『ゼロの聖域』   作:てんま10

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「迷いの影」

 広場を離れ、ウェディングは石畳の道を歩いていた。

 

 規則的に並ぶ建物。

 整然と植えられた街路樹。

 市場の静かなやりとり。

 

 秩序は保たれている。

 

 しかし、彼女の心にはわずかな違和感が残っていた。

 

 ――感情を持つ者は、粛清された。

 

 それを疑う理由はない。

 秩序のために、不安定な要素は排除されるべきだ。

 

 だが、本当にそうなのか?

 

 「お前は、何かを考えているようだな」

 

 静寂を破ったのは、隣を歩く執行官の声だった。

 

 「……いいえ」

 

 ウェディングは、即座に答えた。

 

 「そうか?」

 

 執行官はわずかに笑みを浮かべた。

 

 「この都市を見て、何を思う?」

 

 ウェディングは答えを探した。

 

 秩序が保たれている。

 争いはない。

 感情の起伏すらない。

 

 ――それが、完璧な世界のはずだった。

 

 だが、彼女の心の奥に引っかかるものがある。

 

 「……私は、この都市の状態を確認するために来ました」

 

 「それは、“見た”という意味か?」

 

 執行官の問いに、ウェディングは答えられなかった。

 

 彼女は確かにこの都市を”見た”。

 しかし、それは本当に理解したと言えるのか?

 

 歩き続けるうちに、小さな公園が見えた。

 

 中央には噴水があり、その周りで子供たちが遊んでいる。

 だが――

 

 彼らは、一言も声を発していなかった。

 

 笑い声がない。

 走る音だけが響いている。

 

 遊具に上り、地面に降りる。

 砂を掴み、指の間から落とす。

 

 だが、表情には何の変化もない。

 

 ただ”動作”を繰り返しているだけだった。

 

 「違和感を覚えるか?」

 

 執行官の声が、すぐ隣から聞こえた。

 

 ウェディングは、無言のまま視線を向けた。

 

 「お前は処刑人だ」

 

 執行官は、淡々と続ける。

 

 「この都市の秩序は完全だ。

 争いはなく、誰もが静かに生きている。

 それこそが、お前が守ってきた世界の”正常”だ」

 

 「……」

 

 「だが、もし”違和感”を覚えるのなら、それは”お前の内側に問題がある”ということだ」

 

 ウェディングの心が、わずかに揺れた。

 

 ――問題があるのは、自分なのか?

 

 ゼロ計画は、秩序を守るためのもの。

 ならば、この都市の静けさは正しく、異端者の処刑も正しかった。

 

 それを疑うこと自体が、間違いなのか?

 

 「私は――」

 

 ウェディングは言葉を探した。

 

 しかし、自分が何を言いたいのか分からなかった。

 

 「“ゼロ”の理を疑う者は、異端者と同じだ」

 

 執行官は、静かに告げた。

 

 「お前は処刑人であり、ゼロ計画の執行者だ。

 考える必要はない」

 

 ウェディングは、視線を落とした。

 

 ――考える必要はない。

 

 それなのに、なぜ考えてしまうのか?

 

 それこそが、“異端”なのか?

 

 「お前は、どうする?」

 

 執行官の問いに、ウェディングは答えた。

 

 「私は、命令に従います」

 

 その答えに、執行官は満足げに頷いた。

 

 ウェディングは、その場を離れ、広場へと戻った。

 

 都市は静かだった。

 人々は、何も変わらずに動いていた。

 

 秩序は、守られている。

 だが、それを守ることが、本当に正しいのか?

 

 ――ウェディングの中に、初めて”迷い”が生まれた。

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