私は今、ゲヘナ自治区のとあるカフェにいる。
ゲヘナとトリニティといえば犬猿の仲。私は個人的に嫌いな奴らはいるが、全体で見ればゲヘナに対する嫌悪感は別に無い。とは言ったものの、やはり銃声が聞こえてくる頻度はトリニティの比ではなく、少々うるさい。
ヒソヒソと耳障りな声がそこかしこから聞こえそうなトリニティ、シンプルに銃声や怒鳴り声が喧しいゲヘナ。どっちもどっちだな。
そして、目の前にいる人物はそのどちらにも属さないが、性格や属性的にいえば大変ゲヘナ寄りの危険人物。
まぁ、かくいう私もトリニティ所属とはいえ性格までトリニティとは言い難いが。
「……ねぇモッさん」
「その呼び方やめてくれません?」
「…モッちゃん?」
「それもやめてくれません?」
「七囚人がひとり災厄の狐こと狐坂ワカモ」
「0か100かしかないんですかあなたは。叩いて直してやりましょうか」
「んだよノリ悪いな。正体バレて困るのはそっちでしょ」
「それはお互い様でしょう」
「むっ…………」
私に正論パンチしてきた目の前の人物は、さっきも言った通り狐坂ワカモ。先日D.Uで再会した時に、私のお気に入りのコートをダメにしやがった張本人だ。
位置情報と時間、そしてコートのお詫びと相談したいことがあるとモモトークに送られて来たので、それに従って来てみればゲヘナ自治区のカフェだった。
ワカモと会うとあって私服だったから良かったものの、もし制服だったら制服をクリーニングに出すか買い換えるハメになっていた。血って落ちにくいんだよな。
「都合が悪いと黙るのは変わりませんね」
「…………それはさておき、数少ない友人がこうして服を見繕ってくれたのは大変嬉しいよ。でもコートのお詫びって言わなかった?」
「ええ、ですからこうして代わりになりそうな物を」
受け取った紙袋の中身を取り出してみると、出てきたのは黒色の羽織。百鬼夜行連合学院の生徒が着てるアレ。金色で縁取られた白黒の桜の模様がカッコいい。赤い裏地に描かれた狐面もなかなか粋だ。
「……いや、制服の上に着れないじゃん。百鬼夜行の回し者と思われてムラハチだよ」
「文句言うなら返していただけます?」
「え、ヤダ。私服で着るよ、カッコいいし」
とりあえず袖を通してみる。
黒のスラックスに白いシャツ、ダークグレーのニットベストと、とりあえずモノクロとグレーでカジュアルフォーマルな格好しとけばハズレないだろという考えが見え透いた格好をしてるのが今の私。
それに羽織を加えてどうなるのか、鏡がないから自分ではよくわからない。
「どう?似合ってる?」
「似合ってますよ、ヤクザっぽい感じで」
「それ褒めてる?まぁいいや」
紙袋を脇に置いてメニューを手に取る。
「で、相談って?くだらないことだったら帰るけど」
とは言いつつも、一応は友人の頼み。お互いなにか食べながらの方が話も進むかと思いメニューを見ながらワカモに耳を傾ける。
話の片手間に食べれるものがいいな、ホットスナック系と…おっ、なにこれ美味しそう。
「……あなたは…「あ、すみません。ポテトと、あとこの、カツパンをください。あ、ごめん、なんか頼む?」
店員さんが近くを通ったのでつい注文してしまったが、ワカモの喋り出しと被ってしまった。メニューをワカモに差し出すが、スッと手で押し戻されてしまう。
「結構です」
「ごめんって…」
普通に怒られるならまだしも、このスンッとチベットスナギツネみたいに目を細めた真顔で見られるのは苦手だ。
素直に謝ってから店員さんが離れたのを確認して、今度はちゃんとワカモに向き合って話を促す。
「さ、今度こそ聞くよ」
ワカモは一度大きく息を吸い、決心したかのようにそれをゆっくり吐き出した。正直言ってこんな真面目そうなワカモなんてなかなかお目にかかれない。私も自然と姿勢を正していた。
「……イノ、あなたは…恋を、したことはありますか?」
ワカモは手元のカップに視線を落とし、ほんのりと頬を朱に染めてはにかみながら言った。
私は脇に置いた紙袋を手に取った。
「ない。羽織ありがとう、それじゃ」
めんどくさ、さっさと帰ろ。と思い席から立ち上がろうとした瞬間、殺気を感じ銃口を突きつければ、ほぼ同時に向こうの銃口もこちらに向けられていた。
店内がざわつき、何人かがさっさと会計を済まして逃げ出した頃、示し合わせたように銃を下ろし、再び席に着いた。
「そういうのモテないと思う」
「自分の恋路をくだらないことと一蹴されれば誰でもそうします。むしろ撃たなかったことに感謝して欲しいくらいですけれど」
「はいはいありがとう。はぁ…なにが悲しくて休暇取ってまでゲヘナに来て仕事しなきゃいけないんだって。割といるんだよ?恋愛相談しに来る人」
先輩に告白したいけど勇気が出ないとか、好きな人にどうアプローチしたらいいかわからないとかの可愛げがある相談ならまだしも。こっちが守秘義務があるのをいいことにストーカー行為を嬉々として報告したり、シスターフッドに気になる子がいるからと個人情報聞き出そうとしてきたり、なんならこっちのシフト把握した上で懺悔室越しに告白してきたり。
ちなみに今までで一番ヤバいと思ったのは、2度と浮気できないように拷問するから器具を貸せって言われた時。私の知ってる範囲で拷問は行われていないので当然無いものは貸せない。あの人のお相手は無事なんだろうか。
「だから!わざわざ!相談しに来たんです!」
バン!とテーブルを叩きこちらに身を乗り出すワカモ。いつものように衝動に任せて相手に突撃しないあたり成長したんだろうか。それともワカモをお淑やかにしてしまうほどの相手なのか。
「はぁ、わかったって、ンンッ…それで、恋でしたか。いったいどのような恋のお悩みですか?」
「その……意中の殿方とお近づきになるには、どうすればよろしいのかと…」
普段の様子からは考えられないほどしおらしい態度で、モジモジと胸の前で指を遊ばせるワカモの姿は、まるで恋する乙女。うわっ、って口から溢さなかった自分を褒めてあげたい。
今みたいに仮面を外したまま、相手の前でその姿を見せてやればツラの良さも相まって1発K.O.なんじゃないかと思うが、いくらツラがよくてもワカモだからなぁ…。
破壊と略奪でアピールされたら相手が不憫すぎるし、それとなくそっちに走らないようにアドバイスしておくか、効果のほどは知らんけど。だってワカモだから。
「相手との関係性にもよりますが…まぁワカモですからね。まずは相手の目を見て、ちゃんと挨拶するところから始めてみてはいかがでしょうか」
「なるほど、目を見て挨拶…」
「えぇ、まずは相手に覚えてもらうところからです。なにか事件を起こして気を引いたりするよりも、顔を合わせて言葉を交わす方がよっぽど相手との距離は縮まります」
「なるほどなるほど、では邪魔者を徹底的に排除して二人きりになれば…」
「ワカモ。会話とは、お互いをより理解し合うためにあります。ワタクシたちのように、そこに武力を介在させてお互いを理解し合うには、実力がある程度拮抗していなければ成り立ちません」
まぁ私のが強いけど。
「今なんか失礼なこと考えませんでした?」
「たとえば想像してみてください。ワタクシ達が手も足も出ないような、圧倒的な強者がいたとします。そんな人物が、周りの友人や通りがかっただけの人間を悉く殲滅し、建物や道路を破壊し、得物を片手に語りかけてくる。いかがです?」
「……そもそも、そんな強者が存在するとは思えませんけれど」
「私やあなたは、他の生徒の目にはそう映ります」
ワカモは納得したような、そうでないような、少し不満気な顔をしながらカフェオレの入ったカップを口へ運んだ。
私もコーヒーを一口飲んで、話を続ける。
「一般的に、そのような状況に遭った人間は恐怖を感じるでしょうね。会話の選択を間違えれば、何か粗相をしてしまえば、自分がああなると恐怖を感じながら、あなたと会話させられることになる。そんな独裁的な恋愛がしたいのなら止めませんが……対等な立場で、互いが互いを想い合うような恋愛がしたいのならば、衝動に任せる前に一歩立ち止まるべきです」
「……あなたに言われるとなんかムカつきます」
「それはワカモが私がどういう人間かを理解しているからですよ。トリニティでワタクシに面と向かって物を申せる人間はほんの一握りですから」
「…その生き方で、息苦しくないんですか?」
「はははっ、そうですね…あなたが恋を実らせた後ならお答えしますよ」
ちょうど話もひと段落したあたりで、店員さんがお盆を持ってやってきた。いつ仕事モードやめようか悩み始めてた頃合いだったのでナイスタイミングだ。
「ま、陰ながら応援させてもらうよ。こっちの自治区でデートするならオススメの飯屋とか雰囲気の良い喫茶店とか教えるし、話聞くくらいならデッッカ」
テーブルに置かれたカツパンを見てそう溢さずにはいられなかった。
いや、なんだこれデッカ。私の手のひらより大きいぞ。
「知らないで注文したんですか?割と有名ですよ」
「あんまりチェーン店入らないんだよ…喫茶店とかは特に」
思い込みもあるのかもしれないが、チェーン店とそうでない店ではコーヒーの美味しさが違う。大して値段が変わらないならより美味しい方を、と思うのが人情。ついでにシゴデキな雰囲気で長時間居座る人間が多くて落ち着かないのも理由の一つだ。
おしぼりで手を拭き、手を合わせる。
「いただきます。あ、ポテトつまんでいいからね」
三つに切り分けられたカツパンの一つを手に取る。
サンドにしてはズッシリとした重さ、パンは柔らかい系、カツの厚みも申し分ない。大きめに口を開けてかぶりつけばザクっと衣が音を鳴らし、パンの香りが口いっぱいに広がる。そして千切りキャベツ!ソースにまみれたキャベツがカツのソース味をさらに濃くしてくれる。
キャベツ、名脇役。それも主役より目立っちゃうタイプの名脇。カツとパンの組み合わせにお前は欠かせない。
あっという間に一切れ食べてしまった。所詮はチェーン店と思い侮っていたが、なかなかどうして悪くない。パンはふわふわ、カツは揚げたて、キャベツの量も多い。
ポテトもつまみながら、二切れ目を食べ進める。
太めでホクホクタイプのポテトとケチャップの組み合わせは最強だ。いつでも食べていたい味。
二切れ目は真ん中ということもあって、衣のザクザク感は少し控えめだが肉らしさをより感じる。ちゃんと考えられてるな、うまいうまい。
しかし…こうなってくると他の味も気になる。味噌とカレー味があったし、エビカツパンもあった。
サンドイッチも気になる。きっとこのパンと同じでデッカいんだろうな。
「……随分美味しそうに食べますね」
「ん?うん、美味しいよ」
ポテトをつまみながらじっとこっちを見ていたワカモにそう返す。
口の中にまだ残ってるのに喋るのは行儀悪いが、ワカモしか見てないので特に気にしない。
「なんだよ、あげないぞ。自分で頼みなさいよ自分で」
「別にねだってるわけじゃありませんよ。あまりに幸せそうな顔をしてるものですから、珍しくて見てただけです」
「え、嘘。恥ずいな…」
私にそんな一面があったとは、知らなかった…。食事は基本ひとりだし、鏡を見ながら食事することなんてないし、知らないのは当然だが、指摘されるとちょっぴり顔が熱い。
ワカモの生暖かい視線がむず痒くて、誤魔化すようにパンを口に詰め込む。
それを見てクツクツと笑うワカモにムカっ腹が立つが、今は腹一杯だ。私もワカモの乙女顔を見てしまったわけだし、見逃してやろう。
「……お前なぁ…まぁいいや」
ちょっとした仕返しにワカモが取ろうとしていた最後の一本のポテトを口に放り込み、手を合わせる。
「あっ」
「ごちそうさまでした」
口を拭いて水を一口。口の中をリセットしてから少し緩くなったコーヒーを飲もうとしたところで、店員さんが運ぶシロノワールが見えた。他所のテーブルに置かれたそれは、やはりデカい。
デニッシュの上にソフトクリームが乗った姿は大変魅力的だったが、頼まなくて正解だった…
「あれだけ食べてまだ足りないんですか?」
「いや、アレ気になってたからさ。流石に頼まなくてよかったって思ってた」
「あら、デザートなら少しくらい食べてあげましたのに」
「えっ、今から頼む?」
「本気で言ってます?」
「まさか、冗談だよ……半分くらいは」
久しぶりに会う友人との会話は思いの外弾むもので、食事を終え、ワカモの相談も終わったあとも他愛のない話がしばらく続いた。
楽しい時間が過ぎるのは早いもので、日が傾く前には店を後にして解散した。あの頃と違って暇な身ではないのだ。ワカモは暇かもしれないけど。
「あっ…そういえば相手が誰だか聞くの忘れたな」
肝心のワカモが思いを寄せる相手を聞きそびれてしまった。いったいどんな人なんだろう、実は私が知ってる人だったりするんだろうか。ワカモが年下に恋するとは思えないし、でも年上となると…うーん……。
まぁ、次会うときの楽しみにしておこう。
久しぶりに入ろうとしたらカツパン1000円になっててびっくりしちゃった。ラーメン食べれるじゃん。