SQUAT★SQUAD   作:トンヌラMark2

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リメイクしました。冷やし中華始めました。毎週火曜日と金曜日の21時に投稿予定です。


1レップ目:Bar is loaded

“Bar is loaded.”

 その言葉が鳴り響いた瞬間、世界が止まった。

 

 会場は異様な熱気と静寂に包まれていた。数万の観客が、ただひとりの男を見つめている。

 

 アンドリュー・アレクサンダー。マケドニアの帝王。剛力をもって世界をねじ伏せる男。

 

 男の目の前には総重量502.5kgの鉄の塊━━誰も感じたことの無い重力が待っていた。

 

 男がゆったりした動作でバーベルを握る。プラットフォームが軋み、大気が震える。チョークの白が舞い、ライトが鉄を照らす。誰かの息を呑む音が、静寂の奥で微かに響いた。

 

 男は大きく息を吸い込み、大地を踏み締める。世界が再び動き出す━━。

 

  ***

 

由美(ゆみ)さん、好きです!付き合って下さい!」

 

 俺は水族館デート(少なくとも俺の中では)の帰りに立ち寄った人気の無い公園で、同じサークルの一個上の先輩の由美さんに一世一代の告白をした。

 

 緊張で顔が火照り、心臓が高鳴って五月蝿い。俺は万感の思いで、由美さんの方へ右手を差し出す。

 

「ごめんなさい、牧野(まきの)君の事はただの後輩としてしか見れないの」

 

 もう夏だというのに、冷たい木枯らしが俺の心に吹き荒れる。俺こと牧野圭介(まきのけいすけ)の恋は、余りにも呆気なく終わってしまった。

 

 ***

 

「田中、どうして俺はモテないんだよ。と゛お゛し゛て゛た゛よ゛お゛お゛お゛!!!」

 

 その日の夜、俺はバドミントンサークルの友達である田中翔(たなかしょう)と居酒屋で管を巻いていた。

 

 そこそこ整った顔立ちにチャラそうな茶髪。洒落たシャツを着こなし、目立ち過ぎないシルバーのネックレスを身に付けている。雑に紹介するなら、ちょっと鼻につくホスト風のイケメン野郎だ。

 

 女にモテる奴は基本的に嫌いだが、コイツとは不思議と気が合う。今日はコイツに愚痴を聞いて貰うつもりだ。男には飲まなきゃやってられない日もあるのだ。

 

「人生を賭けたギャンブルに負けた人みたいになってんな。まあ仕方ねぇって、由美さんは多分、谷口(たにぐち)先輩の事が好きなんだよ」

 

 田中は落ち込む俺をなだめながら、俺のお猪口に日本酒を注いでくれる。普段は日本酒なんて飲まないが、今日だけはアルコールの強い酒が飲みたかった。

  

「谷口先輩ってあのマッチョの先輩だよな。由美さんはマッチョが好きだったのか…。てか田中、それを知ってんだったら、告白する前に教えてくれよ!!」

 

「教えたらお前がガッカリすると思ってな。それに、教えとかない方が面白いだろ?主に俺が」

 

「田中てめぇぇぇ!!」

 

 俺は田中の肩を両腕で掴み、大きく揺らしながら叫んだ。コイツは本当に良い性格をしている。

 

 こんな奴にも彼女がいるのに、俺には彼女がいないなんて、世の中が間違っているとしか思えない。人類なんか滅べばいいのに。

 

「おー揺れる揺れる。まぁ結果は悪かったけどよ、ちゃんと告白出来て良かったじゃねぇか。それに女の子なんて星の数ぐらい居るんだし、そんなに気にするなよ」

 

「でも星には手が届かないだろうが!!なんで、なんで俺には彼女が出来ないんだよぉぉ……。▲☆=¥!>♂×&◎♯£ォォ……」

 

 気が付けば俺の頬を透明な雫が伝っていた。日本酒のせいで身体は暑いのに、心は寒いままだ。俺の心は今、南極にいる。

 

 そういえば今日、由美さんと水族館で見たペンギンはめっちゃ可愛いかったな。もう人間なんか辞めてペンギンになりたい。

 

「せめて人間の言葉を喋ってくれないか?あーあ、泣上戸に入っちまったよ」

 

 ***

 

 その後の会話は余り覚えていない。気が付けば俺は家の玄関で倒れていて、外は朝になっていた。

 

 メッセージを見る限り、酔っ払って一人で歩けなくなった俺を田中が家まで運んでくれたようだ。田中には後でお詫びとお礼を言っておこう。

 

 二日酔いで頭は痛むが、散々飲んで泣いて、少し心が軽くなった気がする。由美さんのことは凄く残念だが諦めよう。だが谷口、お前だけは絶対に許さない。

 

 冷静に考えて、俺と谷口先輩の違いはなんだろうか。この問に俺がモテるための鍵が隠されているような気がする。先輩にあって、俺には無いもの。それは明白だった。

 

「そうだ、筋肉をつけよう」

 

 そうと決まれば善は急げだ。さっそく俺は、筋肉の付け方をネットで調べる事にした。俺のモテモテ大学生活は今日から始まるのだ。

 

 ネットで情報を調べた限り、筋肉をつけるために大切な事は、大きく分けて3つだった。

 

 ①たくさんご飯を食べること。特にタンパク質が大切らしい。

 ②たくさん寝ること。やっぱり寝る子は育つということだろうか。

 ③ジムに通うこと。自重トレーニングよりも、マシンやフリーウェイトを使ってトレーニングをした方が、効率が良いらしい。

 

 ①と②については、特に問題は無さそうだ。中学高校とバドミントン部だったおかげで、ご飯は人並み以上に食べていた。大学生はそれなりに時間もあるから、眠不足になる心配もほとんど無いだろう。

 

 問題は③だ。ジムに通うためには月1万円程度の費用がかかるらしい。普通の大学生には結構痛い出費だ。そして何より、トレーニングの仕方が分からない。

 

 初心者はパーソナルトレーナーをつけてトレーニングを教えて貰うのが良いらしいが、数十万の費用がかかるようだ。

 

「月1万はアルバイトで何とかなるとしても、パーソナルトレーニングはちょっとな…。今、貯金いくらあったっけ?」

 

 久しぶりにネット銀行のアプリを起動し画面を覗くと、そこには残高32511円の文字が躍っていた。とてもじゃないが、パーソナルトレーニングの費用など払えない。

 

 パーソナルトレーニングは諦めるべきだろうが。しかし俺は、手っ取り早く楽にマッチョになりたいのだ。そしてモテたい、可能な限り早く。

 

 何とか安くパーソナルトレーニングを受ける方法は無いだろうか。俺は頭をフル回転させたが、良い方法は思いつかなった。

 

 そうこうしている内に、時刻は13時を回っていた。お腹も空いて来たし、とりあえず昼ご飯にしよう。自炊は気分が乗らないし、牛丼でも食べに行こうか。

 

 ***

 

「やっぱりコレだよな、ねぎ玉チーズ牛丼大盛り。それじゃあ、いただきます」

 

 俺は挨拶を終え、牛丼をかき込んだ。チーズのコクとネギのシャキシャキ感が牛肉にマッチし、米とのハーモーニーを奏でる。美味い、美味すぎる。

 

 世の中にはチーズをかけた牛丼を馬鹿にする輩が存在するらしいが、そんな奴らの足の小指がタンスの角にぶつかる事を願うばかりだ。

 

 とにかく俺は牛丼が好きだ。人生で始めてのアルバイト先を牛丼屋にするくらいには。理由はもちろん、社員割引で安く牛丼が食べられるからだ。社割割引…。俺の脳に電流が疾走(はし)る。

 

「ジムでアルバイトすれば、ジム代もパーソナル代も安くなるじゃん!!」

 

 俺は急いで牛丼を食べ終えると、速攻で帰路についた。パソコンを起動し、求人サイトで求人情報を調べ始める。検索条件はもちろん「フィットネスジム」「事務スタッフ」「初心者歓迎」「社員割引あり」の4つだ。

 

 ジムの事務ってなんだかダジャレみたいだ。そんなくだらない事を考えながら、求人情報を漁ってみるも、中々条件に見合う場所は見つからない。

 

 もしかしたら人気のあるアルバイトなのかもしれない。時間をかけて求人情報を一つ一つ吟味していくと、一つ興味深い情報を見つけた。

 

SQUAT★SQUAD★GYM事務スタッフ募集中!!

勤務地:東京都鉄阿礼区鉄棒駅(とうきょうとてつあれいくてつぼうえき) 徒歩2分

給与:時給1,200円~

雇用形態:アルバイト・パート

仕事内容

☆清掃・事務作業☆

施設内の清掃と受付業務などの事務作業を行ってもらいます。初心者大歓迎!アットホームな職場です!

社員割引有り。施設利用料50%OFF。パーソナルトレーニング代金24回分無料。

 

 とんでもない好条件の求人だ。社員割引で施設利用料50%OFFに加え、パーソナルトレーニング代金24回分無料。

 

 1回分のパーソナル料金を8000円程度と計算しても、192000円も得になる計算だ。ちょっと条件が良すぎて、何か裏があるのかと勘ぐってしまいそうだ。

 

 とにかく、このジムの事をもっと調べてみることにした。公式ホームページは他社の大手ジムと遜色無さそうだ。次はネットの口コミを調べてみよう。平均評価は★3.2。

 

 星の数は可もなく不可もなくといった所だろうか。それよりも気になるのは評価の打ち分けだ。ほぼ全ての評価が★1と★5となっている。

 

評価者:マウンテン山田

評価:★★★★★ 

ストロングマン、パワーリフティング、ウェイトリフティング、クロスフィット、ボディコンテストの全てに対応した、日本最大級の設備を備える最高のジムです。また、豊富な知識と競技実績を持つトレーナーが多数在籍し、トレーニングに関する事は気軽に何でも教えてくれます。正直★を5つ以上付けけられないのが残念でなりません。僕の中では★100です。SSジム最高!!

 

評価者:芦田学

評価:★☆☆☆☆

ここは日本の憲法も法律も通用しない、完全な無法地帯です。ここに通うくらいなら、メキシコのスラム街を裸で横断する方がマシです。絶対に近づいてはいけません。

 

 多くの評価がこのような物ばかりだった。人を選ぶジムなのだろうか。低評価のコメントは、よほど気に入らない事があったからなのか、随分大袈裟な表現で批判されていた。

 

「無法地帯とか流石に言い過ぎだろ」

 

 癖は強そうだが、相性の良い人にとっては凄く良いジムなのかもしれない。何よりも、パーソナルトレーニング代金24回分無料が魅力的過ぎる。

 

 結局俺は、この「スクワット・スクワッド・ジム」のアルバイトに応募する事に決めたのだった。




全てはたった一本のバーベルから始まった。その鉄を握った瞬間、弱さは敵となり、限界は征服すべき王国となった。(アンドリュー・アレクサンダー)
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