ご了承下さい
自称邪悪の王、ギラ・ハスティーの朝は早い。お天道が東から完全に顔を出す前に起床し、そこから朝食を作って食べ、その後用意した昼食の入ったバスケットを持って鬱蒼と木々の茂る山へ登り、剣術の修行に入るのが日課だ。
「フッ、ハァ、ヤァ!」
両手でオージャカリバーの柄を力強く握りしめ、一振り一振りを流麗にこなす。バグナラク、五道化、ダグデドといった数々の強敵と激戦を繰り広げる中で練り上げられたギラの太刀筋には無駄がなく、見る人はまるで芸術のように錯覚するであろう。
「とはいえ、実戦となると意識が隅々まで行き届かないから素振りしてる時みたいに上手くいかないんだよなぁ…」
あはは…と苦笑を零すギラ。いくら百戦錬磨の王といえどもまだまだ伸び代の塊。改善すべきところは沢山あるのだ。
その後、小一時間程素振りを続けたが、そろそろ昼下がりの時間帯になるのでギラは訓練を中止し、昼休憩に入ることにした。
山を下りて、暫く歩くとギラにとって最近のお気に入りの場所へ到着した。
そこはイフール・カウンターから然程遠くない場所であり、雄大な緑が辺り一面を包み込んでおり、その中心にベンチが1つぽつんと佇んでいる。静寂なその空間は驚くほど見晴らしが良く、ベンチからイフールの街全体を見通すことが出来るのだ。
「ベンチに座ってご飯食べようか…あっ」
ギラはお昼にしようとベンチへ向かって足を進めるが、どうやら先客がいたようだ。
その人物は受付嬢服に身を包んでおり、陰鬱な表情で翡翠色の瞳をぎらつかせ、絹のような長い黒髪がストレス故か乱れている。そう、ギラとも関わりがあるアリナ・クローバーである。
そしてアリナも気づいたようで、ギラの方を向いて瞳に捉えた。
「なんだギラね…」
「お疲れ様アリナ。その感じだと…また何があった?」
「ええ…あのジェイドとかいう奴…朝からギルドに居座って他の受付嬢の注目を集めて結果私の仕事が増えたのよ…全く…」
「あはは…ジェイドさんはアリナのこと気に入ってるみたいだけど、アリナはそうじゃないんだね…」
「当たり前よ!あんなしつこい勧誘受けて迷惑なんですけど⁉︎」
「まぁまぁ落ち着いて。はい、これ食べて元気出して」
ギラがバスケットを開けてベーコンと目玉焼きの乗ったトーストを取り出してアリナに手渡す。
もうとっくに昼食を終えていたアリナだったが、今日はいつもよりも食べた量が少なかったためまだ余裕があり、さらにギラのトーストを見て異様に食欲が湧き上がってきたため躊躇うことなく受け取った。
「美味しい…」
「よかった、まだまだあるから好きなだけ食べてよ、午後からも頑張ってね」
「……ありがとう」
ギラの優しさに、アリナは前髪を弄りながら照れ臭そうに返した。しかしそんな時、唐突にある人物が現れ、アリナのテンションを地の底へと誘う。
「いやぁ〜、穴場だったなぁ…イフールにこんな場所があったなんて…」
もちろんそれはジェイドだった。朝の多忙の原因、断っても断っても俺は一度決めたら頑固と言い張って付き纏ってくる執念深さ…憩いの場で潤っていたアリナの心の泉が早急に枯れ果てたのは言うまでもない。
「あ、ジェイドさんこんにちは!」
「ギラさん、アリナさんと一緒にいたんで「仕事サボってないで働け!『巨神の破鎚』!!」わぁぁぁ!?!?」
「アリナダメ…ぐへらぁ⁉︎」
怒り心頭のアリナは自身のスキルを発動させてジェイドに向かって大鎚を振るい、慌てて間に入ったギラがその一撃を受けるといういつぞやと同じ展開が起こる。その場に居合わせる者達は皆ギラが不死身と知っているため、前回のようにそこまで心配する様子が見られなかったところだけが相違だった。
「いったぁぁい…やっぱアリナの一撃は重いなぁ…。あ、ジェイドさんも良かったらお昼一緒にどうですか?」
「ちょっとギラ!あんな奴どうして誘うのよ!」
「雨降って地固まるって言うじゃん?こう言う時こそ話し合えば仲良くなれるんじゃ…」
「なれるかぁぁぁぁ!!!!」
アリナは未だボルテージマックスのご乱心状態でギラの提案を一蹴し、齢17の少女が出してはいけない荒々しい声を上げたのだった。
因みにその大声に驚き慄いた小鳥達や小動物がいたとかいなかったのだとか。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽
「甘い…それだけじゃない。口内に広がる色々な味…本当にこのゼリー手作りなんですかギラさん?」
結局その後、ジェイドも含めた3人で昼食を一緒にすることになったのだが、アリナはやはり不満なようで、終始鋭い視線をジェイドに向けていた。
「はい!この世界にある甘味料でレインボージュルリラみたいな感じがそれとなく再現できたんですよ!」
「レインボージュルリラ…また独特な名称の食べ物ね、でも確かに美味しいわ。これなら本物も食べてみたいわね…」
「でもアリナが食べちゃうと体が大きくなっちゃうかもだし、寿命も削られるよ?」
「え、何それ怖っ…」
「あと僕も食べすぎちゃうと第2の宇蟲王になっちゃうし…」
「とんでもない欠陥品じゃない!」
ギラの口から軽々と明かされるレインボージュルリラの詳細にアリナは戦慄すると同時に声を荒げる。そんな危ない食べ物のあるギラの世界は一体どんな魔境なのかと考えずにはいられない。
「あ、話は変わるけどアリナさんはいつスキルを開花させたんだ?」
話題転換も兼ねてか、ジェイドがアリナに質問をする。しかしアリナは話すつもりはないようでぷいっとそっぽを向いてそっけなく答える。
「教えない。そもそもスキルの発現するかどうかすら運みたいなものがあるがでしょ?」
「そうなんだけどさぁ…」
アリナの言う通り、この世界のスキルについては不明瞭な部分が多い。魔法とは別種のものとされ、1人1人に備わっていると言われている。魔法のように魔力と知力があれば誰でも習得可能というわけではなく、対応したその者でしか扱うことができない。
全ての人間に生まれつき宿るとされているが、発現条件が不鮮明で、意図的に覚醒させることは不可能とされており、その全貌は未だ謎に包まれている。
「そうなんだ。この世界の人達には凄い力が眠っているんだね…」
「そう言うギラの世界はどうなのよ?スキルみたいなのはあるの?」
「六王国それぞれの秘宝とかかな?僕のシュゴッダムは宇宙の力、ヤンマのンコソパは電気を操る力、ヒメノのイシャバーナは命を刈り取る力、リタのゴッカンは吹雪を操る力、カグラギのトウフは炎を操る力、ジェラミーのバグナラクは永遠の命っていうのがそれぞれあるんだけど…」
「そんなスキルがあるんだったら即白銀の剣に採用したいのだが…」
「もう突っ込む気力もないわ…」
六王国の秘宝にアリナとジェイドは驚きを通り越して最早呆れの域に達している。この邪悪の王はどこまでイフールに生きる者達の常識を打ち破ることを知っているのか。
「ご馳走様。美味しかったわギラ。それから
「はい…」
アリナに気圧され、ジェイドは萎縮して首を縦に振った。
「あれ?アリナってジェイドさんを名前で呼ばな…「ギラも午後は励むように!いいわね?」…はい」
やはりアリナの圧には敵わず、ギラも尋ねようとした言葉を飲み込んでしまう。そして3人は下山し、各々午後の支度に移るのだった。