孤独かもしれないシスター   作:うにうにうにう。

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今回はちゃんと食事します


トリニティ自治区 隠れ家的カフェのモーニング

今日は図書館へ来ていた。たまには読書でもしながら余暇を過ごそう、なんて理由ではない。普通に仕事だ。第3教会の修繕にあたって、それに必要な資料をあらかじめ用意しておかなければならず、そのために図書館まで足を運んだのだ。

予算に色をつけて建築部にすべて任せるという手もあるにはあるが、歴史詳しくないから間違えちゃったテヘッ、って言う部員の隣で1680万色に輝く十字架を見るハメになる可能性がある。

他にも扉を自動扉にされたり、カーペットをベルトコンベアにされたりする可能性を極限まで0に近づけるために、こうして自ら資料を細かく用意する必要がある。めんどくさいが、やらねばならない。

ちょっと隠し通路とか隠し部屋作る程度なら私は目を瞑るのに、なんで目立つ改造しちゃうのかなぁ…言わなきゃバレないことも嬉々と紹介してくるから、こっちも対処しないといけなくなってしまうんだ。

 

「すみません。昨日ご連絡させていただきました、獅子吼です」

 

「あ、はい!獅子吼…イノさんですね。トリニティの建築様式をお調べになりたいとか。既にいくつか見繕っておきましたので、こちらのリストをどうぞ」

 

図書館のカウンターにいた生徒に声をかけると、すぐさま細かな番号が書かれたA4サイズの用紙を手渡してくれた。建築系、美術系、歴史系…分類分けしてピックアップしてくれたのはありがたいが、ちょっと数が多くないか?

 

「ご丁寧にありがとうございます。助かります」

 

「いえいえ。私共も調べさせていただいてますが、手伝っていただけるのはありがたいですから」

 

図書委員だからと言って全ての本に精通しているわけではない。第3教会に関する図書を、なんて言っても昨日今日でドンピシャなものが見つかるはずもなく……はぁ、電子化が進んでない弊害だな。装丁された本の手触り、ページを捲る音、紙の匂い、どれも趣があって好きだが、娯楽目的以外で本に触れるとなると、面倒が勝る。

手元のリストに目を通す。A4用紙にびっしりと本の題名と分類を表す英数字が書かれている。それが、ひぃ、ふぅ、みぃ、よ…………まぁ、たくさんある。

今も図書委員の人が本を探してくれているらしいが、当の本人が何もしないのは義理人情に反すると思い、足を運んだが……やっぱり本の数、多いな…これは気が滅入る。なにか軽食でも食べながら…は、図書館じゃダメだよな。そこかしこにある飲食禁止と書かれた札は、過去に凄惨な事件があったことを思わせる。

ここはちょっと気合い入れて、頑張るとしますか…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もうダメ、疲れた、無理。もうかれこれ6時間は図書館に篭ってる。

私は勉強があまり好きじゃない。落第しない程度の成績を収める頭はあるが、興味のないものについては頭が理解する気になってくれないタチだ。ノーモア頭脳労働。

資料はだいぶ集まったし、今日はもういいだろう。

図書委員の人も後で資料を送ってくれるって言ってたし、多分それで問題ないはずだ。

 

「んんッ〜……ふぅ…」

 

伸びをすると背中がパキパキと鳴る。

まったく、大聖堂の資料を建築部に渡せれば楽なんだけどな。一定の権限を持つ生徒しか閲覧禁止なうえに持ち出し禁止だから、面倒ったらありゃしない。私が言えたことではないが、シスターフッドの秘密主義にも困ったものだ。

図書委員の人に一声かけて、図書館を後にする。

橙色に染まった雲と紫がかった空に目を取られていれば、ビュウッと冷たい風が全身を叩く。

日中は暖かくなったとはいえ、日が落ちると風が強い日は少し肌寒い。まったく、ワカモのやつにコートをダメにされてなけりゃな…

穴を開けられてしまったコートを慕びながら、歩き出す。

そこまで空腹ってわけでもないが、小腹がペコちゃん。疲れたし、何か温かいものを飲んで一息つきたい気分だ。かと言ってそろそろディナーって時間帯に、大通りのカフェに入るのもなんだかなぁ……せっかく図書館の方に来てるんだし、そっちの方で探してみるか。図書館と大聖堂って真逆の位置にあるから、あんまりこっちの方には来ないんだよな。

踵を返し、再び図書館方面へ。図書館を通り過ぎ、その裏から学園の外に出る。

 

それにしても、流石トリニティと言うべきか、カフェはどこにでもあるな。ただ、どこもオシャレで、女子高生が好みそうな店ばかりでピンと来ない。今は心を落ち着けて休めるような場所を求めてるんだ、キラキラキャピキャピしたスイーツはお呼びじゃない。

少し足早に道を行く。だいぶ歩いたが、良さげな店は見つからない。

はぁ…あたりもすっかり暗くなってしまった。こんなことなら遠回りして店を探さず、まっすぐ大聖堂に戻ってればよかったかな……

 

……ん?この香りは……こっちか?

なんだっけ、この香り…思い出せん。思い出せないが…猛烈に引き寄せられる香りだ。ふんふん…こっちだな。

 

香りに惹き寄せられるまま歩みを進めると、薄暗い路地でポツンと、しかし存在感のある店にたどり着いた。

ライトに照らされたその看板を見やる。

 

自家焙煎珈琲 まる

 

この匂いは、コーヒー豆の焙煎の匂いか。

……自家焙煎。甘美な響きだ…まる、って店名もなんか可愛い。看板は焼き板で文字は達筆で、外観はレトロで激渋なのに、まる。

なんかいいな、グッと来た。よし、ここにしよう。

 

扉を開けると、チリンチリンとベルが来店を迎えてくれる。

内装は木目調で統一されており、木の温かみを感じて安心感を覚える。右手の棚にはまだ焙煎されていない生豆が瓶に詰められて並べてある。どうやら豆の販売もしているみたいだ。

時間帯が中途半端だからか、店内はがらんとしていて私の他に1人お客さんがいるだけだった。

 

「いらっしゃい。お好きな席にどうぞ」

 

「あ、はい」

 

店主に促され、カウンター席に座る。テーブル席もいくつかあるが、一人で座るにはカウンター席がちょうどいい。さて、ホットで頼むとして、コーヒーはなにがあるのかな。

 

「はい、深煎りブレンドのモーニングセット」

 

「ありがとねぇマスター」

 

メニューを開こうかというタイミングで、そんな会話が聞こえて来た。

 

「……モーニング…?」

 

ついスマホで時間を確認してしまう。

この時間なのに、モーニング?どういうことだ?もうイブニングだぞ。

と、訝しんでいると常連客であろう人が見兼ねたのか声をかけてくれた。

 

「お嬢ちゃん、上、上見てみんさいな」

 

「上?…あぁ、なるほど…」

 

入った時は気づかなかったが、天井には清々しい青空の絵が描かれていた。

店内はいつでも青空、だからこの店の中ではいつでも朝ということか。なるほど…なかなかどうして、粋じゃないか。

ニコニコしながらサムズアップする常連さんに、ぺこりと頭を下げて礼を伝える。

なら、ここはモーニングのセットだな。肝心のコーヒーは……これにしよう。店の名前がついてるんだから、マスターのイチオシに違いない。コーヒーに特にこだわりはないから、こういう時はオススメに限る。

 

「すいません、まるブレンドのモーニングをお願いします」

 

「トーストか、プラス100円でパンケーキ。付け合わせにゆで卵か、いちごジャムか、小倉から選べますよ」

 

「あっ、え〜っと……」

 

「トーストでもパンケーキでも、マーガリンはついてますよ。パンケーキはメープルかかってます」

 

「あっ、じゃあパンケーキと…小倉でお願いします」

 

はい、と頷くとマスターは作業に取り掛かった。

ヴーンと、電動ミルが豆を引く音がすると、コーヒー豆の芳醇な香りが漂ってくる。それと一緒に、パンケーキの焼ける匂いも。コーヒーを淹れるのとパンケーキを焼くのを同時にできる手際の良さは、信用に値する。

あぁ、なんかもうコーヒーを飲む前から落ち着いて来ちゃったぞ。こういう静かでリラックスできる場所って、時間の流れがゆっくりに感じるもんなぁ…。

上を見れば青空。偽物とはいえ、なんだか清々しい気持ちになって深呼吸したくなる。深呼吸をすれば、コーヒーの香りが…全身を優しく、包み込んでくれる、ようで…………ハッ、いかんいかん、これからコーヒーを飲むっていうのに眠くなってどうする。コーヒーは眠気覚ましじゃないんだ。

 

「はい、まるブレンドとモーニングでパンケーキと小倉ね」

 

「……あぁっ、ありがとうございます……?あの、これは…」

 

眠りそうになっていたところを、マスターさんの声で目を覚ます。

机には頼んだコーヒーとモーニングのセットのほかにも、ガラス製の器に乗ってミントの添えられたバニラアイスクリームが出てきた。

 

「なんだか疲れた顔してたから、サービス。シスターさんでしょう?遅くまでご苦労様です」

 

「えっ?あっ…あ〜……」

 

今になって頭巾を脱いでいなかったことに気づいた。トリニティだと、店主が信心深い人方だと度々こういうことがあったりする。サービスしてくれるのは嬉しいが、そうなるとシスターとして振る舞わなければいけない気がするので、いつもは学園を出たらこの目立って仕方ない頭巾を外しているのだが……今日はうっかりしてしまった。

 

「すみません、気を遣っていただいて…ありがたく頂戴いたしますね」

 

「どうぞ、ごゆっくり」

 

今更だが頭巾を脱いで、畳んでポケットにしまう。

 

「いただきます」

 

まずはコーヒーを一口。

軽い苦味の次に、柔らかな酸味が舌を刺激し、後味にベリーを思わせるフルーティーな香りが鼻を通り抜ける。

コーヒーにしては、味わいが軽やか……浅煎りなのか。こういう古風なカフェでは深煎りで飲み口も重めのコーヒーが定番だと思ってたから、意表を突かれた。

もう一口、口に含み、今度はゆっくりと味わってから飲み込む。

……美味い。いや、美味いな。正直コーヒーなんてどれも似たような味で、通ぶって味の違いを語ってるもんだと思ってたけど、違ったのか。なんだか新しい扉を開いちゃった気分だ。

 

コーヒーを飲み干してしまう前にカップを置いて、ナイフとフォークを手に取る。昔ながらの、平べったいパンケーキだ。ふわふわのやつも美味しいけど、この素朴な感じもまた捨てがたい。

一口大に切り分けて、パクリ。

…ん?なんか、すごいモチモチしてる。なんだこれ、しっとりモチモチだぞ。いや、モチモチどころかむっちりだ。私の知ってるパンケーキじゃない。でも美味い。また新しい発見だ。しかし、何が入ったらこんなモチモチになるんだ?いやでも、うん、美味いぞ。

 

コーヒー片手に小倉と一緒にパンケーキを2/3ほど食べたところで、サービスでいただいてしまったバニラアイスに目をやる。

まさか、バニラアイスまで変化球なことないよな…?

先が平べったいアイス用のスプーンを持ち、アイスを掬う。

お前は変化球なのか、それともストレートなのか、いざ…!

……甘い、だがしょっぱい。しょっぱい、だが甘い。甘い、しょっぱい…甘しょっぱい!ここでも変化球だ、まさかまさかの塩バニラ…あんこに塩を足すと甘さが引き立つというが、バニラアイスを舞台に甘いとしょっぱいの両者を主役にしてしまうとは…恐れ入った。

そしたらコレを…こうしちゃえ!

少し多めに掬ったアイスを、切り分け済みのパンケーキの上へ乗せる。こんなの美味しくないわけがない。

まだ温かいパンケーキと、冷たいアイスのコントラストが口の中で混ざり合い一つになる。甘いパンケーキにしょっぱさが加わり、より甘く感じる。あんまりメニュー見なかったけど、これ絶対メニューに載ってる美味しさだ。

 

気づけばパンケーキもアイスも綺麗に食べ切っていた。1人残されたコーヒーに口をつける。少し冷めたことで味わいが変わり、最初より酸味を強く感じる。これもこれで美味しい。

 

「ふぅ……ごちそうさまでした」

 

手を合わせて軽く頭を下げる。ちょっと休憩がてら小腹を満たせればよかったのに、なんだかかなりお腹に溜まった気がする。

 

「すみません、お会計をお願いします」

 

もう少しゆっくりしたい気もするが、そしたら本格的に寝てしまいそうだ。そうなる前に退散しよう。

 

「お会計ね。まるブレンドのパンケーキだから…この値段ね」

 

「では、1000円からで」

 

「はい、おつりとレシートです。お勤め頑張ってくださいね、シスターさん。またのお越しを」

 

「あはは…はい、ありがとうございます」

 

 

店を出れば、冷たい風が頬を叩く。体も温まったし、今ならへっちゃらだ。

路地を抜ける前に一度振り返り、看板を見た。渋い看板に渋い文字、そして可愛い名前。

 

自家焙煎珈琲 まる、最初から最後までギャップたっぷりの、新しい発見に満ちた店だった…絶対また来よう。

ちょっと新しい自分になったような気分で、軽い足取りで大聖堂へと歩き出した。

 

 

 

 

……あっ、パンケーキ、あれ餅が入ってたんじゃないか?だとしたらお腹の溜まり具合にも説明がつくぞ。

ははーん、なるほどなるほど……自分でも作ってみようかな。




個人経営のカフェって、ちょっと入りずらい。そんな作者です。
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