ゴブリンスレイヤーRTA 猫人術師チャート    作:雑種猫

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 Q:山砦は!?鋼鉄等級一党の救済は!?
 A:山砦は氏んだ(カット)!(救済対象は)もういない!


2/裏 強き者ども

   

 ——それから猫人術師と女神官はゴブリンスレイヤーについていった。

 

 彼の冒険——駆除活動は徹底的だった。 

 より効率的に、手段を選ばずにただひたすらに小鬼を殺す。呪文と奇跡のお陰で幾分か楽になったが、逆にこれを呪文も奇跡もなしで1人で淡々とこなしていたと思うとゾッとする。想像を絶する執念だ。

 

 だが、着実にスキルアップも果たした。

 ゴブリン退治は尽きぬと言えど、毎日2つも3つも取っていけば当然依頼がない日だってある。そんな日はお休みだ。

 休みの日は一日中泥のように眠ることもあれば、空いた時間で呪文の勉強をしたり、青年剣士たちと冒険に出かけたりした。その時に、如何に自分達が成長したかを実感するのである。

 

 その日も、いつものようにゴブリンを殺戮(スレイ)した帰りだった。

 訳あってゴブリンスレイヤーと女神官より早くギルドに戻った猫人術師は、受付にたむろする謎の3人組と遭遇する。

 

「オルク、オルクボルグよ」

「ええと……樫の木(オーク)、ですか?」

「違うわ。オルク!オルクボルグ!ここに居ると聞いたのだけど?」

 

 オルクボルグ。森人(エルフ)言語の類。それも、『ここに居る』というニュアンスから特定の人物であることは読み解ける。そして、彼の種族における『オルク』が指すものは——

 

「『オルク』は森人言語で小鬼(ゴブリン)を意味する。つまり、小鬼を殺す者(ゴブリンスレイヤー)のこと?」

 

 割って入られた上の森人(ハイエルフ)は怪訝な顔をしたが、受付嬢は「あぁ!ゴブリンスレイヤーさんのことでしたか!」と明るい顔をした。

 

「あなたは?」

「ゴブリンスレイヤーの一党(パーティー)?」

「なんで疑問系なのよ……。でも、それなら話が早いわ!オルクボルグは何処にいるの?」

「依頼が終わったからもうじきここにくる。訳ありの依頼なら、ここじゃなくて部屋を借りた方がいい。2階の応接室、あいてる?」

「はい。今の時間は空いてますよ」

 

 トントン拍子に話を進めたが、彼方としても渡りに船のようでこれと言って文句は言われなかった。むしろ、蜥蜴僧侶はありがたいと合掌して応じた。

 

「それと、ゴブスレさんに依頼するなら冒頭にゴブリン退治であることを伝えた方がいい。彼、偏屈だから、勿体ぶって長話すると興味を失って帰ろうとしたり、話が拗れがち」

「ほほぅ。何故、わしらの用がゴブリン退治だと?」

「彼がゴブリンスレイヤーだから」

 

 受付嬢だけは納得したのか、ふふっと笑った。

 「もしかしたら悪魔退治かもしれんぞ?」と悪戯っ子の笑みを浮かべる鉱人であったが、「だったら彼は受けない。小鬼専門だから」と言うと「こりゃ一本取られたわい!」と豪快に笑った。

 

 からから、とベルが鳴る。

 受付嬢がその名を呼ぶと、彼はギルドへと足を踏み入れた。

 

「ゴブリンか?」

 

 

 §

 

 

 応接室から出てきたゴブリンスレイヤーに駆け寄る。内容はやはりというべきかゴブリン退治の依頼であった。彼は「なら、すぐに準備を」と意気込む女神官を「いや」と制した。

 

「俺一人でいく」

「そんな……!せめて、こう、決める前に相談とか……!」

「——?しているだろう」

 

 ふぇっ?と涙目になる女神官の肩を猫人術師がちょいちょいっとつつく。

 

「これは命令じゃなくて相談。ゴブスレさんの圧縮言語を翻訳すると、『いや、お前たちは疲れているだろうから、休んだらどうだ?今回ぐらいは俺一人で行く』になる」

「そう言ったつもりだが」

「あ……これ、相談、なんですね……?」

 

 「それにしても、よく分かりましたね……?」と遅れて驚愕する女神官に猫人術師は遠い目で「圧縮言語には慣れてる」と返した。

 

 正道神の奇跡に《唱略(スキップ)》というものがある。

 これは、超常的な言語能力による圧縮言語の会話を実現する奇跡なのだが、何を思ったか一部の信徒達により『この奇跡を元に圧縮言語を作ろう』という試みが行われ、実現した。

 

 そして、孤児となった猫人術師はそんな正道(ルタ)神の神殿に預けられた訳だが……大変苦労した。

 何せ、それを必修科目と言わんばかりに勉強をさせられたのだ。極限まで圧縮し、一単語だけで数十種類以上の意味を内包する言語なんて難しいに決まっている。*1マスターしたら3音程度で会話が成立するし、速記できる文官として割といいところに就職することも可能だが、これをマスターするまでが長いのだ。リスニングなんて最初の頃は本当に何を言っているかわからず、呪文の詠唱だと思ったほどだ。……最も、呪文の方が簡単だったが。それに比べれば、簡潔に目的を語ってくれるゴブリンスレイヤーのなんとわかりやすいことか。

 

 ——お陰様で文字の読み書きには困らなかったけど。

 

 神殿の圧縮言語は速記文字として扱えるほど洗練されている。ゆえに、圧縮言語の遣い手同士なら凄まじい速さでの情報伝達が可能なのだ。猫人術師はこれを幼い頃から(半ば無理矢理)叩き込まれたので、書類仕事はスラスラである。

 成人したら正式に文官として働かないかと誘われたが、冒険者になる事を伝えると「それもまた正道……!」と激励された。正直あまりよくわかっていない。

 

「それで、どうする」

「行く」

「行きます!放っておけませんから、あなた」

 

 こうして冒険が始まった。

 

 

 §

 

 

 瞬く間に三日が過ぎた。

 皆が地面に腰を降ろして野営の準備をする中、猫人術師はシュバババババ!と謎の効果音がつきそうな電光石火の動きで焚き木やらをかき集めると、火打石で火種を拵え炎を作る。その手際たるやまさしく職人(プロ)の領域である。

 

「できた」

「準備はっや!長旅に慣れてるの?」

「正道神の神殿で習った」

「へー!神殿ってこういうのも習うのね!」

 

 強いて言うなら「効率的な生き方」と呼ぶべき物全てであるが、話が拗れるのは目に見えているので口にはしない。そんなことより嗜好品(おやつ)だ。美食こそが己に活力を分けてくれる……!

 

 猫人術師は、小さな見た目に反して健啖家である。

 蟲人(れいがい)を除き、獣人はあまり料理に凝らない。良くも悪くも雑に焼いた肉や煮込んだ野菜を喰らってわっはっは!と騒ぐのが獣人だ。親族が料理人とかでもない限り、関心を持つものは少ないだろう。

 しかし、それはそれとして猫人術師は美食家だ。

 その探求心は留まるところを知らず、最近は交易所を回っては外国産の珍しいものを次々と口にしている。稀に大外れ(ファンブル)を引くこともあるが、そこはご愛敬だろう。

 食欲も旺盛で街にいるときなんかはおやつをいれて1日6食以上はバクバク食べる。お陰様でよく「圃人(レーア)混血(ハーフ)だったりする?」と勘違いされがちだが、あいにくと両親はどちらも獣人だ。

 『先祖の血統に圃人(レーア)でも混ざっていたのだろうか?』と悩めども、混沌の軍勢によって故郷が滅んだ今、それらは永遠の謎である。

 

 こうして荒野のど真ん中で焚き火を囲った小さな宴が始まった。

 

「そういえば、みんな、どうして冒険者になったの?」

 

 すぐさま「そりゃ美味いもん喰うために決まっておろう」と鉱人道士が即答。「私は外の世界に憧れて」と妖精弓手。蜥蜴僧侶は「異端を殺して位階を高め竜となるため」と答え、ゴブリンスレイヤーは「ゴブリンを……」と口にした途端に「アンタのはなんとなくわかるからいいわ」と却下された。これはひどい。

 

「私の目的は道士さんと同じ。だけど神様から勧められたからって理由もある」

「それって託宣(ハンドアウト)?どんなお告げを貰ったの?」

 

 わくわくした妖精弓手が興味を示す。だが、猫人術師が受け取ったのはそんなに面白おかしい物ではなく、至ってシンプルなものだ。

 

「『冒険者となって精進なさい』」

「……え?それだけ?」

「御告げなんてそんなもんじゃろ。一から十までいうのは世界の危機か《降神(コールゴッド)》の大奇跡に応じた時ぐらいだろうて」

「然り。託宣(ハンドアウト)とは神の使命(クエスト)。それらを探求するのもまた、信仰でありましょうや」

 

 「えー、つまんなーい!」と子供っぽい反応をする妖精弓手を女神官だけが遠い目で笑っていたが、それが一般常識である。託宣(ハンドアウト)はえてして特別なモノなのだ。『早く寝なさい』とか『起きたらまず体を拭きなさい』などの小言が送られてくるなど異常としか言いようがない。

 

 ——何か、特別な理由でもあるのでしょうか?

 

 考えども、答えは出なかった。*2

 

 その後は猫人術師が秘蔵の嗜好品(おやつ)を振舞って鉱人の火酒に食いついたり、ゴブリンはどこから来たのかと談笑したりして、しんみりとしたお開きとなった。ひとまず言えることは、「猫人術師(コイツ)にだけは酒を飲ませてはいけない」という共通認識ができたことぐらいだろうか。尤も、ベロベロに酔った猫人は夢の中であるが。

 

 

 §

 

 

 妖精弓手の放つ矢が、大きく弧をかいてゴブリンの頚椎を破壊する。突き抜けた矢が左のゴブリンの眼窩から脳天まで貫き、続く2射目がいざ吠えんと顎を開いた狼を射抜いた。

 

「すごいです!」

「見事……!しかし、今のは魔法の類ですかな?」

「疾風撃ちとか言われてる風読みの弓術だと思う。……高レベルすぎて術師から見ても魔法にしか見えないけど」

「ふふん!充分に熟達した技術は、魔法と見分けがつかないものよ?」

「それをわしの前で言うかね……」

 

 そして、ゴブリンスレイヤーが前に出てゴブリンの数を数えてナイフを取り出したところで、あっ。そうだ!と猫人術師は急いで例のアイテムを出す。

 

「ゴブスレさん!臭い袋ある!女性3人分!」

「そうか」

「臭い袋?」

「えっ!?私達の分まで買って下さったんですか!?」

「洗濯ができない遠征で()()を被るわけにはいかない……!お代はいいから受け取って!」

 

 2人を除いて怪訝な顔でこちらを見る一行に、「ゴブリンは女性の臭いに敏感だから、臭い消しをする必要がある。これが無い場合は、ゴブスレ流臭い消し」そう言って女神官と妖精弓手に手渡す。

 

「あ、ありがとうございますっ!」

「いいの?これ、割といい値段するやつでしょ?」

「それならゴブスレ流臭い消し、受ける?頭からゴブリンの臓物を被ることになるけど

「臓ッッッ!?」

 

 銀等級3人がドン引きする中、小鬼の前に居座るゴブリンスレイヤーが再びナイフを取り出す。

 

「いるか?」

「いらないわよッ!!」

 

 こうして少女3人*3のモラルは守られた。ただ、女神官だけはもしかしたら同じ苦しみを味わって貰えたかも、と昏い表情を見せていたが、猫人術師は全力で見なかったことにした。

 

 

 §

 

 

 一行は罠だらけの神殿を進む。上位野伏(レンジャー)の腕は伊達ではなく、妖精弓手は誰よりも早く鳴子の存在に気付くと、警告を発した。

 気の遠くなる螺旋階段を降りた直後の罠。

 それを瞬時に気づくとは……と隔絶した野伏(レンジャー)の技量に猫人術師は思わず舌を巻く。

 そして、ゴブリンスレイヤーが呪術師(シャーマン)などの知恵者がいないことを言及し、鉱人道士がT字路の左にゴブリンのねぐらがあることを看破したところで、正反対の方向からここ最近ですっかり嗅ぎ慣れた嫌な匂いを探知した。嫌悪しかわかない特徴的な体液の臭いだ。

 

「この混濁した刺激臭……!でも、まだ新しい……!ゴブスレさん!」

「あぁ。こちらから行くぞ」

 

 そう言って中途半端な剣で右の通路を示した。

 一行が困惑する中、混濁した刺激臭、という単語に心当たりのある女神官だけは青褪めた表情を浮かべる。

 

「ゴブリンたちは左にいるんじゃないの?」

「違う……だが手遅れになる」

「何が?」

「攫われた人!」

「「「!」」」

「やっぱり……!」

 

 猫人術師の一声で虜囚が居ると知った4人は気を引き締める——が、そう進まないうちに、むっとするような臭気が漂いだした。慣れない3人が目を回す。

 

「何……これ。ひどい臭い……!」

「汚物溜めだ。意識して鼻で呼吸しろ。直ぐに慣れる」

 

 ゴブリンスレイヤーが腐りかけた木の扉を蹴り開けると、扉についた汚液がびしゃびしゃと音を立てて散らばった。

 その部屋の中央には、鎖に繋がれた金髪の森人(エルフ)がいた。汚濁に塗れ憔悴した彼女の右半身は見るも無惨。逆に左半身だけ美しく留めているのは、ゴブリンがいかに邪悪であるかの証左であろう。

 

「うぇ、おぇえぇえぇぇ……!」

 

 変わり果てた同胞の姿に妖精弓手はうずくまって胃の中のものをびしゃびしゃ吐いた。鉱人道士と蜥蜴僧侶も目に見えて嫌悪感を発露させ、顔を強張らせる。

 

「なんじゃい、こりゃ」

「小鬼殺し殿——」

「ッ!彼女の後方に伏兵がいる!ゴブスレさん!」

「あぁ」

 

 踏み込んだゴブリンスレイヤーが、剣を突き振り下ろす。

 ぎゃっと悲鳴があがったかと思えば、そこにあったのは延髄に剣を生やしたゴブリンの死骸であった。側には毒の短剣が落ちている。

 

「三。他はいるか?」

「臭いがきつ過ぎてわからない。居るとしたら周囲のゴミ山」

「そうか。俺はこの部屋を探索する。虜囚に《小癒(ヒール)》と《賦活(バイタリティ)》の奇跡をかけろ」

 

 2人の少女はこくりと頷くと、詠唱を開始する。

 

「《いと慈悲深き地母神よ、どうかこの者の傷に、御手をお触れください》」

「《御照覧あれ、これより彼の体力を回復せしめるは、四方に他無き奇跡なり》」

 

 神の奇跡によって森人(エルフ)の傷が癒え、肉体に活力が戻る。

 まだ多少は意識があったのか、ゴブリンスレイヤーたちにゴブリンの討伐を頼むと、そのままぐったりとしてしまう。その後は、虜囚を森まで送り届ける役目を買って出た蜥蜴僧侶が竜牙兵を召喚し、体を隠す毛布と事情をしたためた手紙を持たせ出発させた。

 

「なんなのよ、もぉ……こんなの、わけわかんない……ッ!」

 

 啜り泣く妖精弓手を女神官が背中をさする。誰がどう見ても彼女は精神的に追い詰められていた。このままでは、途中脱落(リタイア)もありうるか、という状態だ。そんな彼女を前に猫人術師が口を開く。

 

「……赤子の頃、私の故郷は混沌の軍勢によって滅ぼされた」

「……?」

「術師さん……?」

 

 怪訝な顔をする2人を前に、話し続ける。

 

「部族が滅ぶ前、両親は知り合い(お姉ちゃん)部族(コミュニティ)を頼って私を正道神様の神殿に入れた。でも、物心ついた頃から神殿にいたからか、後に顔も覚えていない両親や故郷の話を聞かされても、よくわからない、というのが実情だった。きっと厄災に遭った当事者じゃなかったからだと思う」

「……何が、言いたいの」

「神殿には、私みたいな避難者だけでなく、災禍に巻き込まれた怪物の被害者もたくさんいた」

「……!」

魔神(デーモン)(ドラゴン)死人占い師(ネクロマンサー)。内容は人によって様々。中には小鬼(ゴブリン)に凌辱された人もいた」

 

 誰も口を開かない。ただ黙って、少女の話を聞いた。

 

「いつも何かに怯えていた。中には、心が壊れて廃人になった人もいた。でも、その内の何人かは必死に抗った。その日暮らしがやっとの薄給で必死に働いた。働いて、働いて、血の滲むほど働いて、そのお金を纏めて然るべき場所に持って行った」

 

 ギルドか、傭兵か、軍か。どこに行ってもやることはひとつ。

 

「願いはすべて同じ。『あの怪物を殺してくれ』だった」

「ぁ……」

 

『ころしてよ……!あいつら……みんな、殺してよ………!』

 

 うわごとのように繰り返していた森人(エルフ)虜囚の言葉が頭の中で反芻(リフレイン)する。

 

「どんなに心が強かろうが弱かろうが、怪物に与えられた傷は永遠に残り続ける。悲しみや憎しみ、それを凌駕する恐怖はきっと、死ぬまで消えやしない。だから皆、願う。少しでも傷を軽くする為に、少しでも前を向いて歩く為に、あの怪物を。恐怖の根源を討ってくれと」

 

 そこまで言うと手を差し伸べた。

 

「行こう。彼女が再び立ち上がれるよう、元凶を討ちに」

 

 慰めの言葉ではない。へたくそな感情論による激励である。

 だが、心のこもったそれは妖精弓手のなにかに触れたらしい。目を真っ赤に晴らした彼女は強引に顔を擦ると、その手を取る。

 

「……そうね。行かないと、いけないものね」

「そうだ。ゴブリンは殺さねばならん」

 

 ぬっとゴブリンスレイヤーが現れる。その手には誰かの背嚢と乱暴に丸められた紙片があった。

 

「ゴブリンスレイヤーさん。それは……?」

森人(エルフ)の荷物だ。中には遺跡の地図があった。回廊の先の吹き抜け、十中八九其処だ。奴らが寝れるほど広い場所は他にない。左で正解らしい」

 

 そう言うと、ゴブリンスレイヤーは有用なアイテムを抜いた背嚢を無造作な手つきで投げ渡した。

 

「これは……?」

「お前が持て」

 

 そう言うと彼はずかずかと無造作な足取りで進んでいく。至極あっさりとゴミ溜めを抜けると、振り返ることなく前へと進んで行った。

 残された者達は互いに顔を見合わせ、小言を言いながらも彼の後を追うのであった。

 

 

 §

 

 

「呪文は幾つ残っている?」

 

 最後の小休止で、壁に寄り掛かったゴブリンスレイヤーが静かに言った。

 

「《賦活(バイタリティ)》を使ったから3回」

「えっと、わたしも《小癒(ヒール)》を使ったきりなので……あと2回です」

「わしはまぁ、呪文にもよるが4回か、5回か。4回は確実じゃ」 

「拙僧も3回はいける。が、【竜牙兵】の奇跡には触媒がいる。これに関してはあと1回だと思ってもらおう」

「そうか」

 

 冒険において呪文の価値は極めて高い。その点、この一党は術者に富んでいる。現時点の呪文の残りは16回中、13回。回数に余裕こそあるが、浪費は愚策。使いどころはしっかり考えねばならない。

 

「あの……飲みますか?」

「ありがとう。いただくわ」

 

 妖精弓手は女神官から水袋を受け取り、のどを潤す。

 強気に振る舞っているものの、口数が減り、彼女の顔には影が差している。無理もない、自分の同族がどうなったかを見せつけられたのだ。

 

「あまり腹に物を入れるな。血の巡りが悪くなり、動きが鈍くなる」

「ゴブリンスレイヤーさん!」

「誤魔化す必要がない。行けるなら来い。無理なら——」

「——平気よ。あまり、私を見くびらないで貰える?」

 

 妖精弓手が強気に睨み返す。無理をしているのは明らかだが、その目には強い意思が宿っていた。

 

「なら、行くぞ」

 

 そう言って彼は立ちあがる。小休止終了の宣言だった。続けて妖精弓手も短弓を持って立ち上がる。

 

「行きましょう。あの子の為にも」

 

 一行は奥へと進む。

 地図の通りに進んだ一行は、ほどなくして回廊へとたどり着く。回廊の下には銀等級冒険者すら青ざめるほどに大量のゴブリンがいた。だが、ゴブリンスレイヤーは淡々と言った。

 

「問題にもならん。手間がかかるだけだ」 

 

 ゴブリンスレイヤーの策は、鉱人道士の【酩酊(ドランク)】によって昏倒したゴブリンたちを、女神官の【沈黙(サイレンス)】によって無音のまま殺し回ることだった。

 

 つまり、猫人術師にとっていつも通りのゴブリン狩りだ。

 

 敵から刃物を奪い、的確に喉笛を突く。

 ゴブリンは弱い。なまくらな獲物でも喉をつけば一撃だ。的確に、正確に、狙いをつけて、刺す。その繰り返しである。ダメになったら次の獲物だ。ただし、棍棒などの打撃武器は使わない。戦士でもない貧弱な少女が振るう棍棒の威力などたかがしれている。狙うなら一撃必殺。

 小鬼といえど無駄に苦しませない。そんな思いで粗雑な刃を振り下ろし続ける。4人がかりだったこともあって広場のゴブリンが全滅するまで、時間はそう掛からなかった。

 

 やがて、掃討が終わり、次の部屋に行く——そんな折に、地響きがした。

 ずん、と大気が震える。沈黙の中でその衝撃だけが轟いた。誰もが立ち止まり、行き先を睨みつける。

 ゴブリンスレイヤーが素早く盾を構え、油断なくゴブリンから奪った剣を抜き放つ。またひとつ、ずん、という衝撃。先程より近い。そして暗闇の中から、そいつが姿を現した。

 

 青黒い巨体。額に生えた角。腐乱臭の漂う口。手にした巨大な戦槌。

 

「オーガ……ッ!」

 

 ようやく音の戻った世界で、妖精弓手の声が木霊する。

 

「ゴブリンどもがやけに静かだと思えば、雑兵の役にも立たんか……貴様ら先の森人とは違うな。ここを我らが砦と知っての狼藉と——」

 

 ——隙だらけだ。

 

 小鬼の血が滴る靴先で真に力ある言葉(トゥルワード)を描く。

 

 《サジタ()》《インフラマラエ(点火)》《ラディウス(射出)

 

 魔法は通常、口による詠唱が主流だ。だからこそ、勘違いする者も多い。『詠唱しなければ、発動できない』と。

 だが、真言呪文においてそれは誤りである。たとえ詠唱できずとも、真に力ある言葉(トゥルワード)を示せるのであれば、口を開かずとも呪文を発動させることができるのだ。

 

 —— 《火矢(ファイアボルト)》。

 

 前口上の最中、紅蓮の矢が射出される。

 怒りのあまり視野が狭くなっていたのであろう。突如飛来した《火矢(ファイアボルト)》に反応できず、右眼に着弾する。

 

「ヌオォォォォッッ!?き、貴ッ様ァ!!」

「え、えげつい不意打ちかますのぉ……」

「いや、抵抗(レジスト)された!見た目以上に損傷(ダメージ)はない!皆、気をつけて!」

 

 悶絶するオーガであったが、呪文抵抗によりその損傷(ダメージ)は一時的に右の視界を封じただけに留まる。激昂したオーガは怒りのままに力を掌上に集中させた。

 

「今度は此方の(ターン)だ。圧倒的な火力で骨の髄まで焼き尽くしてくれる……!《カリブンクルス(火石)……クレスクント(成長)……」

「《火球(ファイアボール)》がくるぞぉ!」

「《いと慈悲深き地母神よ、か弱き我らを、どうか大地の御力でお守りください》……!」

「《投射(ヤクタ)》!」

 

 燃え盛る火球と不可視の壁が拮抗する。余波、余熱が肌と髪をじりじりと焦がす。

 

「い、《いと慈悲深き地母神よ、か弱き我らを、どうか大地の御力でお守りください》!」

 

 魂を擦り減らす超過祈禱(オーバーキャスト)。致命的な熱が霧散し、熱風が小鬼の血だまりを干上がらせる。

 

「……ご、めぇ、……な、さ……ぃ……!」

「いや、助かった」

「お疲れ様、後は任せて」

 

 盾を構えたゴブリンスレイヤーが、超過祈禱(オーバーキャスト)で倒れた女神官の前に出る。引き絞った短弓を構えた妖精弓手が照準を合わせた。

 

「小癪な小娘め……!あの森人(エルフ)のように——がッ!?ウボァァァッ!?獣の小娘ェ!貴様貴様貴様ァァァァァァァァァ!!!

「学習しない脳筋(バカ)で助かる」

「お前さん、実は暗殺者(アサシン)か何かか……?」

 

 猫人術師がひっそり発動した《火矢(ファイアボルト)》がオーガの左眼を焼き尽くす。

 今度ばかりは油断していたのか、呪文抵抗できずに左眼が圧倒的熱量で焼き尽くされる。熱で溶けあった肉や皮膚が眼窩でぐじゅぐじゅに混ざりあっているので、あれを再生させるとなると相当な時間が必要だろう。だが——

 

「——足りない」

 

 有効打を与えたにもかかわらず、猫人術師は舌打ちする。

 何故ならあれが自分に出せる最高火力。眼窩の奥、頭蓋の中まで焼き尽くすつもりで撃った一手だった。大成功(クリティカル)とはいかないまでも理想的な発動、理想的な命中であった。だが、それすらもオーガを倒すには至らない。不味い、と危機感を募らせる。

 

「ゴブスレさん!あいつ、流石に硬すぎる!決定打がないなら撤退すべき!何かある!?」

「——手はある。《竜牙兵(ドラゴントゥースウォーリアー)》を出して撹乱しろ」

「承った!小鬼殺し殿!《禽竜(イワナ)の祖たる角にして爪よ、四足、二足、地に立ち駆けよ》」

 

 瞬く間に撒いた牙が沸騰し、骨の兵士が立ち上がる。続けざまに、竜牙刀(シャープクロー)の祈禱で見事な曲刀が現れた。

 

「拙僧と竜牙兵、小鬼殺し殿が前に出る。援護を頼む!」

「心得たわい!《仕事だ仕事、土精(ノーム)ども。砂粒一粒、転がり廻せば石となる》」

「させると思うか、鉱人(ドワーフ)風情が!」

 

 前衛ごと蹴散らさんと意気込むオーガ。

 しかし、妖精弓手の木芽の鏃が右目を穿つ!

 

「う、ごおぉおぉっ!?」

鉱人(ドワーフ)ったら遅いんだから!」

「わしらにゃわしらの戦い方があるんじゃ!」

 

 《石弾(ストーンブラスト)》が、オーガの巨体を鶴瓶撃ちにする。

 

「ぬうぅっ!石打ちの手妻如きで、我を倒せると思うたか!」

 

 だが、言葉に反して体勢を崩す。左眼は熱で焼き潰されているため、木芽の鏃を右目に打ち込まれたオーガは現在盲目。勘で大雑把にしか防御できないのだ。

 だが、オーガもまた歴戦の戦士。音と振動で敵の位置を探知する。

 

「そこかぁっ!!」

 

 勘で振るった戦槌に何かがぶつかる。

 

 ——手ごたえはあった。

 

 人喰い鬼(オーガ)は獰猛で邪悪な笑みを浮かべる。

 犠牲になったのは、位置的に己を小鬼風情と比べた愚かな戦士であろう。きっと、全身がバラバラに——

 

「馬鹿め」

 

 ——潰したはずの男が淡々と呟いた。

 

 

 §

 

 

「つかれた……」

 

 オーガの討伐を確認すると猫人術師がぐでっと倒れた。横に寝そべって水袋を飲むさまは休日のおっさんのそれであり、素を取り繕えないほど消耗している証拠であった。

 

「いっそのこと荷物だけでも竜牙兵に……蜥蜴僧侶さん、さっき出したのは?」

「最後の攻防でオーガに砕かれましたな」

「おのれオーガ!」

 

 竜牙兵は優秀だった。彼が盲目のオーガ相手に隙を作ったからこそ転移(ゲート)巻物(スクロール)による一撃を確実に命中させることができたのだ。ゆえにここで恨むべきはオーガである。

 

「うーむ、誰も彼もが疲れ切っとる。ここが引き際だわな。のぅ?かみきり丸よ」

「……あぁ。終いだ」

「はーい。てっしゅう、てっしゅ~」

 

 本人はゴブリンを殺したそうにしていたが、流石にこの状態での連戦は無謀だと判断したらしい。暫定的な頭目であるゴブリンスレイヤーの指示に続くようにして一党は来た道を引き返した。

 

 入り口で待っていたのは、森人(エルフ)の用立てた馬車だった。どうやら竜牙兵が虜囚を送り届けたのを見て、大慌てで迎えを寄こしてくれたようだ。

 

「お疲れさまでした!中の様子、ゴブリン共はどうなり——……?」

 

 労いの声をかける戦士たちをほぼ無視するように一党は馬車へと乗り込む。オーガとの死闘に、長い回廊を抜けたのだ。一党の疲労は限界に達している。

 

「どうぞ、街まではゆっくりお休み——」

「……あ、待って」

「はっ?」

 

 呆ける森人(エルフ)を無視して妖精弓手に、「あの人の鞄貸して」と言って渡してもらう。

 

「虜囚だった娘に届けて。『怪物は倒したぞ』って」

「……!」

 

 彼女はそれだけ言うと、森人(エルフ)に鞄を押し付けてそのまま猫のように丸まってしまう。ふぁぁ、とひとあくびすると、そのまま寝息を立ててしまった。

 

「ねぇ……いつも、こんな感じなの?」

「えぇ。いっつも、こんな感じです」

 

 どこかミステリアスで近寄りがたい雰囲気を放つも、その実態は真逆。他人に対して思いやり深く、助けを求める人の領域(テリトリー)に猫のようにぬるりと入って手を差し伸べる。

 

「『正道を目指す』ことが正道神様の教えと聞きます。ですが、それらは決して自分の為だけに在るわけではありません。きっと彼女にとって、信仰とは『迷える人をより()き未来に導く』ことなんだと思います。……わたしも精進しないと、ですね」

「……そっか。良い娘ね。オルクボルグもいつも通り?」

 

 女神官の困ったような笑みが返答だった。

 

「……やっぱり私、オルクボルグのこと、嫌いだわ。だって冒険は楽しいものだもの」

 

 未知を体験したり、新たなものを発見したという喜びも、高揚感や達成感もない。

 冒険者の良さを何一つ知らないまま、黙々と小鬼を狩り続けるなど、冒険が好きで冒険者となった妖精弓手にとって冒涜も甚だしい。

 

「いつか必ず——こいつに『冒険』をさせてやるわ」

*1
 極限まで文字数を減らした圧縮言語。長い会話はタイムロスになりがちだからね。仕方ないね。

*2
 走者:「時間短縮しなきゃ(使命感)」

*3
2000歳児は上の森人(ハイエルフ)換算で実質少女




 人喰い鬼(オーガ)編攻略完了です!
『ゴブスレさんが無事ならゴブリンを殲滅するまで帰らないんじゃない?』と思うかも知れませんが、この段階では森人(エルフ)が迎えに来ていることも知らないし、怪我を負っていない分冷静だから帰りのことまで考えて一時撤退を選択すると思うんですよね。なのでこうなりました。

 ちなみに猫人術師ちゃんの性根は秩序にして善(ローフルグッド)なので結構神官向きです。魔術師(ソーサラー)神官(プリースト)野伏(レンジャー)……もうこれわかんねぇな(思考放棄)
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