られた相手の小さな悲鳴は、炎と声帯を焼かれる叫び声で掻き消される。

 

「──来るなら来い!! 私は……エルゼ! レワード家の一人娘だ!」

 

──レワード家。祖父の世代までは名酒を多く手掛ける家だった。

この名前が独り歩きし始めたのは父がきっかけだ。

六月酒(むつきざけ)という秘蔵の酒があるのだが、その酒には数多の竜の血が混ぜてあり、飲むのは危険だけど、どんな傷でも跡形もなく治してしまう……という尾ひれがついた噂まで拡がっていた。

 

ある幼い日の時、私は母の絶叫を聞いて急いで駆け付けた。

床に血溜まりを作り、うつ伏せに倒れていた父を泣きながらゆする母と何度も父の名前を叫ぶ祖父がいた。近くには父の胸を抉った刃物が転がっていた。

険しい顔になった祖父は桐箱に入った六月酒を取り出し、父に飲ませた。

じゅぅ、と肌と肉が焼け、血が沸騰する音が鳴り、それに悶える父の呻きがしばらくつづいていた。音が止むと傷は塞がり、すっかり元気になった父がいたのだった。

 

「レワード家は、竜の血を引いている。六月酒は、先祖代々のレワード家が少しずつ己の血で作り続けた血酒だ」

 

私は、家族が殺され、逃げ延びた先でその六月酒を飲み干した──

 

「この身体には、レワードの血が流れている……! みんな、伏せて!」

 

混み上がる熱意を掌に集め、放つ。その手からは鮮やかに全てを焼く蒼炎が吹き出した。

 

"始めての勝利は苦いもの"

 

焼け野原に立ち尽くす。終わらない戦いはこれ以上の犠牲を出しながら更に広がっていくのだろう。

 

「…ぅ」

 

借りた力は、正しい事に使いたい。拳を握り締め、もう一度黒い大地を見渡す。

 

「お嬢!」

「っ…びっくりした…なに?」

「生存者確認が終わった」

「誰かいた?」

 

彼はそっと首を振った

 

「…そう、ありがとう」

「あと、リリシアが呼んでた。次の行き先について話したいって」

「わかったわ。準備だけはしておいて」

「了解」

 

先程の彼…トーチルは若いながらも天才的なセンスを持つ青年だ。故郷の街の路地裏で死にかけていたのを強引に連れてきたが、奇跡的に嫌われずに私に着いてきてくれている。

 

「…皆に失望されないように頑張らないと」

 

力を使った後の、僅かに震える手を無理やり抑えてリリシアの元へ歩き出す。

 

「遅い! 感傷に浸るのはいいけど程々にして!」

「ご、ごめんなさい…」

 

私を見るや否やとんでもない剣幕で問い詰めるこの人はリリシア・テンテルズ。彼女いわく故郷ではただの飲食店の手伝いだったらしい。廃材の上に広げられた地図には既に行き先とそこに行くまでの事細かい注意点が書き連ねられていた。

 

「…とにかく! 今私たちが目指したいのは西南! 地図で言うとこの森と湖に囲まれた平地! ここに人を集めて国を作る! …ってのが目標であってる?」

「うん、ばっちり」

「でもそれには何もかもが足りない。だからルートを外れてしばらくここに滞在する。聞いた話だと難民とかが逃げてるからそれなりに人はいると思う。んで、リスク。ここの人達から信頼を得たら今度は代表者の人に直談判しにいく。この場所を捨てて私たちに着いてこい、ってね。それはエルゼの仕事だよ」

「…わかってる」

「……じゃ、早く行こうか。黒煙は見られてるだろうしどっかの遊撃軍が飛んでくるかもしれないから」

 

声を掛けると皆纏めた荷物を持って寄ってくる。その信頼する眼差しが自然と背中を押してくれる。

 

「西南へ向けて歩く。道中の村には必ず寄って、人を掻き集める」

 

きっと、野原で焼け死ぬよりは。

 

歩き始めて一日半。木の燃える匂いが鼻をくすぐる。

 

「トーチル、荷物は私が持っておくから先に見てきて」

「わかった、頼む、リリシア」

 

背負っていた荷物をリリシアに預け、身軽になったトーチルは剣を携えて道を駆けていった。

 

「ほらエルゼ、足を早めて。ついていける人はエルゼに。無理だったら私に合わせて」

 

リリシアに急かされるまま、早足でトーチルの後を追う。

後ろには5人ほどの人がついてきている。

 

「トーチル!」

「お嬢…」

「誰かいた?」

「……誰も。もぬけの殻だった」

「そう……」

「元の道に戻ろう。リリシア達に無駄足はさせない」

 

がっくりと頭を落として道を戻ると、ちょうどリリシアとかち合った。こちらの様子を見て察したのか何も言わなかったが。そして更に半日歩き、日が沈んだ頃。やっと目的地の街に着いた、という時に…

 

「──止まれぃ!!!」

 

男の怒号が聞こえた。

 

「ここから先は難民集落だ! 貴様ら、この場所に何用か!」

「わ、私たちは難民を集めて旅をしている者です! そちらのお力になりたく、足を運びました!」

「…それは本当か?」

「ええ、本当です」

 

真剣な眼差しを向けると、目の前の重苦しい門が開く。

 

「話は明日聞く!入れ!」

「あ……ありがとうございます!」

 

仲間と顔を見合わせ、彼に頭を下げて集落の中へ入っていく。

そこでは、戦争で疲れ果てたはずの人々が力強く生き残っている姿があった。

 

「…凄い」

「お客人。それだけの人数なら向こうの広い場所を使ってくれ。何も無いが、こちらも人手が足りない。君たちの手助けに回せる人が居ないんだ」

「いえ、大丈夫です、入れてくれただけで…」

「リリシア、俺たちは早く寝床を作ろう」

「うん、そうしよう」

 

その夜。私と集落の長との密会が始まった。

相手は頭に布を巻き、目元でしか感情が分からない。…それでも、その目を見つめると不思議と彼が体験したことがぼんやりとわかってくるようだった。

 

「先の無礼な扱い、改めてお詫びする。本来は私たちがもてなす側だというのに、君たちを無下にしてしまった」

「……いいえ、お気になさらいでください。私はエルゼ・レワード。酒屋の一人娘です」

「私はネイメル・エキドナ。この小さな集落を纏める、いわば長のような立ち位置にいます」

 

……不思議だ。歳は自分と同い年か少し若い程度に見えるのに、風貌からなのか年上に感じてしまう。

 

「……まあ、単刀直入に疑問をぶつけましょう、キルア殿。酒屋の娘が、どうして難民を連れて旅をしているのです?」

 

この答えは簡単だ。

 

「帰る場所を失った人たちのために、もう一度帰る国を作りたいんです」

「…失ったものの"代わり"を探そうと躍起になっているのではなく?」

「そんなことはありません。……もし、私の家族を貶しているつもりなら…あなたとて見過ごせません」

「は、は。冗談です。…こちらから、できる限りの事はいたしましょう。人ですか?物ですか?」

 

まるで身体の奥底まで見抜かれているような質問に、心臓が驚く。

 

「……人です」

「では、今夜と明日の朝、皆に聞いてみましょう。同意した者を皆貴方へ預けます」

「ち…ちょっと待ってください!」

「なんです?」

「あ、あまりにも…」

「私もあなたも本質は同じと見ました。ならば、惜しむつもりもありません」

「ね、ネイメルさま…」

「──貴女が導く未来は明るいものと見えます。どうか信じて、その道を進んでください」

 

そう言い残し、ネイメルは立ち上がり背を向けてしまった。蝋燭が照らす建物の中にぽつんと1人残され、虚無を味わう。はっと我に返り建物を飛び出すと、はるか遠くがやけに明るく光っている。

 

「……まさか」

 

一息に見回り台へと飛び乗る。やはりそうだ。

 

「人…」

「敵ではありません、早まらないように」

「ひっ!?」

 

肩にひんやりとした手が置かれる。

 

「おっと、失礼。ほっておくとそのまま突っ込んでいきそうでしたので」

 

否定はできないのが辛い。

 

「ネイメルさま、あれは?」

「あなた達と同じです」

 

行き場を失い当てもなく歩いてきたか、それともここにこれだけの人が集まっているのを知っていてやって来たか。そこを聞くのも野暮なのだろう、ネイメルはすぐに門を開けて難民達を迎え入れる。

 

「……もたもたしていたら、いい意味でここに毒されてしまう」

 

そう呟くと、ゆっくりとトーチルやリリシアが待つテントへ向かう。

 

深夜ということもあり、皆はぐっすりと寝ている。リリシアの個人スペースを借り、暗い灯りを頼りに地図を広げる。ここから次の目的地までの道のりはざっと計算して一日半。休憩無しで行けば半日と少しで行けるだろう、というところ。向こう1週間分の食料だけを買い取り、新たな人達と共に出発するのが良さげだ。

 

「…ん、ねむ……」

「全く…ド深夜に何してると思ったら」

「……リリシア……」

「頭使うような仕事は出来るだけ受けてあげるからまずは休みなよ、明日はきっと忙しいよ」

「……え? どういう…」

「どうせ、明日には出ようとしてんでしょ? リーダーが寝不足なんて不格好なてこ見せないようにしてよ? ほら、お休み」

 

半ば追い出されるように寝具スペースに来ると、彼女はカーテンを閉めてしまった。

 

「……無理はしないで」

 

カーテンの向こうの人影がサムズアップしたのを見ると、眠気に身を預けて死ぬように眠ってしまう……

 

"出立"

 

「……お嬢、起きないな」

「まぁ昨日は色々あったみたいだしねぇ」

「リリシア殿、エルゼ殿に代わり、少しお話が」

「ん、はいはい。…トーチル、悪いけどあのねぼすけ起こしてきてくれる? ネイメルさんとちょっと話付けてくるから」

「わかった。任せろ」

 

そのまま二手に分かれる。

 

「お嬢」

 

壁に寄りかかり寝ている彼女へ声を掛ける。しかし反応はない。

 

「お嬢?」

 

先程より声を張り肩を揺らす。それでも起きない。

……これはもう、申し訳ないという気持ちを押し殺し……

 

「すーっ………お嬢!!!」

「ぅぁっ…」

「やっと起きたか。早く支度して外に出てきて。みんな待ってる」

「ふぇ? えぇ……??」

 

呆然とする彼女を放って外へ出る。…リリシアはまだ掛かりそうだ。少しでも時間があるなら……

 

「トーチルの兄貴、なにを?」

「兄貴…って。俺は、お前たちより年下だぞ……? 2人とも少し時間が掛かりそうだから、剣の手入れでもしようと思ってさ?」

「なに、皆で戦う時、先頭に立って俺たちを鼓舞してくれるのは他でもないキルアさまや兄貴達なんだ、これくらいの呼び方許してくれないか?」

「……まあ、いいが……」

 

腑に落ちない所はあるが時間も惜しい。剣を抜くとその男はじっと剣を見詰めている。

 

「…どうした?」

「兄貴、その剣の手入れ、今回だけ俺にやらせてくれねぇか?5分だけでいいし、見てて下手だったら取り上げても構わねぇからよ…」

「余程自信があるのか…?」

 

訝しい目を向けて剣を渡す。………結論で言えば、疑問は3秒で溶けてしまった。今は感心の目で見ている。

 

「最低限の手入れしかできねぇ中で、出来るだけ最高に仕上げてやるぜ…」

 

自分がやるより繊細で、それでいてその仕上がりも自分より上。

 

「鍛冶屋だったのか?」

「ん?あぁ、そうなんだよ。店を継ごうと思ったら、この戦火で店どころじゃなくなっちまってな。死ぬかもしれねぇと思ったけど、キルアさまが俺を救ってくれたんだ、できる限りの恩返しはさせてもらうぜ」

 

あっという間に手入れが終わり、手元へ剣が戻ってきた。

少し欠けた刃は劣悪ながらも鋭利に手入れされ、きちんと武器として使える程度になっている。

 

「……感謝する」

「へへ、任せといてくだせぇ。いつか国が出来たら、その国で店を開きてぇなぁ」

「…その夢を叶えられるよう、俺も頑張るよ」

 

気張る理由がひとつ増えたところで、眠そうに目を擦りながらキルアが顔を出す。

 

「まぶし…」

 

もぐらになりつつある彼女はそれなりに時間をかけたとは思えないほどにだらしないものだった。それを見たトーチルは大きなため息を吐きながら服を整えていく。

 

「ありがと、トーチル…」

「……あ、起きてるんだ、丁度いいや、エルゼ!」

「んぇ?」

「ネイメルが呼んでるよ」

「わかった……」

 

とぼとぼと歩いていく背中を見送る。

 

「……大丈夫かよ」

 

そう呟いた言葉は誰にも聞かれずに済んだ。

 

テントの中に入ると、一斉に視線が自分へと注がれた。冷たい視線、期待するような視線。ネイメルに座れとジェスチャーされるままに座る。

 

「まずは貴女の出立をお祝いします。貴方たちに清き風が吹きますように……」

「……っ」

 

ネイメルを含め、その場にいる全員が祈ると、肌と髪を撫でるような風が吹いた気がした。

 

「さて、昨日お伝えした通り、人を集めて来ました」

 

奥にいた数人が立ち上がり、深々と頭を下げた。

 

「強制するようなことはしていません。どうか、貴女の腕の中へ入れてやって欲しいのです」

「……わかりました」

 

彼らもまた戦火の被害者なのだ。火の雨は普通の傘では防げない。誰かが……誰かが、鉄の傘にならなければ、決して安寧は得られない。鉄傘になるため、彼らへ手を差し伸べ、微笑む。彼らはまるで真っ暗な沼の中で女神像でも見つけたかのような光を目に灯すと、差しのべた手を握り締めた。その手は朝風に冷えて冷たくもあり、人の体温という確かな温もりも感じた。

 

「旅のご無事を祈っています。お気を付けて」

「ネイメル様のへご恩は忘れません」

 

ネイメルとほんの軽い会話を交わし、集落を後にするべく歩き出す。目の前には丸太で作られた門があり、重苦しい音を立てながら新たな旅路を開けてくれる。集落を出てしまえばそこは弱肉強食の無法地帯。"戦争"という前置きで何もかも許される、そんな世界。

 

「……行こう、みんな」

「ちょっとはらしくなったね、エルゼ」

 

少し疲れた顔をしたリリシアが此方をみて微笑んでいる。それに背中を押されるように、外の世界へと足を踏み出した。

 

そうして歩き続ける。順調に思えた集落からの足踏み。

しかし……

 

「エルゼ」

「?」

「ルートを決めて欲しい」

 

目の下にクマを作ったリリシアから告げられたその言葉が信じられなかった。

 

「……なんで?ルートは西南……」

「そう。だけど問題が出てきた。最短ルートか遠回り」

 

益々意味が分からなかった。早く着くことができるならそれに越したことはない……

 

「新人立ちから話を聞いたら、ここからの峡谷を突っきる最短ルートはかなり険しいらしいよ。でも、3日かけて山を大回りするルートを通れば、安全にいけるらしい。リスクか、安定を選ぶか、選んで」

 

それを言われ、初めて自分が立っている選択肢を知る。

時間か、それとも体力か。それでも選んだ道は……

 

「危険を承知で突っ切る」

「……了解。今は体を休めて。私はみんなに伝えて来るから」

 

この選択を後悔することになるのはそう遅くはなかった。

休憩を終え、再び進み始めてわずか三時間ほど。空模様が急変し、肌寒くなってきた。

なけなしの上着を着込んでも未だ寒い。必然的に足がもたつく。

追い討ちのように降り始めた雪が更に体温を奪っていく……

選択を間違えた、と自身を追い詰める。

 

「……おかしい」

 

重い沈黙を破り、リリシアが口を開く。そのわずか4文字で分かるほど、彼女の声は震えていた。

 

「彼らから聞いた情報にもなかったし、周辺の気候や地形的にも、この天候はおかしい……それに、地図上の行路はもっと短い……」

「リリシア、向こうに建物がある」

 

トーチルの言葉は、私達にとって喜びのだった。

ただ1人、リリシアを除いて。

 

「尚更おかしい……この場所は何も記されてない……」

 

混乱と寒さで震えるリリシアをトーチルが肩を貸しながら歩き、大きな建物へと近付く。

 

「……交渉は私がやるから、皆さんは少し下がっていてください」

 

ドアをノックすると、1人の男が出迎えてくれた。その顔は完全にこちら側を怪しんでいる顔だ。

 

「お前たちに渡すものは無い、帰れ」

「は、話だけでも……っ」

 

続きの言葉は突き付けられた銃によって遮られる。

それを見たリリシアが私の前へと立ち塞がった。

 

「……あの雪に埋もれた場所は恐らく誰も使ってないんだろう、今夜だけ私達に使わせて欲しい。私達は北東の村から戦火を逃れて来た難民の集団だ。仮に君がその引き金を引くようであればこちらも武力で応戦する……」

「……マトモに思考すらままならない魔術師が庇うか、間抜けめ。今夜だけだ、居座るようであればその女の頭を撃ち抜く」

「……わかって貰えたようで何よりだ。エルゼ、動ける人たちをあの小屋の雪かきに当てて」

 

勢いよく閉められたドアの前で座り込んだリリシアの背中をさする。

 

「リリシアッ……」

「……色々言いたいことはあるだろうけど、今は生き残ることを考えるんだ。幸い1週間は耐えられるだけの物資はある、私がヘマを打たなければ、予想通りに、目的地には着く」

「エルゼ、リリシアを中に。中にまでは雪がなかったから、外よりはマシだ」

 

半ば閉じ込めるようにリリシアを小屋の中へ入れ、トーチルと今後について話すことになる。

 

「今晩は俺と何人かで夜の見回りをする。雪かきは都度都度でしておくから安心して」

「……無理はしないで」

「大丈夫」

 

その言葉を信じ、小屋へと入る。

まだ寒いが、外に比べたらかなりマシだ。

視線の先には、震える体で地図に何かを書き込んでいるリリシアがいた。

 

「か……勘違いしないで。震えているのは寒さのせいであって、精神が錯乱してるわけじゃない……それと、明日は朝一番でこの村を離れる。いいね、エルゼ」

「な、なんで?」

「……分からなかった?あいつがキミに突き付けた銃、あれに入ってた弾丸、魔力の籠った銀弾だよ。君でさえ致命傷になりうる弾。人間にないものを食い殺し、二度と元には戻さない正義の弾丸。撃たれていたら、キミの夢もおしまいだった」

 

告げられた言葉に絶句する。そんなものとは思いもしなかった。

 

「私はただの人間じゃなくてね。魔力が見えるんだ。君達に分かりやすく言うなら魔法使い。頭だけは回る。あの時私が割り込まなかったら……あぁ、怖いね」

 

震えもだいぶ収まったようで、ゆっくりと半身を起き上がらせる。それと同時に、ごとりと音を立てて分厚い本が落ちた。

 

「……魔導書。君達に見せたことはなかったね。でも見ても理解できないだろう」

「……そんなことは……私だって文字くらい……」

 

と言って本を開くと、そこには何も書かれていない白紙の頁が続くばかりだった。

 

「……なにこれ」

「魔力を流さないと文字が浮かんでこないからね」

 

彼女はそう言って私が持っていた本を手元へ寄せる。再び私に見せた本にはびっしりと文字が浮かんでいた。

 

「……信じてくれた?今日はもう疲れたから休むよ、私は」

 

電源が切れたかのように寝転がってしまった。聞きたいことはあるが、助けて貰ったのは紛れもない事実だ。そして何より実感したのは、死の感覚。冷たい瞳に睨まれ、突き付けられた刃に怯えてしまっていた。本能が強者に屈した瞬間だった。これでは何も守れない。

 

「何も………」

 

そして夜が明ける。

 

「ほら起きて」

 

リリシアに起こされる。彼女はもう出立の支度を終えているようだ。幸か不幸かまともに荷物を崩さずに寝ていたので準備にかかる時間は最小限で済んだ。

 

「行こう」

 

元のルートである西南へ歩みを進める。昨日訪れた家の前にはあの男がいた。同じように銃を持って。

 

「気にするな、撃ってくる気配は無い」

 

トーチルに急かされ、歩く足が早くなる。

積雪地帯は半日もしない内に過ぎ、元の穏やかな天候に戻る。

 

「……あの場所にはなるべく近付かないように」

「ティリーナっていうらしい、あそこ」

「そうなの?」

「昨日の見回りで雪に埋もれた看板があった」

「……なるほどね」

 

リリシアは地図に丸で囲ったエリアにティリーナの文字を書き加えた。遠目に見ても色々書いてあるその地図はそれだけで十分な資料になり得るものだった。

 

「今日はゴール地点まで一気に進む」

「……大丈夫なの?」

「ちゃんと長い休憩時間はとるから」

「じゃあ、質問」

「ん?」

「ネイメルの所からここまで来るのに2日。もしかしたら1日で着けたかも知らないのに、なんで1週間分も食料を貯めた?」

「向こうについてからも余裕が欲しかったから。私達誰も知らない土地でギリギリの生活をするよりも、ある程度余裕があった方が精神的にも余裕ができるから」

「……なるほどね」

 

進み続けると広い平原に出た。豊かな自然に囲まれ、特別澄んだ空気と錯覚するような気持ちよさがある。

ただし、思わず口を開けたまま固まるような光景を飲み込むまでは、誰も動かず、話そうともしなかった。

 

"白竜リシス"

 

見るものを釘付けにする白。それは純粋で、輝いている色でありながら、その輝きに何処か畏怖を感じる。空に静止していた白の巨体はゆっくりと彼らの前まで降りてきた。

 

「私は白竜。名をリシス……この場所に、どのような御用ですか?」

 

頭へ直接語りかけて来るような声。うっかりすると全て委ねてしまうような声だ。

 

「……私はエルゼ・レワード。この場所に、世界から拒絶された人達の国を作りたいと思って……北の名も無き村からやって来ました」

「そうでしたか……それは、大変だったでしょう。まずはゆっくり休んでください。エルゼさん、貴女に少し話したいことがあります。こちらへ」

「……わかりました」

 

白竜は皆と少し離れた場所でこちらを振り返った。その顔はまるで本気で心配している母親のような、優しさに溢れた困り顔だった。

 

「貴女は、竜の血の呪いをご存知でしょうか」

「……いいえ」

「その血は、ヒトにとってはあらゆる万能薬であり、その命を弄ぶ血です。飲んでしまえば、寿命は数百年に伸び、傷は瞬く間に塞がり、炎や氷、挙句には水晶などの竜の力まで与えてしまいます。……本来、そのようなものは人の世にあってはならないもの。それを、私は彼等に渡してしまいました」

 

悲しそうに、そして申し訳なさそうに目を伏せ、その竜は首を下げた。

 

「……白竜さま。私は竜になったことを悔いておりません。寧ろ感謝しております。元のちっぽけな私では、彼らを守れませんでした。あの()の存在も知らなかったかもしれませんが、今の私はこうして武器を担ぎ、皆の先頭を立っています。……その思いの底は、皆を守り、元の平穏が欲しいからです。だからお願いします。この場所を、白竜さまを、私たちを守るため、国を作らせてください」

「貴女という人は……なんという……わかりました。いいでしょう。その代わり……国が作り終わった暁には、もう一度私を尋ねてください。貴女がここまで旅した皆さんと共に」

「……! もちろん!」

それはずっと待ち望んだ答え。安寧の光に手が届いた瞬間だった。

 

許可されたことを皆へ伝えると、そこからは急ピッチで作業が進んでいった。仮組みの壁、土の道路、およそ生活に必要なものは続々と揃っていった。

 

「素材の供給は?」

「ネイメルの所から少しずつ貰ってきてる。場所が場所だから往復にも少し時間がかかるけど、今のところ特に問題は無いよ」

「そう、分かった。作業してる人達に無理はしないでと伝えておいて」

「了解」

「リリシア、そっちはどんな感じ?」

「ん〜……微妙だね。周りの環境が特殊で地図が埋められない。唯一の収穫はここからちょっと南の山に人が居るのが分かったくらいかな。今すぐの話し合いは得策じゃないし、そのまま放置してるよ」

「分かった……その人たちとも、いつか交流したいね」

「うん。見たところ文化レベルはほぼ同じに見えたから、変な食い違いはないと思う」

「……まずは衣食住を何とかしなくちゃ」

「大前提としてキルアが話してた竜の力は極力借りないつもりなんでしょ?このペースだと下手したらあと1年かかるよ」

 

一面にびっしりメモが書かれた紙をめくりながら呆れ顔でリリシアが呟く。

 

「う……り、リリシア?」

「ん?」

「建物を優先として作ったら、どのくらい?」

「あ〜……ん〜……せいぜい半月、かな」

「じゃあそれで指示を出しておいて。あと私に数人寄越して。狩りで何とか半月食いつなぐ。後々のために畑も棚しておきたい」

「それはトーチルにやらせとく。まぁ諸々は任せて」

 

そして半月後。何とか全員が屋根の下で暮らせるようになった。

ネイメルから送られてきている布はその場で着れるように手を加え、人々へ渡す。狩りで取れた動物は少しも無駄にしないように肉を剥いで食料にする。それらを持って労働者となった旅人たちは、自身の国を作るために日々を費やしていた。

 

見てくれがやっと街らしくなった頃、彼女との約束を守るために白竜の元を訪れる。

 

「リシスさま。あの時のお願いを果たしに来ました」

「……本当に来てしまったのですね」

 

エルゼの背後には、苦楽を共にした数十人がずらりと並んでいる。彼らはエルゼから聞いた"人を捨てる"という行為を飲み込んだ上でここに立っている。

 

「……人を捨て、竜に成ってしまえば、あなた達の身体は雨水と魔力が込められた水を拒む身体になってしまいます。それでも、良いのですか……?」

「構いません。彼等も、私も覚悟は決まっています」

「……わかりました」

 

白竜がその巨体で彼女らを包む。暖かい体温が伝わり、身体の奥底で何かが蠢いて自分に溶けていく。それと同時に刻まれていくのは、雨と魔術の水への本能的な恐怖。人と同じ輪郭を保ちながら、確実に人の道を踏み外してしまった罪悪感。

 

「……もう、大丈夫です」

 

目を開けると途端にざわざわと騒がしくなる。

お互いに姿が変わったのを見合っているようだ。

しかしその変化も微々たるもの。……エルゼ、トーチル、リリシアを除いて。

 

「あなたたちの左目……その白銀の瞳は私の加護の証。もう片方の目は変わっていないはずです。その体は疲れ知らずの代わりに、人よりも繊細で少し脆い身体です。強い恐怖を感じて受けた傷は癒えませんし、人よりも少ない失血で死んでしまうでしょう。それでも痛みは感じますから、場合によっては苦しむ時間が増えてしまいます。……その時、恨むのは……人間ではなく、あなたたちの道を壊した私を恨んでください」

「リシスさま?私たち3人の目は違うみたいだけど」

「私の血を色濃く受け継いだ人達です。あなたたちに分かりやすく言うなら、王族、でしょうか」

「ああ、なるほど。分かった」

「……私のとても身勝手な行動を受け入れてくれて、感謝します」

「私の夢を叶えてくれた対価です」

 

非日常的な儀式を終え、また忙しい日々に戻る。

 

「リリシア、調子は?」

「絶好調。身体も軽いし、だいぶ慣れたよ」

「そう……私はまだ違和感がある」

「まぁそのうち慣れるよ。……で?一応の建物は出来てる?」

「うん。流石にまだ大規模なお城は作れないけれど……」

 

それでも立派にそびえ立つ一際大きな建物は、彼女達が作り上げた街の中心に立てられた。

 

「自分の荷物は自分でやるから……エルゼもたまには休みなよ」

「休む……うん、そうする」

 

そう言われるとここ数十日は働き詰めだった。ありがたく忠告してくれる友達に感謝しつつ、その部屋を後にする。自室で久方ぶりに着る服を取り出し、何も持たない身軽な格好で外を歩く。

何も無かった平原には土の道が作られ、木造の家が立ち並ぶカントリーな雰囲気になっていた。簡易的な門を通ると、右手には雪を被る山と崖、左手には平原と川、後方には通ってきた道とその奥に白竜の住む森が広がっている。

 

「……ん?」

 

山の方……もっと言えば、自分たちがやってきた、あの峡谷の辺りから気配がする。直感的に身体がその方向へ動くと、ネイメルが2人の子供の手を引いてこちらへやって来ていた。

 

「ネイメルさま……!?」

「お久しぶりです。物流では度々お世話になっています」

「そ、それはこちらです……お世話になりっぱなしで」

「私はあなたたちの夢を応援したいですから。あぁ、今日伺ったのはこの子達のことで……」

 

手を繋いだ子供たちへ視線を下ろす。まだ1桁歳の見た目の男女2人だ。

 

「エルゼ様の養子にしてみては?」

「なッ……!?」

「両方とも両親を亡くしています。どうでしょう?」

「……名前は?」

「男の子がホロ、女の子はアルナ。どちらも良い子です」

 

……いい名前だ。

 

「少し考えたいです。すぐに答えを出しますから今日は宿でごゆっくり過ごしてください」

「それではお言葉に甘えます。吉報を待っていますね」

 

笑顔でそう答えると、ネイメルは部屋を後にした。

扉が閉まってからほんの少しの間を開けてぐったりと机に伸びる。

 

「養子だって? 取ればいいじゃん。どうせ結婚する気もないんでしょ?」

「……なんで知ってるの」

「リリシアさんは物知りだからね。それに血を繋ぐ方法もあるんだし」

「知らないんだけどそれ……」

「六月酒……だっけ?それとほぼ同じだよ。もっと言えば血ィ飲ませれば血は取り込まれるらしいよ」

「らしいって……」

「実演したことはないから。記録してあげるからやってみてよ、未来にも繋がると思うし」

「……明日ね」

 

そして次の日。ほぼ同じ時間にもう一度訪れたリリシアから子供を預かり、リシアの元へ連れていく。

 

「エルゼさん……なにを?」

「この子達にもあなたの加護が欲しくて」

「ふむ……なら、エルゼさんに血の受け継ぎ方をお教えします……」

 

それは簡単で少し残酷なもの。

人と竜の血が混ざった自分の身体では、リシアのようにほいそれと気楽にできない。手首を切り、滴る血を数滴ずつ相手に飲ませるのだと、その竜は言った。

 

「リリシア」

「任せて〜」

 

2人に見せないように刃物で傷付け、流れ出した血を2人に飲ませる。人間の本能がそれを拒むが、純粋な子供ならその嫌悪感もごく薄いものなんだろう、すぐに血を舐めていた。

 

「人間に近い貴女の方が、都合がいいかもしれません……貴女の一族が、己の血で私の血を薄めていたように」

 

……それもそうかもしれない。2人の片目がくすんでいくのを見て、2人を強く抱き締めた。

 

"死の匂い"

 

2人を再びネイメルへと預け、街は益々の成長を遂げていた。各地の流れ者が流れ着き、この地に住み着く。そうして大きくなった街はいつしか小国と言ってもいいほどに賑わいを見せた。豊かになる一方、良くないことも増えていった。

 

「止まれ」

「我々はグローシア王国からの使者である」

「……聞いていないぞ」

「言っていないからな」

 

「──伏せろ!」

 

銃声と共に頭の上を鉛玉が掠める。

 

「我々グローシア王国は今より貴様らに宣戦布告する!」

「応戦しろ!」

 

静かだった入り口が一気に騒がしくなる。

集まりつつある民衆を押しのけ、ある青年が飛び出し、グローシア兵を突き殺す。その犯人はトーチルだ。

 

「この国を相手するなら容赦しない」

 

銃相手に物怖じもせずに近付く。国が大きくなり、それを守る務めは彼が一任されている。彼の合図ひとつで兵士たちが敵兵に肉薄し、一気に泥沼になる。彼等の槍が、剣が敵兵を地面へ叩き伏せる。

 

戦闘自体はすぐに終わった。1人残らず屠り、この国の女王へと謁見する……

 

「お疲れ様、トーチル」

「兵士たちに怪我がなかったのが幸いだ」

「……警戒は強めて」

「もちろん」

 

部屋を去るトーチルを見送ると頭を抱える。

圧。ネイメルがいた集落とはまるで違う殺意という圧。それに吹かれ続ける……と考えると、とてもじゃないが耐えられそうにない……

 

「気を紛らわさないと」

 

軽く身支度をして街へ出る。兵士たちが目を光らせている。

 

「エルゼ様、どちらへ?」

「少し散歩に」

「そうでしたか、お邪魔をして大変申し訳ありませんでした」

「いえ、大丈夫です。こちらから仕事を増やしてしまいこちらこそ申し訳ないです」

「貴女に危険が及ばないためです。大丈夫です」

 

お互いに軽く頭を下げ、その場を後にする。

3時間半ほど出歩いただろうか。日が落ち始めていた。

少し街の外にも繰り出したいが、今は少し怖い。だが少し気分転換ができたのも事実。すたすたと城へ戻り、またいつもの机と向き合う。そして一息入れる間もなく、扉が叩かれた。

 

「誰ですか?」

 

返事は無い。その代わりにフードを深く被った人物が4人入ってきた。流石に警戒する。

 

「誰だ!答えッ!?」

 

振りかぶられた剣を見て即座に反応し、飛び退く。コイツらは敵だ。明確な敵だ。ホコリを被りかけた剣を手に取る。竜の力があるとはいえ、鈍った腕で4人を相手にどこまで善戦出来るか。

 

「この…!」

 

剣を振るも呆気なく受け止められる。ティリーナで感じたあの緊張と同じ。命が天秤に乗せられ、それを掛けて戦う実感。

 

「……負けられない、絶ッ対に……!」

 

自分を襲う凶刃を跳ね除け、刃同士を滑らせて身体を切り裂く。

──まず1人。

続けざまに剣を横薙ぎに振るう。しかしそれは空を切り、持っていた剣ごと地面へと叩き伏せられる。

 

「ぐ……かはァッ……!?」

「……!? エルゼッ!!」

 

肩に深々と刺さる鉄。肉と神経を断つ嫌な感覚と鋭すぎる痛覚。

そして腕と脇腹に垂れていく自分の暖かい血。扉にはトーチルが見える。

 

「貴様らあぁッ!」

 

群青に塗られたトーチルの刀身。重い鉄の音を立ててかち合う。

 

「……おい!お前も手伝え!!」

「り、了解…!」

 

見知らぬ誰かが彼に加勢するのを見届けるよりも前に、痛みで意識を手放してしまった………

 

ふと、夢を見た。それは幼い頃の記憶。

夢に描いた幸せだった。両親の酒屋を継ぎ、新たな名酒を作る夢。満面の笑みを浮かべた自分は、暖かな光とともに遠くへ歩いていく。無意識にそれを追いかけるが、足を動かしても全く前へ進まない。

待って。お願いだからもう少しだけその夢を見させて欲しい、あと5分、いや1分、なんなら10秒でもいい──

 

「お母さ──うっ……!」

「エルゼ!」

 

肩の激痛で一気に現実世界へと引きずり込まれる。懐かしい人の顔と現実とあまりにも乖離しすぎた理想とのギャップで大粒の涙が零れ落ちる。

 

「あぁ……ぁぁっ……」

 

子供のように泣きじゃくる。今まで耐えてきたものがあの痛みで全て瓦解して溢れだしてくる。

 

ひとしきり泣いて、落ち着いた。目の前の人物とは話せるくらいには。

 

「落ち着いた?」

「…………うん」

「今エルゼがいる場所はネイメルの場所。流石にあれ以上国に居るのは危険と判断した」

「……うん」

「護衛は俺を含めて3人。少ないけれど、ここにいる間はネイメルも協力してくれるらしい」

「そう……」

「……今はリリシアが代わりをしてる。だから心配はいらないよ」

「わかった……」

 

いつの間にか横にいたアルナを抱え、抱きしめる。熱いくらいの温もりが伝わってくる。

 

「護衛の2人とも顔合わせをしておきたいから、後でね」

「うん」

 

滑らかな肌に、微かにゴツゴツした鱗のような違和感を感じる。

自分と同じ、竜の血を受け継いでいる事を理解するのにそう時間はかからない。

 

「……いつか、あなたにあの国を任せることに……」

 

こんな幼子にその大役はまだ早すぎる。せめて10年、必ず生き延びる。壊れかけた心を繋ぎ止めるように、強く……強く、誓った。

 

それはそれとして、エルぜとアルナがいる部屋の扉の前。

 

「……咄嗟だったけど、加勢してくれてありがとうね。さっき俺たちがここまで運んできた、あの金髪の女の人がエルぜ・レワード。あの国のトップだよ、一応ね」

 

トーチルが相対する1人の若者は、真っ直ぐな目をしていた。

ボロボロになりながらあの国にたどり着き、ほぼ行き倒れの形でトーチルの前に現れたこの男の名前はロウセツ。

 

「……予想もしない形で王女様と謁見(えっけん)してしまいました」

「……俺も、あんなことになってるなんて思いもしなかった。エルゼ様の騎士として失格だ」

「いいや、トーチルさんは立派でした。即断即決の命令のおかげで私も動けた訳ですし」

「……そう言ってくれると嬉しいよ」

 

トーチルは苦い顔のまま、ロウセツの賞賛を受け止める。

その後、2日ほどでエルゼの精神が安定した。しかし、刺された傷は思ったよりも治りが遅く、もうしばらくネイメルの街に滞在することになった。

 

"竜姫の国、レミル"

 

それは、エルゼが病室で痛む肩をさすっていた時。不意に外から声が掛けられる。

 

「エルゼ様、リリシア様がお越しです」

「リリシアが……?」

 

返事を待たず、リリシアが入ってきた。

 

「具合はどう?」

 

少し見ない間に目のクマが酷くなってる。一瞥して出てきた感想はそれただ一つだった。

 

「……まだ、痛むかな」

「ん、そう……」

「そっちこそ、ちゃんと休めてるの?」

「ん?ん〜……ぼちぼち」

 

嘘だ。なんだかんだ付き合いは長い、そんな薄っぺらな嘘じゃ騙せない。

 

「……もっとしっかり休んで」

「やさしいねぇ、エルゼ。そういう性格だから着いていきたくなるんだ」

「え?」

「まぁそれはそれとして。そろそろ、私達も大々的に名乗ろうよ。いつまでも弱国だ小国だは聞いてて気分も悪いし、私達だって言い難い」

 

それもそうだ。名前……

 

「私のセンスで良ければ、竜姫の国なんでどうだい?」

「竜姫って……」

「もちろん君だよ、エルゼ。それに君が王座を退いた後も、竜姫の名前は国に刻まれていくんだよ」

「……レミル」

「?」

「私たちの国の名前。リリシアのも気に入ったから、竜姫の国レミルなんてどう?」

「君がそう言うなら。私は従うよ」

 

未来まで続く国の第1ページ。

苦しみすら歓喜に変えた旅の終わり。

その土台、レミルが、竜姫の国はここに。

しっかりと刻まれて瞬間だった。

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