広場を離れ、ウェディングは石畳の道を歩いていた。
規則的に並ぶ建物。
整然と植えられた街路樹。
市場の静かなやりとり。
秩序は保たれている。
しかし、彼女の心にはわずかな違和感が残っていた。
――感情を持つ者は、粛清された。
それを疑う理由はない。
秩序のために、不安定な要素は排除されるべきだ。
だが、本当にそうなのか?
「お前は、何かを考えているようだな」
静寂を破ったのは、隣を歩く執行官の声だった。
「……いいえ」
ウェディングは、即座に答えた。
「そうか?」
執行官はわずかに笑みを浮かべた。
「この都市を見て、何を思う?」
ウェディングは答えを探した。
秩序が保たれている。
争いはない。
感情の起伏すらない。
――それが、完璧な世界のはずだった。
だが、彼女の心の奥に引っかかるものがある。
「……私は、この都市の状態を確認するために来ました」
「それは、“見た”という意味か?」
執行官の問いに、ウェディングは答えられなかった。
彼女は確かにこの都市を”見た”。
しかし、それは本当に理解したと言えるのか?
歩き続けるうちに、小さな公園が見えた。
中央には噴水があり、その周りで子供たちが遊んでいる。
だが――
彼らは、一言も声を発していなかった。
笑い声がない。
走る音だけが響いている。
遊具に上り、地面に降りる。
砂を掴み、指の間から落とす。
だが、表情には何の変化もない。
ただ”動作”を繰り返しているだけだった。
「違和感を覚えるか?」
執行官の声が、すぐ隣から聞こえた。
ウェディングは、無言のまま視線を向けた。
「お前は処刑人だ」
執行官は、淡々と続ける。
「この都市の秩序は完全だ。
争いはなく、誰もが静かに生きている。
それこそが、お前が守ってきた世界の”正常”だ」
「……」
「だが、もし”違和感”を覚えるのなら、それは”お前の内側に問題がある”ということだ」
ウェディングの心が、わずかに揺れた。
――問題があるのは、自分なのか?
ゼロ計画は、秩序を守るためのもの。
ならば、この都市の静けさは正しく、異端者の処刑も正しかった。
それを疑うこと自体が、間違いなのか?
「私は――」
ウェディングは言葉を探した。
しかし、自分が何を言いたいのか分からなかった。
「“ゼロ”の理を疑う者は、異端者と同じだ」
執行官は、静かに告げた。
「お前は処刑人であり、ゼロ計画の執行者だ。
考える必要はない」
ウェディングは、視線を落とした。
――考える必要はない。
それなのに、なぜ考えてしまうのか?
それこそが、“異端”なのか?
「お前は、どうする?」
執行官の問いに、ウェディングは答えた。
「私は、命令に従います」
その答えに、執行官は満足げに頷いた。
ウェディングは、その場を離れ、広場へと戻った。
都市は静かだった。
人々は、何も変わらずに動いていた。
秩序は、守られている。
だが、それを守ることが、本当に正しいのか?
――ウェディングの中に、初めて”迷い”が生まれた。