柴関ラーメンを初めて食べてからしばらく。私は再び、アビドス自治区を訪れていた。目的はモチロン柴関ラーメン。あれはとても美味かった、一度しか食べないなんて考えられない。別の味も食べたいし、チャーシュー丼も食べたい。今から楽しみだ。
場所は覚えてるし、今日は前と違って日も高い。空腹と寒さのダブルパンチで飢えたゾンビの如く彷徨うこともない。
しかし…前回は空腹でそれどころではなかったが、こうして陽の光を浴びながらアビドスを歩いていると昔を思い出すな。
あれは…そう、1年生の頃に寝過ごしてアビドスまで来てしまった日のことだ。
シスターフッドに入ったばかりの私は、慣れないシスター業務に疲れ果てて帰りの電車で船を漕ぐことはしょっちゅう。その日は昨夜遅くまで漫画を読んでいたせいか、たまたま行きの電車でも寝てしまい、気づいた時には人気の少ない駅に放り出されていた。駅のベンチで寝た記憶はないから、多分ハイランダーの生徒に捨てられたんだろう。アイツら野蛮だから。
「どこだよここ…うえっ、口ん中ジャリジャリする、ぺっぺっ」
報復に腹パンしてやろうにも、相手が目の前にいないんじゃ怒りも湧いてこない。というか仮にもシスターの格好してる人間を放り出すかね、信心ってもんがないのか。…ブーメラン返ってきそうだな。
とりあえず体を起こし、装備を確認する。
手に馴染む愛銃一丁、下ろし立ての同型の銃一丁。とりあえず力量の差もわからないバカを黙らせるには問題ない。
財布は中身を確認するまでもなく、手に伝わる軽さが中身の寂しさを代弁してくれる。時間を確認しようとスマホを取り出すが、うんともすんとも言わない。
スマホで先輩*1に助けを求めようかと思ったがアテが外れた。どうせ普段使わないからと昨夜充電をサボったのが完全に裏目に出た。
ならばと駅のホームで時計を探すと、短針は12を過ぎていて完全に大遅刻。もはや焦る必要すら無い段階だ。帰った時ブン殴られても大丈夫なように腹に鉄板でも仕込むか?
時刻表を確認すると、しばらく電車が来そうにもない。暇を潰そうと改札を出れば、燦々と照りつける日光が肌を刺す。寝起きにはつらい日差しだ…。
「……アビドスか。アビドスってどこだ……いや、確かブラックマーケットが…」
とりあえず腹を満たそうとなけなしの小銭で買ったコンビニおにぎりを口に放り込み、駅前のベンチで空を眺めて現実逃避に耽っていた。
交通系ICの残高も残り僅か、所持金を全部足してもトリニティに帰るには到底足りない。
……ブラックマーケットでカツアゲするか?いや、でもなぁ…足を洗ったばかりなのに再び非行に走るのは、私が意志の弱い雑魚みたいで嫌だ。やっぱり、歩いて帰るしかないか……となれば腹拵えをしなければ。次のおにぎりはどっちにしようかな。いや、そもそもおにぎり3つで満腹になるほど私の腹はお淑やかなのかも問題だが。
コンビニの袋の中を覗き、残り2つのおにぎりを見比べる。
「ね、ねぇ!大丈夫!?今にも死んじゃいそうな顔してるよ!?」
「あ"?誰が死にかけの雑魚だって?」
顔を上げて睨みつけると、ピャッと驚いた顔をしている胸のデカい人がいた。いかんいかん、つい癖で威嚇してしまった。
「ひぃん、そんなこと言ってないのに…」
「あっ、すみません、今の無しで。もう一回最初からお願いします」
「えっ?あ、うん!だ、大丈夫!?すごく、顔色…体調……と、とにかく大丈夫?」
「何バカなことしてるんですか…」
そのデカい人の横で呆れた顔をしている背の小さいヤツは、さっきから私を警戒している。
うーむ…コイツ強いな。やるなら準備してかからないとワンチャン負ける。空腹の時に戦いたい相手じゃない。
「バカとは失礼ですね。こう見えて結構マジに困っているんですよ?」
とはいえ困ってるのは本当。トリニティの方角もわからなければ、どれだけ距離があるかもわからないし、今日中に夕飯を食べれるかすら怪しいのだ。
「そうだよホシノちゃん、もし本当に困ってるんだったら助けてあげないと!」
「そーだそーだ」
「私には次に食べるおにぎりを悩んでるようにしか見えませんでしたけどね!またそうやって騙されるつもりですか?」
コイツ…やはり只者ではない。シャケの後にツナマヨに行くか梅に行くか悩んでいたのを見抜かれた。とんでもない嗅覚の持ち主だ。
しかし私そっちのけで隣のデッカい先輩に怒りの矛先を向け始めてしまった。私が原因で喧嘩されたら気分が良くないし、シスターらしいことでもしますか。
「……おにぎりに悩んでいたのは事実ですが…ホシノさん、でしたね?」
「宗教勧誘ならお断りですよ」
立ち上がり、ホシノの前に立つ。立って見るとその姿はより小さく見える。その小さな体でどうやって戦うのか気になるところだが、今はシスターだから我慢しなければ。
「ふむ……『立ち返って、静かにすれば、あなたがたは救われ、落ちついて、信頼すれば、あなたがたは力を得る』。怒りを覚えるなとは言いませんが、それをぶちまけるのはやめた方がよろしい。故に…」
袋の中に手を突っ込み、ツナマヨのおにぎりを手に取る。見た目子供っぽいし梅よりツナマヨのが好きだろ、多分。
「どうぞ、食べてください」
「…………は?」
「梅の方がお好きでしたか?見た目にそぐわず渋いですね」
「いや、そういう意味じゃ」
「じゃあどういう意味なんですか!パン派なんですか?私は断然お米ですけど」
うーん、シスターっぽいこと、失敗。ホシノには可哀想なものを見る目で見られてる。最初のやり取りと今ので完全にアホだと思われてそうだ。だが警戒してた自分がバカらしいと言わんばかりに、さっきまで剥き出しだった警戒心が薄れてきている。
デッカい先輩はオロオロしながら私とホシノを交互に見てる。見てるこっちが不安になる人だな、ホシノが怒ってた原因はこの人か。
「はぁ…もう付き合ってられません、行きますよユメ先輩」
「あっ、待ってホシノちゃん!せめて話くらいは聞いてみよう?ねっ?」
踵を返し立ち去ろうとするホシノをユメパイセンが手を掴んで引き止める。これでもかと眉間に皺を寄せるホシノと、それを真っ直ぐ見つめるパイセン。2人はしばらく見つめ合い、やがてホシノは諦めたようにため息を吐いた。
「…………聞くだけですよ」
「ありがとうホシノちゃん!」
おやっ、そのまま1人で行ってしまうかと思ったのに。何だコイツ、さっきまでツンツンしてたのにゲロ甘じゃん。さては可愛さ余って憎さ百倍ってやつか。
「じゃあさっそく…ねぇ、何があってそんなに困ってたの?」
「おにぎり買ったら交通費無くなって帰れなくなりました」
「ほら!やっぱりただのアホですよ!ほっときましょう!」
さっきからバカやらアホやらピーピーうるせぇなこのチビ。バカって言った方がバカなんだぞおっぱい星人め。
「トリニティの生徒さん、だよね。ならこれで足りるかな」
「ちょっとユメ先輩!!」
パイセンは財布からお札を数枚取り出し、私の方へ渡してくれる。スマホを充電させてもらえればそれでよかったのだが……先輩に迎えに来てもらうにしてもめちゃくちゃ怒られそうだし、渡りに船か?
「……本当によろしいのですか?自分で言うのも何ですが、私バチクソ怪しいですよね」
「ううん、私は信じるよ。お金がないのに、お腹を空かせてる人にご飯を分けてあげられるあなたは、きっと悪い人じゃないと思うから」
「ユメさん…ありがとうございます。この恩はいつか必ずお返しします。あなたに神の御加護があらんことを」
その後、不服そうな顔のホシノ、ニコニコと笑顔を浮かべるユメさんに見送られ、私はアビドスを後にした。
授業は全部サボることになったが、放課後までには学園に戻ることができた。
それで……あぁそうだ、ユメさんになんか良いことありますようにって真面目に祈ってたら、授業サボってたのも相まって熱でもあるんじゃないかって心配されたんだった。
あれから何度かアビドスに行ったりしたけど、間が悪かったのか結局会えずじまいなんだよな。連絡先聞くのも忘れちゃったし。
ユメさんはとっくに卒業してるだろうし、ホシノは……まだアビドスにいるのかな。多くの生徒がここを去ってるらしいし、当然どこの学校に行ったかも知らないし、もう会えないだろうな。
さて、感傷にひたるのはここまでにしよう。この角を曲がれば店が──
「店が、無い……」
いや、厳密に言うとある。ただ、そこにあるのは店だったもの。爆破されたのか焼け焦げた残骸が転がるばかりで、それはもう店ではない。
大将やバイトちゃんは無事なのか、無事だったとしても、店を建て直すことはできるのか。未だかつてない絶望だ。せめてもう一度食べたかった。
一体誰がこんなことを……美食研か?いや、あいつらは頭のおかしいテロリストだが食に対しては真摯だ。柴関ラーメンを爆破するなどありえない。
あぁ…どうしよう、泣きそうだ。腹の虫もとっくに鳴いている。
身も心も柴関ラーメンになっていたのに、どうすりゃいいんだ。
腹はすっからかん、心は宙ぶらりん、怒りはぶつける先もない。せめて爆破された現場にいたら下手人を血祭りにしてやったのに……
「…………帰ろう」
こんな日は、なにかガッツリ肉を食べて元気を補充したい。
そう思い、駅前にある鉄板焼き屋でハンバーグを注文した。肉汁が溢れる肉肉しくて食べ応えのあるハンバーグだ。
うまい、確かにうまいんだが……今日はこのうまささえ、どこか地に足がつかない。
さらば、アビドス。もう来ることもないだろうが、この場所での思い出は忘れないよ。
当時はまだ1年生の頃なので思考や言葉がまだ乱暴だしシスターのフリするのが下手くそです。