ゴブリンスレイヤーRTA 猫人術師チャート    作:雑種猫

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 裏パートの辻褄合わせが上手くいかなくてすっげぇ難産だったゾ……


1/裏 ある冒険者たちの挑戦(ザ・ガントレット)

  

 春、始まりの季節。

 極寒の冬が明けると貴賤、種族問わず多くの人々が様々な思惑を以てこの辺境の街に訪れる。

 そんな冒険者ギルドのカウンターでは今日も今日とても三つ編みが特徴的な受付嬢が膨大な資料の対応に追われていた。通常業務、新人登録、昇級試験、問題対応——書類の山は留まるところを知らない。

 しかし、このような状況でも笑顔で対応するのが受付嬢の役割。今日も今日とても疲労の色を隠して営業スマイルを浮かべるのである。

 

「ようこそ冒険者ギルドへ!本日はどのようなご用件でしょうか?」 

 

 ——そう口にしながら。

 そして、新人三名の登録が終了して数分後。新たにやってきたのは、みっちりとした狩人の外套(ハンターコート)を着用した小柄な獣人(パットフット)猫人(フェリス)であった。

 

「冒険者登録がしたい」

「冒険者登録ですね? 文字はお書きになれますか?」 

「かける」

 

 すらすらと筆を動かす。早い。流石にギルド職員ほどではないが、一般人に比べれば圧倒的に。かつては物書きでもしていたのだろうか?

 

「できた。確認して」

「えー、はい。魔術師が二、神官と野伏が一ですね」

 

 差し出した冒険記録用紙(アドベンチャーシート)を見やる。来歴を見るに、元はとある獣人部族における占い師の家系だったらしいが、混沌の軍勢との戦争により両親諸共部族が壊滅。その後は、保護された正道(ルタ)神の神殿で育ち、15才の成人を以て冒険者となるべくギルドの戸を叩いた模様だ。

 

「はい、書類に不備はありません。では——」

 

 業務的な説明をした後、駆け出しの証である白磁等級の認識票を手渡す。彼女はそれを受け取ると、スッと首にかけた。

 そして彼女は受付を離れようとして——突然声が掛かった。

 

「なぁ、君。新人だろ?」

「うん。そうだよ」

「やっぱりか!いや、実は今からゴブリン退治に行くんだけど人手が足りなくてさ。良かったら君も来てくれないか?」

 

 横から声をかけてきたのは同じく駆け出しらしき4人組。村から出てきたばかりだという青年の剣士、その幼なじみだという女の武闘家、都の賢者の学院の出だという女魔術師、地母神の神官からなる一党(パーティー)だ。

 

「ゴブリン……数と場所は?」

「えーっと、数はわからないけど大雑把な場所なら依頼書に書いてあるよ。洞窟だってさ!」

「洞窟……厄介だけど、これだけの人数がいれば……うん。一緒に行く。私は猫人術師。よろしく」

「決まりだね!よろしく!」

 

 そうして彼らはゴブリン退治へ出発した。

 

 ——後ろ姿を眺める受付嬢の眼差しに気づくことなく。

 

 

 §

 

 

「私、術師だけど野伏(レンジャー)の心得がある。索敵は任せて」

 

 そう言った彼女は一党(パーティー)の目となった。

 無論、青年剣士一党(パーティー)としては大歓迎だった。何せ、この一党(パーティー)は武力と呪文はあれど、索敵能力がてんでなかった。道中はこれと言って何もなかったが、洞窟間際まで進むと、猫人術師が皆を静止させる。

 

「洞窟の前にゴブリンの見張りがいる」

「見張り……?何処に?」

 

 怪訝な顔で女武闘家が洞窟を見やる。だが、何もわからない。60m以上離れているからか、あるいは自分が探しきれていないのか。いずれにせよ、ゴブリンが居るとは到底思えない。

 

「なぁ、2人は見えるか?」

 

 青年剣士が後衛2人に問う。だが、答えは芳しくなかった。

 

「いえ、私にはさっぱり……」

「全然。ねぇ、見間違いじゃないの?」

 

 女魔術師が疑うような視線を送る。すると彼女は、「洞窟の影」と指である一点を指した。4人はそこを注視し——あっ!と驚愕する。そこには確かにゴブリンがいたからだ。それも洞窟の影に隠れるような大変いやらしい形で。

 

「ほ、ホントにいた!」

「私、全然気付きませんでした……」

「これが野伏(レンジャー)の実力」

 

 ふんす!と胸を張る。その胸は豊満であった。こら、と青年剣士は女武闘家に軽く小突かれる。曰く、女の子の胸をジロジロ見ちゃダメとのこと。理不尽だ……と彼は嘆いた。

 

「私が見張りを倒したらすぐに乗り込む。準備はいい?」

 

 そう言って彼女は、石弾を装填した投石杖(スタッフスリング)を構える。狙いは言わずもがなであろう。

 

「準備はいいけど……そんな急ぐことなのか?」

「当然。のろのろして物見がやられたと知られたら中の警備が固くなる。ゴブリンの脅威は圧倒的な数による袋叩き。ましてや洞窟ともなると、闇を見通す目と穴掘りが得意な彼らの領域(テリトリー)そのもの。冒険者が来るとバレたらどんな罠が仕掛けられるかわかったものじゃない」

「でもさぁ、所詮はゴブリンだろう?」

 

 あの程度なら村でも簡単に追い払えたし。そう溢す青年剣士に猫人術師はジトっとした目を向ける。

 

「ゴブリンの中には大小鬼(ホブゴブリン)っていう大金棒(モール)を振り回せるほど筋力に特化した巨人もどきもいる。四方からそれらに群がられたら、前衛が2人だけの私達は袋叩き。油断、ダメ、絶対」

「お、おぉ……」

 

 そう力説されては青年剣士も頷くほかない。

 彼女は全員の準備が出来たことを知ると、見事な速射で2つの石弾を投石。それらは吸い込まれるようにゴブリンの頭蓋を穿ち、柘榴(ざくろ)のように頭をかち割った。

 

「倒したけどバレるのも時間の問題。松明を炊いて進むべき」

「お、おう!そうだな!松明をつけてさっさと行こう」

 

 青年剣士が冒険者セットから松明を取り出して、火口セットで火を点け始める。手際よく行くなら先につけておくべきだが、ゴブリンの物見がいたため倒してから点ける、という塩梅になったのだ。

 

「なんでしょうか、これ……」

「シンボルか何かかしら?」

「見ているだけで気味が悪いわね」

 

 3人が見やるのは、動物の骨で作られたトーテムだ。すると、猫人術師は「それは呪術師(シャーマン)のいる証」と口を開いた。

 

呪術師(シャーマン)?」

「ゴブリンじゃないの?」

「ゴブリンの上位種。火の呪文が使える支配階級のゴブリン。呪術師だけあって無駄に知性が高いから、手下を使って小賢しいトラップを無数に仕掛けてくる」

 

 「ゴブリンが……魔術を?」と呆然と呟く女魔術師を尻目に、猫人術師は自前の冒険者セットから松明を取り出す。

 

「火、貰っていい?」

「いいけど、どうするんだ?」

 

 青年剣士の点けた松明から火を移すと、女神官にぐいっと押し付けた。女神官は突然のことに「わ、わ」と狼狽しながらも反射的に松明を受け取り、困惑する。

 

「えーっと、これは?」

「松明」

「いえ!それはわかりますけれど、どうして私に?」

「暗視のない只人(ヒューム)は明かりがないと動けなくなる。余裕があるなら前衛だけでなく後衛も持っていたほうがいい。その点、回復役(ヒーラー)本人が直接戦闘することは滅多にない。だから、松明持ちが適任」

「な、なるほど……」

 

 一理ある。そう納得した女神官であったが、同時に、なんらかの理由で青年剣士が松明を放棄せざるをえない事態になった場合、怪物のいる暗闇を盲目のまま探索せざるを得なかった事実に思い至り、顔を青くする。

 

「ゴブリンは弱い。けど、『新人の3組に1つが帰ってこない』って噂もある。できることはきちんとすべき」

「何それ、都市伝説?」

「お姉ちゃんが聞いたギルド職員の話。又聞きだからホントかはわからない。でも、愚痴みたく言ってたらしいから信憑性は高いと思う」

「お姉さんがいらっしゃるのね。ギルド関係者なの?」

「血の繋がりはない。でも、仲良し。ギルドの酒場で女給をやってる」

「ギルド酒場の女給さん……ってことは、マジっぽいな。その噂……」

 

 冒険の〆は宴がつきもの。そこで働いているともなれば、冒険者の実情をかなり熟知しているハズ。

 

 『新人の3組に1つが帰ってこない』

 

 一笑に伏した噂の信憑性がそこはかとなく上昇し、一党(パーティー)は背中から冷たいものが這い上がるような感覚に襲われる。知らず知らずのうちに緩めていたゴブリンへの警戒度もググッと上がり、霧が晴れるように浮ついた気分もさーっと流れて行った。

 

「……ま、まぁ!所詮は噂だ!でも、それはそれとして最弱といえど相手は怪物!慎重に行くに越したことはないし、勝つべくして勝ちに行こう!」

 

 この場において「日和ったな」と青年剣士を揶揄う者はいない。全員——猫人術師を除いて——歯切れの悪い言葉で了承するのみだ。

 

 そしていよいよ洞窟に侵入する。

 隊列は、前から青年剣士、猫人術師、女武闘家、女神官、女魔術師の順番だ。本来なら遠距離攻撃主体の猫人術師は後衛にいるべきだが、斥候(スカウト)の代わりとして前から2番目を歩いている。当人曰く、「ゴブリンの臭いは刺激臭だからわかりやすい」とのこと。

 

 獣人ってすごい。女神官は思わず感心した。

 そして、何事もなく2つの灯りで洞窟を照らしながら歩いていくと入り口と同様に不気味なトーテムがあった。一党(パーティー)がまたこれか、とげんなりする中、猫人の知覚が何かを発見する。

 

「こっち、横穴開いてる」

 

 はっとなった女神官が岩肌を松明で照らすと、隠された洞窟がぽっかりと口をあけていた。

 

「隠し通路?」

「こっちがアタリ、ってコトかしら?」

「わからない。けど、酷いニオイ……この先に間違いなくゴブリンがいる。多分、2匹ぐらい。私、3番目に行きたい」

「そうね。敵がいるなら前衛2人で固めた方がいいかも」

「ふふ、ゴブリンめ!出会ったら長剣(こいつ)で一気に薙ぎ払ってやる!」

「洞窟、狭いから引っ掛けないでね」

 

 猫人術師と女武闘家の位置を交換し、慎重に横穴を進んでいくと弓を持ったゴブリンと、腹を掻いてだらだら寝転ぶゴブリンの姿があった。そして、洞窟の中、不意に寝転んだゴブリンと岩陰からその様子を覗いていた青年剣士の目があってしまう。

 

 ——結末は一瞬であった。

 

「オォォォォォォッッ!!」

「GOBU!?」

「GUGYA!?」

 

 飛び出した青年剣士による力任せの横凪ぎ。

 一方はこちらに気づいておらず、一方は寝転がっていた為、回避行動が取れるはずもなく真っ二つに。たった一手で戦闘は終了した。

 

「はぁ……はぁ……。やった、のか?」

「随分と呆気ない……ゴブリンってホントに弱いわね……」

「一発でずんばらり。すごい」

 

 女の子の褒め言葉に思わずデレデレする青年剣士であったが、続く「でも、合図もなしに飛び出すのはメッ!」というお叱りで一気に萎えた。

 

「しょ、しょうがないだろ!岩陰から覗いたらたまたまゴブリンと目が合っちゃったんだよ!あのままだったら絶対に不味かったって!」

「それなら情状酌量の余地アリ……?いや、後衛の子が危ないからやっぱナシ。汝、罪ありき(ギルティ)

「アハハハ……」

「貴方、無理して笑わなくてもいいのよ?」

 

 とりあえず、この場には何かないかと戦利品を漁る。あったのは粗造りの弓に、ぬらぬらとした黒い固形物のついた粗雑な短剣であった。そのうち、後者を見た猫人術師が顔を背ける。

 

「これ、凄く酷い臭い。でも、ちょっとだけ植物——鳥兜の毒(ウルフスペイン)っぽい香りがする」

「「「うるふすぺいん?」」」

 

 学のない3人にはさっぱりだ。だが、女魔術師は心当たりがあったのか「鳥兜(トリカブト)っていう毒草のことじゃないかしら」と口にする。

 

「学院の植物図鑑で見たことがあるわ。確か、呼吸器が麻痺したり心臓が止まって死ぬとか物騒なことばかり記載されていたはずよ」

「そう。ヤバい毒。傷口に入ったら即座に解毒薬(アンチドーテ)を飲まないとなんやかんやで息が止まって死ぬ。そんな類のやつ」

「はぁ!?なんでゴブリンがそんなの持ってるのよ!?」

「これを作るのに難しい調合はいらない。ただ、短剣に毒草の汁を塗りたくるだけでいい。ゴブリンでもお手軽に作れる」

「……俺、実は結構ヤバかったんだな」

 

 続く猫人術師の「この知識を齎したのが呪術師(シャーマン)だとすれば、もしかしたら他にも毒武器を装備している個体が居るかも知れない」という言葉に、下がりかけていたゴブリンの脅威度が過去最高に跳ね上がる。

 

 ゴブリンは兎も角として、毒は恐ろしい。

 何せ、毒に倒れ伏す英雄の話は枚挙にいとまがない。どんなに無敵とも思える英傑でも、下男や怪物の齎したちっぽけな毒でコロリと逝くことがあるのだ。ましてや未熟な自分らと来たら……

 

 明確な命の危機を感じた一党(パーティー)は全身から脂汗を噴かせる。今回に至っては、涼しい顔をしていた猫人術師でさえ顔色を悪くしている。暗がりが怖い。闇の中に悍ましい何かが潜んでいるような気がして、落ち着かない。

 

 青年剣士はひとまず息を吸って、吐いた。

 

「ゴメン。もう、飛び出さない。今度こそ、慎重に行こう!」

 

 初めて一党(パーティー)の心がひとつになった気がした。

 そこからは、猫人術師の知覚を頼りに奥へと進んだ。だが、それも直ぐに引き返すこととなる。通路の先に大量のゴブリンがたむろしていたからだ。暗闇で目視はできなかったが、猫人術師の嗅覚と聴覚からして最低10体以上、うち、何体かは例の毒物の臭いがしたという。

 

「……どうする?マトモに相手できる数じゃないぞ?」

「そうね。呪文で薙ぎ払おうにも、人質が居たんじゃ巻き込んでしまうわ」

「それなら惰眠(スリープ)で眠らせて奪還——ッッ!下がって!後ろから誰かが来る!」

 

 猫人術師の言葉に一党(パーティー)は戦闘態勢を取る。しかし、現れたのはゴブリンではなかった。

 松明の光に導かれるように現れたのは角の折られた面当ての兜(クローズヘルム)に薄汚れた鎧と質の悪そうな見窄らしい武装を携えた彷徨う鎧(リビングメイル)じみた謎の人物。

 

怪物(モンスター)……?」

「違う」

 

 思わずそう呟くと、兜越しのくぐもった声で否定し、胸元から認識票を出す。——在野最高と表される、銀等級の認識票を。

 

「なっ!?」

「嘘……!」

「銀等級!? 本当に……?」

 

 ——まさか。この人が噂の……

 

 周りが困惑する中、猫人術師だけがその正体に勘づいていた。

 姉と慕う相手から聞いた、小鬼退治のみを専門に請け負う銀等級の冒険者。薄汚れた見窄らしい装備で、幾億もの小鬼を殺戮(スレイ)する戦士。名を——

 

「あの……あなたは……?」

 

 震える女神官の問いに、鎧の男は答えた。

 

「——小鬼を殺す者(ゴブリンスレイヤー)

 

 男はそう答えると、2、3と倒れたゴブリンの数を数える。

 

「入り口で物見が死んでいた。誰がやった」

「私。洞窟の影に隠れてたから、仲間を呼ばれる前に投石で倒した」

「そうか」

「えっと、ゴブリンスレイヤー、さんはどうしてここに?」

 

 ぎこちない敬語で話しかける青年剣士に、ゴブリンスレイヤーは短く「ゴブリンだ」と言った。訳がわからずにもう一度聞くと、「増殖する前にゴブリンを殺しにきた」と口にした。

 

「もしかして、何か手違いで本当は銀等級が出張るほどの高難易度……とかなのかしら?」

「違う。だが、新人には荷が重い」

「数が多いから?」

 

 それは『奥にたむろしていたゴブリンが多いからか?』という意味の問いであった。だが、ゴブリンスレイヤーの返した答えはもっとおぞましいものであった。

 

「そうだ。巣の規模と虜囚の数からして、もうじき50匹ばかりに増える」

「ごじゅっっ!?」

 

 流石にゴブリンといえど50匹なんて駆け出しの一党(パーティー)がマトモに戦える相手ではない。中にはあのヤバい毒持ちや上位種もいるのかと思うとゾッとする。

 

「でも、さっき奥を偵察した感じ、居たのは10と少し。50は流石に盛りすぎな気がする」

「そうか。なら運がいい。奴等は瞬く間に増える。そうなる前に1匹残らず根絶やしにする。ゴブリン共は皆殺しだ」

 

 そう言い終えると、「偵察したと言ったな。敵の数と配置は」と尋ねるゴブリンスレイヤーに情報を共有する。いつの間にか組むことになっていたが、心強い援軍であることは確かだし、とてもでもないがこの雰囲気で報酬の話など切り出せるはずもない。

 

「俺はゴブリンを殺しに行く。お前達はどうする?」

 

 当然の如く言い放つゴブリンスレイヤーに「そりゃあもちろん行きますけど……」と歯切れの悪い一党(パーティー)の回答に「そうか」と答えると、「なら、やるべき事がある」と短剣でゴブリンの内臓を引き裂いた。

 

「ちょっ!?貴方、いきなり何を——」

奴等は臭いに敏感だ。特に——女、子供。次点で、新しい装備の金臭さにも

 

 そう言って臓物汁を滲ませた手拭いを持って此方に振り返った。

 

 ——こうして、白磁等級(ニュービー)一党(パーティー)銀等級冒険者(ベテランアドベンチャラー)の洗礼が執行された。

 

 そこから先はあっという間であった。

 大広間手前の見張りを暗殺し、猫人術師の《惰眠(スリープ)》で人質ごと眠らせてゴブリンを殺す。

 

 作戦内容自体は彼が来る前に事前に組み立てたものと同じであったが、きっと同じようにはいかなかったであろう。何せ、相手が邪悪な怪物であれ、素面で「無抵抗の人型を殺す」という行為は道徳的にクるものがある。その手際の悪さたるや如何ともしがたい。きっと、ゴブリンスレイヤーがいなければ、全員にトドメを差し切る前に何匹かは起きて、そのまま大乱闘になっていたことだろう。

 

「7、8」

 

 新人達が1匹殺すごとに動揺する一方、ゴブリンスレイヤーは淡々と小鬼を殺戮する。やがて単身で一党(パーティー)の合計討伐数と同値を叩き出した彼は骨の玉座を蹴り壊した。そこには隠し扉があり、中には怯えたゴブリンの子供が互いの身を寄せ合っていた。

 

「子供も……殺すんですか……?ぜ、善良なゴブリンがいたとしても……?」

人前に出ないゴブリンだけが、良いゴブリンだ

 

 殺意此処に極まれり。彼は子供だろうが相手が小鬼ならば情け容赦なく血濡れた棍棒を振り下ろす。一撃で頭が弾け、脳漿が散った。命乞いをする子供にすら殺意と憎悪以外の一切を発さない姿はまさしく小鬼殺し(ゴブリンスレイヤー)の名に恥じぬ殺戮っぷりであった。

 

 

§

 

 

「「「「「乾杯!!!」」」」」

 

 かちゃん、と麦酒の注がれた杯を掲げる。

 記念すべき初めての冒険を切り抜けたことを祝い、酒場で杯を掲げる。それが冒険者のならわしだと青年剣士が語ったからだ。だが、はっきり言って最初の冒険は赤字だった。

 ゴブリン退治は報酬が安い。回収した戦利品を売っぱらっても精々が二足三文。受注者6人で割ったら更に少なくなった。

 

「ぷはー!生き返る!それにしても今日は人生で一番傷を負った気がするなぁ……」

「身体は綺麗なのに、服と心は汚れちゃったわね……。代わりの服に着替えてきたけど……あれの臭い、洗っても仄かに生臭さが残るのよね。何回か洗えば取れるかしら」

「そればっかりは灰汁漬けの洗浄力を信じるほかなさそうね……」

 

 その日暮らしな駆け出し冒険者の洗濯方法など、地面に埋める。洗濯板でガシガシ洗う。灰汁で揉む。大体これぐらいだ。更に、乾いた血を洗浄するとなると中々に手間がかかる。しかもこれが一張羅の装備ともなれば、真面目に死活問題なのだから笑えない。

 

「出発前は『ゴブリンなんてばっさばっさとやっつけて、攫われた村娘を華麗に救出!報酬貰っていざ乾杯!』とか思ってたけど、何事も思い通りにはいかないなぁ……。冒険は血みどろで地味だし、宿代も洗濯費も馬鹿にならない……くわーっ!現実は厳しい!」

「この宴が終わったら素寒貧。ゴブリン退治、本当に薄給」

「ギルドからの謝礼金が無ければ完璧に大赤字だったわよね」

 

 洞窟から帰る際、水辺の奥で偶然にも見つけた惨死体。ゴブリンが壊れた玩具として打ち捨てたそれはかつて奴らに挑んだであろう白磁等級の冒険者、その末路だった。

 一党(パーティー)が憐れんで認識票だけでも持って帰ろうと接近すれば、水底からざぱぁと蔦縄(ローパー)達がお出ましだ。どうやら釣り針であったらしい。最も、動きがのろすぎて誰一人として捕まらなかったうえ、最後まで温存していた女魔術師が《火矢(ファイアボルト)》をブッパ。続いてゴブリンスレイヤーと前衛2人が瞬く間に畳みかけたので呆気なく轟沈したが。

 ただ、苦労して回収した甲斐はあり、ギルドに持っていくと謝礼金として少なくない金額が報酬として渡された。もっとも、儲かったはいいがその過程で人が死んでいるので、喜んでいいやら悲しんでいいやらわからないので非常に複雑な心境だったが。

 

「……なんだかんだであの人には配分渡し損ねたけど」

 

 あの人、とは救援に来てくれたゴブリンスレイヤーのことだ。

 彼は、帰ってギルドに報告するなり「俺が居なくても上手くやっただろう」と報酬を拒否して帰っていくので、大慌てで依頼報酬の分け前を計算して押し付けたが、その後で渡された認識票の謝礼金に関しては渡しそびれてしまった。受付さんは「大丈夫ですよ」と笑っていたが、どことなく罪悪感というかモヤッとした何かを感じる。

 

 ……そして、モヤッとしているといえば、だ。

 

「さっきから、元気ないみたいだけどどうしたの?お酒、嫌いだった?」

「い、いえ!そういうわけではないんですが……」

 

 わたわたと慌てるのはどことなく影の差した女神官だ。悩みがあるのか、乾杯後の一口以降は杯を持つだけで一向に呑む気配がない。

 

「悩み事がある?」

「洞窟内はいろんな意味でショッキングの連続だったからね……。神官的には思うところがあってもおかしくはないというか、心当たりが多すぎるというか……」

 

「いえ。その」と口ごもる女神官。しかし、覚悟を決めると「……私、あの人についていきたいと思うんです」と告白した。

 

「あの人っていうと……ゴブリンスレイヤーに!?」

「はい。同行を許していただけるなら、の話になりますが。ですから……その、自分勝手ながら、この一党(パーティー)を抜けさせていただこうと思いまして、えっと……ごめんなさいっ!」

 

 そう言って涙目で頭を下げる女神官。

 しかし、青年剣士一党(パーティー)はその言葉を聞いて、驚くでも悲しむでも憤るでもなく、ただポカンとしていた。そこで、猫人術師が「ねぇ」と青年剣士に話しかける。

 

「……この一党(パーティー)って臨時じゃないの?組み続けるかどうかは別として『一度組んだらその他誰とも組んではいけない』とか重い縛りとかある?」

「いや、固定で組んでるわけじゃないから別にそんなことないよ?ゆくゆくはこの一党(パーティー)で大成できればいいな、とは思っていたけど」

「……ふぇっ?」

 

 予想外の返答に女神官は固まる。

「大体一党(パーティー)って言っても、こいつがカッコつけて言ってるだけで、そんな深い意味ないから」と笑う女武闘家に、「俺だって色々と考えてたんですけどー?」とムスッと返す青年剣士。それを「むしろ臨時で組んだ一党(パーティー)に、そんな強制力あったらビックリよ」と酔った女魔術師が素面では考えられないような表情で笑った。

 

「来るもの拒まず、去るもの追わず?」

「そこまでは言わないけど、強引に誘った手前、あまり強くは言えないよね。ま、この街にいるならまた一緒に冒険する機会もあるでしょ!」

「強引に誘った自覚……あったのね」

「そんな感じで色々とゆるゆるだから、今生の別れみたく気負わなくても大丈夫!安心して行ってらっしゃい!」

「そ、そうですか……」

 

 思ったのと違う反応に困惑したものの、快く送り出されたことに肩の荷が下りた女神官は、ようやっとお酒に手を出した。そしてしばらくして真っ赤になった猫人術師に絡まれる。

 

「というか!ゴブスレさんに着いていくなら私も行きたい!」

「えっ!?猫人術師さんも、ですか?」

「そう!銀等級の技術を直にお目にかかれる機会なんてそうそうないし、それに——()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

「へっ!?そ、それって託宣(ハンドアウト)ですか?」

 

 託宣(ハンドアウト)

 それは選ばれし者に与えられる神より齎される試練、あるいは祝福である。

 ……少なくとも女神官はそう捉えている。

 

託宣(ハンドアウト)なのかはよく分からないけど、正道神様は割と頻繁にお声をかけてくださるよ?」

「え゛?そ、そうなんですか……?」 

 

 女神官、本日1番の驚愕である。あまりの衝撃に酒精が完全に抜け落ち、素面に戻ったほどだ。

 

 ——い、一体どのような徳のあるお言葉を!?

 

 異なる宗教とはいえ、やはり気になる。そこで女神官はそれとなく、それとなぁーく「へ、へぇ……やはり、徳のあるお言葉なのですか?」と問うた。しかし、回答は予想外だった。

 

「うん!夜更かししてたら『早く寝なさい』とか、朝起きてうとうとしてたら『まずは身体を拭くように』とかよく怒られてる!」

「……なんか、お母さんみたいね」

「託、宣……?」

 

 ——確かに徳はある。徳はあるが……なんか、思ってたのと違うというか、想像以上に軽い(フランク)というか……。

 

 女神官は自らの常識に罅が入っていくのを自覚した。

 

「今も何か仰っているの?」

「『お酒を飲みなさい』っておっしゃってる!」

「それは、酒造神様なのでは……?」

 

 真意を確かめようにも、ここには看破の奇跡が使える神官はいないし、等の本人は麦酒でべろべろだ。彼女はゴクゴクと麦酒を平らげると真っ赤な顔でプハーっと酒精の息を吐いた。

 

「目的はよくわからないけど、私も飲みたいし、神様も飲めと言うのだからどんどん飲むべき!そうすべき!追加で鉱人(ドワーフ)の火酒ひとつ!」

「だーめ!麦酒とミルクで我慢する!」

 

 まさかの注文拒否に、猫人術師はギョッとする。そこには、ぷくーっと可愛らしく顔を膨らませた獣人女給が立っていた。

 

「火酒なんて飲んだらすぐに目を回しちゃうでしょ!例え神様が許してもお姉ちゃんが許しませんからね!」

「今日ぐらい良いじゃん!!お姉ちゃんのけち!!!!!」

 

 普段の知的な印象はどこへやら。酒精の影響で幼児退行がこれでもかと進んでいる。猫人術師のお姉さんこと獣人女給は「うちの子がごめんねー。この子、人見知りだから大変でしょ?」と苦笑いだ。

 

「それにしても、彼女って多言上戸だったんですね。なんというか静かというかクールに飲むイメージがあったので意外でした」

「クール?あはは!あれは人見知りで猫被ってるだけだよ!この子ってばこっちが素なの!」

「そうなんですか!?」

 

 クールキャラ崩壊の瞬間である。等の本人は酒精のせいで判断力が鈍ってるのか、よくわかっていないようだが。それが良いことなのか悪いことなのかは、明日の彼女が決めることだろう。

 

「そそ、だから今のうちに弄っちゃえ!うりうりー!」

「むぅ〜〜!!!」

 

 そう言って彼女は猫人術師の頬を連続でつっつくと、「んじゃ、私は仕事があるのでごゆっくり〜!」と女給の仕事に戻った。そこから先は、酒の勢いに任せて酔っ払った猫人術師(音の出る玩具)をみんなで弄って飲み明かして解散となった。

 

「結局、寝ちゃいましたね」

 

 女神官はすぅ、すぅと寝息をたてる猫人術師をギルド2階の寝台に寝かせて、彼女の私物であろう毛布を被せる。

 

「お休みなさい。良い夢を」

 

 そう言うと、女神官も自室の寝台で薄い毛布を敷きそのまま目を閉じた。

 

 ——なんだかんだ言いながらも初めづくしの大冒険。それがたとえどんな苦いものでも、どんな見窄らしいものでも、新人冒険者(ニュービー)達はきっとこの日を忘れることはないだろう。

 

 挑戦はここに、果たされた。

 




 ある冒険者たちの挑戦(ザ・ガンドレット)全員生存√で攻略完了です。
 どちらかというと洞窟内よりも、酒場の席で『如何に女神官ちゃんの二股を成立させるか』で、ものっそい悩みました。なので、結構苦しいですが『なんやかんやでOK』って感じの処理です。
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