ミレニアムタワーというと、どうしても某ヤクザゲームのいつも爆破されるタワーが先に思い浮かんでしまいます。
アリスちゃんと談笑しながら、モンスター*1と山賊*2にエンカウントしつつも勇者アリスの活躍で無事にミレニアムタワーに到着した私は、セミナー会計の早瀬さんと打ち合わせを進めていた。
早瀬さんとは前に先生が赴任して来た日に会ったことがあるが、その時はロクに挨拶もできなかったので実質初対面。顔を合わせた瞬間に身構えられたりもしたが、ご愛嬌。
去年、一昨年と調月さんが担当してくれたが、そんな彼女は今や生徒会長。他の行政官に比べたら割と自由してる肩書きだけの私と違い、ちゃんと忙しいのだろう。少し寂しさはあったが、いざ話してみると早瀬さんのほうが取っ付き易いので私的には大助かりだった。サクラコさんのせいで言動から本音を読み取るのはそこそこ慣れてるが、頭を使わないに越したことはない。
だがそんなことを考えていたから、きっとバチが当たったのだろう。
「あっ、そうだ。イノさんがいらしたら、こちらを渡すようにとリオ会長から…」
「調月さんから?一体何うっっわアバギャ君……あっ、コホン…失礼」
申し訳なさそうに手渡されたのは、極めて独創的で前衛的なデザインのロボットの頭部を模したキーホルダー。アバンギャルド君と呼ばれるそれはハッキリ言って手の施しようが無いくらいダサい。もうどうしようもなくダサい。仕事モードになってる私でも思わず素が出てしまうほどダサい。
コイツを初めて見たのは去年。今、早瀬さんとやっているような打ち合わせを調月さんとしているとき、急にアバギャ君の模型を見せられて「どうかしら」と聞かれたのが最初。私は言葉を失い、人は理解の及ばない物を見ると動けなくなるのだと知った。
しかし完璧超人でクールキャラ代表みたいな顔してる調月さんが自らコレをデザインするとはどうしても思えず、なんとか脳をフル回転させて導き出した最も合理的な答えは、調月さんには歳の離れた妹がいる、だった。
最近ビッグシスターなんて呼ばれてるし、色々ビッグなのは言わずもがな。きっと妹さんがデザインしたのを形にしたんだな、なんて家族思いの素晴らしいお姉さんなのだろう。素晴らしきかな姉妹愛。
調月さんの妹さんへの愛情が伝わってくるとてもあたたかな作品で「かわいらしいと思います」と言ってしまったが最後。
目を輝かせて、これはとても合理的なデザインでこんな思想を基に作って将来的にこんなふうに使う予定でウンタラカンタラで、と自分の分野を語らせると早口になるミレニアム生の特性を目の当たりにした。
やがて調月さん本人がデザインしたものだと気づいた頃には前言撤回できる雰囲気ではなく、私はウンウンと頷きながら話を聞くことしかできずなかったのだ。
「なんでも銀の弾丸を収納できるケースだとか…」
なんで実用性あるんだよ、と思いつつボタンになっていそうなアバギャ君の口を押すと、カチッと小気味のいい音を立てて縦に真っ二つに開いた。つっかえもなくすごくスムーズに開閉しているし、ボタンを押した感触も小気味がいい。試しに手持ちの銀の弾丸を収めてみると、元からそこにあったと言わんばかりのジャストフィット。開いた時にまるで銀の弾丸で脳天カチ割られたような見た目である点と、アバギャ君である点を除けば完璧な仕上がりと言えるだろう。
「その…イノさんが気に入ったようなら、すぐにでも量産してブースに並べる用意はできている、とのことでして…」
「え"っ……大変出来が良いのが見て取れますし、これから上に相談して予算をつけるとなると…」
「無償で、承るそうです…」
なんでだよ。私は天を仰いだ。神よ、調月さんを誤解させた私が悪いのか。前言撤回できず、ダサいと指摘できなかった私の心の弱さを嘆いておられるのか。
「……あー、その〜…………あっ、ほら!ウチ偶像崇拝NGなので、ウチのブースに、キャラクター性があるものを置くのはちょっとよくないかな〜…なんて、思っちゃったり……」
「はい…」
「……気持ちは本当に嬉しいので、はい。調月さんには、よろしく言っておいてください」
「本当、すみません…」
「いえ、こちらこそ…」
どことなく気まずい雰囲気で終わってしまった打ち合わせ。私個人への贈り物としてもらってしまったアバンギャルド君*3を今一度眺めてから、ポケットにしまう。
はぁ〜〜〜……マジでなんなんだ、アバンギャルド君。もはや地雷だ。無いとは思うが、もしもあっちの機嫌を損ねたらワンチャン学園間の関係の悪化もあり得るから本当に地雷。
シスターフッドの行政官なんて、遠目で見れば大きめな部活の複数人いる副部長でしかないからね。トリニティの中じゃブイブイ言わせられるかもしれないけど、他所の生徒会長が相手となると当然こちらが下だ。
個人的には学園間の親交なんてどうでもいいが、私の粗相が原因で将来後輩たちが苦労する羽目になったりしたら忍びないので、粗相はできない。
あーあ、なんで行政官なんてもんに推薦されちまったんだろうな。立場と責任で縛り付けとかないと好き勝手するからか。当時の先輩たちのご慧眼には頭が下がる思いだ、あの野郎。
本当に気が滅入る、だが人前に立っているのだから表に出さないようにしなくては。フォーメーションは笑顔、表情筋の固定、ヨシ。
「よう、やってんな」
ワタクシに向けて声をかけられたことで、思考の中にあった意識が外へ向く。
身長のせいでそこそこ威圧感のある見た目をしているため、他にノーマルなシスターがいる中で進んで私に話しかける人はあまり多くない。故に、話しかけてきたのもそこそこ見知った顔だった。
小さな体躯に見合わず力強い声と眼をしている彼女は、30cm以上の身長差などまるで無いように、悠々とした態度でこちらを見上げていた。
「おや、メイドさん。相変わらず粋な上着ですね」
「だろ?あんたは、あのマントついてるコートはどうしたんだよ」
「お恥ずかしながら、暴動に巻き込まれた際にダメにしてしまいまして」
「ん…?そうか、災難だったな。ならどうだ?これを機に。いい店紹介するぜ」
「これでも立場があるので、メイド服はちょっと…。今回はおいくつ包みましょうか」
「そっちじゃねぇよ!ったく、4人分頼む。絶対似合うと思うんだけどなぁ、スカジャン」
「ははは、お気持ちだけ受け取っておきます。ではこちらになります。最近シスターフッドの公式モモトークができたのでQRコードのカードを入れておきますね」
「サンキュー。なんだ、オンラインで懺悔でも聞くのか?」
「予約だけですね、流石に手が回りませんので。あとは、ありがたいお言葉が届くようになります」
「ハッ、そりゃあいい。んじゃ、じゃあな!またエキスポの時にでも顔出すぜ」
「ええ、またお待ちしております。あなたの日々に安寧があらんことを」
軽く手を振りながら、桜と金色の龍をまとった背中を見送る。
割とフランクに話してはいたが、彼女のことはあまり知らない。知っている事といえば、屈んで目線を合わせたら視線だけで人を殺そうとしてくること、カッコいいモノが好きなこと、意外と仲間思いなことの3つくらいだ。なんなら名前も知らない。
恐らく気が合うとは思うが、私は基本1人が好きだし積極的に交友関係を広げたいタイプじゃないし、このくらいの距離感がちょうどいい。
それからしばらく。
基本は後輩に任せつつ、徹夜でテンションか様子がおかしい人が絡んできたときだけ圧迫接客をする簡単なお仕事を続けていた。瞬きせずに見下していれば勝手に帰って行くので不良を追っ払うよりは楽だ。
しかし、いかんせん目が乾く。そして暇。
去年みたいに暴走したロボットが突撃してくれば体を動かせるし暇も潰せるのだが、時折遠くから爆発音が聞こえるだけで売店の周りはとても平和だ。
窓から射す午後の陽射しも穏やかで眠くなりそうになっていると、そんな眠気を吹き飛ばすような、なんとも賑やかな雰囲気の一行がやって来た。
「シスター!約束通りパーティーを引き連れてアリスが登場です!」
腰に手を当てポーズを取るアリスちゃん。その後ろには、アリスちゃんよりいくらか背の低いピンク色と緑色の二人組。双子だと話には聞いていたが、本当にそっくりだ。
「アリスちゃん。それとお友達…パーティーメンバーの方々も。ようこそいらっしゃいました」
「おぉ…!本物のシスターだ……ってデカっ!」
「ちょっとお姉ちゃん…初対面で失礼」
姉の方は上から見下ろす私にビビる事もなく、いかにも興味津々といった様子だ。反対に妹の方は私に威圧感を感じているのか、姉の一歩後ろから控えめにこちらを見ている。あまり怖がらせてもいけないので、しゃがんで目線を低くしてから話しかける。
「ははは、構いませんよ。それに、身長程度で驚いてもらっては困りますね。ワタクシはあと2回の変身を残していますので」
「えええっ!?トリニティのシスターって変身するの!?ど、どんな?どんな変身するの!?」
「アリスも!アリスも見たいです!!」
「わ、私も!…ちょっと気になる」
「フッフッフ、お見せして差し上げたいところですが…悲しいかな、ワタクシたちを束ねる"あのお方"の許可無く、真の力を見せることは許されていないのです。もし破れば……」
「や、破れば…?」
「……はは」
「「「ひぃっ」」」
立ち上がりあえて上から圧をかけるように口元だけで微笑むと、3人はお互いに抱き合って怖がってしまう。なかなか見ていて楽しい3人組だ、愉快である。
その後、3人にアリスちゃんのクエスト報酬と脅かしたお詫びにと、あらかじめ用意しておいた銀の弾丸をプレゼントして懐かれたり、シスターについての質問に答えたり、イラストの資料にと写真撮影をせがまれたり、ゲームのキャラクターのモチーフにしていいかと聞かれたり。後輩にそれとなく注意されるまで雑談を続けてしまった。
あの子たちが人懐こいというのもあるが、小さい子が相手だとついつい優しくしなければと普段より饒舌になってしまう。
私としても楽しいひと時だったので全然構わないのだが…それを柱の陰に隠れて見ていた大人が、すごくニコニコしていたのはいささか不愉快だ。生暖かい視線というのは何というか、ムズムズする。
ゲーム開発部の面々を手を振りながら見送った後、その大人はようやく柱の陰から出てきた。
"小さい子は好き?私は好きだよ、イノも含めてね"
「それはどうも。まぁ、ワタクシを小さいと認識するのは流石に不適切かと思いますが」
"そこはほら、気持ちの問題だよ。ともあれ、あのとき助けてもらって以来だね。久しぶり"
「えぇ、お久しぶりです。先生はあれから随分とご活躍なさっているようで、トリニティに限らずお名前をよく耳にします。なんでも生徒の足を舐めるのがお好きだとか」
"誤解!!誤解だよ!?"
「そういうことにしておきましょうか。懺悔ならいつでもお聞きしますよ。守秘義務があるのでヴァルキューレに通報されることもありませんのでご安心を」
"あ、あはは……誤解だからね?"
どこか諦めたような表情で頬を掻く先生。
噂の出所がゲヘナなので信用に値する情報ではなかったが、反応を見るにまさかクロか?一応先生の動向は気にかけているが、流石に他自治区のこととなると詳しく調べるのは一筋縄ではいかない。
「まぁ冗談もほどほどに、コホン」
胸元に片手を当て、態度を改めて恭しく一礼しながら、何度も言ってきた定型文を読み上げる。
「出張版シスターフッドへようこそいらっしゃいました。銀の弾丸の頒布をメインに、ミレニアムでも変わらずお悩み相談をさせていただいています。此度は如何なる御用でワタクシ共の元へ?」
"おぉ…すごい!なんか、すごくシスターっぽいよ!"
「逆に今までワタクシをなんだと思っていたのか問い質したいところですが、今は純粋な褒め言葉として受け取っておきましょう。その代わりと言ってはなんですが、銀の弾丸はいかがですか?古来より魔除けと信じられ、今でもお守りとして持つ方がいらっしゃいますよ」
"か、カッコいい… !!"
「他には、魔性の存在を撃ち倒す武器になると信じられていたことから、問題を解決する秘策と比喩されることもありまして。研究の願掛けとして買いに来る方もちらほらと。ですが、ミレニアムの生徒さんたちは先生のように、カッコいい、ロマンがある、と買って行かれる方がほとんどですね」
私が手のひらに取り出して見せた銀の弾丸を顰めっ面でしばらく眺めた後、先生は何か決心したような顔でスーツの懐に手を入れた。
《"大人のカードを取り出す"》
黒く輝く一枚のカード。大人が持つことができる、
「あ、申し訳ありません。お支払いは現金のみとなっておりまして」
《"大人のカードをしまう"》
何事もなかったかのようにカードをしまい、今度は財布を取り出す先生。財布の中身を確認し、こちらをチラリと見て、また中身を確認した。
「年下の子たちならともかく、あなたは大人なのですから。アリスちゃんたちのようにはいきませんよ」
"…ほら、イノの方が私より背が高いし?"
「はは、気持ちの問題なのでしょう?」
"これは一本取られた。そこまで言われちゃ大人として引き下がれないね!後で一緒にユウカに叱られよう。2つください"
「はい、かしこまりま…なぜ早瀬さんが出てくるんですか?しれっとワタクシのせいにしてますし、ワタクシ巻き込まれてますし。訳分からんのですけど」
"前に、消費は計画的に!って怒られちゃって。5000円以上の買い物はユウカに相談しないといけないんだ"
「ははは…え、怖」
なんだそれ、シンプルに怖い。
とてもしっかりしてそうだった早瀬さんがこんな大人に引っかかってしまったのも怖いし、生徒に財布の紐を握られてる大人の構図も怖い。今まではデコピンで消し飛びそうな存在だと思っていたのに。この大人、底が知れない。色々な意味でタダ者では無い。
ささっと包み終えた銀の弾丸を袋に入れて先生へ渡した。
「では、お品物こちらになります。あなたの日々に安寧があらんことを」
"うん、ありがとう。イノも、暇があったらシャーレに遊びに来てね。またね!"
表情筋を笑顔で固定したまま先生を見送る。
そのうちシャーレに行って情報収集でもするべきかと考えていたが、とても行きたくない。それを見越しての発言ならもう私の負けだ。天然でアレでも十分怖い。
ミレニアムでの活動は後2日間、できればもう来ないでくれ。
それともしトリニティに来たとしてもサクラコさんにはなるべく近寄らないでほしい。
イノは背がかなり高いので話しかけると基本的に相手に合わせて屈んでくれます。可愛いですね。