荒野には、何もないはずだった。
地平線の果てまで続く乾いた大地。
風が吹き抜け、舞い上がる砂が視界をぼやけさせる。
ひび割れた大地は、まるで長い時間をかけて忘れ去られたかのようだった。
すべてが静かだった。
だが、その静寂の中心に、一人の少女がいた。
銀色の髪を持ち、純白の装束をまとった少女。
背には、彼女の身体ほどもある巨大な盾があった。
ウェディング——処刑人。
彼女は、ただそこに立っていた。
風を感じるでもなく、景色を見るでもなく、ただ、その瞬間を待っていた。
目の前には、一人の男が倒れている。
血を流し、膝をつき、荒い息を吐いていた。
——粛清の時が来た。
2.異端者
ウェディングは一歩、前へ踏み出した。
彼女の足元の砂が小さく舞い上がる。
目の前の男は、顔を上げた。
その目には、まだ消えぬ光が宿っていた。
「……やっぱり、俺は助からないんだな」
男はかすれた声で言った。
ウェディングは、何も答えない。
彼の衣服はぼろぼろだった。
身体には無数の傷があり、皮膚は乾ききっている。
異端者。
ゼニスの戒律に背き、秩序を乱そうとする者。
その存在は、ゼニスの定める世界の理から外れた、不要なもの。
粛清されるべき存在。
ウェディングは、静かに告げた。
「異端者よ、問います」
冷えた声が、荒野に響く。
「貴方はゼニスの戒律に背き、秩序を乱しました。……未だにその意思を捨てぬのですか?」
男はわずかに肩を震わせた。
それは恐怖によるものか、あるいは別の感情によるものか——彼女にはわからなかった。
「意思を捨てる……?」
男は口の端をゆがめた。
「違うさ。俺はただ……生きたかっただけだ」
ウェディングは、その言葉をただ聞く。
「生きることを望むならば、秩序に従うべきです」
「秩序……ね」
男は苦しそうに息を吐いた。
「お前は……どれだけ粛清すれば、世界が本当に平和になると思う?」
ウェディングは答えなかった。
それは、処刑人が考えるべきことではない。
戒律は絶対。
異端者は粛清される。
それが、この世界の理だった。
ウェディングは巨大な盾を持ち上げ、男を見下ろした。
「答えを持たぬなら、語る資格はありません」
次の瞬間、閃光が走る。
男の身体は光の粒となって弾け、一瞬で消え去った。
3.処刑の後
風が吹く。
荒野は何も変わらない。
ただ、そこにいた一人の男が消えたことを除いては。
ウェディングは静かに踵を返した。
ゼニスの戒律に背いた者が一人、世界から消えた。
それだけのこと。
何も感じることはない。
何も考える必要もない。
そう、彼女は思っていた。
だが——
「どれだけ粛清すれば、世界は本当に平和になる?」
男の言葉が、頭の奥に残っていた。
4.神殿からの召喚
アウレリアの門をくぐると、すぐに使者がやってきた。
「ウェディング、神殿へ来るようにとのお達しです」
ゼニスの神殿。
戒律を定め、秩序を維持する者たちが座する場所。
ウェディングは無言で頷いた。
何が語られるのか。
彼女は、それを知ることになる。