ガタンゴトン、電車は少しの揺れを伴い走り続ける。
規則的かつ機械的で無機質なのに、不思議と落ち着く振動だ。
座席で仰け反り返る私は、ふと前を見た。
窓から見える向こう岸に明星がやって来る。
薄紫色に閉ざされた車内は、どこか神秘的で、どこか物悲しい。
目の前に座るその人が、そう思わせているのだろうか。
それとも、私がそう思っているだけなのか。
明星はその人の輪郭を映し出すが、その人の顔は影に沈んでしまい窺えない。
席を立ち上がろうとしたところで、電車が大きく揺れた。
「お客さん、ちょっと、お客さん。……オイ、オイコラ、コラオイ。オイコッラ……コーラ!!コカ!」
肩を揺すられる感覚で意識が浮上する。睡眠を邪魔され内心で舌打ちしながら目を擦る。ちなみに私はコーラはペ○シ派だ。
「あぁ……んんっ、失礼、なにか御用でしょうか」
「終点でェす」
「……終点?」
「終点ン。今から折り返すけど、乗ってくんなら乗車券買ってくださいね。無賃乗車には……」
「無賃乗車には…?」
「死が訪れる」
「死」
無賃乗車をする気はさらさらないが、物騒すぎる。この辺ってそんな治安悪いのか?というか、私はどこまで来たんだ?
「あ〜…いえ、降ります」
まだ夕方だし、せっかくだから降りてみよう。それにしてもさっきは夢を見てた気がするが……どんな夢だったか。夢って言うのは、なんでか目が覚めた途端に内容を忘れてしまう。
「あ、そう?じゃあ忘れ物しないように気をつけください」
「ええ、お手数おかけして申し訳ありません」
膝の上に置いていたカバンを手に持ち、駅員の生徒に軽く頭を下げてから下車する。
軽く伸びをしたら体がバキバキっと鳴った。どうやら電車で寝落ちするほど疲れていたらしい。建築部のゴタゴタが終わったと思ったら次は新学期のアレコレ、ついでに例の条約の動向にも個人的に目を光らせておきたい。
だが、なんでか知らないが私は一応シスターフッドの行政官、つまりそこそこ偉い人。探ってることがティーパーティーにバレたらマズイので、やるならコッソリやらなきゃいけない。これがまた面倒くさいのだ。
「あ、ちなみに終電だから。早いとこ泊まれるとこ探しなね。夜の砂漠って寒すぎて終点って感じだから」
「はい、ご丁寧に……はい?終電?終点?」
「まもなく発車いたしまーす。危ないので黄色い線より内側にお下がりくだっさーい」
「いや、あの、終電なら乗車券を」
「ウウンッ、ダァシェリイェス!!」
私の静止も虚しく電車の扉は閉まり、警笛を鳴らしてそのまま行ってしまった。
…………あの駅員今度会ったら覚えとけよ。
アビドス自治区…かつてはキヴォトス最大規模の生徒数を誇った超マンモス校、アビドス高等学校が治めていた地域だ。繁栄を謳歌していたらしい面影はあるが、今や砂嵐による自然災害に見舞われてすっかりゴーストタウンだらけ。遠くに見える砂に埋もれた高層ビルや、作りかけの建物に放置されたクレーンがなんとも物悲しい。
一年生の時も、慣れないシスター業務の疲れで寝過ごしてしまい来たことがあるが、その時よりも寂れている気がする。駅周辺や市街地はまだ普通に機能しているようだが……流石にトリニティと比べるべきじゃないな。
さて、現実逃避に街を散策するのも楽しいけど、どうしたものかな。
あの後スマホで時刻表を調べたがマジで終電だったし、流石に歩いて帰れる距離じゃないし、あの駅員が言ってた通り一晩明かせる場所を探しながらの散策だったのだが…
でもそれより先に、腹が、減った。
………
……
…
…
よし、店をさが…………店、あるのか?
そもそも数が少なそうなのに、駅からも離れてしまった。となるとコンビニ飯 ……いや、知らない場所でコンビニ飯ってのも風情が無い。そもそもコンビニも見当たらない。それに夜の砂漠は冷えると言うし、暖かいものが食べたい。いや、まずは飯の前に宿…いや、宿の前に飯……飯か宿か、宿か飯か。ダメだ、混乱してきたぞ。寝起きって、何か腹に入れないと頭も働かない。
あたりを見まわしながら足を進めるが、宿なし、飯なし、行く宛なし。
とほほ、だな。なんか最近ツイてない気がする。
諦めて駅の方に戻るにしても、きっと途中で私は餓死する。アビドスの人間はいったい何処で空腹を満たしているんだ。
どこか…どこか、飯屋はないのか……アビドス恐るべし…これが砂漠化、これが自然の脅威……
「あの、大丈夫ですか…?」
「はいっ…?」
気がつけば目の前に4人組がいた。服装からしておそらくアビドス高校の生徒だ。あの学校まだ生徒いたんだ、というのが正直な感想。砂嵐で校舎がいくつもダメになってるらしいのに。地元愛にしても、少々強すぎやしないかと思ってしまう。
「今にも死にそうな顔してる。遭難?」
「あ、いえ……いや、そうと言えばそうだし、そうでないと言えばそうでないと言いますか…」
「よくあることですから、恥ずかしがらなくていいんですよ〜。駅まで案内しますよ♧」
「本当にそうじゃなくて……はっ!」
そうだ、この娘たちに聞けばいいじゃないか。地元民なら飲食店の一つや二つや三つや四つくらい知ってるに違いない。なんたる僥倖……だが、一つもなかったら私は内側から爆発する自信がある。
「あの、この辺りに飲食店はありませんか?」
私がそう言うと、4人は顔を見合わせて頷き合った。
「それなら、ここをまっすぐ行って右手の通りに『柴関ラーメン』っていうお店があります」
「すっごく美味しいですし、私たちの後輩もバイトしてますから、ぜひ行ってみてくださいね⭐︎」
よし!!!すぐ行こう!まっすぐ行って右、まっすぐ行って右!
「ありがとうございます、行ってきます!」
やや駆け足で去っていく長身のシスターを見送るアビドス高等学校の面々。バイト中のセリカを除いた4人は、シスターの背中を眺めながら彼女について話し出す。
「あんなに急いで、そんなにお腹が減ってたんですね〜」
「ん、先生みたいに遭難じゃなくてよかった」
「あはは…でもヒフミさんといい、今日はなんだかトリニティの方によく会いますね」
3人が再び歩き出す中、一際小柄な少女、小鳥遊ホシノだけは彼女の姿が見えなくなった後も、じっと通りの奥を見つめていた。
「…………あの子…いや、でも…」
「ホシノ先輩?」
「んぇ?あぁっ、なんでもなーい。おじさんを置いてかないで〜」
どこだ、ラーメンはどこだ。ラーメン屋、どこ!……あった!
柴関ラーメンと書かれた看板の横に柴犬の像、アレだ!主張強いな……いや、外観をじっくり眺めてる余裕なんて無い、さっさと入ろう。
引き戸を開け、店内に入る。暖房の効いた暖かい空間と猫耳にツインテールの店員さんが迎えてくれた。
ようやく寒さから解放された…ワカモのやつにコートをダメにされてなけりゃもう少しマシだったのに。
「いらっしゃいませ!何名様ですか?」
「一人です」
「ではカウンター席へどうぞ!お冷お持ちしますね」
あの子がさっき会った娘たちが言ってた後輩かな。明るくて元気な子がいるだけで店の印象もいいし、店に入った瞬間から美味しそうな匂いがムンムンする。
カウンター席に座ると看板の横の柴犬像と同じ容姿の大将が、いらっしゃい!とニッと笑みを浮かべた。
軽く会釈をして、飲食店によくある紙が挟まってるアクリルスタンドを手に取り、メニューを眺める。
ラーメンの種類は醤油、味噌、塩、トッピングの種類はザ・ラーメン屋といった感じ。ここは…店名のついてる柴関ラーメンだな。店名がついてるメニューにハズレなし*1。トッピングは…チャーシューはマストだろう、あとは煮卵も欲しい。
サイドメニューは…っと。
「失礼します。ご注文はお決まりですか?」
バイトちゃんがお冷を持って来てくれた。サイドメニューの確認が途中だが、まずは先に頼んでしまおう。
「えーと、柴関ラーメンと、トッピングに炙りチャーシューと煮卵をお願いします」
「かしこまりました!以上でよろしいですか?」
「はい」
注文を終えると、バイトちゃんは片目に傷のある柴犬の大将にオーダーを届けに行った。……片目に傷?よく見たら頬にも十字傷がある。あの大将、何者だ…?何故こんな僻地で店をやってるんだ?あの主張の強い看板といい、謎は深まるばかりだ。
だが、一番気になるのは味だ。……過疎化の激しいアビドスで経営しているとなると、隠れた名店か金持ちの道楽の2択。個人的には前者を期待したいが、うーむ……店名を冠するラーメンが580円、それにバイトを雇う余裕もある。アビドスの娘たちは美味しいと言っていたが、美味しさとは値段や店の雰囲気も含めての総合評価。580円ならそこそこの味でも納得できる値段設定だし、期待しすぎてもアレか。
まぁ、腹が減ってればなんでも美味しく感じる。空腹は最高のスパイスだ。
そんなこんな考えているうちに、バイトちゃんがラーメンどんぶりを持ってこちらへやってきた。お手並み拝見と行こう。
「お待たせしました!柴関ラーメンの炙りチャーシューと煮卵トッピングです!」
おぉ…いい、いいぞ。こういうのでいいんだよ。チャーシューにメンマ、海苔、煮卵、ネギ。見た目は普通の美味しそうな醤油ラーメンだ。この普通感は何ものにも代え難い。トリニティで少し前に流行った変に健康志向ぶったラーメンよりよっぽど美味しそうだ。
「いただきます」
手を合わせ、レンゲと箸の二刀流へ。
まずはスープから、この最初の一口で全てが決まると言っても過言じゃない。
「うっ…!」
う、うまい……!!
ベースはとんこつ醤油。だが、それだけでは説明できない味の奥深さ。コッテリ感はあるのにしつこくない、濃厚なのにクドくない。自然と次の一口に手が進んでしまう。
中細のモチモチとした麺の茹で加減も完璧。柔すぎず硬すぎず、歯に少しの抵抗を与えた後にプツリと噛み切れる。口に広がる小麦の風味と麺によく絡んだスープのマリアージュ、これぞラーメン。
だがしかし、一心に麺を啜り噛み締めていると舌に飽きが来てしまうのがラーメンの定め。だがここで胡椒を振りかけ……ズズッとスープを啜る。程よいスパイス感がスープに加わり、また美味しくいただけてしまう。
王道だが、何かの法に触れるんじゃないかと思うくらい反則級のパンチ力がある技だ。
口休めにメンマをパクリ。シャクシャクとした食感と共にメンマ特有の醤油味がスープ一辺倒だった口の中に変化をもたらしてくれる。
ふぅ…少しがっつきすぎだな。トッピングにも手を出そう。先に麺を食べ切ってしまっては台無しだ。
まずは大正義、チャーシュー。抵抗なく噛みちぎれるほど柔らかく煮込まれたそれを口にすれば、トロトロの脂身に肉の旨みと染み込んだスープが口の中で小躍りしている。炙られていることにより肉の香ばしさが引き立てられて肉感も申し分ない。
肉って、口の中をこれでもかと幸せにしてくれる。
そして海苔、大抵は2〜3枚でしかも食べ応えが無いものだから、なんだか丼一杯に対して貴重なものに見えてしまう。
海苔をスープに沈め、ヒタヒタにしてから口に運び、麺を啜る。
海苔はこの食べ方が一番美味しいんだ。スープに海苔の風味が加わることで実質的な味変。ラーメンのスープが染み込んだ海苔からしか得られない栄養素は、きっとある。
煮卵も同じだ。流れでない程度に半熟な黄身とスープ、油分+油分の濃厚になりすぎそうな組み合わせを淡白な白身が纏めてくれる。
麺を啜り、スープを啜り、チャーシューや海苔を食らう。
繰り返しているうちに、気づけばもう麺が無くなっていた。最後に一枚残ったチャーシューを頬張る。
手を合わせ…る前にやっぱり最後にスープを啜る。
今度こそ手を合わせた。
「ごちそうさまでした」
いやぁ…満足も満足、大満足だ。お腹いっぱいって幸せだ。
「お粗末さま!いい食いっぷりだったな!嬢ちゃん」
「えぇ、とっても美味しかったです」
そう言うと大将は、褒めても何も出ないぜ!と鼻を擦る。
それにしてもこんな辺境の地に、こんな名店が隠れていたとは……1年の頃の私はなぜこの店を見つけられなかったのだろう。絶対常連になっていたに違いない、なんならあの時期の私ならアビドスへの転校を真面目に考えたかもしれない。
やはり人を救うのは信仰ではなく美味しい食事。アーメンではなくラーメンと唱えるべきなんじゃないの?
紙ナプキンで口を拭き、コップに残った水を飲み干す。さて長居するのも何だし、ぼちぼち店を出ますかね。
大将に改めてご馳走様を伝え、席を立ちレジへ向かう。
テーブルの拭き掃除をしていた後輩ちゃんがレジへやって来てくれたので会計を済ました。
あの量のラーメンにトッピングを二つ頼んでも1000円を超えないのはやっぱりおかしい気がする。ちゃんと儲かってるんだろうか。
「またのお越しをお待ちしてます!」
後輩ちゃんと大将に見送られて店を出る。
いやぁ、いい店だった。もっと大々的に柴関ラーメンを広告すればアビドスの過疎化もへのかっぱ何じゃないの?
さ、あとは帰って風呂に入って、寝るだけ……帰って、帰……
「あぁっ!?」
……終電…電車、帰れないんだった…。そうじゃん、元はと言えば泊まる場所を探してたんじゃないか。
あぁ、なんか落差で泣きそう…………駅前のコンビニで始発を待つしかないか…。
数年ぶりにラーメン食べました。蒙古タンメンの味しか思い出せないほどにラーメンを食べてなかった事実にびっくり。