「では行ってまいります。お父様」
「あぁ、気を付けなさい」
ペーネギュンテ帝国 帝都ペルギール その中心に建てられたシェルブルム宮殿。
そこには豪華な軍服を纏った女性、シャルロットの姿があった。
宮殿の温室で育てられた花のようにおっとりと優しげな彼女は長い金髪を軽く纏めている。
「フレイルが余計なことをしなければお前が前線などには…」
「フレイル兄様は後ろ楯が乏しい私に武勲をたてさせようとしているだけですわ。前線と言ってもかのグランイルです。旅人が造り上げた難攻不落の移動要塞ならば危険はありません」
私室の椅子に座る父、グレイスワルツの手を優しく包み込んだシャルロットは微笑みながら父を見る。
「愛しい我が娘よ。お前だけは花のままであってくれ」
「お父様の御心のままに」
シャルロットはそう告げると皇族専用の飛行機に乗ってグランイルが待つ前線へと飛び立つのだった。
ーー
その頃、グランイルでは第3方面軍司令官ガンス・ホラ大将が到着し第3方面軍艦隊も第4方面軍艦隊と合流を果たしていた。
「ガンス・ホラ大将閣下、お久しぶりです」
「ラウス、昨年末の方面軍会議以来だな」
ガンスは3mはあろう巨漢であり、一見無精髭に見える整えられた髭と鋭い眼光は彼の年齢が50半ばとは到底思えない。
彼のために運ばれてきた椅子に腰かけると目の前で敬礼をしていたラウスに解くように合図する。
「どうだ?」
「偵察衛星はいつも通り使い物になりません。偵察部隊の情報によりますとこの2日で出入りする車両等は確認されませんでした。確認できたのは最低限の警戒部隊のみで要塞は沈黙を続けています」
「やはり敵主力はタルス港に向かったと見て間違いなさそうだな。向こうの状況は?」
「後10時間ほどで敵の第一陣と接敵するかと、シャルロット皇女殿下は後6時間ほどでグランイルに入られる予定です」
「ではあと5時間、いや4時間で艦隊編成を終わらせろ。いつでも出撃できるようにな」
「承知しました」
ラウスは再度敬礼すると部屋を後にする。
「お前はアイツがいくつだと思う?」
「26程でしょうか。とても若く見られます」
新任の参謀の予想通りの答えにガンスは頷く。
「奴は俺がまだ30半ばだった頃からそうだ。一切の衰えを感じん」
「まさか、不老不死だと?」
「20年近く姿を変えておらんのだ間違いない。だが不死ではあるまい現に戦死者は出ておるし、当時は眼帯などしておらんかった。旅人には気を許さんことだな」
旅人には気を付けろ。これは軍内部においても囁かれる言葉だがその真意を理解しているのは少ない。旅人旅団は軍内部のなかでも閉鎖的であり、他の部隊との関わりは薄いのだ。
そんな言葉の発端は彼女たちの容姿にある。旅人は全員が美男美女だ。様々な年齢、タイプの美男美女達がいる旅人旅団は帝国軍の中でも異形なのだ。
「ひとまず目の前の要塞に集中するとするか…」
ーー
「各ブロックの最終チェックを済ませろ。6時間後にラウス司令が上がられるぞ」
陸戦艦ケーニッヒ艦橋、艦長席に座る女性はハンバーガーを頬張りながら指示を出す。短く切り揃えた銀髪は右目を隠す。なにより特徴的なのは彼女の後頭部からおでこの方に伸びる赤黒い角である。
「主動力、出力上昇、異常なし。安定値到達まで450秒」
「各武装システムチェック完了、給弾準備」
「後部甲板の電磁カタパルト及びエレベーター稼働確認」
ハンバーガーの包み紙を握り潰すと新しいハンバーガーを取り出してくる。
そんな彼女の角は飾りでもファッションでもない、正真正銘、彼女の頭から生えている角であるのだ。
「よし、第三種戦闘配置を継続。各員は交代で休息と食事を摂るように」
「艦長はずっと食べてますがね」
「私はここから動けんから良いのだ。お前達も作戦行動中は飯を食えんのだからさっさと行け!」
ケーニッヒ艦長兼第4方面軍艦隊司令《ルシアナ・シルフィーユ准将》は用意されたコーラを飲み干してゴミ箱に投げ込む。
ーー
「使い終わったら必ずパージするんだ。じゃないとたはだのデットウェイトだからね」
「はい」
「伊織」
一度、グランイルに戻っていたシュッツの背部オプションユニットの説明を受けていた伊織はラウスの姿を見ると驚きながらも敬礼をする。
「グレイ、しばらく借りるが良いか?」
「構いません。説明は終わってるので」
グランイルの技術長《グレイシス》はタブレットを腰のウエストポーチにしまうとそのまま違う機体のところへ向かう。
それを見送るとラウスの手招きに従い、伊織もシュッツから降りて着いていく。
格納庫の隔壁は解放されており雪解けの少しだけ暖かい空気がオイルと鉄の焼けた臭いを中和してくれる。
「吸うか?」
「なんか久しぶりですが…良いんですか?」
「ここで外見年齢を気にする奴はいないさ」
転生してから初めての煙草、煙草らしい苦味と甘味を感じたのは久しぶりだ。というか知らないうちに禁煙に成功していたのにこれでは元通りではないか。
「赤マルですか?」
「あぁ、それに近いものだ。世界が変わってもこう言うのはあまり変わらんらしい」
彼女のジッポは深い青色のおしゃれな物で所々に傷があるが大切に使われているのがわかる。
「すまないな。本当はもっと顔を出したかったんだが時間がなくてな」
「いえ、司令のご多忙さは理解しているつもりです。それよりよろしいのですか?」
「ホラ大将が入られたからには私はのすることは4軍の管理だけだ。後は各部隊の完了報告を待つだけだ」
ラウスは自分より少しだけ背が高く若干、見上げる形になる。本心を言えばラウスのような立場の人間がこうやって会いに来ていること事態が驚くべき事だ。
「こんな新米を気にかけて下さって」
「お前は少々特別でな。タナトス小隊に入れたのもそれが要因だ。悪いが経験を多く積んでもらう必要がある」
特別と言う言葉の意味を聞きたかったがそれは話すつもりはないようだと察っして静かに頷くだけにする。
「悪いがお前には様々な経験を得てもらう。大変だが期待しているよ」
「ありがとうございます」
なんか若干、ラノベの主人公みたいになってきたがそれは置いといて。
(偉い人に期待されるのはプレッシャー…)
下っ端人生において言われる事なかった言葉に緊張する。
「我々はただ生きるために戦っているのですか?」
「いや、故郷に帰るためだ。私はこの世界に来てからそれを諦めたことはない」
「帰れるのですか?」
「望みはある。その為に亡国を攻略せねばならん」
もちろん、もとの世界に帰りたい、その気持ちはある。
だが今は期待しないでおこう、きいておいてなんだが目の前の戦闘に集中せねばならない。
「シャルロット皇女殿下がグランイルに入られたら私もケーニッヒに移乗する」
そんなラウスの元に無線が入ると煙草を握りつぶして日を消す。
「予定より早く来られるようだ。作戦開始が前倒しになるかもしれん。お前も早くケーニッヒにな」
「はい、お気をつけて」
「お前こそな」
敬礼をして見送ると伊織もシュッツに乗り込み、ケーニッヒへと移動するのだった。
ーー
「お待ちしておりました。シャルロット皇女殿下」
ラウスとガンスを筆頭とした各軍上層部が勢揃いして出迎える。
シャルロットを乗せたヘリを囲むようにシャルロット親衛隊の鎧《ロイヤルディート》も武器を上に掲げると彼女はグランイルの甲板に降り立つ。
「お疲れ様です。ガンス・ホラ大将、ラウス・ディートリヒ中将」
まだ24の女性に大勢の人間が跪いているのは異様な光景だが後継者争いから離れているとはいえ皇族の一人、当然の対応である。
グランイルで最大限のもてなしを受けた彼女は笑みを浮かべながらガンスの作戦説明を聞くと静かに頷く。
「私はそなたらに全幅の信頼を置いております。私は後方でのお飾りに過ぎません。良きように」
「はっ」
ガンスの指示と共にラウスもケーニッヒに移乗、作戦開始地点まで全身を始めるのだった。