私はただ食事がしたかっただけだ。ただ、腹が減っていただけなんだ。
こちらを襲ってくる不良の眉間を撃ち抜く。
狙うのは頭部だけだ。顔に何か飛んでくるのを人は本能的に恐怖するし、顔を抑えて痛がる仲間を見せてやれば敵の戦意を削ぎやすい。逆上するヤツもいるが、大抵は動きが雑になる。
効率良く合理的に。弾は節約できるに越したことはない。
最近、なんだか間が悪いことが多い。なんでよりにもよって私がD.U.地区に来た日に不良の暴動が起きてるんだ。
なんかもう、そういう季節なんだろうか。間の悪い季節。
舌打ちしたくなるのを飲み込み、サブウェポンのデザートイーグル2丁をリロードする。
遮蔽物の影から空のマガジンを放り投げて、同時に逆方向に飛び出し、次の遮蔽物に移動する間に不良を2〜3人ヘッドショットで鎮める。
クソッ、こちとら空腹で死にそうなんだ!殺すぞ!殺さないけど!
まったく、ちまちま削っても埒が明かない。被弾覚悟でアレを使うか?いやでも、このコートお気に入りだから穴開けられたくないし…あーもう、少し肌寒いからってコート着てこなきゃよかった!
あーもう!本当に…どうして、こんなことになったんだ…
アホの連邦生徒会へ
治安が悪化しました。ざまーみろふざけるな
さっさとどうにかしろ
いいからさっさとどうにかしろ
はらぺこぺこちゃんより
P.S.
仕事上がりに不良とお話をさせられると
お腹が減る
今破り捨てようとしましたね?メガネなんだから冷静でいてください。上記の内容は全て冗談です。何かあればご相談ください。私個人としてならば、力になれることもあるやもしれません。
眠い、疲れた、イライラする。
ストレスと寝不足からその元凶である連邦生徒会宛に、正確にいうと連邦生徒会長宛だが、つい手紙をしたためてしまった。捨てるのも勿体無いし、封筒と切手買いに行くか。
「はぁ……」
ため息と共に腰を上げる。
現在、連邦生徒会が急に仕事をしなくなったせいで、キヴォトスの治安は悪化の一途を辿っている。武器の不法流通の増加はまだしも、登下校中のトリニティの生徒がお金目当ての不良に狙われる頻度が急激に上がっているらしく、現に私も飯屋を探してウロウロしている最中に襲われた。
こういうのは、本来なら治安維持担当の正義実現委員会や自警団がなんとかするものなのだが、彼女たちも手が回りきらないほど忙しくしているらしい。
というか、連邦生徒会長は何をしてるんだ?こんなしっちゃかめっちゃかになっているのに何週間も姿を見せないどころか声明も出ていない。仕事が嫌になってついに逃げ出したか?いや…性格的にありえん。
うーん……行くか、D.U地区。
学園に残ってても治安悪化で不安を抱える生徒の話を聞くことになるし、連邦生徒会長とは知り合いなので心配っちゃ心配。
それに、あっちの方が飲食店の数が多いし、値段も手頃。トリニティだとお嬢様向けの値段設定がされてる店も少なくないから、あっちの方が私に合ってる。仕事量さえマトモなら連邦生徒会に所属していたと思うくらいだ。
さぁ、そうと決まれば善は急げ。
あまり無闇に出歩くなと御触れが出ているが、何か言われたら自主的に治安維持に努めていると言えばいい。シスター服なら、きっとこの言い訳も罷り通る。
電車に揺られること数十分。D.U地区のサンクトゥムタワーにやってきたが…みんなバタバタと忙しそうにしている。そりゃそうか、むしろ暇そうにしていたらブチギレたかもしれない。
それにしても……この忙しなさ、本当に連邦生徒会長がいないのか?アレの身に何か起こるなんてキヴォトスが滅亡するくらいあり得ないと思うが……まぁ、いないなら仕方ない。きっと、そのうちカステラ片手に帰ってくるだろう。
さて、手紙は直接渡すか誰かに渡してもらおうと思っていたがこうも忙しないと押し付ける相手が……おや、あの色々と大きな黒いシルエットは…
「ごきげんよう、副委員長様」
「あら?あなたは……どういうことでしょうか、シスターフッドはついに内政不干渉の立場を改めるつもりですか?それとも秘密裏に外交を?」
「ふふっ、あくまでワタクシ個人の用向きで参っただけです。そう、あまり睨まないでください」
正義実現委員会が副委員長、羽川ハスミ。身長をはじめ色々とデカい。一応顔見知りなので彼女に手紙を渡してもらえばいいかと思い話しかけたが、いきなり顰めっ面。それに、なかなかにカオスな組み合わせの人たちが集まっていた。
「ふむ…それにしても珍しい組み合わせですね。副委員長様に、自警団の方に、ミレニアムの方、そしてゲヘナ風紀委員の方」
まぁ、大方私と同じで連邦生徒会に文句を言いにきたんだろう。ちょうどいいし、さっさと手紙を押し付けて飯を食べて帰ろう。
「副委員長様、こちらをお預かりいただけますか?状況を鑑みるに連邦生徒会長様はお留守のご様子なので…そうですね、首席行政官様へお渡しください」
「承知しかねます。いくら政治的意図が無いと主張しようと、シスターフッドでも中枢を担うあなたが連邦生徒会長に手紙をしたためたという事実が問題の種になりかねません」
「……では、メガネの素敵なお嬢さん。代わりによろしくお願いします」
副委員長があーだこーだ言い出したので、パッと目についた風紀委員の腕章をつけた子に手紙を押し付ける。
「えっ!?い、いえ、私に渡されても困ります!」
「なっ!?何を考えているのですか!!」
「ではワタクシはこれで」
軽く頭を下げ、困るメガネちゃんと驚く副委員長を尻目にしながら立ち去る。よし、飯だ飯。
「ま、待ちなさい!
なんか言ってるが気にせず逃げる。足で私に追いつけないとわかっているのか、副委員長は追いかけるそぶりはしたものの追いかけては来なかった。
さーて、どこの店に入ろうかな。せっかくD.Uまで飯を食べにきたんだ、トリニティではあまり食べれないものを食べたい。
いっそのことシラトリ区まで行ってラミニタウンの屋台を巡るのもアリだな。うん、アリよりのアリ。
そうと決まれば早速向かおう。たしか、あっちの方向だったな。
ここ数日は治安悪化の影響でロクに休めてないし、少しくらいジャンキーな贅沢をしてもいいだろう。
ハンバーガーは外せないし、デザートにドーナツ屋さんがあったはずだ。他には何があったかな。ウキウキしてきた。
好きなものを食べられることほど幸せなことはない。
あぁ…
「腹が、減った…」
………
……
ドカアアァァァーン!!!
イノがサンクトゥムタワーを後にしてから数分後。
首席行政官である七神リンと共にやってきた『先生』と呼ばれる存在は、連邦生徒会長が失踪したことで失われた行政制御権を回復させるために、連邦捜査部シャーレと呼ばれる部活の部室へと向かっていた。
ただそれも一筋縄ではいかず、連邦生徒会に恨みを持つ生徒たちによる暴動に行方を阻まれる。戦闘を指揮する中、戦う前から道路の脇で気絶している不良がたくさんいたことを疑問に思いつつも先へ進めば、他とは比べ物にならない戦闘が繰り広げられる場面へと出くわした。
「騒動の中心人物を発見!既に誰かと戦闘中のようです…あれは!?」
「私に手紙を押し付けた…」
「あの背の高いシスター?」
大型のハンドガンを片手に、黒いベールとボロボロになった黒いコートを靡かせ狐面の生徒に肉薄する長身のシスター。
特徴的なのは右腕にはめた金属が取り付けられた革手袋。ガントレットや籠手と言っても差し支えない無骨なソレは、たおやかに舞う制服には不釣り合いなはずが、違和感なく彼女の姿に馴染んでいる。
涼しい顔で激しい戦闘を繰り広げる両者だが、肝心のシスターは狐面の生徒に対し有効打に欠けているように見える。
接近戦が得意なのか距離を詰め続けるシスターだが、攻撃を避けるのに精一杯なのかあまり反撃をせず、回避をしてハンドガンで牽制、また距離を詰める、とただ猪突猛進しているだけに見える。
"助けよう!彼女一人に戦わせられない"
「いいえ……お待ちください」
正義実現委員会の副委員長、羽川ハスミは目を細め、獅子吼イノと災厄の狐と呼ばれる破壊の権化、狐坂ワカモを見る。
獅子吼イノが狐坂ワカモと渡り合っている現状は無視できる物ではない。もしこのままワカモを倒せてしまったのなら、派閥間の勢力図が変わる可能性すらある。シスターフッドは政治に不干渉と表明しているとはいえ、後ろ暗い噂が絶えない組織だ。万が一は、常に思考の隅に置いておかねばならない。
ハスミが先生を静止した数瞬後、戦っている二人も膠着状態になる。
イノは振り下ろされる短剣をハンドガンで受け止め、向けられた銃を右手で掴み銃口を逸らす。足元に弾丸が突き刺さる。
本気で振り下ろされてないのがわかったから、あえて受け止めて会話の時間を作り出した。
「…あなたとやり合いながら、連邦生徒会の子犬も相手するのは面倒ですね」
「おや、不意打ちで私のコートをボロボロにしておいて逃げるつもりですか」
「あなたがいるとは露程も思ってませんでしたから。近いうちにまたお会いしましょう。コートの件については、その時にでも」
「……私は今本気でやり合ったっていいのですよ、そうなればお互いタダじゃ済まない。貸しひとつ」
「…ええ、それで」
弾かれたように、二人とも後ろに跳ぶ。
私は右手を引き絞り、迫り来るワカモを待ち受ける。ワカモが跳び、蹴りを放つのにタイミングを合わせ、拳を力の限り押し出し、ワカモをぶっ飛ばした。宙に放り出されたワカモは、空中で体勢を変えてビルに飛び移り、向こう側へ消えていく。猫みたいなやつだ。
はぁ……なんとかデザートイーグル二丁でほとんどの不良を倒したと思ったら、ワカモが飛び出てジャジャジャジャーン。空腹と眠気から不幸にもアンブッシュされてしまいコートに穴が空いてしまった。
「おっ、ワカモじゃーんおひさー」って感じでもよかったのだが、腹が立ったので再会の挨拶は撃ち合い殴り合いにしてやった。と言ってもお互い本気ではなく「ちょ、なんだよーwやめろよーw」程度のじゃれ合いである。
「ん…?おや、副委員長様。先ほど振りです」
「……サンクトゥムタワーからここまでの、戦闘の痕跡はあなただったのですね」
「えぇ、暴動に巻き込まれてしまいまして。お話しも通じなさそうでしたので、不本意ながらこのように」
「…手紙の件も含め、聞きたいことはありますが今は後回しです。あなたも手伝ってください」
後で取り調べでもされてしまうんだろうか。カツ丼は出るのかな。でもトリニティだし出ても紅茶とスコーンくらいだろうな。それだけじゃ足りないぞ。なんて考えながら副委員長から事情を説明される。
治安の悪化が止まって元に戻るんなら願ったり叶ったりだが、アレだけ不良を倒したのにまだ働けというのか?こんなに腹が減ってるのに?制服が黒いと思想までブラックになってしまうのか?
まぁ自分の外っ面とシスターフッドの評判のことを考えれば断る選択肢はないのだが。
ため息を飲み込み、副委員長の頼みを承諾していざ行かん!
「…うん?この音は……」
「気をつけてください、巡航戦車です…!」
私が意気込んだタイミングで、ゴゴゴゴゴ、と地面が揺れるような音と共に戦車が顔を覗かせた。なんというか、本当に間が悪い季節なのだと再確認できた。
「クルセイダー1型…!イノさんは先生を、戦車は私たちで対処します!」
「ふふっ、除け者にされてしまいました。確か副委員長様が「先生」と、おっしゃっていましたが…」
"今日赴任したばかりだけどね。今はみんなの指揮に集中したいから、自己紹介はまた後でにしよう"
「おや、戦術指揮もなさるのですか?ヘイローを持たざる身でありながら、前線で…」
"子供にだけ任せるわけにはいかないから"
「なるほど、なんと立派な志。では、ワタクシたちを狙っているあの戦車の砲塔も、なんとかしていただけるのでしょうか…」
"えっ?あっ、しまっ…"
轟音と共に砲弾がこちらへ撃ち出される。
先生にはヘイローが無い。ヘイローが無いということはただの銃弾1発でも死に至る。戦車砲なんて受ければ、まぁ即死。
抱えて避けてもいいが、勢いに先生の体幹が耐えられるかもわからない。見るからにモヤシっぽい弱そうな見た目してるし、多分首痛めたりすると思う。となれば択はひとつだ。
左手を前に、右手を引き絞り、短く息を吐く。
「シッッ」
風を切る音と、地面が割れる音。すぐ後に甲高い金属同士が擦れ合う音が響き、左側の建物が倒壊する音が聞こえた。イノがやったことは単純、砲弾を殴り飛ばした。
キヴォトス人の中でも人間離れした技に、敵も味方も全員が目を見開き、イノを見る。
「ふぅ……お話の最中に失礼な方々です。徹甲弾でよかったですね、お怪我はありませんか?」
"あ、ありがとう…助けられちゃったね"
「お気になさらず。シスターフッドとして当たり前の行動ですから」
先生の手を引き、立ち上がるのを優しく補助する。右手が衝撃で痺れて少し痛いが意地でポーカーフェイスを維持した。
トラブルはこの一回きりで、その後はつつがなく事が進んだ。シャーレビルに入っていった先生が行政制御権を回復。
先生に別れを告げ、さぁ飯を食うぞ!……と伸びをしていたところ副委員長に捕まってトリニティに帰ることになってしまった。
マジでキレそう。
・リンちゃん
手紙を受け取ったその場でキレて裏側を読まず破り捨てた。一応イノの知人。
ちなみに裏側は手紙の下に書いてあります。