今回は難産でした…
新ダンジョン、『白亜の塔』——。
イフールから東の方角に位置するエルム
そして、今まで影も形もなかった新ダンジョン、いわゆる『裏クエスト』である。
「ジェイドの話を聞いて、俺はギルドマスターとして調査したんだが、
「そのダンジョンに挑みたいものの、最高戦力である白銀に
「察しがいいな少年…。いやだが騙した訳では…」
「ギラ、コイツ殺していいかしら?」
ジェラミーの下で散々叩き込まれてきた行間の読解によってギラは造作もなくグレンの思惑を言い当てる。そして自分達はギルドの上層部にいいように利用されようとしていることに、アリナは殺気を解放して、足下に魔法陣を展開させる。
「おいおい嬢ちゃん⁉︎早まるな、早まるなって!!」
「アリナ落ち着いて」
「ギルドの上のこととかどうでもいいのよ!!ダンジョンが発見されれば、冒険者共が寄ってたかって来て!クエスト受注数が増えるの!そしてそれを受付嬢である私が捌かなきゃいけないの!それによって私に終わりの見えない残業地獄が降り掛かるのわかる⁉︎」
グレンの説得やギラの抑制など知るかとばかりにアリナは己の職場に迫る危機への愚痴を喚き散らかす。アリナからしては自身の正体を看破された挙句、新ダンジョンの発見により残業増加がほぼ確定、その上新ダンジョン攻略のために前線に駆り出されると知らされたのだから怒り狂うのも無理はない。出現した大鎚の柄を両手で強く握り、再びギルドマスターを叩き潰さんとする勢いだ。
しかし…
「ねぇ、アリナ…」
「何よギラ!コイツもう1回殴らせ…」
「落ち着いて…?」
「…ッ⁉︎」
普段のギラからは想像もつかない抑揚が抑えめな声色。年長者とも、歴戦の王とも感じ取れる諭すようなその声に、アリナの殺気は自然と消え去ってしまった。
「で、でも…そんな難関ダンジョンなら白銀の体制が整ってから挑めばいいし、なんならギラ1人で
「アリナさん、今回のダンジョンは未知な部分が多いんだ。念には念を押してっていうことでギラさんとアリナさん2人に協力を依頼したんだ。
それに…」
ジェイドは一つ間を置くと、真剣な眼差しで話し始めた。
「冒険者は成果主義だ。それは
ジェイドの話に、アリナは押し黙る。ジェイドの言う通り、冒険者は成果主義。休むこともサボることも、成果次第。白銀の剣のようなギルドの精鋭なら、それは尚更のこと。
その辺の事情はアリナもよく理解している。彼女もイフール・カウンターに受付嬢が増えれば、多少は残業地獄も和らぐのではと常日頃から考えるほどなのだから。
しかしそれはそれ、これはこれである。アリナとしては、冒険者ギルドの為に尽くすことが自身に何か利益を齎してくれるとは思っていない。報酬が弾む可能性はあるが、彼女が望んでいるのは残業の消失。ギルドの業務改革でも起こさない限りアリナが首を縦に振る可能性は万に一つもない。
進展の見られない状況に痺れを切らしたグレンは、遂に奥の手を使うことにした。
「嬢ちゃん…、今回の件に協力してくれるなら、『残業がなくなる』、としたらどうする?」
「残業が…なくなる?」
グレンの話に、アリナは耳を疑った。今この男は残業がなくなると、自分が夢物語と思っていることが現実になると言ったのか。
「俺はギルドの最高権力者だ。組織を動かすことくらい容易いもんだ。嬢ちゃんのギルドの受付嬢の数を倍に増やそう。
嬢ちゃんは白銀には入らない、協力するだけ。この事は他言無用と約束する。
どうだ?悪い条件ではないだろう?」
グレンからの提案は、アリナが求めていたもの。その過程で白銀に協力することは面倒臭いことこの上なく、さらに自身のポリシーである平穏に背き、冒険者として活動しなければならない。
しかしそれを乗り越えた後は?自分の望んだ憧れの受付嬢生活、残業のない、平穏としか言い表せない素晴らしい日々を過ごすことが出来る。
「確認するけど、協力するのは今回だけでいいのよね?」
「そうだ。まぁ気が変わって入りたくなったら大歓迎だが…」
最終確認までしたものの、アリナは首を縦に振れない。何せ自分を一度出し抜いたギルドマスターだ。都合のいい話をその場で展開し、また乗せられてしまうかもしれない。甘い蜜には裏があるとよく言われているが故、油断出来ないのだ。そんな時、ギラがアリナへと歩み寄り、耳元で話し始めた。
「アリナ、もし騙されたとしてまたダンジョンに駆り出されるようなら僕が代わるよ。この世界にいる期間だけだけど、冒険者として、王としての責務を僕は果たしたいから…」
「いいの?」
「うん。それに泊めてくれた御礼、ちゃんと恩返ししたいし…」
ギラの言葉にアリナは警戒心を緩める。そして僅かながらに頬を綻ばせながらグレンの提案に対しての答えを告げた。
「仕方ないわね、今回、だけよ?」
▽ ▽ ▽ ▽ ▽
話し合いが終わってアリナも白銀の剣も去り、闘技場にはグレンとギラが残されていた。
「それにしても少年、お前さんが最後の一押しをしてくれて助かったよ」
「一押しってつもりじゃないですけど…ちゃんとアリナとの約束は守ってくださいね?」
「あっ、ああ。善処する」
冷や汗をかくグレンに、ギラは怪しいとばかりに訝し気な視線を送る。
「それより少年。俺のスキルを破った時どこか上の空みたいだったが、何かあったのか?」
流石に居心地が悪くなったのか、口火を切ったグレンは、即座に話題転換した。
「それが…ぼんやりとしか覚えてなくて。アリナと衝突して時間が止められた時に、沢山の巨人を見たような…」
「俺のスキルで生み出す時の観測部屋では、強いエネルギー反応が起こると、稀に過去や未来の事象を映し出すことがある。少年は恐らく、その影響を受けたのだろうな…」
グレンの考察に、ギラは顎に手を当てる。かつてキングオージャーが巨人達と協力して激闘を繰り広げたこと自体はあるが、先程見た記憶程大規模なものではなかった。となると、自身の見た記憶は未来で起こることなのか。
「(また大きな戦いが起こるのか…?)」
この先自身に待ち受けるであろう厄災を、ギラはほんの僅かに懸念するのだった。
アリナも怖いけど、妙に鋭いギラくんを前にグレンさん、胃に穴が空きそうかなとか思ってます