『俺の名前はジョン、鉱山で働くボディビルダーだ。あの日、俺達はいつものように採掘作業に従事していた。そしたらまさか、あんな事件が起こるなんて…オーマイガー!!』
画面に映し出されたのは、鉱山とそこで働く作業員達の映像だ。ツルハシを担いだムキムキの黒人、ジョンがわざとらしい演技で喋り出す。
『俺の仕事はトロッコの操縦だ。このレバーを操作してレールを切り替え、地上まで鉱石を乗せたトロッコを誘導する。なに、ママの作った焦げたアップルパイを完食するよりは簡単な仕事さ』
場面が切り替わり、ジョンがレールの切り替えレバーの前に立つ様子が映し出される。取ってつけたかのようなアメリカンな言い回しが絶妙に鬱陶しい。
『あーあ、全く退屈な時間だ。これなら、ハイスクールの音楽室の壁の穴を数えてる方がマシだぜ。だいたい、レールの点検なんてそんな頻繁にする必要があるのかね』
ジョンは大きなあくびを漏らしながら呟いた。現在はレールの点検中らしく、トロッコは何処にも見当たらない。レールの切り替えが仕事のジョンには、退屈な時間のようだ。
ジョンが突っ立ている地点の先は二股に分かれたレールがあり、一方では五人の作業員が、もう一方では一人の作業員がレールの上で点検作業をしている。
『あ?なんの音だ?……おいおいおいおい、コイツはちょっとまずくねぇか。このままじゃ、ここがミートパテ工場になっちまう。おい、お前ら早く逃げろ!!トロッコが来てるぞ!!!』
ジョンの耳に、遠くからガタガタという音が聞こえてくるや否や、彼の視界の端に走行するトロッコが映り込む。
このままではレールの上にいる五人の作業員がトロッコに轢かれてしまう。ジョンは危機を知らせるため、大声で叫んだ。
『ブルシットッ!!ふざけるな!嘘だろ…。あいつら作業に夢中で全く気づいてねぇ!!去年老人ホームに行ったウチのばあちゃんの方が、まだマシな耳をしてやがる。このままじゃアイツ等、挽肉になっちまうぜ!』
ジョンが大袈裟に慌てた演技をする。アメリカンな感じを出したかっただけであろう、無駄に長いセリフのせいで、緊迫感は一切伝わってこない。
とにもかくにも、作業員達はジョンの声にも、迫りくるトロッコにも気が付かないようだ。
『そうだ!このレバーでレールを切り替えれば、アイツ達は助かるはず……。いや待て待て待て、そうすると今度は、アイツがトロッコに轢かれちまうんじゃねぇか!オーマイガーッ!!俺はどうすれば良いんだ!!』
ジョンは頭を抱えながら叫んだ。このままジョンが何もしなければ、5人の作業員がトロッコに轢かれて死んでしまう。
そして、ジョンがレバーでレールを切り替えれば、その5人は助かるが、変わりにもう一方のレールの上にいる一人の作業員が死んでしまう。ジョンは極限の選択を迫られてしまった。
『さてここで問題です。ジョンはレバーを引くべきでしょうか?それとも引かないべきでしょうか?』
電子音が鳴り映像が停止すると同時に、画面に質問が表示される。
「こんなの答えようが無いと思うんですけど…」
果たして、こんな状況に答えなどあるのだろうか、いや無い(反語)。いくらなんでも質問が理不尽過ぎる。
「人生ってのは答えのない問題の連続なんだよ。ほら、さっさと選びな。レバーを引くのか?それとも、引かないのか?」
筋条が回答を急かしてくる。こうなったらやけくそだ。どの道死人が出るなら、数は少ない方が良いだろう。
「あーもう、分かりました!『レバーを引く』でお願いします!」
『レバーは何回引きますか?』
俺が回答を済ますと、画面にはさらに質問が表示される。
「何で回数を聞いてくるんだよ…。1回に決まってだろ、1回!」
『1レップでは筋肉に対する刺激が足りません。不正解です、回答をやり直して下さい』
クイズ番組で聞き慣れた不正解の音と共に、画面に「不正解」の文字が表示される。
「なんの話だぁぁぁ!!この状況に筋トレ関係ねーだろうが!!」
「筋肥大を狙うなら最低6レップ、出来れば10レップはやりたい所だな。これくらい常識だろ、Bro」
筋条は軽く溜息をつくと、呆れ顔で補足説明をしてくる。
「知るかそんなもん!!誰がブロだ!無駄にアメリカンな感じを出して来るんじゃねぇ!!」
「あ?ブロじゃねぇか、ブロッコリーみたいな頭しやがって。はい、回答やり直しでーす」
「ブロってそっちのブロかよ!!あーもう鬱陶しい。10回レバーを引く、回答はこれで良いですね!!」
俺は怒りに身を任せて回答を叩きつけた。このふざけた問答もこれで終いだろう。
『1セットだけでは筋肉に充分な刺激を与えきれません。不正解です、回答をやり直して下さい』
またしても、クイズ番組で聞き慣れた不正解の音と共に、画面に「不正解」の文字が表示される。
「だから、なんの話だぁぁぁ!!!」
「1セットしかやらねぇとか、お前筋トレを舐めてんのか?最低3セットはやっとけよ、Bro」
またしても、呆れ顔の筋条から補足説明が入る。
「だから知るかそんなもん!!あとそのブロって呼び方やめろや!!」
「カリカリし過ぎて、ブロッコリーというよりカリフラワーだな。まあ、落ち着けよBro…いやKari」
「カリって何だよ!もはや英語でも何でも無いじゃねぇか!!あーもう分かったよ。10回3セットでレバーを引く、回答はこれで満足か!!」
『正解です。次はレバーの先に付けるアタッチメントを選んで下さい。①ストレートバー。②トライセプスロープ。③プーリーハンドル(ショートパラレルグリップ)。ただし、ジョンは僧帽筋に効かせたい物とします』
クイズ番組で聞き慣れた正解の音と共に、画面に「正解」の文字が表示される。しかし、このふざけた問答はまだ続くらしい。
「何でレバーの先にアタッチメントを付ける必要があるんだよ!!マニアック過ぎて、知ってる単語が一つも無いよ!!そもそも、ジョンはこんな状況で何で筋トレの事を考えてんだぁぁぁ!!!」
「①はシンプルな直線の棒型のアタッチメント、②は自由に手元を動かせるのが特徴のロープ型のアタッチメント、③はケーブルローイングで最もポピュラーな、狭い手幅で拳を縦にして握るアタッチメントだな。そんな事も知らねぇのか、Gari」
得意げな顔をした筋条から補足説明が入る。背中のトレーニングで使えるアタッチメントは、たくさんの種類がある様だ。
「だ か ら、筋トレ未経験の俺がそんな事を知ってる訳ねーだろ!!つーか、ガリって何だ!ガリガリか!?俺がガリガリって言いたいのか!!」
「ちなみにロウイングで僧帽筋を狙う時はストレートバーがオススメだぜ。これは意外と知られてねぇテクニックかもな。良く覚えておきな」
「そうなんですね、勉強になります。なんて言うわけねぇだろうが!!いい加減に話を戻せよ!さっきからずっと筋トレクイズじゃねーか!!答えは①のストレートバーだな!もういい加減うんざりなんだよ!!」
『正解です。ストレートバーは順手で握りますか?それとも逆手で握りますか?』
クイズ番組で聞き慣れた正解の音と共に、画面に「正解」の文字が表示される。たがだがしかし、このふざけた筋トレクイズは終わらないらしい。
「あああああああああ!!もういい加減にしろよ!!だいたい握り方なんて何でもいいだろーが!!」
「いいわけあるか。逆手で握ったら脇が閉じて、肩甲骨内転の動きが出し辛いだろ。ジョンは今、僧帽筋に効かせるやり方を模索してるんだぞ」
「そんなくだら無い物を探してないで、作業員を助ける方法を探せや!!もうこれで最後だな!もうこれ以上は付き合わ無いからな!!答えは順手、ファイナルアンサー!!」
『全問正解です。最後にVTRの続きを再生します』
この一連のふざけた問答が遂に終わった。最後にVTRの続きが再生されるらしい。ジョンは一体、どちらのレール上の作業員を助けるのだろうか。
『オーマイガーッ!!俺はどうすれば良いんだ!!ん?ちょっと待てよ、このアタッチメントを順手で握れば、僧帽筋に効きそうだな』
ジョンは近くにあったストレートバーをカナビラフックでレバーに接続し、両手を順手にしてバーを握る。そして、そのバーを自身の身体目掛けて、高速で引き始めた。
『オウ、オウ、オウ、オウ、オウ、オウ、オウ、オウ、オウ、Ohhh!!これは、最高に僧帽筋に効くぜ…』
ジョンが高速でレバー引くたびに、トロッコのレールも高速で切り替わる。10秒間の休憩を挟み、ジョンは2セット目のトレーニングを始める。
『オウ、オウ、オウ、オウ、オウ、オウ、オウ、オウ、オウ、Ohhh!!』
ジョンが再びレバーを引き始めると、彼の引きの強さに耐えかねたのか、レバーからは金属を削った時の様な異音が鳴り始め、レールの
10秒間の休憩を挟み、ジョンの最後のセットが始まる。彼はこのセットで、己の僧帽筋にトドメを刺す気だ。
『オウ、オウ、オウ、オウ、オウ、オウ、オウ、オウ、オウ!!』
雄の咆哮が鉱山に木霊する。頑丈な鉄のレバーが限界を超えて軋み、地に打ち付けられた鋼のレールが限界を超えて歪みはじめる。
『Ohhhhhhhhhh!!!!』
10レップ目、ジョンは遂に辿り着いた。
爆音と共にレールが地を切り、そこにトロッコが殺到する。浮いたレールに乗り上げたトロッコは宙を舞い、作業員達の頭上を軽々と飛び越えて、モロッコの彼方へと吹き飛んでいく。
Muscles Solve Everything (筋肉は全てを解決する)。
終
制作・著作
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S★S★GYM
「もうツッコミきれるかぁぁぁぁぁぁ!!!」
俺は今日一番の雄叫びを上げた。魂からの叫びだった。
ぱちぱちと手を打つ音が部屋に響く。気がつくと、筋条とエミリーさんの2人が、俺に向かって称賛の拍手をしていた。
「なぁエミ、やっぱりコイツ良いよな」
「ええ厚さん、彼なら問題ないですわ」
「悪くないツッコミだったな。面接は合格だぜ、マッキー」
「牧野さん…いえ、マッキーさん。合格おめでとうございます。大変良いツッコミでしたわ」
2人からツッコミへの賛辞と、面接の合格を告げられた。余りに突然の出来事に、まだ思考が追いついていない。
「へ?どういう事ですか?ってか、マッキーって俺のことです?」
「牧野だからマッキーな。分かりやすくて良いあだ名じゃねぇか。そして、このジムには長らくツッコミが不在でな。ちょうどお前みたいな奴を探してたんだよ」
「いや、募集要項には事務スタッフ募集って…」
「そんなの建前に決まってんだろ。まぁ、事務の仕事もして貰うが、本業はツッコミだわな」
筋条の口から衝撃の事実が明かされる。このイカれたジムは、採用基準までもイカレポンチだったのだ。
「どんな採用基準だよ!!ここはお笑い事務所か!!」
「そうそう、それだよそれ」
筋条は、反射的に出てしまった俺のツッコミを聞くと、感慨深そうに頷いた。
「色々おかしいだろ!だいたい、まだここで働くって決めた訳じゃ…」
「今何か言ったカナ?」
筋条は背中に担いでいたバズーカ砲をこちらにry。
「いえ、何でもないです!!」
俺は言葉を濁すしか無かった。強引、横暴、傍若無人、筋条厚。誰か俺を助けてくれ。
「悪いがもう顔は覚えたぜ。それに住所も通ってる大学も把握済みだ。バックレようったって、そうはいかねぇな」
筋肉の悪魔がさらなる脅しを掛けてくる。どうやら俺に逃げ道なんて、最初から無かったらしい。
「なーに、悪いようにはしねぇよ。誤射の詫びも兼ねて、ジムの基本使用料金も1年間タダにしといてやるし、トレーニングの仕方だって俺達がバッチリ教えてやるさ」
本来なら破格の待遇なのだろうが、全く嬉しくない。俺は彼の指導から、生きて帰ることが出来るのだろうか。
「そんじゃまぁ、期待してるぜ、マッキー」
「一緒に働くのが楽しみですわ、マッキーさん」
2人は穏やかな笑顔で俺に歓迎の言葉を送る。一人は天使、もう一人は悪魔だ。
「ハイ、ヨロシクオネガイシマシュ」
俺の受難は始まったばかりだ。
Muscles Solve Everything.(ジョン・ローイング)