「(あ"あ"〜ッッッッ、またやってしまった…)」
イフール・カウンターの受付にて、アリナは後悔の籠ったため息を溢す。というのも、ベルフラ遺跡のヘルフレイムドラゴンの討伐が数日前に完了してから残業が減ったのだが、それとはまた別の問題が発生してしまった。
「おい、ベルフラ遺跡に処刑人が現れたんだってよ!」
「マジかよ、白銀の剣の前にも現れたのか⁉︎」
「しかも正体不明の冒険者まで現れたみたいだぜ!ソイツは王冠のような
ふと視線をギルドのテーブルではしゃぐ冒険者達に向ければ一言二言目にはクワガタオージャーと『処刑人』もとい、冒険者としてのギラとアリナの話題ばかりである。
「(改めて冷静になってみると、私バカ過ぎない⁉︎折角処刑人の噂を引かせる為にギラを冒険者に勧誘したってのに…)」
やらかしたとばかりにアリナは頭を抱える。受付嬢は本来副業禁止。その掟をこっそり破ってまで残業回避を望む姿勢はある意味感心する者もいるやもしれないが、バレたら即刻クビの危機を迎えるため褒められるものでは無い。
その危機に直面する可能性を少しでも下げるため、ギラに冒険者になってもらい、代わりにダンジョンのボス討伐に赴いて貰おうと考えていたはずが、そのギラが保育園のバイトに付きっきりになり、結果残業による我慢の限界を迎えた己がでしゃばってしまうという本末転倒な結末になってしまった。
最後に添えておくと、アリナが後少し辛抱していればギラはボス討伐に出向いていたので、アリナはとことん運のない少女である。
「しかも捜索依頼まで…ううっ…」
嫌な現実から目を背けるように机に顔を伏せるアリナ。そう、今回はいつものように噂が広まるだけでなく、ギラ共々本格的に捜索依頼まで発布された。しかも白銀の剣直々の依頼だ。
ギルド最強の戦力からの依頼なら、血眼で探し出そうとする者も少なくはない。そのため今までよりも尻尾を掴まれる可能性は高く、アリナの受付嬢人生に存亡の危機が訪れていた。
「…今度ギラに会ったら色々愚痴ってやる…」
受付嬢もとい17歳の少女が絶対にやってはいけない顔をして、アリナはここにいないギラの顔を思い浮かべながら天井を睨むのだった。
「あ、あの…アリナ先輩⁉︎そんな怖い顔してどうしたんですか?」
「ふぇ⁉︎あ、ライラ⁉︎い、いやぁ別に…何でもないわよ!」
▽ ▽ ▽ ▽ ▽
「届け屋です、ハンコかサインを!」
「あらぁ、ありがとうございますねぇ」
一方アリナに理不尽に恨まれているギラはというと、ヘルフレイムドラゴンの一件から特にダンジョンの攻略の依頼がギルドにそこまでなかったため(あっても攻略間近のものばかり)、バイトに勤しんでいる。今日は早朝から届け屋の仕事だ。
「先輩、全部配達終わりました!」
「おうお疲れ!朝早くからご苦労だったな、今日はこれまでだ!」
届け屋の先輩は、ギラに満面の笑みを浮かべながらお金の入った封筒を手渡す。両手で封筒を受け取ると、ギラはありがとうございますと頭を下げてその場を後にするのだった。
「お昼ご飯どうしようかな…あ、あそこのレストランにしよう!」
フラフラと歩いていると、視線の先に最寄りのレストランを発見する。店の外からも漂う鼻腔を刺激する風味に引き寄せられ、ギラは店の扉を開ける。
「わぁ、案外混んでるなぁ…」
人で溢れかえるレストランに思わず声を漏らす。今の時間帯は昼過ぎ。腹を空かせた冒険者や市民達で賑わう頃だ。しかし、運良く2人で向かい合って座る席が1つ空いていたため、ギラはそこに座ることにした。
「どれにしようかなぁ…パスタも美味しそうだし、ハンバーグも捨てがたい…」
椅子に腰掛けるや、メニュー表と睨めっこを始めるギラ。思えばこの世界に来て初めて訪れた外食店である。それまでは宿の飯や弁当だった。しかしこうして現状のギラから考えてみると、お金のない当初に飢餓状態で毒キノコを食べようとしたことが嘘みたいである。
「すみません、向かい側の席を利用してもいいでしょうか?なにぶん混んでおりまして…」
「え⁉︎ああ、いいですよ!僕の向かいでよければ…って⁉︎」
突然誰かに声をかけられ、向かいの席に座っても良いかを尋ねられたギラは、とかに断る理由もなかったため了承した。
しかしその尋ねてきた者の顔を見て思わず驚愕する。
「あ、アリナ…⁉︎」
そこには表面上は笑みを浮かべつつ、額に青筋を浮かべて怒りのオーラ全開のアリナがいたのだった。
▽ ▽ ▽ ▽ ▽
「あ、あの〜、アリナさん?」
「…何よ」
「何で、そんなに怒ってるの?」
「…言わなきゃわかんない?」
「…いえ」
不機嫌な様子を隠そうとしないアリナに、ギラは縮こまりながら何とか会話をする。この居心地の悪い空間が出来た原因は、恐らくこの前のベルフラ遺跡の件で間違いないとギラは確信した。
「あの…お詫びに何か奢りましょうか?」
「いつまで丁寧口調なのよ、自分の分くらい自分で頼むわ」
「…うん」
「なんで保育園のバイトを取ったのよ?」
「…へ?」
アリナの質問にギラは間抜けな声を漏らした。そんなギラの様子にアリナは呆れたように溜息を溢し、再度尋ねる。
「だから、なんで保育園のバイトに向かったのよ。アンタの実力ならダンジョンの攻略くらい余裕でしょ?技量があるってのにどうして…」
そこから先は小言になってよく聞き取れなかった。アリナとしては折角冒険者、しかも一級になったのならダンジョンのボス討伐に向かう方が良いのではと考えているのだろう。しかし、ギラはその価値観を受け止めつつ、己の自論を語り出した。
「僕は、子供達と触れ合うのが大好きなんだ…」
「…?」
「元いた世界でも、コガネやブーンみたいに親が居ない子供達がいて、僕みたいに児童養護施設で生活している子供達がいたんだ…僕やデボニカが先頭に立って皆と遊んだり、料理したり…その生活の中で見る子供達の笑顔が、好きなんだ」
ギラの想いを聞いて今度はアリナが黙り込む。保育園のバイトの理由がまさか彼の根幹に関わるものだったとは思いもしなかった。それと同時に、ギラの過去と自身の幼少期を照らし合わせ、懐古し始めた。
母の経営する実家の酒場で冒険者達の話を聞いて楽しんだ日々が脳内に色鮮やかに蘇ってくる。
そして幼き日の自分とよく話をしてくれた1人の冒険者も。
「シュラウド…」
「…あの、アリナ大丈夫?」
「ううん…悪かったわ。アンタの事情も知らないで好き勝手言って…そうよね、思い入れのあることなんだから…」
「…うん?あのさ、アリナ!」
「何?」
「このお店でおススメの料理って、何かない?」
「…えっと、2ページ目くらいにあるパスタが美味しいけど…」
「わかった、すみませ〜ん!パスタ2つお願いしま〜す!」
ギラが大きな声でパスタを注文し、遠くのウェイターさんが丸サインを送った。
「ちょ、ちょっと!何で私の分まで頼んでるのよ!」
2つ、つまりギラが自身の分も見越して頼んだことにアリナは抗議の声を上げる。しかしギラは穏やかな口調で。
「パスタのこと教えてくれた時口をモゴモゴさせてたから食べたいのかなぁ〜って」
「え…顔に出てたの」
ギラからの指摘にアリナは空いた口が塞がらなかった。受付嬢を3年もやっている身。外面の態度に関しては人一倍気をつけていると自負しているというのに。だがギラとしてはそんなことは知らず、追い討ちをかけるかのように言葉を紡ぐ。
「あと代金は僕が出すよ」
「はぁ?いや自分で出せるし…」
「お願い!まだアリナからの恩を全然返してないし、パスタも僕が勝手に頼んじゃったし…」
「…わかったわ」
両手を合わせて頼み込むギラに渋々と、しかし何処か照れくさそうに了承するアリナ。そして今更になって弟以外の男性と対面で座り料理を食べることに気づき、ほんのり頬を紅く染めた。
「アリナお墨付きのパスタ、楽しみだなぁ〜」
「全く。ギラって偶に子供みたいよね…」
ワクワクとした様子でパスタを待つギラを、アリナは幾分か緩んだ顔で見つめるのだった。