イフール・カウンターの受付嬢、アリナ・クローバーの朝は早い。日頃の疲れからずっと寝ていたいという自身の欲求を押し殺し、日の出頃には起床し、一人暮らしなので朝食を自分で作って食べ、ギルドでの制服に着替えて出勤するのが基本なのだが、今日はどうやら違うようだ。
「あ、おはようございます。ある物で朝食作っておいたよ!」
昨日までの違いといえば居候している、そして今朝の朝食を作ってくれた彼のことだろう。
ギラ・ハスティー。自称邪悪の王。アリナ視点で見たこともない武器を使って赤い装甲を纏った戦士に姿を変え、ダンジョンのボスに臆することなく立ち向かい、撃破した青年。
そして、自身が受付嬢でありながら冒険者業を掛け持ちしている、受付嬢という公務においてご法度を犯しているという秘密を知ってしまった最初の人間でもある。
「朝ご飯…作ってくれたのね…」
「うん、君に居候させてもらってる身だから…」
「君なんてよそよそしいからアリナでいいわよ」
対面になって座ると、机の上にギラの手料理が並べられる。簡単なサラダに目玉焼きが上に乗ったトースト、ぬるめのスープと案外質素なメニューだ。
「あったもので何とか作ったものだからちょっと物足りないと思うけど…」
「ううん、これでもかなり豪華よ。仕事に追われてる時はパン一切れなんて当たり前だし」
アリナの反応を聞いて、ギラは内心ほっと安堵する。シュゴッダム国王となってからは召使いが手取り足取りしてくれていたので、児童養護園にいた頃のように自炊する機会が滅多になかった。
だからこそ久しぶりに料理をして、さらに他人に振る舞うことには少しばかり不安があったが、その懸念は杞憂に終わったようだ。
「あむっ…おおっ、美味しいわ!アンタ味付け上手なのね!」
「そうかな…児童養護園にいた頃にやっていたくらいだよ」
「…?この辺りに児童養護園あったかしら?それにしては服装はかなり豪華だったわよね?あと見たこともない
「……あのさ!」
「…ど、どうしたの急に⁉︎」
アリナに痛いところを突かれ、ギラは暫く黙り込む。しかし思い立ったのか、少し大きな声で口火を切った。
「これから僕のこと話すから、驚かずに聞いて欲しいんだ…」
「…え、ええ。わかったわ」
ギラの気迫に押されてアリナは多少たじろいでしまうものの、その真剣な眼差しからギラの気持ちを汲み取って首を縦に振った。
「じゃあ、話すね。僕がどこから来たのか、僕が何者なのか…」
▽ ▽ ▽ ▽ ▽
「…という訳なんだけど」
「う〜ん、なんか思った以上に壮大過ぎて頭が痛いわ…」
ギラの口から聞いた彼の経歴に対して、愚痴っぽく返すアリナ。
名前はギラ・ハスティー。異世界からやって来た。その異世界で王様だった。その異世界での組織、『五王国異様事案対策用戦略救命部隊』略して王様戦隊のメンバーであり、その組織の一員たらしめる『オージャカリバー』を携えており、オージャカリバーによって特殊な装甲を纏うことができる。
これだけでも情報量の暴力で、人によっては卒倒してしまうかもしれないが、そこは情報処理の雑務を3年もこなしてきたアリナだ。
しかしこれだけでもギラの情報のほんの一部であり、チキュー内での動乱や、宇蟲王ダグデドとの激戦、ギラの出生の秘密など語り出したら流石のアリナも沸点に到達して処刑人モードに切り替わるのは間違いないだろう。
それ程ギラの人生が壮絶であることの裏付けでもあるのだが…。
「あのねギラ、最初に言うけどね、色々とぶっ飛びすぎよ。異世界出身ですとか、そこで王様やってましたとか…そんなどこぞの小説家とかが考えそうな設定簡単に信じられる訳ないじゃない」
「…まぁ、そうだよね」
予想はしていたが、実際に言われると心にくるものがありギラは俯いてしまう。しかし、アリナはその後にけどね、と言葉を続け。
「私はアンタの言うことを信じるわ。あんな真剣な目は演技で出来るものじゃないし、何よりアンタは嘘つくの下手くそそうだし…」
「え…じゃあ!信じてくれるの!」
アリナの言葉にギラは顔を上げ、目を輝かせる。そんなギラを見て、アリナも僅かに口角を上げて続ける。
「まぁ、全部って訳じゃないけどね。
ここまで真剣に語ってもらって信じてあげないのは残酷なんてもんじゃないし、あの剣のこととか説明するには
「ありがとう!本当にありがとう!」
喜びのあまりギラはアリナの手を取る。自分の話したことを一部とはいえ信じてもらえたこと。それだけでも嬉しくて仕方なかった。
ただ、手を握られたアリナは鋭い視線をギラに向け、冷たく言い放つ。
「勝手に女性の手を握るのはセクハラに値するわよ?」
「あ…ごめん」
「はぁ、全く…そういえば、元の世界に戻るまでどうするの?ウチにいつまでもいるつもり?」
「そうだった!でも…この世界のお金なんてないし…仕事探すにしてもいい案件なんてあるかな…」
アリナから振られた話にギラは困ったとばかり頭に手を当てる。アリナも何かないかと頭を捻ったが、早速いい案が浮かんだのか、ポンと手を打った。
「そうだわ、アンタ冒険者になればいいのよ!」
「え?冒険者?」
「ええ、冒険者はダンジョンのクエストをこなして生活費を稼ぐ職業。戦闘も出来るし弱い冒険者も守ることが出来るし王様のアンタにはうってつけでしょ?」
「た、確かに!」
ギラはアリナからの提案にうんうんと首を縦に振る。
基本的にお人好しで、戦闘能力も高いギラが冒険者向きなのは言うまでもなく、さらに生活費も稼ぐことができ、クエスト報酬によっては今後宿を取ることにも困らないだろう。
まぁ、アリナには別の思惑があるのだが。
「(これは散々に残業に苦しんできた私に神様が与えてくれた千載一遇のチャンスよ!
コイツに冒険者になって貰えば面倒なクエストもコイツに片付けてもらえる!そうすれば相対的に私が処刑人として動く機会も減る!
これからは残業なんて夢物語で終わる日々が続く!
アリナ・クローバー!なんとしてもギラを説得するのよ!)」
そう。実力もあるギラは、受付嬢業務の残業回避に都合がいいのだ。
というのも、処刑人として活動している故、アリナの噂は冒険者間でも広まり続けており、いつ尻尾を掴まれるかも知れない身。
クエストに手こずっている冒険者達に痺れを切らして勝手に行動したアリナの自業自得と言われればそれまでではあるが。
しかしもし仮にバレたとなると、副業禁止の掟を破ったとして受付嬢クビは免れない。
悩みに悩んだ末、ギラの出した答えは…。
「わかった、冒険者になるよ!」
「ホント⁉︎じゃあご飯食べたら早速イフール・カウンターに向かうわよ!」
「わかったよ…というかアリナ、なんか嬉しそうだね」
自分が冒険者になることを宣言した途端、露骨にテンションが高くなったアリナにギラは少々狼狽する。そしてアリナは心の中で。
「(計画通り!)」
とどこぞの天才のようにそっとほくそ笑んだのだった。