NoNovel   作:隻腕のオクトパス

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はあひあはなひなはあらか


のぬ

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【窒息】

 

 僕の友人にはCちゃんという女の子がいる。

 彼女は現実主義者で、京楽を是とする僕とは水と油の関係だ。

 「ゲームが将来何になるの?」と冷ややかな目を向けられると、その端正な顔を固めた拳で歪めたくなる。ディスコミュな会話にストレスが鬱積していた。

 

「Cちゃんって僕以外に友達いないの?」

 

 本音を漏らすと、彼女は目を見開いてフリーズした。人畜無害の僕からメンタルを強襲されると思わなかったのだろう。

 

「……必要ない」

 

 ややあって返ってきた言葉は弱々しく、僕の些細な嗜虐心を満たすのに十分だった。

 

「僕だけで十分ってこと〜?」

「別に、そういうわけじゃない」

「親友だもんね〜」

「別に、親友でも……」

 

 彼女は言い淀む。

 そこから先は言葉にしたくないのだろう。

 

「手、出して」

 

 僕は返事を待たずに彼女の手を取り、小指同士を絡ませた。指先が雪のように冷たい。死人みたいだ。

 

「指切り!大人になっても友達!」

「バカじゃないの…………」

 

 彼女はぷいと顔を背けた。

 しかし、その顔色からは安堵が窺える。

 どうして自分を強く見せる虚栄心は、こうも醜く哀れで愛おしいのだろうか。

 彼女の空虚な心を満たしてみたい。

 そのために仲良くなろう。

 

「Cちゃんって何着ても似合うよね。スタイル良いもんね」

「一緒に勉強しよ。いや、するよね?」

「Cちゃん、誕生日おめでとう。生まれてきてくれてありがとう!」

 

 着実に、強引に。

 上辺だけの拒絶を装った能天気で封殺する。それだけで信用される。心の中に踏み込める。「ああ、この人は大丈夫なんだ」と思わせる。

 頭を撫でる。

 手を叩き落とされる。

 でも嫌がっているわけじゃない。

 「可愛いね〜」と軽口を叩いてみる。

 

 そうやって『Cちゃん仲良し計画』を実行していると、放課後に友達に呼び止められた。

 

「なんであんな女と絡んでんの?」

 

 あんな女とはCちゃんのことだろう。

 彼の質問を皮切りに、周りにいた友人たちも口々に疑問を吐露した。

 

「顔だけじゃん」

「性格含めて割に合わねー」

 

 彼らの意見はもっともだ。

 だけど、それは人生経験の浅い子供の尺度で、彼女には相応の魅力がある。

 

「わかってないな〜、Cちゃんは僕の大切だからさ」

「え、これ!?」

「んー、内緒」

 

 彼らをあしらって教室から出ると、Cちゃんがいた。驚いた猫みたいに唖然としている。壁に耳を立て、盗み聞きでもしてたのだろう。

 

「あ、聞いてた?」

「……別に」

 

 挙動不審に目を逸らされた。

 視線を受けておもはゆい気持ちになったのか、背を向けて急足で歩き出す。

 

「待って!」

 

 呼び止めると、ぴたりと足が止まる。

 ややあってから振り返った彼女は何かを期待しているかのような目をしていた。

 

「……なに?」

「一緒に帰ろ?」

「……ん」

 

 彼女は小さく頷く。

 

「かわいいね」

「別に、かわいくないし……」

「かわいい〜」

 

 頭を撫でる。

 手を叩き落とされなかった。

 キューティクルで艶やかな髪を一房摘む。

 

「ねぇ、どうしてそんなにかわいいの?」

「かわいくないって……」

「かわいい!それに天才だし!」

 

 彼女の口元がモニョモニョと動く。

 歓喜を押し殺そうとしているが制しきれていない。

 するとその時、背後から声がした。

  

「え、まひろ君ってCちゃんと付き合ってたの!?」

 

 クラスメイトの声。

 同時、撫でる手は無常にも叩き落とされた。

 

 平穏な日々はカレンダーのページを捲るようにあっという間に過ぎていく。

 『Cちゃん仲良し計画』は順調に進み、頭を撫でることが日常となった、そんなある日のこと。

 

「今日、うちで勉強会する?」

「え?」

「……親、いないよ?」

 

 家に誘われた。

 彼女が自発的に誘うのは初めてだ。

 親がいないから何だと言うのか。

 

「いいの?」

「ダメなら誘わない」

 

 僕の選択肢は『行く』一択だった。

 彼女の提案を蔑ろにできない。

 

 学校が終わり、彼女と一緒に帰路に着く。

 カップルと勘違いされている。

 

 否定をしない。

 彼女も満更ではない様子だ。

 

 彼女の家に上がり、部屋に入った。

 そこは本も小物もない、必要最低限なものしかない無味乾燥な空間だった。

 彼女はベッドに腰掛けると、自分の隣をぽんぽんと叩いて僕に座れと促す。

 指示通り隣に座ると、彼女は手を重ねてきた。氷のような温度に浸食される。顔を見ると、虚ろな目で俯いていた。

 

「どうしたの?」

「……わかんない……何、してるんだろう」

 

 消え入りそうな声だ。

 漠然とした不安に押し潰されそうな心理状態が汲み取れる。

 

「そっか」

「ごめんね……急に……」

「ううん、大丈夫だよ」

 

 時計の乾いた音がチクタクと鳴る。

 言うべき言葉は何だろうか。

 

「疲れちゃったよね」

「うん……」

 

 彼女は今、弱みを曝け出そうとしている。

 それほどまで信頼してくれている。

 なら、僕がすべきことは受け入れることだ。

 手をぎゅーっと握る。

 弱々しく掴み返された。

 髪を梳くように頭を優しく撫でる。

 

「大丈夫」

 

 そう囁くと、目が合う。

 覇気のない琥珀色の瞳の中に僕が映っていた。

 

「僕がいる。だから、大丈夫」

 

 語りかける。

 その心を溶かすように。

 

「悩んじゃうよね。考えちゃうよね。先が見えなくて、どこを歩いてるのかわからなくなるよね」

 

 沈黙が流れた。

 でも、その静けさは心地がよく、君の心を溶かすのに必要だった。

 

「君はここにいる。こうして生きている。いつだって心は、言葉は、ここにある」

 

 自分のトントンと胸を叩く。

 

「だから、怖がらないで。迷惑なんて思わないよ。僕は、君を深くまで愛したい。全部を愛したい。受け止めたい。些細なことも全部、力になりたい」

 

「まひろ……」

 

「わからないの……」

 

「息ができるのに、窒息しそうになる。死にそうになる。死にたくなる。なんでか、わからない……」

 

「おかしいよね」

 

 彼女が求めているものは答えではない。

 言葉でもない。

 無防備な本心を曝け出せる関係だ。

 

「生きててくれて、ありがとう」

 

 対話は必要ない。

 

 心臓の音が聞こえる。

 熱が伝わってくる。

 苦しみを透明化してる。

 

「今も苦しい?」

「ううん」

「君といると重りが外れた気がした」

「二人なら、きっと苦しさも二等分だ」

「こうやってずっと一緒にいたい」

「心は融解温度にとうに達していた。世界に血が通った気がした。生きている気がした。生きられる気がした」

 

 

「Cちゃんのこと、もっと教えて。知りたいんだ」

 

「ずっと、視線が怖い」

「他人が何を考えているかわからない」

 

「なんでだろう」

「なんか、ごめんね」

 

 弱い。

 無防備な核心を曝け出した。

 

 感情を込める。

 

 家族の話を全く聞かない。

 家庭に問題がある。

 

「いない……」

 

「そっか、ごめん」

 

「どうして謝るの?」

 

「別に、どうでもいいよ」

 

「そっか」

 

「全然」

 

「親は、お父さんの愚痴ばかり言ってる」

 

 お母さんと呼ばないのは忌避感からだろう。

 拒絶している。

 

「家族愛って言葉についてどう思う?」

 

「鳥肌が立つ。吐き気がする」

 

 なんだ、似た物同士か。

 

 

「頑張ってない」

 

「なんで……」

 

 涙が溢れた。

 

「そっか、頑張ってたんだ」

 

「ずっと、頑張ってたんだ」

 

「わかんなかった。ずっと、それが普通だったから」

 

 

 鼓動が混ざり合う。

 キスさえしないプラトニックな愛情を注いだ。

 

 僕らは高校一年生になった。

 Cちゃんとは同じ高校に入学した。

 

 一緒に登校する。

 付き合ってはいないけれど、そういう関係性に見えただろう。

 

「まひろ」

 

 名前を呼ばれた。

 一緒に帰るんでしょ?、と言わんばかりに袖を引いてくる。

 

「帰ろっか」

「ん」

 

 もうすぐCちゃんの誕生日だ。

 サプライズプレゼントをしなければならない。

 

「勉強がんばってる?」

 

「うん。大人になったら養ってあげるよ」

 

「期待しないで待ってる」

 

「期待してよ〜」

 

「まひろくん、将来刺されるよ」

 

「その時はお姉さんに会いにいくから」

「巻き込まないでよ」

「死ぬ時は一人じゃないね」

「最悪」

 

「あ」

 

 ついに見られてしまった。

 『Cちゃん仲良し計画』もこれで終わりだ。

 

「待って!」

 

 冷静に考えながら、必死にCちゃんの後を追う。

 

「誰、あの人……」

 

 誤魔化すのは容易い。

 それは、つまらない。

 

「ごめん……」

 

 

 不信感を募らせるだろう。

 不安に駆り立てられるだろう。

 

 

「私といた時、あんな風に笑ってなかった」

 

「つまんなかったなら……言って欲しかった」

 

「ごめんね……つまんなかったよね……」

 

「私、中身ないし……おもしろい話できないし……」

 

「違う、違うんだ。君以外、眼中にない!」

 

「わけわかんない」

 

 心の声が聞こえてくる。

 気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。

 剥き出しの嫌悪感だ。

 

 自己嫌悪。

 

 心地いい。

 敵愾心で満たされる。

 君が最初から壊れていたように、僕も最初から狂っていた。

 

「やめて」

 

 模範解答を知っている。

 何度も繰り返してきた。

 

「誰でも良かったんでしょ」

「無理、いや無理、無理だから、無理、無理、無理でしょ……意味わかんない……」

 

「ごめんね」

 

「二度と、あなたのことなんか好きにならない」

「友達に戻って、全部、無かったことにする」

 

 友達に戻る。

 それは縁は切らない。

 

 それ、嫌いになれないって言っているようなもんだよ。

 

 僕は普段から笑わないようにした。

 

「えーと、はじめまして?」

「学校では初めましてだね、まひろくん。見てたよ、最低なとこ」

「それ、君が言える立場?」

「んー?」

「何でもない」

「もしかして、3年前のこと後悔してるの?」

「してないよ。自分の黒歴史を消したいだけ」

「死にたくなったら私が殺してあげる約束したもんね」

「かわいいね、まひろくん」

 

 その態度に微かに苛立ちが募る。

 ベッドに押し倒す。

 

「きゃ〜、大胆。ここで叫んだらどうなると思う?」

 

 黙って彼女の細い首を絞める。

 ん、ん、と疼くような声。

 僕の感情は冷えていた。

 欲情なんか湧いてこない。

 しっかり15秒数えてから離す。

 

「叫びなよ」

「はぁ……ほんと、酷いなぁ……」

「まひろくん、死にたい?」

「自分の命より価値あるものは存在しない」

「私好みに育ったね」

 

 キスをする。

 息をする隙を与えない。

 

 求めてくる。

 愛も性欲もない。

 儀式的なキス。

 

「っぷは……ねぇ、まひろくん。やっぱり君に一番似合うのは私だよ」

「それに関しては同意見だよ」

「いっそ付き合っちゃう」

「付き合う必要ある?」

「え、わかる!」

「でも苗字は欲しい。変えたいから」

「如月まひろかぁ、いいね!いつ結婚する?」

「20歳になったら」

「その言葉、忘れないでね」

「はいはい、約束約束」

 仲直りしたい。

 

 

 

「ね、Cちゃん」

「誕生日おめでとう」

 

「まひろから貰えたら、なんでも良かったの!」

「金額なんかどうでも良かったの!」

「Cちゃんに、プレゼントがしたくて……ごめん」

 

「30万円の、腕時計……?」

 

 

 

「まさか、このため……?」

「もっと自分を大切にして!」

 

「喜んで欲しくて……ごめん……」

 

 頬を涙を伝う。

 

 

「君が、初めてだった」

「もう、やらないで」

 

 過去の鎖に縛られ続ける。

 

 悩んでいる。

 狭間に立たされている。

 

 この2週間は十分な時間だったろう?

 逃がさない。逃げられない。過去はいつまでも今を追い続ける。

 後悔する人間はいつも弱い。

 あの時こうしておけば良かったなんて後悔は弱者特有の妄想なんだよ。

 

「待って、そのお金、どこから出てきたの?」

 

「えっと、アルバイト……?」

「嘘はやめて」

 

 

「認めない」

「言ったよね?」

 

「じゃあ私でいいじゃん」

 

「誰?」

「1年2組の如月紗奈」

「まひろくんの彼女やってます」

「やってないよ」

「私ならまひろくんを不自由させないのに」

「今度一緒に買い物いくよ」

「え?」

「なんで?」

「だって、付き合ってないでしょ?」

 

 再認識した。

 してしまった。

 

「ごめんね、Cちゃん」

 

 愛で隙間を埋めた。

 

 競争心は本能だ。

 愛は冷める。

 再認識させる。

 冷たくする。

 

 心の隙間は十分に埋めた。

 だから、打ち砕こう。

 

 

「別に、興味ないよ」

「紗奈ちゃんの方が楽しいよね」

 

「まひろくん、悪魔だね」

「紗奈には負けるよ」

「にへへ」

 

 人間なんて、壊れているくらいがちょうどいい。

 

「勉強会しようか」

 

 君といた時はしていなかったブランドのネックレス、時計、バッグ、香水。

 

「ああ、紗奈から貰った」

 

「誕生日プレゼントだってさ。別にいらないのに」

 

 君と会うずっと前から壊れていたよ。

 

「紗奈?別に、どうも思ってないよ?」

 

 インスタに載せる。

 

「ありがとう!大切にするね!」

 

 金が必要になる。

 抵抗があるのだろう。

 

 弱みを握られるも同然だ。

 紗奈と僕の仲がいいのを目撃している。

 不審なのだろう。

 

「あの人、ネットで大人の人とかと会ってる」

 

「えっと、それだけ?」

 

「え?」

 

「パパ活なんて、将来碌な大人にならない」

「第一、気持ち悪い」

 

「それ、弱者の妄言」

「需給を理解していない。供給過多で溺れることが真っ当だと思考を放棄している。コミュニケーション能力も容姿も換金性がある。用はただのビジネスだよ」

 

「ビジネス……?」

 

「それにさ、将来苦しむって……苦しんでほしいの間違いでしょ?自分の努力を僅か数時間で裕に超えるから妬ましい。妄想の中で相手に醜く描いて架空の相手に勝ち誇って自分は正しいのだと思い込む。哀れだね」

 

 所詮は価値を知らない一般的な高校生の尺度。

 金の稼ぎ方を知る人間。

 枢要なことは資本主義を理解しているかどうかだ。

 

 食事をするだけで10000円のお手当。

 時給5000円。

 ブランド品も買ってもらえる。

 

 紗奈の仕込みだ。

 話も上手い良客だ。

 

 価値観が歪む。

 ただ話すだけで金をもらえる。

 

 価値になる。

 逆転する。

 

 自分の時間を金銭換算するようになる。

 この時間があれば4000円稼げていた。

 

 僕もやっていたという事実。

 

「腕時計買ってもらった」

 

「は?300万……?」

 

「Cちゃんはバカだなぁ……」

 

 

 これは300万円もしない。

 コピー品はネットショップで簡単に手に入る僅か3万円の物だ。

 証明書ごとコピーされたスーパーコピー品。

 

 

「どうしたの?」

 

「ううん、Cちゃんは綺麗だよ」

 

「かわいいね」

 

 抱きしめる。

 互いの体温が混じり合い、鼓動が一つになる。どっちの心臓かわからない。

 

 

 

「こんなの……こんなの……」

「だから、お願い……」

「Cちゃん、愛してるよ」

 

 

ブランド物の時計。

ブランド物の服。

 君から貰った香水とは別のもの。

 君から貰ったネックレスを身につけた。

 

「あ、Cちゃん!」

 

 ライバルがいる。

 Cちゃん、仕方ないよ。

 

「最も効率的なのは、愛させることなんだよ」

 

 別に、どうでもいいよ。

 もう興味がない。

 仲良くなれないのだろう。

 体を売るほどに盲目的だ。

 そこまで落ちたのか。

 

「ううん、君は綺麗だよ」

 

「体を売るのは自傷行為に似ている」

 

「5万円も稼いできたんだ。すご〜い」

「紗奈、思ってもないこと言うね」

「あぶくに消える端金だもん」

 

「君はもっと頑張れる」

 

「なんで」

 

「頑張ったのに」

 

「関係ないよ」

 

 

「もっと稼げるよ」

「何言ってるの?意味わかんない、意味わかんない」

「やめて!」

 

「これがいいんだよ」

 

「いいの?」

 

「向いてないんだよ、Cちゃん」

 

「ああいう子は落ちるとこまで落ちるよ」

 

 

「紗奈、Cちゃんに何伝えたの?」

 

「まひろくんの初めては私だよって」

「最悪」

「にへへ〜」

 

「私の方が稼げるし」

「も〜、君が一番お気に入りなんだよ?」

「はいはい」

 

「ほら、Cちゃん。まひろくんに渡してあげなよ」

 

「ランクアップおめでとう」

 

「え?」

「僕のために頑張ってくれてありがとう」

 

 冷静になるようならそれでいい。

 でも君はとっくに壊れている。

 

「人生を満たすのは金か愛か自由だ。だから金のために人生の大半を労働に費やす。愛に飢えた人間は、その金で愛を求める。バカなんだよ、根本が。最初から満たされていたのに、次を求めてコップの底に穴を開ける。永遠に満たされない。滑車の中のハムスターみたいだ」

 

「Cちゃん、ありがとう」

「妊娠したの?」

 

 膨らんだ腹。

 一縷の望みに縋りたがる。

 

「産む」

 

 中絶期間は過ぎていた。

 目を逸らした結果だ。

 

「この子は、何も悪くない」

 

「降ろしたくない」

「この子に罪はないもの。一人にしない。ちゃんと愛する」

 

 レイプで孕んだ赤子を産む女がいる。

 お腹の命はお前を幸福にさせる。

 母親にさせる。

 だから理解していても中絶できない。理解と受容は違う。理性は感情に負ける。それが人間だ。

 

 そういえば、性犯罪者の子供を産んだあの子は今何をしているのだろうか

 元気にしているだろうか。

 毒親になっているのだろうか。

 それとも死んでいるのだろうか。

 どうでもいいか。

 

「あーあ、お別れかぁ」

 

 もう接点もない。

 今後の人生で関わることもない。

 思い出の一つになって、思い出すこともなくなるのだろう。

 

 退学したらしい。

 退屈で平穏な日々だった。

 

 Cちゃんを見つけた。

 

「何してるの?こんなところで」

 

「あっち行ってよ……」

 

「危ないでしょ、女の子一人」

 

「来てよ」

 

「住んでいいから」

 

「どう生きていくつもり?」

 

「バカだね、Cちゃんは」

 

「僕なら利用できるもの全部を利用する」

「君の能力の高さは知っている」

 

 興味がない。

 死んでも生きてもどうでもいいが、生きているに越したことはない。

 

「あがりなよ」

「他のやり方でも金になる」

「需給を理解していない。サービスは売れる」

「ひとりなの?」

「まぁね」

「あなたのこと、全く知らなかった……」

「そんなもんだよ。人間って」

「昔を思い出す」

「あの頃は何も知らなかったから」

 

「後悔してる?」

「してない。あなたと出会わなければ、もっと退屈で、惨めに生きていたから」

「そう」

 

 ため息を吐きそうなほどに緩い感性だ。

 

「この子のこと」

「名前は決まってるの?」

「まだ……」

 

 なんでだろう。

 生きている気がした。

 輝いている気がした。

 

「ああ、紗奈」

「出てってよ」

「今は邪魔するな」

 

 

 あるはずの席。

 素敵な未来を想像してしまう。

 

 

 公園を通り掛かった。

 

 首を吊った君がいた。

 

「なんで」

 

 産むのだろう。

 納得もできる。

 

 心底、残念だ。

 

『約束、大人になっても友達!』

 

 あの日触れた指先のように冷たかった。

 

「最初っから潰しとけば良かったんだよ。承認欲求の蝿なんか」

 

 そうすれば、今より幸福になれただろう。

 僕なんかと出会わずに済んだだろう。

 罪悪感は湧かない。

 

 警察に事情聴取を受けた。

 

 僕も被害者として扱われた。

 彼女の親を見てみたかった。

 

「Cちゃんの友達です」

「ああ、あんなやつの……物好きな子もいたのね」

 

「お前も死ねよ」

 

 不快なものは不快だ。

 

「ま、別にいいけど」

 

 

「死んじゃったね」

 

「なんかした?」

 

「しただろ」

 

「だったら何?」

 

「不快なんだよ」

 

「ずっと前から君のことが嫌いだった」

 

「私は好きだよ。私の口調とか言葉を真似してるとことか、子供みたいで可愛いもん」

 

「うるせえよ」

 

 所詮他人に過ぎない。

 

 サークルに入った。

 

 キスをした。

 壁に唇を付けているような気分になった。

 感触がしない。

 

 ついばむように。

 温度を感じない。

 

 舌を入れる。

 下手くそだな、と思った。

 

 貪られているような感覚に陥る。

 まるでレイプされているみたいだ。

 

 冷えている。

 気分が下がり続ける。

 

 

 

 なんでなんだろうな。

 

 同棲した。

 

「結婚する?」

 

「ごめん、別れよ」

 

 ああ、そっか。

 幸せになってほしかった。

 本心だった。

 なんで優しくできなかったんだろう。

 

 全部、お前が悪いのに。

 

 ずっと興味がなかった。

 他人が傷つくことを厭わないほどに幼稚だった。

 

 

 わかったよ。

 

「紗奈、会える?」

 

「どうしたの?いいよ」

 

「久しぶり」

 

「ちゃんと人間になったんだね」

 

「まひろくん、私のヒモになってよ」

「飼ってみたかったんだ」

 

「何言ってんだ、お前」

「この罪を共有したかった」

「なんだ……お前はまだ、子供のままなんだな」

「子供だから自分の罪を認識できない。哀れだよ」

 

「違うよ」

 

「私はずっと知っていた。それが悪であると」

「まひろくんとは全く違う」

 

「それにさ、咎める気?それ、君が言える立場?」

 

 過去の言葉が自分に突き刺さる。

 ああ、痛いなぁ。

 

「あはは」

 

 自分よがりだ。

 

「まひろくん、私、言ったよね」

 

「私好みに育ったって」

 

 くだらない。

 そうやっていつも上辺だけの言葉で本心を否定していた。

 

「過去は消えない。いつまでも今を追い続ける」

「清算なんてできないよ。もう、死んじゃったもん」

 

「全部、君が奪ってきたものなんだよ」

 

「なんで教えてくれなかったんだ」

 

「その方が面白いじゃん」

 

「人間じゃなかったんだな、お前」

 

 何が本音だったのもわからなくなっていた。カッター。

 

 13歳の頃。

 いつでも死ねるはずだった。

 車に轢かれようと何度も思っていた。

 轢かれる寸前だったことも何度かあった。

 毎日、死にたいと思っていた。

 リストカットをしてみたくなった。

 動脈がぷくぷくと存在を主張している。

 「死にたい」とか「死んでもいい」を現実逃避の免罪符にしていたこと。本当は生きたいのだと。

 

 切れた。

 切れてしまった。

 

「ああ、死にたかったのか」

 

 納得した。

 ようやく心の底から死にたいと思えた。

 

 

「君を産んだのは私だから」

 

「悔やんでる?」

 

「弱者だったね、まひろくん」

 

『死にたくなったら、君に殺されたい』

 

「殺してくれ」

 

「自分が重要視していた事柄全てはどうでもいいってことに気がついた」

 

「生きる気力なんか、もうないってことも」

 

「期待は裏切るのが好きなんだよね」

「まひろくん、勝手に死になよ」

 

 大学の講義に出席しなくなった。

 生きていい理由が欲しかった。

 他人のために生きたかった。

 

「少年、何してんの」

 

「なんだよ」

 

「気にすんなよ」

 

「腹減ったろ、なんか食うか」

 

「うち来いよ」

 

「ほら、好きなようにしろ」

 

「世界は平等に無関心だ。誰が死んだって気に留めやしない」

 

 何を言ったらいいか。

 全部知っている。

 それを口にすること自体が吐き気を催す。

 

が何を言っても筋違いになる

 

 ずっと言いたかった。

 

「誰かを愛せるようになれ」

「何もできない奴は、何もできないままに死んでいく」

 

 

「ああ、はい」

 

「やりました」

 

「生きて欲しかったから」

 

「ただの自己満足だとわかっている」

 

「気持ちが悪い」

 

「怪我をしていた」

 

「守るのがお前の役割だろ」

「傷つけてどうすんだよ」

「親であろうとするなら親の役目くらい果たせ」

 

「犯罪者が、どの口でむ

 

「ああ、ほんと、どの口が言ってんだろうな」

 

「でもそれは、お前も同じだろ」

 

「他人を傷つけることを厭わないクズは、一体いつになったらその稚拙に気がつく」

 

 

 執行猶予。

 実質無罪。

 

「お兄さん、やっと会えた」

 

「私、幸せだよ」

 

 救われた気がした。

 涙が止まらなかった。

 

【窒息】完

 

 

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